新・極楽の読書録
1998年9月・長月の巻

円周率を計算した男 by 鳴海風
狂気の父を敬え by 鈴木輝一郎
完四郎広目手控 by 高橋克彦
猫の似づら絵師 by 出久根達郎
陋巷に在り 4 徒の巻 by 酒見賢一
されど道なかば by 羽太雄平
蝦夷地別件 上・中・下 by 船戸与一
幕末あどれさん by 松井今朝子
傷 慶次郎縁側日記 by 北原亞以子



おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

慶次郎縁側日記

★★★★☆
北原亞以子(きたはらあいこ)


装画・挿画:蓬田やすひろ
装幀:新潮社装幀室
時代:明記されずBR> 場所:八丁堀、霊岸島、根岸、南小田原町、南鍛冶町、本所相生町、下谷町、聖天町、瓦町、代田村
(新潮社・1,700円・98/09/20第1刷・342P)
購入日:98/09/20
読破日:98/09/28

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり]

第一話は、短編集「その夜の雪」にも収録されている。この話については二度目になるが、初読のときとちょっと読後感が違った。二話目以降の物語が人情味溢れるほのぼのとしたものになっているためかもしれない。
森口慶次郎ものとしては、「雪の夜のあと」(読売新聞社刊)という作品もある。
小さい頃、貧しかったせいか、こういう物語はとても懐かしい。

◆主な登場人物
森口慶次郎:元南町奉行所同心で、根岸の寮番
三千代:慶次郎の娘
辰吉:慶次郎の手先
晃之助:吟味方与力の三男で、慶次郎の養子
文五郎:山口屋の番頭
島中賢吾:南町奉行所定廻り同心
吉次:北町奉行所の手先
佐七:寮の飯炊き
美濃屋清兵衛:日本橋本石町の扇問屋主人
おとき:清兵衛の女房
おかよ:美濃屋の女中
松太郎:谷中の酒屋の息子
岩松:千駄木の植木屋
おきわ:吉次の妹
菊松:おきわの夫で蕎麦屋
源太:空樽売りの少年
おしん:源太の向かい家の娘
佐兵衛:味噌問屋の息子
橋田佑介:南町奉行所同心
太兵衛:京橋弓町の岡っ引で、賢吾の手下
七五郎:蔵前の札差・越後屋藤蔵方の番頭
伝七:蛙の伝左と呼ばれる京橋界隈の鼻つまみ
園田兵太郎:御家人くずれ
皐月:晃之助の妻
卯之吉:手間取り大工
おせん:卯之吉の女房
梶右衛門:新黒門町の裏店の差配
おたみ:よろず稽古所の師匠
平吉:おたみの愛人
仁右衛門:聖天町の長屋の差配
おはる:仁右衛門が面倒をみる娘
和助:おはるの父で池袋の百姓
伊太八:空巣狙いの盗っ人
豊蔵:空巣狙いの盗っ人
壱次郎:山谷堀の瓦屋
秋元右近:小普請組の御家人の嫡男
諏訪新五郎:右近の剣術仲間
村越勇三郎:右近の剣術仲間
翁屋与市郎:古道具屋
彦三郎:新大坂町の傘問屋清水屋の養子
おはつ:清水屋の女中
おきち:思案橋たもとの縄暖簾の女
庄野玄庵:八丁堀の医者
おゆみ:神田連雀町の長唄の師匠
中次郎:紙問屋の若旦那

物語●「その夜の雪」婿取りが決まっていた慶次郎の娘・三十代が何者かに暴行されて、帰ってきた…。「律義者」同心を辞め、寮番を勤める慶次郎の隣家で何やら揉め事が…。「似たものどうし」吉次は空樽拾いの少年と知り合った…。「傷」慶次郎の知り合いの番頭と、町内の鼻つまみものの二人が弓町の角でぶつかって怪我をしたという…。「春の出来事」慶次郎は、通りで突き飛ばして足首を捻らせてしまった女を見舞った…。「腹痛の妙薬」腰を痛めた慶次郎が医者に出かける途中で出くわしたものは…。「片付け上手」知り合いの煙管を盗んだ娘は、みんなから半人前と言われていた…。「座右の銘」“貧乏人に迷惑をかけぬこと”“身内に迷惑をかけぬこと”を座右の銘にしていた空巣狙いがいた…。「早春の歌」小さな事件をきっかけに、慶次郎は、剣術道場通いの若者たちと親しくなった…。「似ている女」慶次郎のもとに持ち込まれた相談事とは…。「饅頭の皮」慶次郎は通りで、顔色の悪さが尋常でない女を見かけた…。

