新・極楽の読書録
1998年2月・如月の巻

これからの松 by 澤田ふじ子
幻の声 髪結い伊三次捕物余話 by 宇江佐真理
暗殺春秋 by 半村良
影武者徳川家康 上・中・下 by 隆慶一郎
喜知次 by 乙川優三郎
世継暗殺使 左門 by 吉村正一郎
江戸の検屍官 北町奉行所同心 北沢彦太郎謎解き控 by 川田弥一郎
西郷盗撮 by 風野真知雄
亜智一郎の恐慌 by 泡坂妻夫
おんな飛脚人 by 出久根達郎


おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

おんな飛脚人

★★★★☆
著者:出久根達郎


装画・挿絵:中一弥
装丁:熊谷博人
時代:嘉永六年六月
舞台:芳町、江戸瀬戸物町、田町四丁目、上野不忍池、尾張町一丁目ほか。
(講談社・1600円・98/2/5第1刷・283P)
購入日:98/2/7
読破日:98/2/22

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり]

出久根さんの章のタイトルの付け方が面白い。また、主人公が働く店の名が、十七屋(陰暦の十七夜を立ち待ち月という。たちまち着くのシャレで飛脚屋のことになる)でなく、十六屋(十六夜はいざよい)で、もとは居酒屋だったというオチがついている。
この作品は、出久根さんの長編の第一作ということらしいが、連作の形式で肩が凝らない楽しく爽やかな作品に仕上がっている。飛脚の世界が舞台ということで、江戸の町を走っているような感じがする。
装画と挿絵の中さんの絵がまた、「剣客商売」のファンにはたまらないところだ。挿絵が多い本というのは、とても得した感じがする。

物語●芳町の人宿「丁字屋」。仕事を求めて背が高く精悍な面構えの男、清太郎と男のなりをした若い女・まどかが、瀬戸物町の飛脚問屋十六屋の飛脚の仕事に応募した。まどかは女ということがわかり、女雇人口入れ所に行くようにいわれる。
やがて、定飛脚の十六屋ののれんをまどかがくぐる。下女として口入れ屋で紹介されたのだ。その十六屋は、主とその母親が病の床につき、飛脚が相次いで辞め、仕事が減り、大ピンチだった…。

目次■その一 梅雨の晴れ間に絹ごし一丁/その二 孝行の良薬は命取り/その三 本降りに鮨の投げ売り/その四 鰯の頭も竹の花/その五 水売りに母の懺悔/その六 秋茄子とその手は食わぬ/その七 天下祭りに捕物に鯉/その八 遺言の中身は意外/その九 逃げるが勝ちで験直し/その十 鸚鵡が飛んで恋の発覚/その十一 顔に紅葉の海晏寺/その十二 来年の暦は昔を語らぬ/その十三 かぐや姫にも除夜の鐘

亜智一郎の恐慌(あ・ともいちろうのきょうこう)

★★★★
著者:泡坂妻夫


装幀:大路浩実
模様作成:泡坂妻夫
時代:安政二年十月
舞台:江戸城、猿若町、本所松井町、浅草伝法院前、京橋柳町、八丁堀玉子屋新道。
(双葉社・1700円・97/12/10第1刷・266P)
購入日:98/1/15
読破日:98/2/21

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baba norikoさんのおすすめの一冊。名探偵・亜愛一郎の祖先は、江戸城雲見番番頭だったという設定がファンにはたまらないところ。のはずだが、亜愛一郎シリーズを読んでいなかったのでちょっと残念。もちろん、読んでなくても十分楽しめる。
雲見番が実在した役職かどうかわからないが、天変地異に備える天気予報士のようなものだが、妙にリアリティがある。また、閑職のためにその裏の仕事が与えられるという設定もいい。
紋章作家らしく、カバーの模様が趣きがある。また主人公が家紋や印籠などに目が利いたりするのもらしい。肩の凝らない楽しい作品だ。

物語●安政二年、江戸全土を大地震が襲った。江戸城大手門の下座見役の緋熊重太郎は、江戸城で倒れた梁に左腕を挟まれてしまう。その場に居合わせた甲賀忍者の藻湖猛蔵は、空いている右腕で左腕を切り落とすようにすすめるが…。
江戸城雲見役番頭の亜智一郎は、小普請方の古山奈津之助とともに地震に乗じて将軍家定を襲うとした曲者を阻んだ…。
大地震で、功績が大であった四人が雲見番を拝命され、新たに使命が伝えられた…。

