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師弟 新・軍鶏侍

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五年の歳月が経過し、「軍鶏侍」のシーズン2の始まり

師弟 新・軍鶏侍祥伝社文庫から刊行された、野口卓(のぐちたく)さんの文庫書き下ろし時代小説、『師弟 新・軍鶏侍』を紹介します。

七年の歳月が過ぎ、齢五十四となった園瀬藩の道場主岩倉源太夫。だれにも避けることのできぬ“老い”を自覚しつつも、かつて退けた剣士の挑戦を再び受けて立つ。挑戦者の注文は「真剣で」だった……。

タイトルに「新」の文字が入っているように、「軍鶏侍」シーズン2といったたたずまいの新しいエピソード集の始まりです。

前作(『危機』)で描かれた、三万六千石、その実五万石とも六万石ともいわれる内実豊かな園瀬藩の、天下にその名を知られた園瀬の盆踊りを、ぶち壊すために潜入した一味を撃退してから、五年の歳月が流れています。

第1話「歳月」では、七年前に竹刀で立ち合って破った男・古枝玉水が源太夫の前に現れ、執拗に真剣での立ち合い要求します……。

当時四十七歳だった源太夫は五十四歳になり、誰にも避けることのできない老いを感じ始めていました。老眼が進み、鍛え抜いたとはいえ、体力も衰え、瞬発力や持続力が低下してきているのに気づいています。

 どういう座興のつもりだと源太夫は讃岐を見たが、中老は愉快でならぬという顔で笑っている。
「木鶏でどうだ。いや、良い悪いに関係なく、わしは岩倉を木鶏と呼ぶことに決めた」
「木鶏は良い名でございますよ」
 感心しきったという顔で讃岐がうなずいた。
 
(『師弟 新・軍鶏侍』「夢は花園」P.77より)

源太夫は、若いころの道場仲間で藩の中老を務める芦原讃岐から飲まないかと誘われた酒席で、次席家老の九頭目一亀と同席することなります。

一亀はかつて藩政改革に取り組んだ際に、源太夫の力を借りています。(一亀の活躍ぶりは『遊び奉行 軍鶏侍外伝』に詳しく描かれています)

「木鶏(もっけい)」とは、『荘子』の故事から木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさします。軍鶏侍につける俳号としてはピッタリのものと言えそうです。

三人の酒席で、源太夫が上意討ちした男の息子で孤児となった市蔵(元服して龍彦と名を改める)を、一亀は藩費で長崎に遊学させたいと言います……。(第2話「夢は花園」より)

「かれこれ三十年になりますかね」
 もう、そんなになるのか。まさに光陰矢の如しであるなと、感慨深いものがあった。
「あのころは軍鶏を飼う者はほとんどいませんで、いたとしても内緒で飼っていたものです」

(中略)

「それが、いつの間にか軍鶏の良さがわかる人が増えまして」
「たしかに、あのころは軍鶏を飼うのは変わり者で、どことなく冷ややかな目で見られたからな」
「今では園瀬の里ではなく、軍鶏の里でございますよ」
 
(『師弟 新・軍鶏侍』「軍鶏の里」P.134より)

第3話の「軍鶏の里」では、軍鶏を飼い始めたばかりの若侍・笈田広之進に対して、源太夫は温かく教え育てていきます。

「あれはいい若鶏だが、運がよかったらまた育てられることもある。だが、広之進は今立ちなれなんだら、生涯負け犬として過ごさねばならぬかもしれんのだ。たかが軍鶏一羽でそれが叶うなら、なにが惜しかろう。それより権助。わしがあれをお前に与えたら、どうするつもりだったのだ」
 権助は一瞬考えたが、たちまち能面の翁のように顔をくしゃくしゃに歪め、湯呑に手を伸ばした。それが下男の答であった。

(『師弟 新・軍鶏侍』P.176より)

源太夫と下男の権助は主従の間でありながら、軍鶏を通じてはトレーナーと世話係という関係で、固い絆で結ばれていて、人生の達人でもある二人のやり取りにいい気分にさせられます。

「先生、一体」
 正造には、思いもしていない訪問であったようだ。
「母上の具合が良くないと聞いたのでな。正造がしばらく顔を見せぬので気にはしておったのだが、母上が病んでおられるとは露知らず」
 いいながら菓子の折を差し出すと、正造は深く頭をさげた。

(『師弟 新・軍鶏侍』「師弟」P.217り)

正造が岩倉道場の弟子だったのは十年以上も昔で、九歳のごく短い期間でした。源太夫は正造の非凡な絵の才能に目を見張り、友人で藩校「千秋館」の教授方を務める池田盤睛に相談したことから、正造は藩の見習い絵師となります。

その後五年あまりの江戸の狩野派への修行を終えて藩に戻ってきます。ところが、源太夫は、物頭の家で正造が描いたと思われる笑い絵(春画)を見せられます。母の見舞にかこつけて正造の家を訪れた源太夫は、正造からある告白を聞きます……。

本書には、軍鶏たちの闘いぶりの美しさや、闘鶏から学び、相手の力を利用して一撃で倒す秘剣蹴殺しなど手に汗握るチャンバラシーンなど、見どころがたくさんあります。

しかしながら、何といっても心惹かれるのは、老境に入り、息子の成長と旅立ち、弟子たちの苦節と克服を温かく見守る源太夫の眼差しにあります。

とくに表題作では、人生で悩み惑う弟子に対して剣を用いずに道を指し示す師匠ぶりが秀逸で、心に深く余韻が残ります。

◎書誌データ
『師弟 新・軍鶏侍』
出版:祥伝社・祥伝社文庫
著者:野口卓

カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:村田涼平

初版第1刷発行:2018年7月20日
680円+税
339ページ

文庫書き下ろし

●目次
歳月
夢は花園
軍鶏の里
師弟

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『師弟 新・軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)
『危機 軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)(第六作)
『遊び奉行 軍鶏侍外伝』(野口卓・祥伝社文庫)