目次■その夜の雪|律義者|似たものどうし|傷|春の出来事|腹痛の妙薬|片付け上手|座右の銘|早春の歌|似ている女|饅頭の皮

幕末あどれさん

★★★★☆☆
松井今朝子(まついけさこ)


カバー錦絵:オリオンプレス
装丁:安彦勝博
時代:文久二年
場所:雉子橋、本所亀沢町、神田小川町、本所石原町、猿若町、南割下水、品川、白山、横浜
(PHP研究所・1,900円・98/09/25第1刷・451P)
購入日:98/09/12
読破日:98/09/26

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり]

黒船の重い砲声によって開いた幕末・維新の大芝居の幕。その舞台の上では、時勢に翻弄される若者たちの、さまざまな人生が演じられた。講武所通いの生活を捨て、芝居の立作者河竹新七(後の黙阿弥)に弟子入りする旗本の二男坊・久保田宗八郎。同じく旗本の二男で、やはり講武所で鉄砲を習う片瀬源之介。多感な二人のあどれさん(adolescents=フランス語で青年の意)を軸に、激動する時代をドラマチックに描く青春小説。彼らの生きざまと平行するように、市川小団次や沢村田之助など華やかな舞台姿など、幕末の歌舞伎界も活写され、「仲蔵狂乱」(講談社)で第八回時代小説大賞に輝く作者ならではの、奥行きの深い作品に仕上がっている。(←書評用にまとめたものです)

鮮やかな色遣いと、バタ臭い題材が幕末の雰囲気を伝える、表紙の錦絵は、五雲亭貞秀のもの。

◆主な登場人物
久保田宗八郎:旗本の二男
久保田主馬:幕府の小納戸役。宗八郎の八歳年長の兄
寿万:主馬の妻
菅沼:講武所での先輩
市川小団次:当時江戸一番の人気役者
片瀬弥市郎:旗本の総領息子
沢村田之助:人気女形
加藤:宗八郎の剣術仲間
大野:宗八郎の剣術仲間
河竹新七:狂言作者。通称・寺内(じない)の師匠
竹柴豊蔵:新七の弟子で見習い狂言作者
お琴:新七の女房
金作:若手狂言作者
竹柴諺彦:新七の片腕の二枚目作者
市村羽左衛門:市村座の座元
花紫:土蔵相模の娼妓
馬鹿長:働方の手伝いをする大男
河原崎権之助:元河原崎座の座元で、市村座の金主。太髷の旦那と呼ばれる
片瀬源之介:弥市郎の四つ下の弟
井岡清兵衛:小十人組頭
千鶴:清兵衛の娘で、源之介の許婚
杉浦:源之介の講武所仲間
成島甲子太郎:かつて上様の侍講を勤めた儒者
シャノアン:幕府陸軍参謀大尉
インゲレク:幕府陸軍軍曹
勝安房守義邦:幕府陸軍総裁
大岡新吾:源之介の伝習隊士官仲間
大鳥圭介:歩兵奉行

物語●久保田宗八郎は、講武所と男谷道場で、直心影流の剣に打ち込む若者だったが、ふとしたことから、芝居の世界に魅せられていく…。
一方、元奥右筆の二男・片瀬源之介は、宗八郎とすれ違うように、講武所に通い、鉄砲を習い、自分の道を切り開こうとする…。

目次■プロローグ|[文久二壬戌年]道場の汗/講武所の秋/猿若町|[文久三癸亥年]寺内の師匠/作者旅行/小団次の腕/馬鹿長|[元治元甲子年]太髷の旦那/品川の窓/歳の市の再会|[慶応元乙丑年]蓮華寺坂/雀戦|[慶応二丙寅年]松づくしの厄災/遠雷/歩兵志願/成島先生|[慶応三丁卯年]横浜の風/二人のあどれさん/異変の秋/再興願い|[慶応四戊辰年]最期の春/泥濘の道/宇都宮戦争/雨の上野/それぞれの秋、明治元年|[明治二己巳年]東京府南八丁堀心中|エピローグ

