大正の京都に潜む愛と欲。探偵は友のために謎を解くという

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『焔と雪 京都探偵物語』|伊吹亜門|早川書房

焔と雪 京都探偵物語伊吹亜門(いぶきあもん)さんの時代ミステリー、『焔(ほむら)と雪 京都探偵物語』(早川書房)を紹介します。

著者は、1991年生まれで、2015年「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ! 新人賞を受賞し、『刀と傘 明治京洛推理帖』が第19回本格ミステリ大賞小説部門受賞、さらには「ミステリが読みたい! 2020年版」国内篇第1位という栄誉に輝き、今最も注目される時代ミステリー作家の一人です。

大正の京都。伯爵の血筋でありながら一族に忌み嫌われる露木の病弱な体は日々蝕まれていた。だが祇園祭の宵山も盛りの頃、露木は鯉城に出逢う。頑強な肉体の彼が外の世界を教えてくれたから、心が救われた。、その時から、露木は鯉城のために謎を解く。それが生きる証……
ある日、鯉城は女から恋人のふりをしてほしいとの依頼を受けるが、恋に取り憑かれた相手の男が月夜に女の家に付け火をし、自らに火をつけて焼死したと聞く。男は猟銃を所持していたが、なぞ苦しい死を選んだ? この事態に悩む鯉城のため、露木はあまりにも不可思議な男の死の理由を推理する。
その他「鹿ヶ谷の別荘に響く叫び声の怪」や「西陣の老舗織元で起こる男女の愛憎劇の行方」など、京都に潜む愛と欲の情念はさらに渦巻き、鯉城と露木の二人は意外な結末に直面する。

(本書カバー折り返しの紹介文より)

本書は、大正十年(1921)ごろの京都を舞台にした、五編の連作形式の短編を収載した本格探偵ミステリです。
探偵役は、元警察官で探偵事務所を開いた鯉城武史(りじょうたけし)と、共同経営者で露木伯爵の庶子可留良(かるら)。二人は幼友達で、三十年近い付き合いになります。

頑強な肉体を持つ行動派の鯉城がもっぱら調査を行い、病弱で外出することがほとんどないが、類いまれな観察眼と洞察力を持つ露木が謎を推理するという役割分担に妙味があります。

第一話「うわん」では、鯉城は材木商の小石川から、最近買った鹿ヶ谷の山荘に、正体不明の化け物が出るから、寝ずの番をするように依頼されます。

「で、どんな化け物が出るの?」
「山荘のなかで誰かが喚いているから入ってみたら、誰もいない。でも、確かに誰かが何かを喋り続けている。ただ、どの部屋を見ても人の姿はない」
「すごいな、王道じゃないか」
 露木はくすくすと笑い出す。おれは肩を竦めた。

(『焔と雪 京都探偵物語』 P.15より)

「うわん」とは、人の住まなくなった古い屋敷やお寺で、うわんって叫び声を上げる妖怪で、江戸の絵師・鳥山石燕の『画図百鬼夜行』にも描かれています。

第二話「火中の蓮華」は、本書カバー折り返しの紹介文にある、恋に取り憑かれたストーカー男の死をめぐる謎を解く一編。

第三話「西陣の暗い夜」は、西陣の老舗織元の社長夫婦と社長の弟で専務が惨殺死体で見つかった事件を描いています。
この事件は、鯉城の心に大きな爪痕を残すことになりました。

第四話「いとしい人へ」では、金貸しを営む老婆が惨殺死体で発見されました。ところが、事件が分かった前の晩に、鯉城は老婆の幽霊を見かけました。その時間には死んでいたはずの老婆がなぜ?
この話の中で、露木の過去と鯉城との出逢いにも触れられ、二人の親密な間柄が描かれています。と同時に、露木が謎解きをした過去の事件についても回想されます。
この回想シーンがくせものであり、本書の面白さの源泉となっています。

 探偵――。
 鯉城はよく、僕のことを名探偵だと褒めてくれる。
 しかし、謎を解くことで真実を明らかにする御役を探偵と呼ぶのなら、僕ほどその称号が相応しくない人間もないだろう。僕の推理は飽くまで鯉城に捧げるもの。鯉城の意表を突いて貰うためのもの。それが真実であるかどうかなど、どうでもよいのだ。

(『焔と雪 京都探偵物語』 P.205より)

なんという探偵でしょうか。
真実の追及よりも、友のために推理をすると言い切った探偵があったでしょうか?
このフレーズに痺れました。

第五話「青空の行方」では、阿武木薬業の創立百五十周年記念パーティで、出席者の一人が急死しました。会社の躍進の影に隠された不都合な過去とは?

刑事を辞めて、探偵の職に就いた鯉城。頭と体を使って困っている人に手を差し伸べる役柄が気に入っていました。ところが、真実が人を救うとは限らないと気付いたときに、悩みと葛藤が生まれました。

背景や小道具として、焔(炎)や雪が物語の中で印象的に使われています。
大正時代の京都の様子が全編を通じて描き出されていて趣きがあり、今よりも暗い夜を照らす焔の灯の温かさと、しんしんと降る雪の冷たさが物語の興趣を盛り上げて、我々を大正ミステリの世界に誘ってくれます。

焔と雪 京都探偵物語

伊吹亜門
早川書房
2023年8月25日発行

装画:ttl
装幀:早川書房デザイン室

●目次
第一話 うわん
第二話 火中の蓮華
第三話 西陣の暗い夜
第四話 いとしい人へ
第五話 青空の行方

本文291ページ
書き下ろし

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『焔と雪 京都探偵物語』(伊吹亜門・早川書房)
『刀と傘』(伊吹亜門・創元推理文庫)

伊吹亜門|時代小説ガイド
伊吹亜門|いぶきあもん|ミステリー作家1991年、愛知県生まれ。同志社大学卒業。2015年、短編「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞。2019年、『刀と傘 明治京洛推理帖』で、第19回本格ミステリ大賞小説部門を受賞。2020...