目次■雲見番拝命/補陀楽往生/地震時計/女方の胸/ばら印籠/薩摩の尼僧/大奥の曝頭

西郷盗撮

★★★★☆
著者:風野真知雄


装幀:辰巳四郎
時代:明治九年師走
舞台:東京・浅草、鹿児島。
(新人物往来社・1800円・97/1/20第1刷・253P)
購入日:98/1/18
読破日:98/2/17

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装幀は、辰巳四郎さん! ミステリー作品ではおなじみだが、時代小説では珍しい。池波正太郎さんの「雲霧仁左衛門」とか、そんなになかったような記憶がある。
西郷隆盛の写真がないというのはすごく意外だった。上野の銅像のイメージが強いせいだろうか。でも、おかげでこんな面白い本が出てきたのだから感謝しなくては。
西郷隆盛のほか、その弟子でボディガード役の桐野利秋(人斬り半次郎)、勝海舟らも登場する。
主人公の志村悠之介は、北辰一刀流の切紙を得ながらも、維新の時は、十代半ばと若すぎて参加できず、若さを持て余し、当時の最新の技術・写真に青春を賭けていた。何やらヘミングウェイみたいな感じがする。著名人の盗み撮りということだから、パパラッチというべきか。
悠之介と薩摩出身で朝野新聞に勤める福崎伸吾の友情が爽やかで泣かせる。

物語●東京府浅草の観音様の裏手にある井上銀杖写真館に、川路閣下と呼ばれる男がやってきて、仕事を依頼する。鹿児島に帰った西郷隆盛の写真を撮ってほしいという。市中に出回っている写真はすべて偽者だという。銀杖は、その仕事を弟子の志村悠之介に押し付ける。悠之介は、元幕臣で北辰一刀流の達人だった。悠之介は、二十円(なりたての巡査の月給が四円)という準備金と最新の写真のタネ板を与えられ、鹿児島に向かうことになる…。

目次■序/第一章 密命/第二章 潜入/第三章 つむじ風/第四章 不穏な空気/第五章 裸像/第六章 謎の襲撃者/第七章 西郷暗殺計画/第八章 陰の力/第九章 撮影成功/第十章 決闘/第十一章 再会/結/あとがき

江戸の検屍官 北町奉行所同心 北沢彦太郎謎解き控

★★★★☆
著者:川田弥一郎


装画:白石むつみ
装幀:中原達治
時代:文政五年(1822)頃
舞台:本所三笠町。深川上大島町。池之端仲町。京橋加賀町。元鳥越町。
(祥伝社・1600円・97/1/20第1刷・253P)
購入日:98/1/25
読破日:98/2/15

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「銀簪の翳り」が面白かった、江戸の検屍官・北沢彦太郎シリーズの一作目。著者は、「白く長い廊下」で江戸川乱歩賞を受賞したことがある、医学ミステリーの雄。
主人公の北町奉行所定町廻り同心・北沢彦太郎は、検屍の教典、「無冤録述」を片手に人が嫌う死体改めに熱を入れ、数々の手柄をあげてきた、というユニークな設定がいい。
また、その彦太郎を助ける、医師古谷玄海、絵師お月、彦太郎の妻お園のキャラクターがそれぞれ、個性的で面白い。また、毒婦タイプの謎の女性も出てきて作品を盛り上げてくれる。
本作品は、連作でここに取り上げられている6つの事件の死因は、すべて異なる。このシリーズでは、聞き込みや立ち回りといった派手な捜査活動よりも検屍という地味な作業に焦点を当てているので、推理という部分にポイントが置いている。この本を読んでいると、昔は驚くほど、冤罪が多かったのではないかという気にさせられる。
毒殺かどうかを調べるために、銀の簪を口中に入れてみたり、近くで入手した数羽の鶏に、死体の口中にしばらく入れておいた握り飯を食べさせたりと、当時の検屍法が描かれていて興味深い。

物語●「嘲笑う女」元芸者が殺された。鳩尾には殴打痕があった。この女には身請けした商人のほかに二人の情夫があった…。「井戸の底」井戸の底で若い女性の屍が見つかった。果たして溺死なのか…。「紫色の顔」不忍池の出合茶屋で若い女の縊死が発見された。大店の箱入り娘だったが、一緒にいた男は誰か…。「口中の毒」大店の主人が死んだばかりなのに、今度は次男の嫁が死に、毒殺ではないかという疑いが…。「襲撃の刃」来月に祝言を控えた商家の養女が失踪し、いっしょにいた女中は後ろから殴られて気を失い、用心棒代わりについていた手代も行方知らずになった…。「雪の足跡」雪の日に妾が殴り殺された。殺人があったしもた屋へ入っていった足跡は2つで、出ていった足跡は1つ…。

