二人の「きたさん」が事件を通して成長していく人情捕物帖

『きたきた捕物帖』

きたきた捕物帖宮部みゆきさんの長編時代小説、『きたきた捕物帖』(PHP研究所)を献本いただきました。

多くの時代ミステリーを発表してきた著者ですが、「捕物帖」とタイトルに入る作品は、本書が初めてです。

「私がずっと書きたかった捕物帖」「生涯、書き続けたい」という物語の始まりです。

舞台は江戸深川。いまだ下っ端で、岡っ引きの見習いでしかない北一(16歳)は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。やがて自前の文庫をつくり、売ることができる日を夢見て……。
本書は、ちょっと気弱な主人公・北一が、やがて相棒となる喜多次と出逢い、親分のおかみさんや周りの人たちの協力を得て、事件や不思議な出来事を解き明かしつつ、成長していく物語。
(Amazonの内容紹介より)

北一は、深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉の子分の中で一番下っ端、小柄でやせっぽちの、捕物帖史上でも最弱の主人公です。

 北一は髪が薄い。
 歳は十六だから、まだ禿げているのではない。髪の生え方が、同じ年頃の男たちと比べるとかなり薄いのである。髪そのものも細くて、髷を結っても貧弱で恰好がつかない上に、しばしば髪油で頭が痒くなる。しょうがないから、半端に伸ばした坊主頭で年じゅう暮らしている。
 
(『きたきた捕物帖』P.63より)

物語の冒頭で、千吉親分がふぐ鍋を食って、中毒って死んでしまいました。

仲裁上手で揉め事をあしらうことも上手で何でもできて、使いっ走り以上のことをする本物の子分や要らなかったので、岡っ引きの跡目を継げる者は誰もいませんでした。

親分の本業は暦本や戯作本、読本を入れる文庫(厚紙製の箱)売り。北一は千吉親分のところに住み込みで、振り売り(行商)が役目でした。

文庫屋は一の子分の万作夫婦が継ぐことになりましたが、親分のおかみさんと北一は文庫屋から追い出されるように出ることになりました。

 深川のこのあたりで、富勘長屋だけが格別おんぼろなのではない。歯抜けのように部屋が空いているのは、川っぷちで湿気が多いせいだろう。口うるさいかみさん連中とガキどもがみっしり住んでいて、うるさくてしょうがないより気楽でいい。
 さくりと挨拶して、あてがわれた一間に入ろうとしたら、おきんが富勘に話しかけるのが耳に入った。
「笙さんが住んでたところは、もう貸さないと思ってたのに」
 富勘が応じる。「根太や床板が傷んでないのはここだけなんだよ。今まで空いていたのは、たまたまさ」
 
(『きたきた捕物帖』P.40より)

『桜ほうさら』で主人公の古橋笙之介が住んでいた富勘長屋のその部屋に、北一が住むことになりました。

富勘長屋の住人たちとどのような人間関係を築いていくのか、気になります。

さて、物語は、北一が不思議な事件や出来事を、おかみさんや周囲の人たちの協力を得て、解き明かしていく、一話完結の連作形式で綴られていきます。

謎解き×怪異×人情の三大要素が詰まっていて、毎晩寝る前に一話ずつ読みたい、そんな捕物帖です。

きたきた捕物帖

著者:宮部みゆき
PHP研究所
2020年6月11日第1版第1刷発行
初出:月刊文庫『文蔵』2018年6月号~2020年4月号の連載に、加筆修正したもの

装幀:こやまたかこ
画:三木謙次

●目次
第一話 ふぐと福笑い
第二話 双六神隠し
第三話 だんまり用心棒
第四話 冥土の花嫁

本文363ページ

■Amazon.co.jp
『きたきた捕物帖』(宮部みゆき・PHP研究所)
『桜ほうさら 上』(宮部みゆき・PHP文芸文庫)

宮部みゆき|時代小説ガイド
宮部みゆき|みやべみゆき|時代小説・作家 1960年、東京生まれ。 1987年、「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。 1992年、『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。...