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明治をしたたかに生き抜いた元・御家人の記録

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安藤優一郎さんの『幕末下級武士のリストラ戦記』を読んだ。幕末に幕府御徒を務めた山本政恒(やまもとまさひろ)の自分史本「政恒一代記」をベースに、その生涯をなぞり、敗者の視点から幕末・明治をとらえた歴史読み物。

幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)

幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)

山本政恒は、無名の下級武士(御家人)でありながら、将軍の影武者役ともいうべき御徒(おかち)を勤めたこともあり、数奇な運命をたどる。安政の大地震、桜田門外の変、鳥羽伏見の戦い、彰義隊の戦いなど幕末の大事件に立ち合い、明治に入ると徳川家について静岡藩士として召し抱えられる。廃藩置県後は、浜松や群馬などの県の役人を勤め、晩年は帝国博物館(現在の東京国立博物館)で資料の謄写にあたる。時代小説の主人公のようなスーパーヒーローではないが、家族を愛する魅力的な人物像が浮かび上がってくる。

政恒については、安藤さんの『幕臣たちの明治維新』でも幕臣たちの一人として登場し、なじみの人物。記録魔ともいうべきキャラクターで、幕臣の生活ぶりなどを達者で味のあるスケッチとともに残していて、資料としての価値も高い。本書でも挿絵として、政恒のスケッチが随所で使われている。とぼけたタッチながらも克明に生き生きと描く、その独特の味わいは、池波正太郎さんのイラストを想起させて、この本の魅力の一つとなっている。

将軍御成り時の警備の様子、血判の作法、将軍警護役として御徒に課せられた隅田川での水泳練習の様子など、とても面白かった。また、明治八年に政恒は熊谷県の役人になるが、当時の司法官・警察などの官員総計7万8328人中、士族出身者が5万2032人で、全人口の5%に過ぎない士族が官員の約70%を占めていたという、興味深いデータが示されていた。明治政府が士族を優遇していたことが意外な感じがするが、教育レベルが高くて組織の中で働くことに慣れていることが役立っているのかもしれない。

政恒は明治維新や仕事上の失態、非職などでリストラを経験しているが、不況で雇用が縮小する今に、共感を呼ぶタイトルのネーミングがうまい。