目次■第一話 嘲笑う女|第二話 井戸の底|第三話 紫色の顔|第四話 口中の毒|第五話 襲撃の刃|第六話 雪の足跡

世継暗殺使 左門(よつぎあんさつし・さもん)

★★☆☆
著者:吉村正一郎


カバー:大竹明輝
時代:寛政七年(1795年)
舞台:江戸城大奥、中山道(桶川〜熊谷〜深谷〜軽井沢…)。
(ケイブンシャ文庫・533円・97/12/15第1刷・260P)
購入日:97/11/20
読破日:98/2/12

[絶版]

作者の吉村正一郎さんは、「西鶴人情橋」(講談社文庫)で第三回時代小説大賞を受賞している。本作品は、ガラリと作風を変えている。
主人公の斎左門に、ビジュアル系アーティストのSHAZNAのIZAMさんをダブらせながら、読んだ。
徳川家きっての性豪将軍といわれる、家斉時代の大奥。魑魅魍魎の如き三千人の女たちを相手に、女装して立ち向かう左門の奮闘ぶりが見もの。
最近の時代小説では、松平定信は、ジコチュー(自己中心的)で腹黒いキャラクターとして定着したようだ。田沼意次が誤解されやすい仕事熱心なキャラクターとして描かれるのと対照的だ。

物語●羽倉信清は、伏見稲荷神社の神職を務める名家の末流で、秘術の遣い手として武芸を極めた男。しかし、ある事故で男の機能を失ってしまった。凶事に前途を閉ざされた彼に、老中・松平定信の声がかかる。大奥坊主・斎左門(いつき・さもん)として隠密を務めよというのだ。それは将軍家斉の御台所・寔子(とくこ)の男子を暗殺することが主な役目だが…。

目次■目次なし

喜知次(きちじ)

★★★★☆☆
著者:乙川優三郎


カバー画:菱田春草「秋野美人」 所蔵・横山大観記念館 写真提供・大日本絵画
装幀:菊地信義
時代:明記されていないが、元文三年(1738年)
舞台:明記されていないが、磐城平藩(内藤家)が舞台。
(講談社・1700円・98/2/5第1刷・360P)
購入日:98/2/7
読破日:98/2/11

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり]

「藤沢周平氏を想起させる」がキャッチフレーズの時代小説大賞受賞作家の乙川さんの受賞後第一作。本人は、藤沢作品より山本周五郎作品の方を多数読んでいるらしい。文芸評論家の向井敏さんによると、藤沢さん自身は、デビュー当時山本周五郎の再来のようにいわれていたが、山本作品はあまり読んでいないためにそう呼ばれることに戸惑っていたらしい。なにやら「隔世遺伝」といったところか。
東北の中藩を舞台にしており、その藩の名前がはっきり出てこないあたり、藤沢さんの「風の果て」を彷彿させられ、どきどきする。
主人公小太郎とその友人の牛尾台助(郡奉行の次男)、鈴木猪平の三人の友情、妹・花哉へのほのかな愛情、理想を信じ藩政改革に賭けた熱情…。青春の熱さ、苦しさ、爽やかさを端正に描く快作。
読後に、大伴家持の歌とともにカバーの絵がじんわりと胸に来る。

物語●日野小太郎(後に弥平次)が十二歳のとき、藩の江戸屋敷が焼失し、そのおりに両親を亡くした六歳の花哉が日野家に養女として引き取られたきた。小太郎は、この新しくできた妹を、くるりとした大きな目に赤頬が、地元で獲れる魚、喜知次に似ていることから、思わず「喜知次」と呼んでしまう。
日野家は、東北の十二万石の中藩(おそらく磐城平藩・内藤家)の祐筆頭を務める、五百石の上士の家柄だった。
米の不作が続き、藩の江戸屋敷が焼失し、年貢の取りたてが厳しくなる中、小太郎の友人・鈴木猪平の父が、一揆の争乱の中で暗殺される事件が起こった…。

目次■菊の庭/暗い水/冬安居/茅花のころ/屡雨/二半/行く秋/白い月/黒雲/夜降ち/千鳥鳴く/末の露/本の雫/菊香る

影武者徳川家康 上・中・下

[再読] ★★★★☆☆
著者:隆慶一郎


カバー装画:西のぼる
解説:縄田一男
時代:慶長五年(1600年)9月15日
舞台:関ケ原、大垣、伏見、江戸、駿府、大坂ほか。
(新潮文庫・上667円・93/8/25第1刷・97/8/15第14刷・544P、中667円・93/8/25第1刷・94/11/5第7刷・564P、下629円・93/8/25第1刷・97/8/15第12刷・535P)
購入日:98/1/3
読破日:98/2/10

