今日読みたい本|『世尊寺殿の猫』|アグニュー恭子|論創ノベルス

ご縁があって日本歴史時代作家協会賞に関わらせていただくようになり、今年で4回目を迎えました。
これまでは選考委員として携わっていましたが、自由になる時間が増えたこともあり、今回からは協会の事務局の仕事もお手伝いさせていただいています。
2025年10月24日に開催された第14回日本歴史時代作家協会賞では、受賞者トーク&サイン会(会場:東京・紀伊國屋書店新宿本店)と授賞式&受賞パーティー(会場:神保町・出版クラブ)にて、新人賞を受賞された作家のアグニュー恭子さんとお会いする貴重な機会がありました。
アグニューさんは北アイルランド在住ですが、今回の受賞を大変喜ばれ、協会賞関連のイベントに参加するため、ご主人とお子さんとともに来日されました。里帰りを兼ねての訪日だったそうです。
受賞作『世尊寺殿の猫』は、候補作品を決める時点では未読でした。
「時代小説SHOW」で毎月新刊情報をまとめている立場として、新刊には詳しいと自負していたのですが、本作はまったくのノーマークで、不明を恥じるばかりです。
同じ選考委員の三田主水(みた・もんど)さんに紹介していただき、「足利直義(ただよし)」「書と和歌」「青春ミステリ」「猫が鍵を握る」「ちょっとBL」といったキーワードが刺さり、早速読み始めたところ、たちまち作品世界に引き込まれました。
物語の舞台は鎌倉末期。若き日の足利高国(後の直義)は、書の名人・世尊寺行尹(せそんじ・ゆきただ)の手蹟を入手するよう母に命じられます。ところが、鎌倉で隠棲していた行尹は「手蹟がほしくば、猫を一匹ここに連れて参れ」と謎をかけます。それは、行尹が都を離れ、東に下らなければならなかった理由を明らかにすることにつながっていました。
高国は学問を好み、時に鋭い知性を見せながらも、堂々と振る舞うことができず、すぐに顔を赤らめてしまう内気な若者として登場します。
そんな彼が“猫を探す旅”を通じて成長していく姿が、丁寧に描かれています。
古歌や書をめぐる知的冒険ミステリーと、後に足利尊氏を補佐し武家政権の中枢に関わる直義の青春と愛を描く成長物語が見事に融合した歴史時代小説です。
高校時代に日本史の授業で足利直義を知り、「恋に落ちた」と語る著者の想いが随所にあふれる、たいへんチャーミングな作品です。
選考会では、選考委員長の三田誠広(みた・まさひろ)さんが「ここ数年の歴史小説の中でも、傑出した深さと輝きをもった秀作だといっていいだろう」と激賞され、ほかの委員も満場一致で高く評価し、すんなりと受賞が決まりました。
イベント当日は裏方として動き回っていたため、残念ながらアグニューさんとゆっくりお話しする時間を持てませんでしたが、次回作を今から心待ちにしています。
本書は、論創社より刊行されました。
「野心的であること、面白いこと、感動できること」を追い求める〈論創ノベルス〉のスタイルにふさわしい一冊であり、編集者の想いを体現した作品でもあります。
刊行時の帯には「まさかの一冊!」というキャッチコピーが添えられていました。
ちなみに、論創社はシェア型書店「ほんまる神保町店」が入っているビルの2階にオフィスを構えています。
また、カバー画は著者の親友で画家の本間佳子(ほんま・よしこ)さんによるものです。
今回取り上げた本
書誌情報
『世尊寺殿の猫』
アグニュー恭子
論創社・論創ノベルス
2024年9月20日初版第1刷発行
装丁:宗利淳一
装画:本間佳子
目次
なし
本文328ページ
書き下ろし









