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椿山 (つばきやま)
乙川優三郎
写真:福原路草 |
♪わずか2作品ながら、時代小説界で大いに嘱望される気鋭の小説家・乙川さんの初の短編集(正確に言えば、表題作は中編)。『喜知次』で、直木賞候補になっているだけに、今回、文藝春秋から単行本を出されたことで、直木賞にぐっと近づいたのではないだろうか。「ゆすらうめ」女の強さと哀しさをギュッと凝縮したスペースで描ききっている。「白い月」市井ものの傑作。「花の顔」嫁と姑の確執、怖い話ながら…。「椿山」もう少し読みたい気にさせる。結末を急ぎすぎた感じもするが…。 どの作品も精緻な中に緊張感があるものに仕上がっていて、作者の資質の確かさがうかがえる。乙川さんの本を読んでいると、山本周五郎さんの本が無性に読みたくなってしまう。 物語●「ゆすらうめ」六年の年季が明け、色茶屋を出て行く娼妓おたかを見つめる番頭孝助の願い…。「白い月」苦難の末に、錺師(かざりし)・友蔵と夫婦となったおとよを悩ます夫の悪癖…。「花の顔(かんばせ)」出世のために、家庭を顧みず江戸詰めを続ける夫。留守を守る嫁と義母の確執…。「椿山」城下の子弟が集まる私塾・観月舎(かんげつしゃ)で知った身分の不条理。才次郎はある決意を固める…。 目次■ゆすらうめ|白い月|花の顔(かんばせ)|椿山 |
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烏鷺寺異聞 式部少納言碁盤勝負 (うろでらいぶん・しきぶしょうなごんごばんしょうぶ)
篠田達明
装幀:田淵裕一 |
♪タイトルの烏鷺寺は、洛北・長谷御殿町にある龍泉寺のこと。白い鷺と黒い烏が戦うさまから囲碁のことを烏鷺(うろ)というのでそう名付けられた。「枕草子」の清少納言と「源氏物語」の紫式部が囲碁で対決する。しかも、その背後には、宮廷内の政治抗争が絡み、さらに二人の勝負の行方が都人の賭けの対象にもなっているという。こう聞いただけでワクワクしてくる。 主人公は、二人の才女のほかに、武術家で典薬寮に勤める桐原彦士と、烏鷺寺の寺主のめい・ひさごの二人だ。知的な勝負のほかに、彦士の拳法も楽しめる趣向になっている。 実は囲碁のルールをまったく知らず、興味もまったくなかったが、この本を読んでやってみたくなってしまった。囲碁ファンでなくても十分に楽しめる作品だが、知っていたら何倍も楽しめたであろう。 物語●一条帝の生母東三条院(詮子)さまの快気祝いのために、碁盤勝負が行われることになった。戦うのは、定子皇后のお側に仕える清少納言と、中宮彰子(藤原道長の娘)に仕える紫式部の二人だ。清少納言は伊勢流の使い手て容赦なく大石を殺すために《殺生納言》と呼ばれていた。また、式部は高明流の囲碁の名人で碁敵から《胸裂き式部》とあだ名されていた。五番勝負で行われる二人の勝負の都の人々の耳目を集めることに…。 目次■序章 占術師呂丹の屋敷|第一局 一 烏鷺寺の対戦/二 銀扇の合図/三 楠の木の上|『枕』と『源氏』 一 盤外対決/二 囲碁の手ほどき/三 古屋敷|典薬寮の依頼人 一 四条の家/二 賀陽の依頼/三 立ち会い人たち|第二局 一 少納言気絶す/二 伊周の屈辱/三 典薬寮|第三局 一 大石頓死/二 巴童の手まり|紫式部の里屋邸 一 蛾千坊/二 破眠の術/三 呂丹の女たち|仕切り直し 一 仕切り直しの第三局/二 離れの小庵/三 誘拐|第四局 一 毒入り碁笥/二 脅迫|第五局 一 決定戦の朝/二 道長きたる|死闘 神泉苑 一 浮島の決闘/二 計略の館|才女の闘い 一 左大臣の怒り/二 才女の闘い|終章 別れの丘 |
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志士の女 恋と革命 高杉晋作 (ししのおんな・こいとかくめい・たかすぎしんさく)
