おすず 信太郎人情始末帖
(おすず・しんたろうにんじょうしまつちょう)
杉本章子
(すぎもとあきこ)
[捕物]
★★★★☆☆
♪寡作で知られる著者の新境地を開いた連作時代小説。2002年度中山義秀(なかやまぎしゅう)文学賞受賞作。
「あのな、おすずさんがどうしても信ちゃんに会いたいから、なんとか算段をつけてほしいって、おれ、頼まれたんだけど……」
物語は、猿若町三丁目に櫓をあげる河原崎座の大札(金銭出納の元締め役)の下で働く信太郎のもとに、幼なじみで、田所町の岡っ引徳次の手下を務める元吉が、信太郎のかつての許嫁だったおすずからの伝言を持ってきたところから始まる。
おすずは横山町一丁目の呉服太物店槌屋項幸七の娘で、本町四丁目の同業美濃屋卯兵衛の総領信太郎とは、許嫁の間柄だった。信太郎はふとしたはずみで、女に身をもちくずし、家業をよそに放蕩を重ね、内証勘当(奉行所に届けない形ばかりのもの)されていた。
この連作は、単なる捕物帳ではなく、「人情始末帖」とシリーズタイトルについているように、人生につまずき、罪の意識をもつだけに、人に対して温かい、主人公・信太郎の活躍を描く、人情ものとなっている。
幕末の歌舞伎界の様子が随所に織り込まれていて、江戸の粋が楽しめる会心作。
物語●「おすず」かつて許嫁だったおすずと会うことになった信太郎は来春嫁に行くことを打ち明けられた…。「屋根舟のなか」大川を漂う屋根舟で商人と芸者の絞殺死体が発見され、姿を消した船頭に嫌疑がかかった。その船頭の娘は、信太郎とわりない仲のおぬいが営む吉原の引手茶屋千歳屋の女中おさとだった…。「かくし子」千歳屋に、小さい男の子を連れたおさよが乗りこんできた。おぬいの亡くなった前夫の隠し子だという…。「黒札の女」勧進帳の公演中に、信太郎は若いお店者から、黒札を使った呼び出しを依頼された。呼び出されて出てきた女は、二日前に柳橋の料理茶屋の前で板前と言い争っていた女だった…。「差しがね」仕事帰りの信太郎は今戸の住まいの近くで三、四人の男たちに突然襲われた…。
目次■おすず|屋根舟のなか|かくし子|黒札の女|差しがね|解説 細谷正充