おいち不思議がたり
(おいちふしぎがたり)
あさのあつこ
(あさのあつこ)
[捕物]
★★★★☆☆
♪『ガールズ・ストーリー おいち不思議がたり』(2009年12月・PHP研究所刊)を改題。単行本時から、時代小説らしからぬ、チャレンジングなタイトルで印象に残っていた。
霊感が強く、ときに患者に強い影響を与える人の思いを汲み取ることができる、不思議な力をもつ、十六歳の少女、おいちを主人公とする捕物小説。主人公おいちの純粋で無垢な思いと、その一途さからくる思い切った行動、少女らしさを巧みに描き、謎解きの世界に青春小説の甘酸っぱさや爽快感をもたらし、読み終わったあとに心地よい思いにさせてくれる。
松庵やおうた、岡っ引の仙五朗など、周りの大人たちが若いおいちに生き方を教える、人生の先輩として描かれていることも、この作品の美質である。
あさのさんが時代小説に限らず、青春小説の素晴らしい書き手の一人であることをあらためて思い出した。宮部みゆきさんや宇江佐真理さんも大人の手前にいる少女の心理を巧みに描いているが、あさのさんの場合、より現代人の感覚に合う感じがする。こんなところが若い女性の読者に支持される一因かもしれない。
主な登場人物◆
おいち:十六歳で、父の診療の手伝いをする
藍野松庵:おいちの父で、深川六間堀町の菖蒲長屋で町医者をやっている
おうた:おいちの伯母(亡くなった母お里の姉)で、八名川町の裕福な紙問屋『香西屋』のおかみ
直介:常盤町の生薬屋『鵜野屋』の若旦那
直右衛門:常盤町の生薬屋『鵜野屋』の主
お加世:直介の前妻、病で亡くなる
お絹:『鵜野屋』の奥女中
お梅:『鵜野屋』の下働きの娘
佐助:『鵜野屋』の一番番頭
おつね:『鵜野屋』の小女
おつた:鋳掛職人の女房
芳吉:おつたの息子
おとよ:芳吉の姉
新吉:飾り職人
仙五朗:相生町の髪結い床の主で、“剃刀の仙”と呼ばれる腕利きの岡っ引
物語●深川六間堀町の菖蒲長屋で町医者を営む松庵とおいちの父娘のところに、ある日、松庵の亡くなった女房の姉で、伯母にあたるおうたが、おうたの縁談話を持ってくる。相手は常盤町の生薬屋『鵜野屋』の若旦那で、男前で親孝行の働き者と評判の直介だった。しかし、おいちは父の仕事を手伝うことにやりがいを感じていて、お嫁に行く気はない。
おいちは、時折、血に染まったり、疝気や霍乱に苦しんだりする患者の姿が眼裏に見える不思議な能力をもっていた。数日後、松庵とおいちの父娘のもとを、直介が訪ねてきた。五つの子どものときに、松庵に命を助けてもらったという。しかし、おいちは直介の後ろに朧な影を感じ、眼裏に助けを求める女が浮かんだ…。
目次■菖蒲長屋/雨のおとない人/初夏の謎/鬼女の眼/修羅場の男/びらびら/お梅/科人の姿/真実の顔/人の世の/解説 そっと添えられた掌の温かさ 小手鞠るい