蝦夷地別件(えぞちべっけん) 上・中・下

★★★★☆
船戸与一(ふなとよいち)


カバー写真:PPS通信社
装幀:新潮社装幀室
時代:天明八年
場所:蝦夷・厚岸、野付嶋、松前。国後・古釜布。イルクーツク、ペテルブルグ、江戸・小石川、駒込、品川
(新潮文庫・上667円、705円、743円・各98/07/01第1刷・上539P、中593P、下669P)
購入日:各98/07/02
読破日:98/09/20

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船戸さんというと、冒険小説界の雄。一頃はかなり入れ込んで読んだ作家の一人だ。船戸さんが時代小説というと、意外な感がしないでもないが、テーマを聞いてニヤリとしてしまった。“権力に虐げられる先住民族の闘い”はまさしく作者が好んで選ぶ冒険小説の題材である。そんな訳か従来の冒険小説ファンにも、すんなり入り込める作品になっているて、日本冒険小説協会大賞を受賞している。
3週間以上かけて読了する。なんと、2800枚(原稿用紙の枚数をいわれてもピンとこないのだが、とにかく巨編である)の大長編で、東蝦夷、ロシア、松前、江戸とそれぞれの地を舞台に、未曾有のスケールで描いている。読書中、何度か「この作家はふだん何を食っているのだろうか」と思ったほど、バイタリティ溢れる作品だ。池波さんや藤沢さんの作品が和食とすると、血の滴るレアな肉料理にたとえられそうな感じだ。

◆主な登場人物
ステファン・マホウスキ;救国ポーランド貴族団の一員
ミハウ・クラコヴィッチ:同貴族団の指導者
サロモン・トレンヴィッキ:同貴族団の一員
ドーザク:オロッコ人の通訳
ナズナーツィン:ロシア正教分離派・鞭身派の祈祷師
ニコライ・イワノヴィッチ・チュコフスキー:ロシア皇帝特別官房秘密局六等官
洗元:本草学の心得がある臨済宗の僧
静澄:天台宗の僧
葛西政信:幕府御家人の息子
葛西政明:政信の兄
ゴスカルリ:政信と行動を共にするアイヌ
伝七:飛騨屋の厚岸支配人
勘平:飛騨屋の国後支配人
佐吉:旅籠「飛騨屋」の番頭
吉兵衛:飛騨屋の番人
新井田孫三郎:松前藩番頭
松前道広:松前藩主
松前監物:松前藩家老
松前平角:松前藩目付
氏家忠勝:松前藩沖の口奉行
勘右衛門:孫三郎の間諜
登勢:孫三郎の妻
ツキノエ:国後の脇長人
セツハヤフ:国後の長人、ツキノエの息子
ハルナフリ:セツハヤフの息子
オペルヨフ:ハルナフリの母
イコリカヤニ:セツハヤフの弟
マツケニ:ツキノエの妻
サンキチ:国後の惣長人
ホニシアイヌ:サンキチの息子
モシランケ:国後の長老
キララ:モシランケの孫娘
ハスマイラ:ゲンノカリの妻
ミントレ:高台の集落の長人
マメキリ:船着場の長人、サンキチの弟
イコトイ:厚岸の惣長人
オッケニ:イコトイの母、ツキノエの妹
ションコ:野付嶋の惣長人
ホロエメキ:忠類の長人
キニサップ:岩鼻の長人
マペルキリ:イコトイの子分のアイヌ
ドルコエ:国後に住むアイヌの通詞
アラキライ:択捉のアイヌ。ロシア語を解する

物語●フランス革命を目前に控えた頃、ロシアに服従させられていた、ポーランド人貴族のマホウスキが択捉島にやってきて、国後のアイヌの脇長人・ツキノエと会った…。
蝦夷地では、和人の横暴に対するアイヌの憤怒の炎が燃え上がろうとしていた。この地の直轄を狙う幕府と、権益を守ろうとする松前藩の争い。様々な思惑が渦巻き、蝦夷地最大の蜂起「国後・目梨の乱」へと発展していった…。

