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怪僧・道鏡の時代を描く傑作

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高橋克彦さんの『風の陣 [天命篇]』は、[立志篇][大望篇]に続くシリーズ3作目。前作では恵美押勝の乱と弓削道鏡の台頭を描いている。今回は道鏡の時代を舞台に選んでいる。

風の陣 天命篇 (PHP文芸文庫)

風の陣 天命篇 (PHP文芸文庫)

恵美押勝(藤原仲麻呂)が討伐されて1年近くが過ぎた天平神護元年(766)が物語の描かれている時代。孝謙上皇は、討伐直後に、押勝と結託していたという理由で淳仁天皇を廃して、帝位に返り咲き、内裏は平穏を取り戻す。そして、上皇と道鏡に権力が集中する。

牡鹿嶋足(おしかのしまたり)は、討伐の功によって、従四位下で相模守に昇進するが、内裏での役職は近衛府の員外中将(正式な中将とは別の補佐的な色合いが濃い役職)の閑職に追いやられる。道鏡に、扱いにくい者とみなされた結果である。

「そうせ死ぬなら……涙を流してくれるお人の腕の中で死にたいと思いました」

「そなたは馬鹿だ。俺ごときのために運命を受け入れようとしたのか」

「馬の足音が近付いてきたとき……嬉しくて泣きました。やはり嶋足さまが私のために駆け付けてくださいました。これで嶋足さまの腕に抱かれて死んでいけます」

「もう言うな!」

(風の陣 [天命篇] P.32より)

嶋足は道鏡の姦計により、婚約者で最愛の人、紀益女を自らの手で殺すことになる。悲しみを乗り越えたとき、人は一回り強くなるのかもしれない。嶋足は、蝦夷のために、そして益女の仇を討つために、盟友天鈴とともに、女帝を誑かし政治を操る怪僧・道鏡に立ち向かう…。

正直に言えば道鏡のことは称徳女帝(=前・孝謙上皇)のお気に入りの怪僧ということしか知らなかったが、この物語でその「怪僧」ぶりのスケールの大きさを知って驚嘆した。

敵役が強力なほど、主人公が際立つ。この作品も例外ではなく、嶋足、天鈴、坂上苅田麻呂らの活躍ぶりが面白い。ページを繰るのがもどかしいほど。

『風の陣』は、蝦夷の英雄・アテルイを主人公とした『火怨』に続く作品と聞いていたが、物語の舞台は平城京が中心で、なかなか陸奥の地が描かれない。見方を変えれば、その分、物語の世界がわかりやすくて親しみやすいわけだが…。

■目次

炸風

氷風

凶風

狂い風

戻り風

都風

下風

風評

風と岩

黒風

風と雲

冷え風

瑞風

猛き風

追手風

風触

風舞い

風立ち

解説 赤坂憲雄