竹田真砂子
カバーイラスト:西のぼる |
♪『三千世界の烏を殺し』(ノン・ノベル刊)改題単行本のときのタイトルは、高杉晋作が作ったといわれる端唄「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」に由来している。作者は、『宵の夢』や『七代目』など、歌舞伎もののイメージが強いせいか、幕末、しかも、長州藩を取り上げているので、意外な感じがする。しかし、今まで取り上げられることが少なかった妻の政子に光を当てることで、新しい高杉晋作像を活写するのに成功している。 尊王派のサポーター野村望東尼や、晋作の愛人うの、討幕のスポンサー白石正一郎らがそれぞれの立場から晋作とのことを語るという趣向が目新しいところ。 物語●長州の尊王討幕の中心となって動き、志半ばで散華した高杉晋作と、彼を支えた女たちの思い出を関係者七人が語る。とくに、晋作の妻の政子(雅子)にスポットを当て、晋作と家族の関係を中心に描く…。 目次■一 高杉晋作が語る/二 野村望東尼が語る/三 うのが語る/四 白石正一郎が語る/五 松子夫人が語る/六 伊藤博文が語る/七 政子刀自が語る/あとがき(四六判より)/解説 高杉勝 |
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深川猟奇心中 (ふかがわりょうきしんじゅう)
永井義男
カバー装画:「千社札のグラフィズム」(マリア書房) |
♪『江戸狼奇談』(ノン・ポシェット=祥伝社文庫)の解説(文芸評論家の清原康正さんに)よると、作者は学生時代に新内(しんない)の岡本文弥師匠に弟子入りした体験をもつという。というわけで、作者の得意の新内浄瑠璃が鍵を握る捕物帳。北原亞以子さんの『傷 慶次郎縁側日記』で、伊太八という登場人物が“粋な名前じゃないか”といわれたた訳がわかった。新内の「尾上伊太八(おのえいだはち)」に由来するからだ。 考証をしっかり押さえて描いているので、いろいろ物知りになるところが多い。永井さんの作品を読むことが多く、いつも感じているもうちょっと読みたいという不足感がこの作品にはなかった。もちろん冗長ではない。 物語●新内浄瑠璃の名手、鶴賀仲三郎と、師匠の娘・お志づは深川を流す道すがら、遊び人風の侍に呼び止めれる。黒板塀の家の中で見たのは、演じた浄瑠璃「尾上伊太八」のストーリーそっくりの、全裸の町娘と顔を切り裂かれた男の死体だった…。 目次■なし |
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馳けろ雑兵 (かけろぞうひょう)
多岐川恭
カバーイラスト:蓬田やすひろ |
♪時代小説不遇時代の時代小説で、読んでいて懐かしい感じがする。多岐川さんというと、『ゆっくり雨太郎捕物控』をはじめとする捕物帳や、ピカレスク・ロマンで知られる作家で、戦国ものというと、意外な感じがする。武将たちを取り上げるのではなく、雑兵を主人公とするあたり、一筋縄でいかないところが作者らしい。一雑兵の視点から信長・秀吉・家康のキャラクターと時代を捉えるのが新鮮だった。主人公の雑兵・蛭間兵八が戦国人らしく、波瀾万丈の生涯を送ることになるのだが、彼の考え方が現代的(小心であったり、少し醒めていたり)で、生き生きとしていて、女好き(しかもちょっとフェミニスト)なのがいい。 物語●蛭間兵八は、父について雑兵として、今川義元の軍勢とぶつかる織田信長の旗本・畑中民部のもとで、初陣に加わった。しかし、馳けづめで苦しくなり脱落して倒れたところを、野良に出た後家・くにに助けられる。回復して、畑中民部のもとへ向うが、戦はすっかり終わっていた…。 目次■桶狭間の女/重い鎧/艶福武者/逃げる運/京の夢/根をおろす/戦陣多情/毒くらえ兵八/兵八死に狂い/解説 縄田一男 |