目次■登場人物一覧/関連地図/書簡・前段/波の譜/地の譜(以上上巻)|登場人物一覧/関連地図/火の譜/夜の譜(以上中巻)|登場人物一覧/関連地図/霧の譜/風の譜/書簡・後段/参考文献/解説 井家上隆幸

されど道なかば

★★★★
羽太雄平(はたゆうへい)


装幀:菊地信義
時代:文政ごろか
場所:下野、日光、江戸
(角川書店・2,200円・98/08/30第1刷・375P)
購入日:98/08/25
読破日:98/09/15

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり=『新任家老 与一郎』]

「峠越え」(角川書店)の主人公たちが戻ってきた。主人公の榎戸与一郎は、新任家老として、藩政に深く関与していくことになる。会津藩?の忍び、公儀隠密を巻き込んだ策謀にいかに立ち向かうかが見もの。青年家老が主人公になるというのは、珍しい設定だ。
与一郎が甲源一刀流の遣い手ということもあり、剣術シーンが迫力があり、手に汗握らせてくれる。また、作中に描かれた藩の木材伐採のシーンがダイナミックで印象深いものになっている。このシリーズは、まだまだ続きそうな雰囲気を残しているので、次回作も期待したい。

◆主な登場人物
榎戸与一郎:新任の家老
田野倉半左衛門:勘定奉行
箕輪清兵衛:勘定方
麓長八:与一郎の親友で御厩方
野川十左衛門:柳生流道場主
伊八:野川家の下男
菅沼源蔵:甲源一刀流の道場主で、与一郎の師
石見守成重:酒井家から養子で入った若き藩主
林十内:榎戸家の用人
榎戸弥次郎衛門:与一郎の父
斎藤大蔵:中老
弥三郎:与一郎の弟で、藩校総裁
森島又兵衛:目付方支配
七重:石見守の世話をする奥女中
以蔵:七重の叔父
奥山左十郎:元目付頭で、出奔中
奥山小次郎:左十郎の息子
千鶴:与一郎の許婚
田村屋英次郎:藩出入りの材木商で、弥三郎の学友
刑部少輔:世子松寿丸の父
椎名又左衛門:刑部家の用人
道三郎:杣人
甚吉:杣人
本橋飛騨守:日光奉行
おたき:会津者の女頭目

物語●新任の家老榎戸与一郎の目下の悩みは、参勤交代の出立を3日後に控えて三十八両ほど捻出しなければならないことであった。藩主石見守が養子入りする際に連れてきた家臣が増えて藩財政が逼迫している上に、昨秋江戸に廻送した余剰米の代金の江戸藩邸よりの送金の遅れが重なったためである。
そんな与一郎に前の筆頭家老である父・弥次郎衛門は、秘策を授けた…。

目次■事始め/明神の森/飛火衆/決死者の朝

陋巷に在り 4 徒の巻

★★★★
酒見賢一(さけみけんいち)


カバー装画:諸星大二郎
装幀:新潮社装幀室
時代:定公の十一年(前499)
舞台:中国・魯
(新潮文庫・438円・98/09/01第1刷・296P)
購入日:98/08/28
読破日:98/09/12

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前作が4月に刊行されているから、随分短いスパンで4巻目が出たことになる。そのせいか、前の巻のストーリーを覚えていて、連続性を持って読めた。
悪悦や子蓉の魔力を今まで描いてきたが、今巻では、少正卯の凄さが堪能できる。

◆主な登場人物
孔子:孔丘仲尼。魯の司寇で、儒者
子路:孔子の弟子。季孫家の宰
少正卯(しょうせいぼう):私塾を経営する
太長老(たいちょうろう):顔氏の長老
顔回:顔氏出身の孔子の弟子
顔路:顔回の父
よ(女+予):顔回の恋人
子貢:端木賜。孔子の弟子
悪悦:少正卯の弟子
子蓉:悪悦の妹。媚術を使う
五六:顔回の守り役

物語●陋巷にある顔回の家を、子蓉が訪ねたが、顔回は不在で、父の顔路と遊びに来た女予(よ)が応対した。顔路が小用にたった間に、子蓉は、女予が顔回を助けた護髪の主であることを知り、そのあまりの無垢さに嫉妬し、女予に魔法の鏡を与えた…。

