『南洋標本館』|葉山博子|早川書房
昨年(2025年)は、昭和100年・終戦80年という節目の年にあたり、それまであまり手に取ってこなかった、戦時下を舞台にした作品に目を向けるようになりました。節目の年だけ過去の戦争を振り返るのでは不十分ですが、そこをきっかけに関心を持ち続けていきたいと考えています。
葉山博子(はやま・ひろこ)さんの『南洋標本館』(早川書房)は、戦時下の台湾を舞台に、植物学に命を懸けた二人の若者の生涯を描いた長編歴史ロマンです。終始ワクワクしながら読み進めた一冊でしたので、ここに紹介します。
著者について
著者は1988年、石川県金沢市生まれ。2023年に『時に睡蓮を摘みに』で第13回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞し、同作(早川書房刊)で作家デビューを果たしました。
同作は、世界大戦へと向かう時代に、仏領インドシナで地理学を学ぶ一人の日本人女性の運命を描いた物語です。
あらすじ
大正十一年、日本統治下の台湾。漱石を読み、端正な日本語を話す秀才・陳は、台湾生まれの日本人・生田琴司とともに植物学者を志していました。しかし、養父母の期待を背負う陳は、意思とは裏腹に東京帝大医学部へ入学することになります。
台北帝国大学で研究を続ける琴司が、帝国委任統治領のサイパン、パラオなど南洋諸島への採集旅行に出かける一方で、陳は国や民族をめぐる問いに葛藤しながら、陸軍軍属の技師としてニューギニア探検へと向かいます――。
戦時下の採集探検、任地・蘭印での恋、皇民としての葛藤。波瀾の運命を生きる台湾人青年の大ロマンです。
(『南洋標本館』カバー袖の紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
本書は、アガサ・クリスティー賞を受賞してデビューした葉山博子さんの、デビュー第2作にあたります。物語は、大正十一年(1922年)、日本統治下の台湾・台北から始まります。
植民地官僚を父に持つ、台湾生まれの日本人・生田琴司(いくた・きんじ)は、台北の総督府高等学校尋常科に入学し、美しい日本語で「愛読書は夏目漱石です」と自己紹介をした台湾人青年・陳永豊(タン・イェンホン)とすぐに親しくなります。
陳が見せてくれた、押し花や乾燥させた葉を貼り付けた手製の植物コレクションに心を打たれた琴司は、「なら一緒に標本を作ろう。採集旅行にも行こうよ」と声をかけ、二人は意気投合します。
植物学者になる夢を抱きながらも、養父の期待に応えるため東京帝大医学部へ進学する陳と、台北帝国大学農学部へ進む琴司。二人は異なる道を歩み始めます。
大学で著名な植物分類学者のもと、サイパンやパラオなど南洋群島への植物採集探検に出かける琴司に対し、東京で医学生となった陳は、台湾とはあまりに異なる気候や人々の密集、志に沿わない医学の勉強、そして両親の期待に応えねばならない重圧から、次第に心を病んでいきます。
子どもの頃の夢である植物学者を胸に抱きながら、対照的な人生を歩む陳と琴司。二人の波瀾に満ちた生涯が、丹念に描かれていきます。彼らの時間軸は、ときに離れ、ときに交差しながら進んでいきます。一見、戦争とは無縁に見える二人の人生も、太平洋戦争によって大きく翻弄されていきました。
戦時下の台湾や日本の委任統治領において、日本人が何をし、民間人がどのように生きていたのかを、これまでほとんど知らなかっただけに、興味深い描写の連続でした。知的好奇心を大いに刺激されると同時に、過ちを繰り返さないために歴史から学ぶことの重要性を、あらためて考えさせられる一冊です。
今回取り上げた本
書誌情報
『南洋標本館』
葉山博子
早川書房
2025年7月25日初版発行
装画:中島梨絵
装幀:坂野公一(welle design)
目次
序章
第一章 交錯
第二章 最初の探検
第三章 惑い
第四章 東洋のウォーレス
第五章 閑暇
第六章 嘉義へ去る
第七章 縁
第八章 応召
第九章 台北に帰る
第十章 無憂境
第十一章 ポナペ島最後の探検
第十二章 『戦地の植物学者』
第十三章 桜
第十四章 筏
第十五章 植物学者たちの終戦
第十六章 告発
第十七章 青天、白日の下に
終章
注釈
謝辞
出典
主要参考文献
ソフトカバー
本文529ページ
書き下ろし








