『かぶきもん』|米原信|文藝春秋
2025年に楽しく読ませていただきながらも、「時代小説SHOW」で紹介し損なってしまった作品がいくつかあります。米原信(まいばら・しん)さんの『かぶきもん』(文藝春秋)も、その一冊です。
新人賞の候補作に推したこと、また書評で取り上げようと考えていたこともあり、これまでサイトで紹介する機会を逸してしまいました。申し訳ありません。
2025年は、私にとって歌舞伎鑑賞デビューの年でもありました。
最初はそれほど熱心だったわけではありませんが、劇場で生の舞台を観ると、役者の演技や踊りの所作の美しさ、豪華な衣装や大がかりな舞台装置など、すべてに圧倒され、すっかり魅了されてしまいました。
その影響もあってか、歌舞伎を題材にした小説の面白さが、以前よりぐっと理解しやすくなったように感じています。
著者について
著者は2003年、群馬県生まれ。東京大学文学部在学中です。
2022年、「盟信が大切」で第102回オール讀物新人賞を受賞。当時19歳という、史上最年少での受賞となりました。
受賞作を収録した本書『かぶきもん』で作家デビューを果たし、2025年には同作で第14回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞しています。
あらすじ
文政二年(1819年)。江戸歌舞伎の二大スターである三代目尾上菊五郎と七代目市川團十郎が、それぞれの芝居小屋で、時を同じくして「助六」を演じます。 江戸芝居一の「粋な男」とされる助六は、成田屋・市川團十郎が代々演じてきたお家芸で、上演すれば必ず大入りとなる演目です。 一方、“圧倒的劣勢”と見られていた菊五郎の助六に、なぜか人々は熱狂し、團十郎の助六は途中で打ち止めになってしまいます――(「牡丹菊喧嘩助六」)。
天才狂言作者・鶴屋南北の筆は次々と傑作を生み出しますが、金が物を言う世の中では、ケチな金主との間であの手この手の化かし合いが繰り広げられます。
すかっと笑える歌舞伎ものがたり、始まり、はじまり――。(『かぶきもん』Amazonの紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
本書は、第102回オール讀物新人賞を最年少で受賞した「盟信が大切」を収録した作品集ですが、特筆すべきは、受賞作と同水準の完成度を誇る連作五編を揃え、全六作で芝居の世界を構築し、一つの物語としても楽しめる構成になっている点です。
役者や裏方の芸に懸ける思いや情熱、役作りを描く芸道小説というよりも、芝居町で起こる出来事そのものに光を当てている点も、本書の大きな魅力です。
江戸歌舞伎が全盛を迎えた文政期。七代目市川團十郎と三代目尾上菊五郎が人気を二分し、立作者・鶴屋南北(四代目)が次々と傑作を生み出した芝居小屋の活気と、わちゃわちゃとした楽屋裏の空気が見事に再現されています。
各話には、有名な歌舞伎の演目が物語の中に巧みに織り込まれ、読者の興味を引きつけます。
たとえば「牡丹菊喧嘩助六」では、菊五郎が團十郎の持ちネタである「助六」(『助六所縁江戸櫻』)を演じたいと言ったことから、芝居小屋を揺るがす大騒動が巻き起こります。
「ためつすがめつ」では『菅原伝授手習鑑』、
「伊達競坊主鞘當」では『浮世柄比翼稲妻』、
「連理松四谷怪談」では『東海道四谷怪談』、
「盟信が大切」では『盟三五大切』、
「耶蘇噂菊猫」では『独道中五十三驛』が、それぞれ下敷きとして登場します。
歌舞伎の演目そのものも楽しめる構成で、芝居好きにはたまらない趣向です。
まるで歌舞伎の公演を観ているかのように、大向こうをうならせる魅力が詰まった一冊です。
末恐ろしい時代小説家の誕生を実感させる作品であり、次作への期待も大いに高まります。
今回取り上げた本
書誌情報
『かぶきもん』
米原信
文藝春秋
2025年1月30日第1刷発行
装丁:野中深雪
装画:龍神貴之
目次
牡丹菊喧嘩助六
ためつすがめつ
伊達競坊主鞘當
連理松四谷怪談
盟信が大切
耶蘇噂菊猫
ソフトカバー
本文255ページ
初出
「牡丹菊喧嘩助六」「オール讀物」2023年11月号
「ためつすがめつ」書き下ろし
「伊達競坊主鞘當」書き下ろし
「連理松四谷怪談」「オール讀物」2024年7・8月号
「盟信が大切」「オール讀物」2022年11月号
「耶蘇噂菊猫」書き下ろし