目次■蟲/暗闘/彷徨/徒/あとがき

猫の似づら絵師

★★★★☆
出久根達郎(でくねたつろう)


装画:「千社札 粋のグラフィブム」マリア書房刊より
装幀:菊地信義
本文挿画:中一弥
時代:文化十四年ごろ
場所:南八丁堀、上野池之端、両国、吉原、門前仲町、采女ヶ原、南飯田町、入谷、相川町
(文藝春秋・1,429円・98/09/20第1刷・264P)
購入日:98/09/06
読破日:98/09/12

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「おんな飛脚人」(講談社)で、人情派時代小説の面白さを満喫させてくれた作者の最新作。今回はユーモアにますます磨きをかけ、落語や戯作のようなつくりになっている。
主人公の銀太郎と丹三郎の言動が膝栗毛の弥次喜多みたいで何ともおかしい。また、二人の隣人になる源蔵(風呂に入ることが嫌いで垢だらけということから、忠臣蔵の赤垣源蔵をもじってつけられた)のキャラクターがとりわけおかしい。うどん作りを生きがいにしているのだが、いろいろ工夫を凝らし改良を試みるのだが、ちっとも上達しない。二人があきれながらも毎回、鬼役(毒味役のこと)を務めるシーンがいい。
各話の冒頭にある中さんの本文挿画が粋で、読む気を増進させてくれる。

◆主な登場人物
銀太郎:猫の似顔絵描き
丹三郎:貧乏神売り
源蔵:うどんづくりを道楽とする金時長屋の住人
おさえ:本八丁堀の貸本屋雨屋の娘
きの:鰹節問屋の息子の囲い者
正吉:銀太郎の一番下の弟
薄雪:吉原の部屋持ちの遊女
島八:土人形に色を付ける職人
かよ:南飯田町の新屋の娘
元:新屋の女中
岸八郎:煮豆屋の店番の若者
五助:葉茶屋駿河屋の手代
格之助:下谷竜泉町の猫屋
素庵:医者
おせい:うどん屋六べえの娘
忠造:地回りの親分

物語●「猫に鰹節問屋」勤めていた貸本屋のリストラで、無職になり、銀太郎は猫の似顔絵描きを、丹三郎は貧乏神売りをすることになる…。「猫にマタタビ初春に竹」猫の似顔絵描きの商いで、ある寺の境内に入ったところ、無数の猫の絵馬がかかっていた。そこは猫寺と呼ばれていた…。「招き猫だが福にあらず」銀太郎は、両国広小路で途方に暮れて困っていた弟の正吉に会った。正吉は奉公先の乾鰯問屋の主人から薬を買ってくようにいいつかったのだが…。「窮鼠猫を好む」丹波の篠山で生け捕りにされたという牛ほどの図体のある鼠の見世物が話題になり、銀太郎らが商売の宣伝も兼ねて見に行くことになった…。「闇夜の鴉猫」入谷田んぼのところで、銀太郎は葉茶屋の手代に呼び止められ、猫の似顔絵を頼まれるが、仕事を頼まれたことを内緒にすることを約束させられたうえで目隠しをされる…。「虎の威を借る猫」深川・相川町に蕎麦屋、一膳飯屋、鮨屋など食べ物屋が多く軒を並べる通りがあり、どの店の屋号にも、なぜか猫の字が使われていた…。

目次■猫に鰹節問屋/猫にマタタビ初春に竹/招き猫だが福にあらず/窮鼠猫を好む/闇夜の鴉猫/虎の威を借る猫/変わった商売――あとがきにかえて

完四郎広目手控(かんしろうひろめてびかえ)

★★★★
高橋克彦


装画・挿画:集英社版浮世絵大系 安藤広重「名所江戸百景」より
装丁:多田和博
時代:安政二年正月
場所:亀戸、上野、王子、駒込富士前町、大川、品川、吉原、秋葉権現、高輪牛町、雷門、青山
(集英社・1,700円・98/08/30第1刷・317P)
購入日:98/08/29
読破日:98/09/06

