『遊戯神通 伊藤若冲』
河治和香(かわじわか)さんの長編時代小説、『遊戯神通(ゆげじんづう) 伊藤若冲』(小学館文庫)を献本いただきました。
著者は、2003年、伊豆韮山代官江川太郎左衛門の手代の娘と、咸臨丸に乗船することになる男との恋を描いた『秋の金魚』で受賞し、デビューしました。
その後、歌川国芳の娘・登鯉を中心に描く「国芳一門浮世絵草紙」シリーズなどを発表し、2018年に刊行した『がいなもん 松浦武四郎一代』で、中山義秀文学賞、舟橋聖一文学賞を受賞しました。
絵師・河鍋暁斎の娘の豊の視点から、“北海道の名付け親”で冒険家の松浦武四郎の生涯を描いた作品です。
明治三十七年(1904)、セントルイス万博に〈若冲の間〉が出現し、〈Jakuchu〉の名は世界に広まった。誰がこの明治の〈若冲ブーム〉を巻き起こしたのか。
若冲の末裔という芸者に誘われるように、その迷宮に分け入ってゆくのは琳派を明治に継承した図案家、神坂雪佳。
心の中の〈奇〉を描かずにはいられなかった。
男の孤独を認めながらも、そっと寄り添わずにはいられなかった女……。
時空を超えて我々を魅了し続ける作品の数々を描き残した伊藤若冲という絵師に、江戸と明治、二つの時代から迫った長編小説。
(カバー裏の内容紹介より)
著者の作品の多くに、絵師が登場し、物語の中で重要な役割を演じています。
本書は、近年、人気を集める伊藤若冲を取り上げた歴史時代小説です。
「若冲はんの末裔が、アメリカの百万長者に落籍されるそうやで」
そんな噂を、図案家の神坂雪佳(かみさかせっか)が耳にしたのは、若冲百回忌の三年後……明治三十六年のことである。
祇園新地の〈から子〉という舞妓が、襟替えもせず根引きにされて異人に買われていくという。そのから子が、錦の〈枡源〉の娘だというのだった。
(『遊戯神通 伊藤若冲』P.10より)
物語は、明治三十六年。
若冲が亡くなってから百年を経て、彼の生家である錦市場を代表する青物問屋〈枡源〉は身代を傾け、遺族は一家離散したといいます。
若冲が生涯をかけて完成させて、京都の相国寺に寄進した『動植綵絵』も、寺から明治天皇に献納されて京の町から無くなっていました。
まさに若冲尽くしの部屋が、セントルイスに出現するという。
「……若冲の間」
雪佳は意外な面持ちで、思わず口の中で反芻した。
「なんで若冲はんを……」
(『遊戯神通 伊藤若冲』P.16より)
友禅や西陣の図案を描いている、図案家の雪佳は、翌年アメリカのセントルイスで開催が予定されている万国博覧会に、日本郵船が独自のパビリオンを展開する話を聞きました。
そのパビリオンのテーマは、「伊藤若冲」であり、『動植綵絵』を模写させた綴織の壁飾や『花卉図』を模写した刺繍で天井を埋め尽くすといいます。
没後百年の歳月を経て、若冲の名は当時忘れ去られつつありました。
「なぜ若冲なのか」
雪佳は、この企画の中心人物である、日本郵船のニューヨーク支店長で、世界に通ずるビジネスマンの先駆である三原繁吉に尋ねました……。
雪佳の目線で、日露戦争を目前に控えた明治から、若冲が生きた時代に移っていく、物語の世界に引き込まれていきます。
遊戯神通 伊藤若冲
著者:河治和香
小学館文庫
2020年6月10日初版第1刷発行
本書は、『遊戯神通 伊藤若冲』(2016年9月、小学館刊)を加筆改稿して文庫化したもの
カバー図版:伊藤若冲
『青桐に砂糖鳥』(平木浮世絵財団蔵)
装幀:bookwall
●目次
1
明治三十六年(1903) 大阪 網島御殿
一 若冲の末裔
二 セントルイス万博
三 増花
四 富田屋玉菜
明治三十七年(1904) 伏見 油掛
五 蝶千種
六 獅子とユニコーン
七 砂糖鳥
2
宝暦十三年(1763) 京 錦市場
八 果ての二十日
九 独楽窠
十 紅毛紺青
十一 千花紋
明和四年(1769) 淀川下り
十二 月下夜船
十三 浪華の風
十四 蓮花
十五 踵の紅
十六 群燕
明和五年(1768) 鴨川西岸 心遠館
十七 鬼鳥
十八 鳥兜
十九 革叟
二十 お精霊
二十一 明和辛卯
二十二 屏風祭
天明八年(1788) 深草 石峰寺
二十三 大火
二十四 鶏と仙人掌
二十五 遊戯神通
3
その後… 横浜 日本郵船本社 そして、目白 椿山荘
二十六 燕の行方
二十七 ライトと五葉
二十八 椿山荘
あとがき
本文315ページ
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『遊戯神通 伊藤若冲』(河治和香・小学館文庫)
『がいなもん 松浦武四郎一代』(河治和香・小学館)
『秋の金魚』(河治和香・小学館文庫)
『国芳一門浮世絵草紙1 侠風むすめ』(河治和香・小学館文庫)