ホームページ〔時代小説 SHOW〕を開設した当時(1996年5月頃)、時代小説は歴史小説より低く見られ、歴史小説の一分野とみなされていました。また、その年の2月、歴史小説の巨人、司馬遼太郎さんが亡くなられ、その文学性や歴史観、人物描写がマスコミで高く評価されていた頃でした。〔時代小説 SHOW〕は、あるときは類稀な面白さにコーフンさせてくれ、またあるときは疲れた心を癒してくれた時代小説への熱い想いを込めて、「歴史小説は時代小説ではない」とぶち上げ、アンチ司馬遼太郎的なスタンスをとってきました。 しかしながら、ホームページを通じて、いろいろな人と知り合い、たくさんの作品に触れているうちに、「歴史小説は時代小説ではない」という過激な考え方に、違和感を感じ始めてきました。もっと柔軟に時代小説を楽しんでもいいんじゃないかな、と。 というわけで、「歴史小説は時代小説ではない」論は撤回し、時代小説の一人のサポーターとして、時代小説を楽しみ、盛り上げていきたいと思います。引き続き、〔時代小説 SHOW〕をよろしくお願い申し上げます。
2000年5月28日
理流 拝 |
●時代小説って何だ?
ここで、あらめて時代小説について、定義してみたいと思います。広辞苑によると、時代小説は「古い時代の事件や人物に題材をとった通俗小説」。一方、歴史小説は「過去の時代を舞台にとり、もっぱらその時代の様相を描こうとする小説。島崎藤村の『夜明け前』など。単に過去の時代を背景にする時代小説などとは異なる」と記されています。両者の違いを題材ではなく、表現手法に置いていて、時代小説を一段文学性が低いものとして扱っている点がとても気になります。
文芸評論家の福田宏年さん(『戦国城砦群』[井上靖著・文春文庫]の解説)によると、日本の文壇および読書界では、森鴎外の昔から、「歴史小説=歴史其儘→純文学、時代小説=歴史離れ→大衆文学」という考え方が定説化していたようです。このことが山本周五郎さんが大衆文学に身を置き、すぐれた時代小説を書きつづけながらも、コンプレックスを持ち続け、直木賞さえも辞退される一因になったのではないかとさえ思われます。
今まで、文学性という主観的なものさしで、時代小説と歴史小説を分類してきたせいか、両者の定義が次第に曖昧になります。また、最近、純文学の商業的な価値が小さくなり、大衆文学がエンターテインメントと呼ばれることで、多くの読者の手に取られ読まれるようになって行きました。書店の売場のコーナー表記や出版社による作品のPRの仕方も、両者を分けずに、歴史小説であったり時代小説であったり、「時代・歴史小説」のように併記されたりするように、クロスオーバーさせるようになってきました。
〔時代小説 SHOW〕では、時代小説とは、「過去の時代を背景にするフィクション(虚構部分)をもった物語性のある小説」と定義します。歴史小説は、「史実を踏まえ、作者の想像力を駆使して、事件の背景分析や人間ドラマを加えて、歴史上の事件や人物を描く小説」という意味で捉えています。すなわち、歴史小説は、時代小説の代表的なジャンルの一つということができます。
●時代小説ってどんなジャンルがあるの?
時代小説は、歴史小説をはじめ、剣豪小説、忍者もの、捕物帳、市井もの、仇討や御家騒動を描いた武家もの、股旅もの、伝奇小説など多くのジャンルをもっています。過去の時代(太古から日露戦争頃まで)を背景にしたフィクションであるために、あらゆるタイプの表現形態、多種多様のテーマを認めています。日本ばかりでなく、中国や西洋に舞台を置いているものも含みます。融通無碍な文学ということが言えます。
- 歴史小説:
- 時代小説の代名詞のようになっっているのは、司馬遼太郎さんの影響が大きい。ビジネスマンや企業の管理職は、『坂の上の雲』や『竜馬がゆく』等から、歴史上の人物が苦境を乗り越えた事例を学び、生きる指針としたり、リーダー論として読むことができます。いかに史実を扱うかが作者の腕の見せ所です。
- 伝奇小説:
- 歴史小説の対極にあるのが伝奇小説です。時代背景を借りながらも、架空の人物や架空の事件にスポットを当てた、歴史離れした作品。スーパーヒーローが登場したり、奇想天外な事件が起こったりして、最も時代小説の面白さをもったジャンルといえます。物語の飛躍ぶりに作者自身も収拾がつかなくなってしまい未完のこともあります。読者の心構えとしては、肩の力を抜いて、常識にこだわらず、大きな虚構を楽しみましょう。隆慶一郎さんの『吉原御免状』など一連の作品は、伝奇ものとしてもっとも昇華した形です。
- 剣豪小説:
- 腰に刀を差した侍が登場するチャンバラものです。宮本武蔵や柳生十兵衛、千葉周作といった実在の剣士から眠狂四郎、青江又八郎、秋山小兵衛といった架空の剣客まで、いろいろな主人公が生み出されてきました。魅力は、ハラハラドキドキの緊張感あふれるチャンバラシーン。かつての時代劇映画の定番ですが、若い世代にとっては、その対決シーンの詳細が字面だけではイメージしにくいハンディがあります。
- 捕物帳:
- 時代小説における探偵もの。江戸町奉行所(今の警視庁と地裁、都庁の役割をもつ)に勤める役人とその役人の下で働く小者が主人公のことが多い。岡本綺堂さんの『半七捕物帳』がルーツです。火付盗賊改め方という凶悪犯罪対策用の特別警察が活躍する『鬼平犯科帳』も捕物帳にいれることができます。もっとも、作者の池波さんの目は、盗賊たちに向いていることが多く、一種の暗黒街ものとも呼べそうですが。
- 忍者小説:
- スパイというよりは特殊工作員といった感じが忍者でしょうか? 本来、忍者は影の存在ですから史実に残っては、忍者失格とも言えます。というわけで、忍者を扱った時代小説は、それだけでかなり歴史離れしているということになります。山田風太郎さんの「忍法帖」シリーズが有名です。ほとんどの忍者小説は、伝奇小説に含めることもできます。
そのほかにも、歌舞伎界や浮世絵師に題材をとった芸道もの、日本をとりまく海に活躍する男たちを描く海洋小説、御家騒動や武士道を描いた士道小説(武家もの)、忠臣蔵などの仇討もの、無宿人というアウトローを描く股旅もの、宮城谷昌光さんや酒見賢一さんらの活躍が目立つ中国時代小説、佐藤賢一さんの登場により注目される西洋時代小説などがあります。
- 市井小説:
- 時代小説の登場人物は、武士ばかりではありません。士農工商の下二つを担う、職人や商人たちが活躍するのは市井小説。市井とは、中国古代に井戸のある所に人が集まり市ができたことから、人家が集まっているところ=町を指します。江戸時代、普通の町人が住んだ長屋には、中心に井戸があり、まさに市井そのものといったところです。市井小説は、現代ではほとんどなくなってしまった、「人情」があり、読む人にしみじみとした情感を与えます。疲れた人の癒し(ヒーリング)として効果があります。
司馬遼太郎、池波正太郎、柴田錬三郎、藤沢周平、隆慶一郎…。時代小説をリードした巨星たちは逝ってしまいました。しかし、かれらの遺した名作は、色あせないで今も輝きつづけています。作品を手に取り、ページをめくれば、いつでも感動の海に浸れます。その薫陶を受けた作家たちが活躍し、新しい時代小説が日々生まれています。
今、時代小説は面白い。