『地上の楽園』|月村了衛|中央公論新社
月村了衛(つきむら・りょうえ)さんによる昭和史小説、『地上の楽園』(中央公論新社)をご紹介します。
著者について
2010年、早川書房から『機龍警察』で小説家デビュー。シリーズ第2作『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞を受賞しました。
2013年には『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞を受賞。SF小説を中心に活躍されてきましたが、2015年には時代小説『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞を受賞されています。
同年の冒険小説『土漠の花』は第12回本屋大賞で5位となり、第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。現在は日本推理作家協会の常任理事としても活動中です。
2023年には『十三夜の焔』で第12回日本歴史時代作家協会賞の候補となりました。
あらすじ
1959年の大阪――。在日朝鮮人への蔑みと暴力が横行する街で、「地上の楽園」と称される北朝鮮への帰国運動が過熱していました。
高校生の孔仁学は、ヤクザの抗争に巻き込まれて窮地に立つ親友・玄勇太に「帰国」を勧めます。
北朝鮮行きを決めた勇太でしたが、帰国船で出された貧しい食事や劣悪な寝床の様子に、「楽園」への違和感を覚え始め……。(『地上の楽園』カバー紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
本作は、1959年12月に始まった北朝鮮による在日朝鮮人の帰還事業を題材に描いた、昭和史エンターテインメント小説です。
舞台は昭和三十四年(1959)の大阪・猪飼野(いかいの)。在日朝鮮人や韓国人が多く暮らす地域です。
主人公の孔仁学(こう・じんがく)は、朝鮮学校ではなく公立高校に通い、日本の大学進学を目指す優秀な高校生。清掃業に従事する父母と兄妹の五人家族で暮らしています。
在日朝鮮人である仁学は、社会でも町でも、そして学校でさえも、朝鮮人という理由だけで差別を受けてきました。
高校の恩師に誘われ、朝鮮総聯(そうれん)分会が主催する北朝鮮帰国問題の勉強会に参加したことから、彼の運命の歯車が回り始めます。
北朝鮮を取材した旅行記『38度線の北』を読んだ仁学は、金日成のもとで発展し、差別のない理想社会を築いた国の姿に感銘を受け、強く心を動かされます。
やがて兄が工場で大怪我を負い失職し、仁学自身も進学の夢を断たれてしまいます。
失意の中、彼は総聯の帰国運動にのめり込み、受験勉強をやめてまで周囲に祖国のすばらしさを説き、一人でも多くの人を帰国させようと尽力します。
一方、幼なじみの玄勇太(げん・ゆうた)は、荒れた生活を送り、チンピラ仲間とつるむようになっていました。
ある日、ヤクザの抗争に巻き込まれて報復を恐れて逃げ隠れる勇太に、仁学は「帰国」を勧めます。
日本では「誰もが希望する職業に就け、安定した暮らしを送れる」と宣伝されていた北朝鮮。
しかし、勇太がたどり着いた祖国は、本当に「地上の楽園」だったのでしょうか。
勇太の見た現実と、圧倒的な迫力で描かれる描写に引き込まれ、差別・貧困・嫉妬といった人間の負の感情が容赦なく描かれます。
その激しさに、読む者の心が強く揺さぶられます。
憤りを覚えるとともに、これまで在日朝鮮人の置かれてきた悲惨な状況に目を向けてこなかった自分に気づかされました。
在日朝鮮人・韓国人の問題だけでなく、戦後に起こった出来事をほとんど知らなかったことにも愕然とします。
そして、この帰還事業を推進した政治家、マスコミ、学者たちは果たして責任を取ったのでしょうか。
本作は、私たちに深い問いを投げかけます。
なお、タイトルに添えられた「지상 낙원(チサン ナグォン)」は、韓国語で「地上の楽園」を意味します。
今回取り上げた本
書籍情報
地上の楽園
月村了衛
中央公論新社
bookdesign:cowbell
photo:iStock
2025年10月25日 初刷発行
目次
第一部
第二部
終幕
本文477ページ
「中央公論」2024年4月号から2025年4月に連載された「地上の楽園」を加筆修正したもの。