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冬の火花 上田秋成とその妻 (ふゆのひばな・うえだあきなりとそのつま)
童門冬二
★★★☆☆
カバーデザイン:蓬田やすひろ |
♪童門冬二さんというと『小説上杉鷹山』をはじめ、評伝というよりは、有名人の人間ドラマを描くイメージが強い。TV『知ってるつもり!?』的な感動があるのだが、この作品は何とも不思議なテイストの時代小説になっている。主人公の上田秋成は、江戸期を代表する怪奇幻想小説『雨月物語』の作者である。1月に新国立劇場で、『新・雨月物語』(こちらの原作は川口松太郎)が上演されるということで、興味を持って読み進めた。 家庭内別居を試みる妻や、出生や不自由な指のことで生涯悩み、屈折した心情をもつ秋成など、意外な素顔が浮き彫りになっていく。 物語●上田秋成とその妻たまは、南禅寺山内の常林庵の裏手に一間しかない庵に移った。庵の前には、東山で湧いた水が小さな川となって流れていた。新居に移ったたまは、部屋の整理に取りかかった。夫の書物を積み上げて塀をつくり、夫の居間と、自分の居間の仕切った…。 目次■ハサミのない蟹/妻の号は瑚れん(王へんに連の字)/本を積んで住み分け/京の奇人たち/異心同体/花の名はなぜ月見草なのか/古事記伝兵衛/畸人伝に入れてもらえない/夫の底には直き心から/実父は生田伝八郎/心の別居三十四年/作家は無産の罪人だ/業がやらせる嫌がらせ/死病にかかっていた妻の悲願/文芸東漸/妻は執拗に秘密に迫る/上田秋成の秘密/真実は嘘と事実の間にある|童門冬二著作リスト |
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沈丁花 観相師南龍 覚え書き (じんちょうげ・かんそうしなんりゅう・おぼえがき)
庄司圭太
カバー:蓬田やすひろ |
♪パブロフの犬のように、蓬田さんの装画の時代小説を見ると、つい読みたくなってしまう。困ったものだ。作者は、『笑点』の放送作家として、『忍者部隊月光』(うわー、ぼくもリアルタイムに見たことありません)の脚本家として活躍された人。主人公の南龍は、吹石龍安(水野南北の弟子)から観相術を学び、両国橋の西詰めで看板をだす、観相師。羽州(出羽)の松山・酒井藩の百二十石の馬廻り役の三男として生れた。十八歳のときに、江戸詰めになった父について江戸に出たが、学塾に通わずに不良の道に入ってしまい、そのあげく、ある喧嘩が元で大怪我をしてしまい、生死の境をさ迷うところを、龍安に助けられて観相の道に入ることになった。 観相術を武器に難事件に立ち向かう南龍を助けるのは、北町奉行所同心の堀井勘蔵、茶店の主・仙三、聖天町の川半のおかみ・おきぬの仲間たちだ。 “黙って坐ればぴたりと当たる”という名文句を考え出した江戸・観相術の大家・水野南北の観相術が随所に見られて面白かった。観相師というと、山手樹一郎さんの『からす堂』シリーズを思い出す。あー、また読みたいな。 物語●「沈丁花」南龍が二日前に観相を見てやった男が水死体となった…。その時には死相は出ていなかったのだが…。「蝉衣」南龍はある姫君の観相をした。“輿入れは上々吉の運勢が出ています”といって礼金をもらう予定だったのだが…。「雨しずく」南龍は、岡っ引きに頼まれて死人の観相をし、男の手がかりをつかむことになった。男の顔には災難に見舞われる相と、相反する幸運の相も出ていた。右手の人差し指の爪の間に金の細かい粒がついていた…。 目次■第一話 沈丁花|第二話 蝉衣|第三話 雨しずく|解説――痛快な謎解き 長谷川史親 |
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忍法忠臣蔵 山田風太郎忍法帖2 (にんぽうちゅうしんぐら・やまだふうたろうにんぽうちょう2)
山田風太郎