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江戸の広告代理店・広目屋という商売にスポットを当てたのが面白い。主人公は、旗本の御曹司でお玉ヶ池の道場(千葉周作道場)で目録をとっている剣の名手でもある香冶完四郎。わけあって、上野の広目屋藤岡屋由蔵の元に居候しているのが昔の娯楽時代劇風で趣がある。それに若き日の仮名垣魯文がからむ。魯文というと、どうしても杉本章子さんの「名主の裔」(文春文庫)を思い出してしまうのだが…。
浮世絵に造詣が深い作者らしく、歌川広重の「名所江戸百景」から各話とも連作形式ながら2点の絵を取り出して結びつけるような形でストーリーを構成しているのが面白い。また、12話の話を通して江戸の名所と季節が楽しめる趣向もいい。
幕末の有名人たちがチョイ役で登場するのも見逃せない。

◆主な登場人物
藤岡屋由蔵:上野の古本屋で広目屋の主人、通称藤由
香冶完四郎(こうやかんしろう):藤岡屋の居候
仮名垣魯文:駆け出しの戯作者
お滝:茶屋の女主人
お新:柳橋芸者
さやか:完四郎の従妹
一恵斎芳幾:歌川国芳門下の絵師
浅井久之進:本所南割下水に屋敷をもつ旗本
お映:予知能力を持つ娘
国玉:豊国門下で花火絵を得意としている
お貞:吉原・京屋の遊女
松吉:押上の船頭

物語●「梅試合」藤由は、亀戸の梅屋敷で、梅を詠んだ句や川柳の優劣を競う梅試合が企画した…。「花見小僧|完四郎が考えた花見時期に合わせた瓦版の続き物の工夫とは…。「化物娘」身の毛もよだつ化物娘の噂が江戸市中に広まった…。「雨乞い小町」川越の雨乞い小町と呼ばれる娘が江戸に住まいを移したことから事件が…。「花火絵師|錦絵の版元が花火の絵を褒賞付きで募集した。藤由一味は、一席になる絵をお映に占わせるが…。「悪玉放生」放生会を一月後に控え、由蔵は二匹の亀をぶら下げて外回りから帰って来た…。「かぐや御殿」狂歌を趣味とする金持ち連中が品川で月見に出かけて、お姫様に歓待されたが…。「変生男子」吉原の遊女が突然、男になった、という噂が流れた…。「怪談茶屋」本物そっくりで精巧なことで大坂で興行しはじめた松本喜三郎の怪談人形が江戸の町にあり、探している人がいるという話を国芳が持ち込んできた…。「首なし武者」出羽山形で首なしの武者の死体が百姓家の庭で発見された。しかも大仰な鎧を着込み、血だらけの槍まで落ちていたという…。「目覚まし鯰」近々地震が江戸を襲うというお映の託宣をもとに完四郎らは被害を最小限に押さえるために奔走した…。「大江戸大変」遂に地震が江戸の町を襲った…。

目次■第一話 梅試合|第二話 花見小僧|第三話 化物娘|第四話 雨乞い小町|第五話 花火絵師|第六話 悪玉放生|第七話 かぐや御殿|第八話 変生男子|第九話 怪談茶屋|第十話 首なし武者|第十一話 目覚まし鯰|第十二話 大江戸大変

狂気の父を敬え

★★★★☆
鈴木輝一郎(すずききいちろう)


装画:戸屋勝利
装幀:新潮社装幀室
時代:天正四年十一月
場所:伊勢、伊賀、安土
(新潮社・1,900円・98/08/20第1刷・349P)
購入日:98/08/22
読破日:98/09/06

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信長の息子たちというと、なぜか影が薄い。秀吉の息子のように悲劇的でもなければ、家康の息子たちのように個性的でもない。強いていうと、ちょっと間抜けだ。歴史の舞台で華々しく活躍する機会がなかったからかもしれない。そういう意味からすると、信長の二男を主人公に据えたというのは、いい着眼点だとおもう。
この主人公の信雄であるが、早々に伊勢の名門北畠家に養子に出されてしまう。そのため、2人の父を持つことになる。 作者は登場人物を通じて「母と子をつなぐものは本能であり、父と子をつなぐものは心である」という。この作品は父性がテーマのひとつになっている。ちなみに養父になる北畠具教は、兵法で卜伝流の印可を剣術家でもあった。
「美男忠臣蔵」や「はぐれ五右衛門」などの時も感じたが、おなじみの題材を取り上げながら、新鮮な捉え方で描かれ、スパイスが効いた作品にし上がっている。