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文庫化される前に読んでいるから、7、8年ぶりの再読になる。初回は、とにかく隆慶一郎さんの独自の史観(もとは網野善彦さんの史学の影響)からくる、奇想天外なストーリー展開と、家康と秀忠の対立の妙に圧倒されたが、今回は2回目ということで、ディテールの巧さに眼がいった。
全三巻各500ページを超えるボリュームの中で、だれることなく緊張感を維持させながら結末まで少しの破綻もなく、もっていく筆力は凄い。
家康に代表される「いくさ人」たちの、事に当たっての対処の見事さを感動的に描いている。これは、太平洋戦争に出征し、その中で、「葉隠」を読んでいた隆さんならではものか。それに対比して描かれる秀忠には、戦争を知らない世代の傲慢さ、矮小さ、脆弱さを表出させているようで、いろいろ考えさせられる。
この作品の面白さは、敵役が失敗にめげずに、むちゃくちゃにしつこいからかもしれない。
ドラマ化するなら、秀忠は西村雅彦さんにやってもらいたい。

物語●慶長五年の関ケ原の合戦。その緒戦で、家康は島左近配下の武田忍び・六郎に暗殺された! 家康の死が漏れると、徳川家による天下統一はなくなる。徳川陣営は苦肉の策として、影武者・世良田二郎三郎を家康に仕立てる…。
しかし、この影武者、ただ者ではなかった。かつて一向一揆の軍勢の中で信長を撃ったことがある「いくさ人」であった…。

目次■上巻 関ケ原/大津城/敗者/異邦人/伏見城/江戸/源氏の長者|中巻 千姫/変転/大御所/駿府/偃武|下巻 大坂和平/反撃/キリシタン禁令/大坂冬の陣/大坂夏の陣/終焉/あとがき/解説 縄田一男

暗殺春秋

★★★☆☆
著者:半村良


装画:羽山恵
装丁:坂田政則
時代:文化四年。
舞台:露月町、筋違御門前、本所番場町、神田富松町、下谷茅町二丁目。
(文藝春秋・1456円・96/12/10第1刷・291P)
購入日:98/1/4
読破日:98/2/8

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澤田ふじ子さんの「天路の枕」で、丹波篠山藩青山家が描かれたことが珍しいと思っていたら、この作品ではその青山家が重要な位置を占めている。当主は老中を務めた青山下野守忠裕(ただやす)の頃だ。青山家は、家康の頃(「影武者徳川家康」でも描かれている)と家光の頃、二代にわたって、徳川幕府の内部抗争に巻き込まれて手痛い目にあっている。そのため、幕政の中心にはなるべく深入りせず、温和で恨みを買うようなことをしないことを家訓にしていたらしい。そのため、小説に描かれることが少なかったようだ。東京・青山の名づけのもととなった青山家の故事にまつわる家宝も出てくる。
息子の意知が刺殺されてから失脚してしまったと思っていた田沼家が、当主が寛政の終わりから享和にかけての数年の間に五代続けて急死するという凶事に見舞われながら、玄蕃頭意正の代になって復権し、老中を務めるようになっていたのは意外だった。
この本、池波正太郎さんの「梅安」を彷彿させるところもあるが、それ以上に、物語のディテールに目が行くことが多い。柳生が出てきたり、祖先が家康に剣を教えた奥山流の当主が登場したり、といった具合に興味深い個所が多い。

物語●磯の香濃い深川の汐づけ長屋に、五年ぶりに研ぎ師の勝蔵が帰ってきた。勝蔵は、惚れた女に裏切られて、勤め先の刀拵師のもとから二十両の金を拝借して出奔していたのだった…。勝蔵は一流の刀研ぎ師であるとともに、町人ながら奥山流の剣の遣い手であった。幕府を裏で牛耳る影の大御所・一橋治済の陰謀と、それに立ち向かうグループの暗闘に、勝蔵はやがて暗殺者として巻き込まれることになる。

目次■第一話 帰って来た男/第二話 編笠孫右衛門/第三話 ふたり殺し/第四話 血まみれ寺/第五話 殺しのやまい/第六話 浪人宿/第七話 毒遣い一味/第八話 夜久の者/第九話 悪の種類/第十話 口封じ/第十一話