カバー装画:天野喜孝 |
♪富士見時代小説文庫版が、書店から姿を消していく中で、講談社文庫から、山田風太郎さんの忍法帖シリーズが刊行されるのはうれしい。装幀面でも新しいフォーマットになっている。装画は、天野喜孝さんが担当。この作品は未読だったが、深夜にVシネマ版を観た。エロチックでとんでもないものだったが…。原作と随分違っていた。 赤穂浪士の仇討ちを色の道で挫く女忍者たち、忍法を駆使して赤穂浪士たちを襲う上杉の忍びたちと、大石内蔵助の智謀…。山田風太郎さんが忠臣蔵を扱うと、こんなになっちゃうのかって、感心した。 物語●江戸城大奥御広敷伊賀者・無明綱太郎は、許婚を将軍綱吉に奪われてから、女嫌い、忠義嫌いになった。その彼が、上杉家国家老・千坂兵部の娘・織江を助けたことから、上杉方に組することになった…。千坂から“浅野家の遺臣らの志を妨げるように”命じられた…。 目次■大奥の伊賀者/死花献上/女と忠義のきらいな男/義士堕天行/蜘蛛の糸巻/将監崩れ/浮舟の駕籠/源四郎崩れ/歓喜天/源五左崩れ/竹取物語/内蔵助崩れ/一ノ胴/郡兵衛崩れ/食中花/貞四郎崩れ/修羅車/小平太崩れ/内蔵助・兵部参着/金剛網/無明・有明|読み出したら止まらない 馳星周|忍法帖雑学講座2 日下三蔵 |
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纐纈城綺譚 (こうけつじょうきたん)
田中芳樹
カバーイラスト:藤田和日郎 |
♪纐纈城というと、国枝史郎の『神州纐纈城』(講談社大衆文学館)がまず、頭に浮かぶ。神州というだけに日本の戦国時代の甲州・武田家を舞台としているが、そのもとは、中国の話だ。と、ここまでは知っていたのだが、実は日本人が深く関わっていと知ってちょっと驚いた。留学僧として唐に渡っていた円仁(慈覚大師)がその人で、魔窟・纐纈城から脱出したという。しかも、そのエピソードは『宇治拾遺物語』巻第十三に「慈覚大師 纐纈城ニ入ル事」として書かれているらしい。うーむ、もっと古文をちゃんとやっておけばよかった。田中さんのこの作品は、いわば、その『宇治拾遺物語』の後日談である。あとがきで執筆の動機を高校時代に古文の勉強として読んだ纐纈城の話が頭をとらえ、期待して読んだ『神州纐纈城』では、中国の話のその後が語られていなかったために、自分で書くことにしたとしている。 伝奇小説であり、武侠小説の形態をとっているが、その一方で歴史背景や史実を重視し、登場人物たちも、皇帝や宰相まで実在の人物が作中で活躍している。とくに宣宗皇帝の友人であり安南都護として有名な王式が魅力的に描かれている。 物語●揚州で、日本からの留学僧・円仁に恐ろしい纐纈城の話を聞いていた武侠の辛とう(言べんに当の旧字)は、友人の李延枢(りえんすう)といっしょに長安にやって来た。二人は、宣陽坊の綵纈鋪(ごふくや)で、纐纈布(人の生血を絞り取って染めた布)を見かけ、纐纈城への手がかりをつかんだ。しかし、思わぬ邪魔が…。 目次■第一章 秋風ノ巻/第二章 幻戯ノ巻/第三章 高楼ノ巻/第四章 残月ノ巻/第五章 白霧ノ巻/第六章 断影ノ巻/余章/後記/解説(芦辺拓) |
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逃げ水半次無用帖 (にげみずはんじむようちょう)
久世光彦
装画及び本文挿画:建石修志 |
