『あかんべえ』と宮部ワールド

宮部みゆきさんの『あかんべえ』を読んだ。ほっこりとした快い余韻が残る、まぎれもない宮部ワールドが炸裂している時代ファンタジーだ。何で今まで読まなかったのだろうかと思ってしまう。

あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)

あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)

あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)

あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)

深川・海辺大工町の料理屋「ふね屋」では、店の船出を飾る宴も終わろうとしていた。主人の太一郎が胸をなでおろした矢先、突然、抜き身の刀が暴れ出し、宴席を滅茶苦茶にしてしまう。ふね屋の十二歳になる娘のおりんは、高熱を発して三途の川を渡りかけて以来、お化けの玄之介、おみつ、笑い坊、お梅らの姿を見ることができるようになった。彼らはなぜ、お化けになって、ふね屋の屋敷に居つくことになったのか…。

宮部ワールドが心地よいことの一つに、比喩表現が素敵なことがあげられる。

「どれ、大きく息をしてごらん」

 お医者さまに言われて、おりんは息をした。胸の奥で、ぜいぜいという音がした。おりんのなかで、うんと小さなもうひとりのおりんが、踏み車を回す白ねずみみたいに一生懸命に走って、おりんの命をつなごうと頑張っている。そんな気がした。ぜいぜいはあはあいう音は、その小さなおりんの息づかいなのだ。

(『あかんべえ』上 P.34より)

小さな体で病と闘っている少女の健気さが伝わってくる。おりんが若侍のおばけ・玄之介と出会い会話を交わすところでは、こんな表現が出てくる。

 この人とお話をしていると、頭がこんがらがりそうになる。おりんは両手でほっぺたを押さえた。そうやって支えていないと、混乱した頭が肩口から落っこちそうだ。

(『あかんべえ』上 P.125より)

曇り空を表現するのに、

(前略)…今日はあいにくの曇り模様で、空いっぱに、綿屋が商いを広げている。それもつやつやの真綿ではなしに、灰色の古い綿だ。誰かが天の神さまの布団の打ち直しをしているのかもしれない。

(『あかんべえ』上 P.158より)

「子どもの心は、畳替えをしたばっかりの、家具も何もないまっさらの座敷みたいなものだからね。」(P.253)、「彼の目から流れ出る涙をつなげたら、おりんの手首にかけるのにちょうど具合がいいぐらいの数珠がつくれるだろう。それぐらい大粒の、きらきら光るきれいな涙だった。」(P.317)と、こんな表現に触れるたびに、宮部ワールドに引き込まれていく。

文体だけではなく、ストーリーテリングの面でも、まぎれもない傑作の時代小説である。