このコーナーでは、新しく書棚に加わった本を中心に、少しずつご紹介していきます。
治水新技術「紀州流」を確立し、旗本へと出世した井澤弥惣兵衛
『飛上りもん』|高田在子|中央公論新社
本書は、紀伊国の農民出身でありながら、還暦を過ぎて旗本となり、関東に水田を増やしてコメの増産に大きく貢献した井澤弥惣兵衛(いざわ・やそうべえ)の半生を描いた歴史時代小説です。
著者について
著者の高田在子(たかだ・ありこ)さんは、1972年横浜市生まれ。
2015年、文庫書き下ろし時代小説『忍桜の武士 開花請負人』(白泉社招き猫文庫)でデビューされました。
以降、「はなの味ごよみ」シリーズ(角川文庫)、「まんぷく旅籠 朝日屋」シリーズ(中公文庫)などで人気を博している時代小説家です。
本作は、作家生活10周年の節目に刊行された、初の単行本となります。
あらすじ
紀伊国の豪農・井澤弥惣兵衛は、大切な人を洪水で失った無念を晴らすため、治水技術「紀州流」を確立します。
その才を見抜いた「米将軍」徳川吉宗により江戸へ呼び寄せられ、60歳を過ぎて旗本に取り立てられました。
吉宗のもとでコメ増産に成功した弥惣兵衛は、やがて勘定吟味役へと異例の出世を遂げます。
変わり者と評された弥惣兵衛を支えた家族や弟子たちとの交流を交えながら描かれる、壮大な人間ドラマです。(『飛上りもん』カバー帯の内容紹介より抜粋・編集)
ここに注目!
タイトルの「飛上りもん」に含まれる「飛上り」とは、一足飛びに出世する人、すなわち成上りを意味する言葉として『広辞苑』にも掲載されています。また、突飛な言動をする人、向こう見ずといった意味も併せ持っています。
主人公・井澤弥惣兵衛(幼名・弥太郎)は実在の人物で、紀伊国那賀郡溝口村の豪農の長男として生まれました。幼少期から学問を仕込まれ、九歳にして、治水に携わる父から測量の知識を学んでいます。
やがて大雨が続き、村を流れる貴志川が氾濫。弥太郎は親友を洪水で失いました。「川をまっすぐにし、そのまま水を流してしまえばいい」という思いに囚われた彼は、本格的に治水技術を学ぶことを決意します。
現在でもコメ不足は私たちにとって重要な問題ですが、武士の給与が米を基準としていた江戸時代においては、今以上に深刻な死活問題でした。八代将軍徳川吉宗が、改革の根幹をコメ政策に置き「米将軍」と呼ばれたのも、その象徴といえるでしょう。
幕府の根幹を揺るがすコメ不足に直面した吉宗は、弥惣兵衛を江戸へ呼び寄せ、旗本に取り立てたうえで、コメ増産という大事業を託します。
弥惣兵衛は「紀州流」と呼ばれる治水技術によって関東各地に水田を広げていきます。本書は、新田開発に功績を挙げた農民出身の幕臣、いわばテクノクラートの生涯を描いた感動の物語です。
突飛な行動も辞さない「飛上りもん」であり、「誰かと同じことをする必要はない」という信念を持つ主人公だからこそ、人の心を動かし、イノベーションを起こすことができたのだと気づかされます。
徳川家康に重用された関東郡代・伊奈忠治の系譜と、吉宗を支えた治水家・井澤弥惣兵衛。埼玉県に残る見沼田んぼの歴史にも触れられる、骨太な歴史小説です。
著者の新たな代表作となる一冊でしょう。
今回取り上げた本
書誌情報
『飛上りもん』
高田在子
中央公論新社
2026年1月10日 初版発行
装幀:五十嵐徹
装画:山本祥子
目次
第一章 紀州の天狗と友との誓い
第二章 師とともに描く川の未来図
第三章 米将軍吉宗が与えし使命
第四章 豊穣への祈り
第五章 家康が頼りし伊奈流の先へ
本文433ページ
ソフトカバー
書き下ろし





