『傑作! 名手たちが描いた 小説・鎌倉殿の世界』の解題を担当しました。

これからの松

これからの松これからの松
(これからのまつ)
澤田ふじ子
(さわだふじこ)
[市井]
★★★☆☆☆

あとがきに、「歴史(時代)小説を書いているとはいえ、古くから多くの作家が書きつづけている歴史上有名な人物など、わたしはさして興味がない。有名なかれらに踏みつけられ、蹂躪されたうえ、巷間に埋もれていった名も知れぬ人たちの生き方に、わたしは共鳴し、誰もまだ手がけていない人々を作家として書くことを、自分の命題としているからだ」と書いているように作者は多くの作品の中で、京の市井に生活する人々に温かい眼差しをもって描き、多くの感動を与えている。

「これからの松」では、作者がかねてから魅力を覚えていた特殊な職業“古筆見(こひつみ)”―現代でいえば、美術品の鑑定家か―の世界を興味深く描いている。
「これからの松」の平蔵は、「橋」シリーズなどで描かれることが多い、向日性の主人公で、読んでいて気持ちいい。

一方、併載の書き下ろし中編「天路の枕」の主人公清十郎は、ちょっとしたきっかけで、奈落へと向かう破滅型であり、対照的で面白い。

題名にある「枕」は、俳句を意味しているが、清十郎の父が与謝蕪村の門弟として末席につらなっているほか、清十郎自身もいつも懐中に小さな句帳をしのばせていた。そんな訳で、物語の端々に蕪村の事跡が綴られている。

老中を輩出したりして、幕閣で重きをなしているわりに、時代小説では描かれることが少ない丹波篠山藩青山家が舞台になっている。

物語●「これからの松」高瀬舟の船頭の息子で炭屋に奉公していた平蔵は、熱心に絵を見る姿を、古筆家七代了延に認められ、弟子入りすることになった…。
「天路の枕」丹波篠山藩士の重蔵清十郎は、亡父が京留守居役をつとめた関係で、十一歳まで京で過ごした。そのため、領国にもどっても周囲から疎んじられていた…。

目次■これからの松(みとせの夏/夜寒の町/卯月の髪/中秋の絵)|天路の枕(深い霧/御門夜討/奈落の町/冬の鴉)|あとがき

装画:江口準次
装幀:熊谷博人
時代:「これからの松」宝暦六年(1756)。「天路の枕」寛政十一年(1799)。
舞台:「これからの松」新在家中之町通り、四条大和大路など。「天路の枕」丹波篠山、北舟橋町、祇園。
(朝日新聞社・1650円・95/12/1第1刷・250P)
購入日:97/4/15
読破日:98/2/1

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり=『真贋控帳―これからの松』(徳間文庫)]