♪向田邦子さんのドラマの演出でおなじみの久世光彦さんの初の捕物帖。建石修志さんのカバーイラストと、艶に彩られた新感覚…という言葉から、ちょっとキワモノっぽい第一印象を持って読みはじめたが、実はしっかりした捕物帖であった。主人公の半次は、若い頃の京本政樹か豊川悦史って感じの美形。しかも憂いが似合う。――雨上がりの蒼い月と、秋の蝶が似合う男である。この半次に惚れているのが、辻君のお駒と、察しのお小夜だ。お小夜は、捕物中の怪我がもとで、半身不随の佐助に代わり十手を預かっていた。半次とお小夜と佐助のトライアングルを中心に難事件を解いていく。 次々と起こる難事件を解決して行きながら、半次がなぜ逃げ水と呼ばれるのか、またなぜ無用帖とタイトルに入っているのかが次第に明らかになっていく。 演出家でもある久世さんということもあり、ついドラマ化されたときのキャスティングを考えながら読んでしまう。 物語●「童子は嗤う」臨月間近の後家が首を吊って死んでいた。足元では、幼子が嗤い続けていた…。「振袖狂女」寛永寺の暮れ六つの鐘がなると毎日のように、振袖姿の若い娘が裸足で上野の町を駆け抜けた…。「三本指の男」生菓子屋の業つく婆あが、臨終間近で、急に仏のように変わり、ついに亡くなったが…。「お千代の千里眼」大工の幼い娘は、失せ物をなんでも千里眼でみつけた。しかし、その範囲はお小夜の縄張り内だけであった…。「水中花」権現様の縁日で、水中花を売る妙な屋台が評判になっていた…。「昨日消えた男」貸本屋・川獺屋の主人の様子が近ごろ、変だという…。「恋ひしくば」お小夜が医者にかかっている間に足腰の不自由な佐助が家から姿を消してしまった…。 目次■童子は嗤う|振袖狂女|三本指の男|お千代の千里眼|水中花|昨日消えた男|恋ひしくば |
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いろはかるた噺 (いろはかるたばなし)
森田誠吾
カバーデザイン:林佳恵 |
♪筆者の森田さんは、直木賞作家。『魚河岸ものがたり』や最近では『明治ものがたり』で知られる。出発点は、「いろはかるた」の考証であったという。ちなみに氏の初めての公刊本『昔・いろはかるた』の配本日が、昭和四十五年十一月二十五日で、三島由紀夫の自決の日だった。筆者と三島は、同い年ということで、忘れられない思い出だそうだ。「い」から「京」まで、東西のいろはかるたをそれぞれ出典も含めて紹介している。黄表紙、川柳、歌舞伎などに頻出しているのがよくわかった。庶民たちはそうした作品を通して、いろはかるたの諺に親しんでいったのだろうか。それとも庶民の口の端によくのぼったので、読本や狂言に使われたのだろうか。両方なのだろう。 読みどころ●「二階から目薬」の目薬は、今の点眼用の水薬ではなく軟膏だった。「年寄の冷や水」とは、水浴びではなくなま水を飲むことだ。…。誰もが知っているようで知らない「いろはかるた」の各句の意味。諺らしい諺中心で内容が教訓的な「上方いろはかるた」と、句形が長くないようも文芸的になり歌の文句のような諺が多い「江戸いろはかるた」。東西のかるたに、庶民の本音を探り、生活の知恵をみる好著。詳細な資料も付している。 目次■いろはかるたの旅/いろはかるた前史/上方いろはかるた/江戸いろはかるた/いろはかるたの民/東西いろはかるた資料/あとがき/解説 佐藤要人 |
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その日の吉良上野介 (そのひのきらこうずけのすけ)
池宮彰一郎
カバー装画:西のぼる |
♪NHK大河ドラマと、テレビ東京の12時間時代劇の影響からか、忠臣蔵関係の出版ラッシュが続いている。そんな中で、今年も討入りの日12月14日を迎える。(もっとも旧暦で考えるべきだが)珍しいことに、今年は忠臣蔵関係のドラマ放映がなかった。ただ、「忠」という言葉がもっとも縁遠い、今は「忠臣蔵」は受難の時代かもしれない。いろいろな作家たちがいろいろな忠臣蔵像を築いてきたが、今、ピッタリくるのは池宮さんの史観のような気がする。来年の大河ドラマが少し心配だ。ともかく、来年は上手に忠臣蔵と付き合っていきたい。 本書は、浅野・吉良事件から5つのエピソードを切り取った短編集である。『四十七人の刺客』、『四十七人目の浪士』(ともに新潮文庫)の読後に読むと、さらに楽しめる。