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『楊家将』―北方中国時代小説に魅了される

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北方謙三さんの『楊家将(ようかしょう)』上・下巻を読んだ。第38回吉川英治文学賞受賞作で、折紙つきの名作であることは疑う余地はないが…。時代小説愛好家の私としては、中国時代小説は守備範囲外で、北方さんには南北朝や江戸時代を舞台にした作品を書いてほしいという願いが強かったこともあり、『三国志』『水滸伝』をはじめとする北方さんの中国小説は読んでいなかった。

楊家将〈上〉 (PHP文庫)

楊家将〈上〉 (PHP文庫)

楊家将〈下〉 (PHP文庫)

楊家将〈下〉 (PHP文庫)

しかし、読んでいなかったくせに、ゼッタイ面白いと確信のようなものは持っていた。賞を取っていたり、書評で激賞されていたり、ファンが多かったりということからではない。『武王の門』や『破軍の星』など、北方さんの描く南北朝ワールドの魅力、面白さは、義や志といったものに漢(おとこ)たちが命を懸けて戦う三国志や水滸伝の世界にも通用するものだからだ。

武王の門〈上〉 (新潮文庫)

武王の門〈上〉 (新潮文庫)

破軍の星 (集英社文庫)

破軍の星 (集英社文庫)

さて、『楊家将』は、中国では京劇や講談などで語り継がれてきて、「三国志」を超える壮大な歴史ロマンとして人気があるそうだ。とはいえ、日本では翻訳すら出ていなかった物語で、北方さんの作品が発表されるまではその存在をまったく知らなかった。

時代は10世紀後半の中国。主人公の楊業(ようぎょう)は、軍閥である楊家の家長で宋に帰順し、領土を北から脅かす軍国・遼と対峙するために、北辺の守りについていた。国境を挟み、一触即発の状態の宋と遼。伝説の英雄・楊業と七人の息子たちの前に、遼の名将・耶律休哥(やりつきゅうか)が立ちはだかる。三十四歳ながら若いころから白髪で、髭も雪のように白く、北の土漠を疾駆することから「白き狼」と恐れられていた。そして、両国が威信を賭けた大戦がはじまる…。

 陣に掲げられている旗は、『楊』だけになった。

「王貴、私はおまえに嵌められたような気がする。こうして、北漢の旗が焼かれているのを見るとな」

「私が、殿を嵌めました。これは、生涯、私が背負っていくことでもあります」

「一緒に背負ってくれるということか。それにしても、お互いに底の底まで性格を知り尽くした付き合いというのも、どこか切ないものだな、王貴」

「秋(とき)は、そうやって残酷にやってくるものでございます、殿。そしてその秋は、血涙を滴らせても、摑まなければならないのです」

「いま、楊家の秋か」

(『楊家将』上、P.85より)

楊業が宋に帰順することを決めた場面で、側近の王貴との会話。読んでいる自分のほうも切なくてジーンと来る。楊家の人々が「血涙」を流すような苛烈な運命がここから始まると言ってよいかもしれない、心に残るシーンのひとつ。こういった、酔わせるような名場面が随所に描かれていく。

楊業の子どもたちは、上から、長男延平、二郎延定、三郎延輝、四郎延朗、五郎延徳、六郎延昭、七郎延嗣、八娘、九妹で、一番下の二人が娘でほかはすべて男で武芸に優れ、楊家軍の指揮官を務める。息子たちのキャラクターが描かれていて物語に多彩な面白さを加えている。

北方さんの時代小説はスケールが大きくダイナミズムがあることも魅力と思っていたが、中国の広い大地を舞台にした楊家の物語を読んでますますその思いを強くした。

こんなすばらしい作品に出合えたのは、今まで本を読んできたご褒美だと思うことにして、しばし日本から離れて中国の地を舞台にした北方さんの小説を楽しみたい。

おすすめ度:★★★★☆☆☆