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江戸の庶民のバイタリティー

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出久根達郎さんの『安政大変』を読み終えた。大災害を描いているので、ちょっと哀しい物語や悲劇性のある話が多い。そんな中で、最後に収録された「玉手箱」はファンタスティックな作品で、読了後の余韻が快い。

安政大変 (文春文庫)

安政大変 (文春文庫)

十八歳の千太郎は、たった三カ月の間に二度も火災に遭った。勤めていた干瓢問屋では伯父夫婦を失い、次に世話になった鼻緒屋から身ひとつで逃げた。そして、素麺干麺問屋で小僧となるが、三つ目の災害、大地震に遭う。千太郎は、地震の後の火事で避難中に、同い年ぐらいの美しい娘に出会う。そして、娘から「四日後に、吾妻橋のたもとに来て下さいませんか」と言われて、小さな風呂敷包みを預かった……。

「開けてみない方がいいかもしれねえ」

「そうでしょうか」千太郎は俵太を見た。

「娘はいつかおめえの前に現れるような気がする。楽しみに大事にしろ」

「縁起のよい箱でしょうか」

「もうすでにいい事があったじゃねえか。生きているだけ、仕合せだろう?」

(『安政大変』「玉手箱」P.266より)

作者のあとがきによると、安政二年の地震の死亡者数は、ひどいのは九十万人とあり、二十九万九千余人という数字もあるが、実数は七千人から一万人だろうと、専門家は見ているようである。武家屋敷の被害が、外聞が悪く内輪に見積もって幕府に届け出ているせいか、正確ではないらしい。

宵越しの金を持たぬ、江戸の庶民にとっては、地震後の復旧仕事で思わぬ稼ぎにありつけることもあり、地震は天災であり、天佑でもあった。金持ちは地震や火事で店やお金を失い金持ちでなくなるが、失うもののない貧乏人はは、地震は、再起のチャンスでもある。そのせいか、『安政大変』の登場人物たちも、被災した割にはバイタリティーにあふれている。