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江戸の名探偵が、能舞台殺人事件の怪を解く

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能舞台の赤光 多田文治郎推理帖鳴神響一(なるかみきょういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『能舞台の赤光(のうぶたいのしゃっこう) 多田文治郎推理帖』が幻冬舎文庫より刊行されました。

主人公の多田文治郎は、ただの浪人者ではなく、後に沢田東江(さわだとうこう)の名で、書家として、漢学者、儒学の碩学として、また、洒落本『異素六帖』の戯作者としても世に知られることになる、江戸の知識人です。

その文治郎が名探偵として活躍する、『猿島六人殺し』に続く、本格時代ミステリー・シリーズの第2弾です。

「黒田左少将どのの猿楽の催しに貴公をお連れしたいのだが」。公儀目付役・稲生正英の言葉に多田文治郎は耳を疑った。家出娘の相談で稲生邸を訪れたのだが、その話が終わるや否や乞われたのは、大大名の催す祝儀能への同道。幽玄の舞台に胸躍らせる文次郎だったが、晴れの舞台で彼が見たものとはいったい……?

物語は、相州三浦の猿島の事件から半年後、年の暮れに始まります。

猿島で舟を漕いでもらった漁師の娘・お涼が文治郎の長屋に突然やってきます。嫌な男のところへ無理やり嫁にやられそうになり家を飛び出してきたという。
男所帯で若い娘を置くことができない文治郎は、友人の宮本甚五左衛門が仕える、公儀目付役の稲生下野守正英の屋敷を訪れて、お涼を下働きとして置いてもらうように依頼し、快諾してもらいます。

その話の後で、正英から、黒田左少将(黒田左近衛権少将継高)の上屋敷で催される猿楽に誘われます。

 二日目の今日は、当主継高と側室鷲尾氏との間に生まれた十三女、厚姫の生誕を祝う観能会となっている。
 京の演能会の仕切りは、定光(じょうこう)流という聞き慣れない流儀だった。観世、宝生、金春、金剛、喜多の四座一流以外の猿楽も、上方などでは上演されることがあると聞く。だが、四座一流が席巻する江戸では極めて珍しい。
 
(『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』P.26より)

この演能会で招かれて白洲席の隅の一番後ろに座っていた札差・上州屋勢右衛門が頓死した姿で発見されます。観客のすべての目が舞台に向かっている上演中に、何者かに殺されました。

能が大詰めの『酒瓶猩々(しゅへいしょうじょう)』の演目が演じられる中、誰が上州屋を殺したのか? 演能会に招かれて同じ舞台を見ていた文治郎が殺しの謎に挑みます。

演能会で殺人が起こったということもあり、演能の場面が臨場感豊かに描かれていきます。
とくに、赤いざんばら髪を持つ童子のような外見で、二本足で歩き、酒を好む架空の生き物、猩々を主人公とした『酒瓶猩々』が圧巻です。

 中庭には徐々に闇がひろがり、舞台だけがあかあかと照らされている。
 やがて華やかな囃子の音が舞台に戻ると、橋掛かりから二人の猩々が現れる。
 この二人はシテではなく、ツレの猩々で、そろって、赤頭に、猩々というこの曲独自の赤顔の童子面を掛けている。紅地の鮮やかな唐織壺折の下に緋色の大口袴で全身赤ずくめ。
 二人は舞台の中央に進み出て、しばし連れ舞いを続けた。
 床板を踏み鳴らす猩々たちの足音の強弱が実に素晴らしい。複雑なその拍子に、文治郎の心は、夜の大河のほとりで繰り広げられる夢幻の宴へと誘われてゆく。
 
(『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』P.34より)

『酒瓶猩々』は、シテ方定光流の二代目宗家・定光栄山、一番弟子・河原宮之介、二番弟子・竹之内小源太、三番弟子・笹田藤二郎、四番弟子・岡沢弥八郎の五人が演じます。

博覧強記の文次郎は、事件現場を丹念に検分したり、上州屋の家族の話を聞いたり、定光流の能役者たちの話を聞いたりして、事件の核心に近づいていきます。その手並みと頭脳が名探偵を彷彿させて面白いところです。

本格的な推理トリックに挑めて、魅力的な名探偵がいて、江戸の文化芸術が楽しめる、時代ミステリー・シリーズです。読み終えたばかりですが、次巻の刊行が待ち遠しくてなりません。

◎書誌データ
『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』
出版:幻冬舎・幻冬舎文庫
著者:鳴神響一

カバーデザイン:重原隆
カバーフォト:
猩々 Kenichi Okuda/imagenavi
篝火 trek6500/shutterstock

初版発行:2018年6月10日
580円+税
251ページ

●目次
第一章 黒田家上屋敷演能会
第二章 新流儀の輝き
第三章 酒瓶猩々の言祝ぎ

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『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一・幻冬舎文庫)
『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一・幻冬舎文庫)

沢田東江|ウィキペディア