◆主な登場人物
北畠三介信雄(のぶかつ):織田信長の二男
北畠具教(とものり):前の伊勢国司で、信雄の養父
織田信長:信雄の父
柘植三郎左衛門:北畠家の筆頭家老
滝川三郎兵衛:北畠家の家老次席
織田信忠:信長の長男
神戸信孝:信長の三男で信雄と腹違いで同年
服部半蔵正成:伊賀の忍び
丹羽長秀:織田家重臣
滝川一益:織田家重臣
明智光秀:織田家重臣
滝野十郎:伊賀の十人衆の一人
下山甲斐:伊賀の十人衆の一人
百地丹波:伊賀の軍師
阿閉孫五郎:相撲奉行
長門権之助:柘植の家人
ふく:長門の娘
長野左京太夫:信雄の家臣
羽柴秀吉:織田家重臣

物語●「自分の父に死んでくれと、頼むには、いかなる段取りで話をするのが最良であるか」伊勢国司北畠信雄は、実父織田信長の命で、養父北畠具教に自害を依頼することになった…。

目次■零、 北畠信雄/壱、初陣/弐、蓼莪(りくが)/参、旧理/肆、根絶/伍、織田信雄

円周率を計算した男

★★★★☆☆
鳴海風(なるみふう)


装幀:西のぼる
時代:「円周率を計算した男」延宝八年(1680)。「初夢」享保十四年(1729)。「空出」明和五年(1768)。「算子塚」明和七年(1770)。「風狂算法」文化十三年(1816)。「やぶつばきの降り敷く」天保二年(1831)。
場所:「円周率を計算した男」桜田、牛込。「初夢」新両替町四丁目。「空出」芝赤羽。「算子塚」千住の大橋、湯島天神、本郷金助町。「風狂算法」八名川町。「やぶつばきの降り敷く」神田中橋。
(新人物往来社・1,800円・98/08/30第1刷・313P)
購入日:98/08/25
読破日:98/09/02

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第16回歴史文学賞受賞作。最近、ミステリーやホラーの分野で理系の作家の活躍が目立つが、遂に時代小説の分野にも有望な新人が登場した。本書は、東北大学大学院機械工学専攻修了の著者に、ふさわしい算学をテーマにした作品である。
明治というフィルターを通して見ることが多いせいか、江戸時代の算学(和算)は、西洋のものに比べて劣っているのではないか、と思われがちだが、実際はそうではないらしい。円周率の研究は、西洋では16世紀の終わりごろから始まり、17世紀の最高記録は、小数点以下35桁という記録がある。一方、日本では寛文三年(1663)、村松茂清が円周率の求め方とその値を小数点以下21桁まで求めている。そして、本書の主人公の一人、建部賢弘の円周率に関する研究が始まる。
年代順に並んだ6編の小説を通して、江戸時代の算学の歴史が俯瞰できる好著。とくに「空出」が爽やかで読み味がいい。

物語●「円周率を計算した男」建部賢弘は、甲府藩徳川綱豊に仕え、勘定吟味役を務めていた。三年前から同藩の算術家・関孝和に弟子入りしていた…。「初夢」大晦日を迎えた平野忠兵衛は、来年から銀座の年寄り役に推されることが決まり、ある決心をした…。「空出」久留米藩士多賀清七郎は、妻の手を握ったまま身じろぎもせずに、医者が臨終を告げる声を聞いた…。「算子塚」御普請方鈴木安明は、出羽の村山郡から遠縁の家に養子に入ったが、堤防の一部が決壊したという知らせを受けて、千住の大橋を北へ向かい、同役の神谷定令に助けられた…。「風狂算法」越後の水原出身の若手算術家山口和は、師の娘、綾乃を苦手としていた…。「やぶつばきの降り敷く」陸前生まれの三吉は、神田中橋にある長谷川寛の数学道場に、同じ村の肝煎りの次男の佐藤秋三郎と一緒に入門した…。

目次■円周率を計算した男|初夢|空出|算子塚|風狂算法|やぶつばきの降り敷く|あとがき