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江戸の風俗が堪能できる捕物帳

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東郷隆さんの『異国の狐』を読んでいる。幕末の江戸を舞台にした、芝神明の御用聞き・万吉親分が活躍する連作形式の捕物小説。万吉の水際立った捕物ぶりを描くともに、激動する時代の様子と江戸の風俗を映し出す作品になっていて、捕物帳の面白さが満喫できる。

とくに注目したいのは、登場人物たちの交わす江戸ことばと、当時の風俗が描かれている点である。

たとえば、万吉が子分の辰五郎に答える場面。

 かちかちと拍子木が鳴って、何事かと辰五郎が戸外を覗いた。

「なんでえ、町内の布令かと思やあ、新網町かよ」

 新網町というのは、願人坊主のことだ。芝のそのあたりには札配りや井戸の払いといった、乞食とも売僧(まいす)ともつかぬ連中が大勢住んでいる。

「真っ昼間、拍子木叩いて歩くのは、近頃御法度の第一だ。いっちょう走って行って、引きやしょうか」

「やめとけよ」

 寝転がって借本なんぞをめくっていた万吉が、生あくびを噛み殺しながら言った。

(『異国の狐』「御台場嵐」P.89より)

願人坊主のほかにも、文政期、江戸の神道者が食えなくなって始めたという「わいわい天王」という言葉も紹介される。伊勢の猿田彦(天狗)の面を付けて、紅摺りの牛頭天王様の張り札を子どもたちに配り、「わいわい天王、騒ぐがお好き」などと唱えて踊り歩く商売である。そういえば、どちらも都筑道夫さんの「なめくじ長屋シリーズ」の登場人物たちの商売だった。

また、この「御台場嵐」の話では、御台場銀と呼ばれる、御台場築造工事の人足への支払い用に鋳造された応急の貨幣が出てくる。御台場銀は一朱銀(一両の十六分の一)だったが、一朱は通常「六百二十五文」のところ、この貨幣は銀の質が悪く、その表には「二百五十文」と記されていた。つまり、今までの一朱銀の40%の価値しかないために評判が悪かったという。

今まで知らなかった、江戸の猥雑なる部分や歴史書で扱われなかったことについて触れることができて興味深かった。