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人に薦めたくなる捕物小説『夜半の綺羅星』

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安住洋子(あずみようこ)さんの『夜半の綺羅星(よわのきらぼし)』を読んだ。長塚節賞を受賞した『しずり雪』の姉妹編にあたる捕物小説である。前作もそうだが、安住さんの作品は一見して時代小説らしくないタイトルなので、注意深くチェックしていないと、見落としてしまいそうだ。

夜半の綺羅星 (小学館文庫)

夜半の綺羅星 (小学館文庫)

しずり雪 (小学館文庫)

しずり雪 (小学館文庫)

『しずり雪』は、天保の改革の時代を舞台に江戸の片隅に暮らす庶民の健気さを情感豊かに描いた佳品で、読み味がよかった。『夜半の綺羅星』は、『しずり雪』に登場した岡っ引きの友五郎の若き日に遭遇し、その後の人生を大きく変えた事件を描いた姉妹編といった性格の作品で、長編でじっくりと読ませる。

川瀬石町(日本橋)の老舗紙問屋富田屋の跡取りの達造は、養父との折り合いが悪く、心はすさむばかり。そんな達造の気持ちが安らぐのは、下働きのおたえとのひと時だった。―やがて、身を持ち崩した達造は家を出て、今は上野北黒門町の岡っ引きの友蔵親分の下っ引きとして捕り物に走り回ってる。江戸の町を跳梁する凶暴な盗賊を追ううちに、その魔の手は達造の周りにも及んできた…。

 灯りが消えた江戸の夜は闇に包まれていた。

 ……(中略)……

 空には、一面星が輝いていた。

「降ってきそうだよ」

 おたえも背のお光を揺らしながら顔を上げた。おんぶ紐で首を絞められそうになりながら、息を呑み見上げている。

「すごい数」

「江戸にいる人と同じくらい多いな」

 この夜空の星が江戸に住む人ならば、もうこの中には父と祖父はいないと、達造はふと考える。こんなに数え切れぬくらい星が煌いているというのに、父も祖父もいないのだ。

「おたえと俺の星もあるのかなぁ」

 夜空の闇に目が慣れてくると、星はその数を増していく。

「綺麗ですね」

「煙草入れの蒔絵の金と銀みたいだ」

「蒔絵って?」

(『夜半の綺羅星』P.61より)

子守奉公のおたえは夜泣きがひどいお光をおぶって、家を出て近所の聖天稲荷で夜明けまで過ごすことがあった。達造は幼いおたえには心細いだろうと思い、朝まで一緒に付き合っていた。そんな二人が星を見上げながら語り合うシーンである。そういえば、しばらく夜空の星をゆっくりと見ていないなあ。

ハードボイルドな捕物小説としみじみとした味わいのある市井小説の2つの要素が絶妙にブレンドされていて、ストーリー展開を楽しみながら心温まる読書ができた。人にちょっと薦めたくなる時代小説である。

一緒に収録された短篇「福良雀」は若き根付職人を主人公にしているが、岡っ引き友五郎シリーズの一編。人への温かさがある物語である。