2025年「時代小説SHOW」のベスト10(単行本)

「時代小説SHOW」による、2025年時代小説ベスト10【単行本部門】を発表いたします。
対象作品は、Amazonでの発売日、または奥付表記が2024年11月1日から2025年10月31日の間に発行された時代小説で、四六判サイズの作品に限ります。
2025年は、昭和100年、戦後80年という節目の年にあたり、昭和を描いた作品を読む機会が多くありました。
令和7年となり、昭和の時代はますます遠くなり、隔世の感を覚えます。
戦後間もない1950年代頃までであれば、現在では歴史・時代小説として捉えてもよいのではないかと感じました。
「時代小説SHOW」では、面白い時代小説をさまざまな形で紹介しています。
今回のベスト10では、時代小説の世界に新しい読者を招き入れるような魅力的な作品を選出することを心がけました。

装幀:柳沼博雅
カバー表1装画:歌川広重「名所江戸百景・市中繁栄七夕祭」(Colbase)
カバー表4装画:一勇斎国芳「滝夜叉姫と骸骨の図」(国立国会図書館)
武内涼(たけうち・りょう)
朝日新聞出版
2025年8月刊
♪ 歌川派の総帥・豊国の弟子となる国芳と、美人絵や名所絵を得意とする豊広の弟子となる広重。
同じ歌川派に属しながら、描く絵も画風も異なり、これまで接点があまりなかったと考えられてきた対照的な二人が、子どもの頃に出会っていたという設定に、強い興趣を覚えました。
さらに、その二人の間に、絵の怪物・北斎の娘であるお栄を配し、幼い三角関係を描いた展開も魅力的です。
やがて三人はそれぞれの道を歩んでいきますが、その生涯が作品とともに活写されていく物語は、非常に読みごたえがあります。とくに、広重が北斎の影を追いながら、自らの絵に足りないものに気づいていく場面には、深い感動を覚えました。
伝奇時代小説や戦国小説の名手である著者の新境地を示す一作として、新たな代表作にふさわしい作品だと考え、推しました。

装画:鈴木牧之編撰・京山人百樹増修・京水百鶴画図『北越雪譜』図版より
装幀:新潮社装幀室
木内昇(きうち・のぼり)
新潮社
2024年12月刊
♪ 江戸の人々に雪国の風物や綺談を伝えたいという思いで綴られた『北越雪譜』が、世に出るまでに四十年を要しました。
江戸の出版界に翻弄されながらも、「書かなければ夢は終わらない」と執念を貫いた儀三治(鈴木牧之)の姿に、心を打たれました。
家族を愛しながら軽妙に書き続けた天才肌の山東京伝と、創作に人生を捧げる職業作家・曲亭馬琴との対比も見事です。
大河ドラマ「べらぼう」にも登場した二人の創作スタイルの違いや矜持を描き出し、蔦屋重三郎亡き後の江戸出版界の厳しい状況を鮮やかに浮き彫りにしています。
新潟県出身者の一人としても、『北越雪譜』に懸けた先人の思いと奮闘には、ただただ頭が下がる思いでした。

bookdesign:cowbell
photo:iStock
月村了衛(つきむら・りょうえ)
中央公論新社
2025年10月刊
♪ 日本では、朝鮮人であるという理由だけで差別を受けていた昭和30年代の大阪を舞台に、在日朝鮮人の二人の少年を描いた昭和史エンターテインメントです。
「誰もが希望する職業に就け、安定した暮らしを送れる」と宣伝されていた北朝鮮。大学進学の夢を断たれた仁学は、在日朝鮮人の帰還事業にのめり込んでいきます。
一方、親友の勇太はやくざの抗争に巻き込まれ、報復を恐れて、仁学に勧められるまま北朝鮮への帰還船に乗ることになります……。
勇太が目にした現実と、圧倒的な迫力で描かれる物語に引き込まれ、差別や貧困、嫉妬といった人間の負の感情が、容赦なく突きつけられます。その激しさに、心を強く揺さぶられました。
昭和史には、これまで知らなかったこと、深く考えてこなかったことが多くあると痛感し、もっと学ぶ必要があるのだと気づかされました。

装丁:鈴木久美
装画:Q-TA
編集協力:関根享
石川智健(いしかわ・ともたけ)
河出書房新社
2025年7月刊
♪ 太平洋戦争下を舞台に、警視庁に所属するカメラマンで警察官の石川光陽と、絞殺死体に残る傷「吉川線」を提唱した鑑識官・吉川澄一という、実在した二人の警察官がバディを組み、洋装女性連続不審死事件の謎を追うミステリーです。
二人のキャラクター設定と、捜査の過程の描写が非常に秀逸です。
洋装の女性たちの連続不審死をめぐる捜査が進むにつれ、明日の命も知れぬ極限状況の中で、洋装をまとい、パーマネントをかけ、美を追い求めた女性たちの存在が浮かび上がってきます。
本作は、単なるミステリーにとどまらず、戦争そのものを描くことにも主眼が置かれています。
東京大空襲の場面は、圧倒的な描写力で描かれており、息を吐くことさえ忘れてしまうほどです。
空爆がもたらす高温や息苦しさまでも体感できるかのような連続する描写に、強い衝撃を受けました。

装画・口絵・扉絵/北村さゆり
題字/北村宗介
装幀/芦澤泰偉・五十嵐徹
今村翔吾(いまむら・しょうご)
朝日新聞出版
2025年4月刊
♪ 南北朝時代に南朝方に仕えた、楠木正成の嫡男・正行の生涯を描いた歴史小説です。
とくに注目したいのは、偉大な父を持ち、「忠義」とは何かに葛藤し、悩み続ける若者として、多聞丸(後の正行)が描かれている点です。
戦前の教育教材で強調されてきた英雄像とは異なり、南北朝の動乱を生き抜いた一人の若者としての姿が、丁寧に描かれています。
民を思い、戦のない世を目指し、恋や冒険にも命を懸ける――。
そんな青春を生きる若者の姿を描いた、心に深く響く時代青春小説となっています。

