【新着本】土木事業家で、古活字本の発行者、角倉素庵の生涯

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『嵯峨本を創った男 角倉素庵』|中田有紀子|文芸社文庫

嵯峨本を創った男 角倉素庵 (文芸社文庫)

中田有紀子(なかだ・ゆきこ)さんによる評伝小説、『嵯峨本を創った男 角倉素庵』(文芸社文庫)をご紹介します。

大河ドラマ「べらぼう」にも描かれているように、江戸中期以降は出版文化が江戸で大きく花開きましたが、江戸初期の段階では京が出版の先進地でした。

角倉了以(すみのくら・りょうい)については、澤田ふじ子さんの「高瀬川女船歌」シリーズで高瀬川開削工事を行った人物として知っていましたが、その子である角倉素庵(すみのくら・そあん)については知らず、本書を通して多くを学ぶことができました。

あらすじ

京都の豪商・角倉了以の長男として生まれた素庵は、保津川開削に情熱を注ぐ父の姿を見て、「自分たちだけが潤うのではなく、地域や人々、ひいては国のために働くことの大切さ」を学んでいく。素庵は儒学を藤原惺窩に、書を本阿弥光悦に学び、文化人としても一流の素養を身につけた。やがて家業を継ぎ、土倉業や朱印船貿易、土木事業を進めながら、文化の発展にも尽力する。
「伊勢物語」「源氏物語」「方丈記」などの名作を平仮名まじりの文に改め、挿絵を添え、美しい装丁を施した「嵯峨本」として世に広めたのだった。豪商でありながら、土木と文化の両面で京の発展に大きな足跡を残した男――角倉素庵の生涯を描く。

(『嵯峨本を創った男 角倉素庵』カバー裏紹介文より抜粋・編集)

ここに注目!
角倉素庵(与一)は、江戸初期に活躍した豪商であり、嵐山の保津川(大堰川)や高瀬川の開削工事を行った土木事業家・角倉了以の長男として生まれました。
了以は徳川幕府の命で富士川、天竜川、庄内川などの開削にも携わり、土木事業家として知られていますが、もともとは土倉(金融業)と医業を営む家の出身です。

素庵も家業の土倉を継ぎ、朱印船貿易で多額の富を築きましたが、注目すべきはその富を自家の繁栄だけに使わなかった点です。
「舟中規約」と呼ばれる、世界初の経営理念ともいえる文書を発表し、「利は義の嘉会なり(利とは正義がもたらす喜びの集まりである)」という考えを掲げ、互いに利益を分かち合う「共存共栄」を目指しました。
現代風にいえば、まさに“Win-Win”の経営理念です。

角倉素庵の生き方からは、単なる豪商ではなく、社会事業家としての志が強く感じられます。
私財を投じて地域の人々の生活を豊かにし、「京の都の再生」に尽力した保津川の開削事業も、その精神の表れといえるでしょう。

さらに、素庵が文化の面で取り組んだ事業のひとつが、美麗な古活字本「嵯峨本さがぼん」の出版です。
師・藤原惺窩せいかから素庵に宛てた手紙によれば、慶長三年(1598)にはすでに出版事業に着手していたことがわかります。

 自分が読んで素晴らしいと思った数々の書物を、多くの人が読めたらどんなにいいだろう。 (中略) 書物を読む感動を、何とか多くの人と分かち合いたい――そう考えるのは、ごく自然なことだった。

(『嵯峨本を創った男 角倉素庵』P.31より)

家業や土木事業での成功のみならず、京を代表する能筆家としても知られ、江戸初期の出版文化の礎を築いた素庵。
しかし晩年には、ある不幸に見舞われることになります。
その出来事が素庵にどのような影響を与え、彼がそこから何を学んだのか――その答えは本書の中にあります。

歴史と文化の交差点に立ち、理想と信念を貫いた一人の男の生涯を描く、思わず人に語りたくなる評伝小説です。

今回取り上げた本


書籍情報

嵯峨本を創った男 角倉素庵
中田有紀子
文芸社・文芸社文庫

カバー写真:国立公文書館デジタルアーカイブ「伊勢物語」より
カバーデザイン:谷井淳一

2025年10月15日 初版第一刷発行

目次
伏見城の三人
角倉屋敷 与一、木版活字の書体を作る
与一、運命の人・大久保長安に会う
角倉の親子、家康に謁見 角倉の怒涛の活動はじまる
「角倉」、始動
朱印船貿易
世界初の経営理念『舟中規約』
怒涛の挑戦――保津川開削へ挑む――
与一、佐渡金山 巡視へ
吉田の名を捨てよ 角倉家の誕生
高瀬運河の工事始まる
大久保長安の死
本阿弥光悦に射す黒い影
大坂冬の陣・夏の陣 与一、天下の戦士になる
鷹ヶ峯の光悦村
尾張藩主・徳川義直、与一を召す
大晦日の涙
与一はここでいったん死ぬのだ 人生、前後裁断の覚悟
発病
文章達徳録の完成へ向かって
「ありがたき世にございました」与一、最期のとき

あとがき この人を忘れてはいけない
参考文献

本文351ページ
本書は文庫書き下ろし

中田有紀子|著作リスト
中田有紀子|なかだゆきこ|作家出版社勤務後、フリーのライターを経て、外食産業の役員を務める。時代小説SHOW 投稿記事→中田有紀子の本(Amazonより)⇒時代小説作家リストへ戻る