幻の声 髪結い伊三次捕物余話

★★★★☆
著者:宇江佐真理


装画:東啓三郎
装丁:坂田政則
時代:明記されていないが、寛政六、七年ぐらいか
舞台:深川蛤町、茅場町、亀島町、畳町、京橋炭町。
(文藝春秋・1524円・97/4/20第1刷・253P)
購入日:98/1/11
読破日:98/2/4

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宇江佐さんは、とにかく、上手い。キャラクター設定、ストーリー展開、江戸の町の描写、いずれも新人離れしている。もっとも、確固たる地位を築いている作家たちは、皆、最初から質の高い作品を生み出しているが…。
主人公は、町方同心のお手先をつとめる廻り髪結いの伊三次。その生い立ちや捕物の片棒を担ぐようになったきっかけが面白い。その恋人は、深川芸者の文吉ことお文(ぶん)。“勇侠(きゃん)”と呼ばれる意地と張りを売りにした男勝りの芸者である。また、伊三次を下っ引きとして使う北町定廻り同心不破友之進とその愛妻のいなみのキャラクター設定も巧みだ。
連作形式になっているが、とくに「備後表」と「星の降る夜」が泣かせる。恐るべし、宇江佐真理。今後の作品が楽しみ。
なお、当時の髪結い賃は三十二文とか。

物語●「幻の声」かどわかしの下手人が捕まった。その情婦の深川芸者が、下手人の代わりに名乗り出た…。「暁の雲」お文の先輩で、相思相愛の末、一緒になった、塩魚問屋のおかみの亭主が突然死んだ…。「赤い闇」隣家に住む同僚の同心が、不破にある悩みを打ち明けた…。「備後表」少年時代の伊三次を支えた畳表織りの“おっ母ァ”の最後の願いとは…。「星の降る夜」大晦日、伊三次は仕事を終えて裏店へ帰り、我が家で見つけたものは…。

目次■幻の声|暁の雲|赤い闇|備後表|星の降る夜

これからの松

★★★☆☆☆
著者:澤田ふじ子


装画:江口準次
装幀:熊谷博人
時代:「これからの松」宝暦六年(1756)。「天路の枕」寛政十一年(1799)。
舞台:「これからの松」新在家中之町通り、四条大和大路など。「天路の枕」丹波篠山、北舟橋町、祇園。
(朝日新聞社・1650円・95/12/1第1刷・250P)
購入日:97/4/15
読破日:98/2/1

Amazon.co.jpで購入[文庫版あり=『真贋控帳―これからの松』(徳間文庫)]

あとがきに、「歴史(時代)小説を書いているとはいえ、古くから多くの作家が書きつづけている歴史上有名な人物など、わたしはさして興味がない。有名なかれらに踏みつけられ、蹂躪されたうえ、巷間に埋もれていった名も知れぬ人たちの生き方に、わたしは共鳴し、誰もまだ手がけていない人々を作家として書くことを、自分の命題としているからだ」と書いているように作者は多くの作品の中で、京の市井に生活する人々に温かい眼差しをもって描き、多くの感動を与えている。
「これからの松」では、作者がかねてから魅力を覚えていた特殊な職業“古筆見(こひつみ)”―現代でいえば、美術品の鑑定家か―の世界を興味深く描いている。
「これからの松」の平蔵は、「橋」シリーズなどで描かれることが多い、向日性の主人公で、読んでいて気持ちいい。
一方、併載の書き下ろし中編「天路の枕」の主人公清十郎は、ちょっとしたきっかけで、奈落へと向かう破滅型であり、対照的で面白い。
題名にある「枕」は、俳句を意味しているが、清十郎の父が与謝蕪村の門弟として末席につらなっているほか、清十郎自身もいつも懐中に小さな句帳をしのばせていた。そんな訳で、物語の端々に蕪村の事跡が綴られている。
老中を輩出したりして、幕閣で重きをなしているわりに、時代小説では描かれることが少ない丹波篠山藩青山家が舞台になっている。

物語●「これからの松」高瀬舟の船頭の息子で炭屋に奉公していた平蔵は、熱心に絵を見る姿を、古筆家七代了延に認められ、弟子入りすることになった…。
「天路の枕」丹波篠山藩士の重蔵清十郎は、亡父が京留守居役をつとめた関係で、十一歳まで京で過ごした。そのため、領国にもどっても周囲から疎んじられていた…。

目次■これからの松(みとせの夏/夜寒の町/卯月の髪/中秋の絵)|天路の枕(深い霧/御門夜討/奈落の町/冬の鴉)|あとがき