とくに「千里の馬」と「その日の吉良上野介」が秀逸。前者では、忠臣蔵ではその他大勢扱いされることが多い千馬三郎兵衞を主人公にしているのがとても新鮮。 物語●「千里の馬」千馬三郎兵衞は、浅野内匠頭に日ごろから嫌われていた。その千馬に女性スキャンダルが…。「剣士と槍仕」黒犬に噛み殺されそうな娘を助けた男は、堀部安兵衛だった…。「その日の吉良上野介」米沢に移ることを決めた上野介はは、三回に分けてお別れの茶会を催すことに決めた。そして、二回目の茶会の前日…。「十三日の大石内蔵助」討入りを目前に控えた内蔵助は、相次ぐ浪士の脱盟の報せを聞く…。「下郎奔る」元備前松山藩士の木幡信兵衛は、大石内蔵助の顔を知っているということで、吉良家に仕官がかなったが…。 目次■千里の馬|剣士と槍仕|その日の吉良上野介|十三日の大石内蔵助|下郎奔る|解説 三好一行 |
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波王の秋 (はおうのとき)
北方謙三
カバー:亀海昌次 |
♪久々の北方時代小説で、胸が熱くなった。衝撃の時代小説デビュー作『武王の門』の海洋版といったところか。懐良親王と小四郎というヒーロー像も相通ずるところがある。普段ダラダラとした生活を送っているだけに、こういう緊張感溢れる登場人物たちをみると、思わず背筋を伸ばしてしまう。九州の外れということで、従来の日本史では描かれることがない舞台である。そのため、少しとっつきにくいところがある。登場人物で一番知られているのは、明の開祖である朱元璋である。この本を読んで、元寇と倭寇についての知識が深まった。 物語●肥前のとある浜辺に、一人の男が泳ぎ着いた。済州島のナミノオオの密使・竜知勝(竜村知安)だった。上松浦党水軍に手を結ぼうと持ちかけた。やがて両軍の後押しで、波王水軍が旗揚げされた。若き上松浦党の後継・小四郎を大将に、祖国日本と海の平和を守るために…。男たちの熱き想いが、敵である強大な元に立ち向かう…。 目次■第一章 村/第二章 島/第三章 海のけもの/第四章 遠い夏/第五章 火焔/第六章 群一族/第七章 波王水軍/第八章 予兆/第九章 海域/第十章 海の星/第十一章 日没の時/解説・菊池仁 |
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えじゃないか (えじゃないか)
出久根達郎
装幀:菊地信義 |
♪坂本龍馬暗殺の犯人を追って江戸へ向う本屋の丁稚・大吉と主家のお嬢様。二人が道中で遭遇する奇怪な事件と正体不明の男たち、そして、「ええじゃないか」の騒動、動乱の幕末を舞台にした、謎が謎を呼ぶドタバタ劇。作者得意の言葉遊びを散りばめたユーモア時代小説。丁稚とお嬢様の掛け合いが何とも面白い。 『えじゃないか』(出久根達郎著・中央公論社)のタイトルは、「ええじゃないか」でも「よいじゃないか」でもない。あとがきによれば、ええじゃないかは、庶民から自然発生した言葉だが、えじゃないかは為政者の掛け声であり、シニカルな意味を含んでいるという。当時、「お記録本屋」と称された、藤岡屋由蔵の記録には、「よいじゃないか」と綴られていた。そういえば、昔、『ええじゃないか』という時代劇映画があった。
物語●本屋の丁稚大吉は、饅頭屋へ「ばあすでい・けいき」を取りに行った帰りに、「えじゃないか」の行列にぶつかった。空から降ってきた娘が先陣を切っていると聞き、生来の野次馬根性が頭をもたげた…。 目次■第一章 えじゃないか/第二章 するりとネ抜けたとサ/第三章 お半色づく長右衛門は石部/第四章 お金はヨ木の葉だネ/第五章 逃げのハないしょないしょ/第六章 龍馬いわくサ、日本を洗濯する/第七章 ほんに嬉しや京の首尾/終章 トコトンヤレナ/「ええじゃないか」と「よいじゃないか」――あとがきにかえて |