装画:県指定文化財 叡山図 曾我蕭白筆(1幅 江戸時代 滋賀県立琵琶湖文化館蔵)
装丁:関口聖司
住田祐(すみだ・さち)
文藝春秋
2025年9月刊
♪ 比叡山延暦寺の僧たちが挑む、千年の歴史を刻む仏道修行「北嶺千日回峰行」という、過酷な荒行を描いた歴史小説です。
僧の修行という、一見すると地味で読者の関心を惹きにくそうな題材でありながら、読み進めるうちに人間ドラマの力強さに引き込まれました。
皇室ともゆかりの深い延暦寺を舞台に、「千日回峰行」に挑む対照的な二人の僧侶が登場します。二人はそれぞれ、この修行を成就しなければならない事情を抱えていました。
厳しい修行の中で描かれる人間の極限と信念が胸を打ち、同時に歴史の奥深さも味わえる作品です。
そして何よりも驚かされたのは、エンターテインメント小説化が難しいと思われる題材を、本作が新人作家によって書かれている点でした。末頼もしい才能の登場です。

装画:中島梨絵
装幀:坂野公一(welle design)
葉山博子(はやま・ひろこ)
早川書房
2025年7月刊
♪ 本書は、台湾人の富豪を養父にもつ陳永豊と、植民地官僚を父にもつ台湾生まれの日本人・生田琴司という、二人の若者を主人公に描かれています。
二人は戦争に翻弄されながらも、子どもの頃の夢である植物学者への思いを胸に抱き、対照的な人生を歩んでいきます。その波瀾に満ちた生涯が、丹念に描かれています。
一見、戦争とは無縁に見える二人の人生も、太平洋戦争によって大きく翻弄されていきました。
戦時下の台湾や日本の委任統治領において、日本人が何をし、民間人がどのように生きていたのかについて、これまでほとんど知る機会がなかっただけに、興味深い描写の連続でした。
知的好奇心を大いに刺激されると同時に、過ちを繰り返さないために歴史から学ぶことの重要性を、あらためて考えさせられる一冊です。

装幀:芦澤泰偉
装画:影山徹
伊吹亜門(いぶき・あもん)
PHP研究所
2025年1月刊
♪ 本書の核となる「相沢事件」(1935年)は、皇道派と統制派の対立を背景に起きた、軍内部の衝撃的な事件であり、翌年の二・二六事件へとつながる重要な出来事でした。その真相を追うのが、憲兵大尉・浪越破六です。
彼は、警察のようなペアでの捜査ではなく、単独で危険に飛び込んでいくハードボイルドな探偵役を担っています。時には暴力も辞さない捜査手法で真相に迫る姿勢は、現代の倫理観とは一線を画しながらも、当時の軍事警察の臨場感を生々しく描き出しています。
事件そのものの真相以上に、「もう一つの事件」の顛末を追うことで、二・二六事件発生前夜における青年将校たちの熱量と張り詰めた緊張感が、鮮やかに伝わってきます。
リアリティに満ちた昭和史ミステリーとして、際立った一作です。

装画:朝江丸
題字:伊藤康子
装丁:加藤岳
平谷美樹(ひらや・よしき)
実業之日本社
2025年7月刊
♪ 平安時代に起こった、朝廷と陸奥国の蝦夷との戦いである前九年・後三年合戦を、蝦夷側の視点から描いている点が本書の大きな特徴です。その視点の新鮮さから、非常に興味深く読み進めることができました。
物語は安倍氏・清原氏側の立場から語られるため、一族の一人ひとりが丁寧に描かれています。とりわけ、安倍頼良の八人の息子と三人の娘が、それぞれの役割や言動を通して立体的に描写され、一族の強い紐帯が鮮やかに浮かび上がります。滅亡へと向かいながらも、未来に一縷の望みを託す刹那な思いに、胸を激しく揺さぶられました。
詳細に描かれる戦闘場面の連続では、数的に不利でありながらも戦巧者として立ち向かう安倍一族の戦いぶりが際立ち、圧倒的な臨場感に引き込まれます。
また、蝦夷に同情を寄せる温厚な源頼義と、若者らしく功名心が強く好戦的な義家という人物造形も見事です。さらに、想定外の方法で蝦夷を翻弄していく親王の密偵・木幡橿几の存在が、敵役として物語の興趣を大いに高めています。
一族にとっては不条理とも言える敗戦と悲劇を描きながらも、後味の良い読後感を残すのは、蝦夷側への深い共感と哀歓を寄せる、岩手県在住の著者ならではの筆致によるものだと感じました。

装丁:野中深雪
装画:龍神貴之
米原信(まいばら・しん)
文藝春秋
2025年7月刊
♪ 第102回オール讀物新人賞を最年少で受賞した「盟信が大切」を収録した作品集ですが、特筆すべきは、受賞作と同水準の完成度を誇る連作五編を揃え、全六作で芝居の世界を構築し、一つの物語としても楽しめる構成になっている点です。
役者や裏方の芸に懸ける思いや情熱、役作りを描く芸道小説というよりも、芝居町で起こる出来事そのものに光を当てている点も、本書の大きな魅力です。
歌舞伎の演目そのものも楽しめる構成で、芝居好きにはたまらない趣向です。
まるで歌舞伎の公演を観ているかのように、大向こうをうならせる魅力が詰まった一冊です。
時代小説ベスト10【文庫書き下ろし部門】

