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1997年6月・水無月の巻
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山手樹一郎長編時代小説全集=8江戸名物からす堂(一) ★★★★☆ 著者:山手樹一郎 装丁:玉井ヒロテル 装画:国貞 (春陽堂・699円・78/11/25発行) 購入日:97/2/11 読破日:97/6/29 |
のほほんとした全体の感じがすごくいい。読んでいて気分よくなる。 「落下流水」「近くて遠きは…」作品ごとに接近していくからす堂とお紺の関係が、また楽しい。 収録作品は、「十六文からす堂」(たつみのお紺/紅だすき狂乱/千人悲願/毒薬の行方/母心子心/横恋慕/義理の兄/むっつりのだんな)と「お紺からす堂」(鬼小町/死相の殿様/比丘尼変化/江戸の凶賊)の長編2編12話だが、各話がそれぞれ完結しているので、長編としての連続性があまり感じられない。不思議な体裁だ。続編があるので早く読みたい。 ●八辻ガ原の柳の下で、観相手相を営むからす堂に、お紺は占ってもらう。知り合いから小柳町で「たつみ」という小料理屋を買ってもらえないかと持ちかけられていたのだった…。 神がかった観察力と推理力で何でも見通すからす堂には、三年間に千人の人助けをするまで女っ気なしという悲願があった。お色気ムンムンで情熱美人(飯島直子さんをイメージしている)お紺はそんなからす堂に恋焦がれる…。 |
白木屋犯科帳 ★★★☆著者:藤井 博吉(ふじいひろきち) 装幀:菊地信義 装画:岩田専太郎 (PHP研究所・1262円・96/7/18発行) 購入日:97/6/7 読破日:97/6/28 |
恥ずかしいことだが、時代小説大賞を獲った藤井素介さんの作品と勘違いして購入した。 ジャンルとしては、池波さんの「梅安」シリーズが含まれる「必殺もの」、「仕掛もの」というところになるだろうか。ドラマとしては、面白いし、殺されるにはそれなりの訳があるのだが、やっぱり人が殺されていくというのは何とも…。 主人公・吉兵衛の異能ぶりが面白い。「かつて江戸中から足におぼえの飛脚、駕籠舁きがあつまって、早駆けの競走が催されたことがあった。それに参加した吉兵衛が余裕の一着をとって息ひとつ乱さなかった」というエピソードをもち、「逃げ水の吉兵衛」と渾名されている。また、五間(約9メートル)もの距離を一気に跳ぶことができるという。さしずめ江戸のカール・ルイスといったところ。 連作の中で、いつも仕事の指令を伝えるのが、白木屋江戸店支配役竹田次郎右衛門で、その仕事をサポートするのが深川網打場の小料理屋〔桔梗〕の女将おりょうと鉄砲洲稲荷の蒲焼の店〔笠屋〕の主・諫早の禅定、という一連のパターンができている。 白木屋vs.越後屋の経済戦を描く「符丁」がもっと書き込まれていればさらに面白くなるのだが…。 ●日本橋檜物町の長屋の家守・吉兵衛の裏の顔は、江戸屈指の呉服商・白木屋の邪魔者たちを次々と消していく行く“陰の吟味役”である…。 「餘寒の闇」白木屋が米の不正取り引きをネタに旗本の次男坊に強請られる…。「日暮れ河岸」吉兵衛は白木屋に三十五年前に同期で入った旧友に人殺しを頼まれる…。「符丁」吉兵衛は白木屋出入りの紺掻き職人に、ライバル・越後屋の情報を仕入れるように依頼するが…。「水神の森」白木屋が伊達藩に用立てるはずだった二千両が何者かに盗まれた…。「橋場」白木屋が屋敷を貸している御庭番川村家に醜聞が…。 目次■餘寒の闇/日暮れ河岸/符丁/水神の森/橋場 |
東京新大橋雨中図 ★★★★☆☆著者:杉本 章子 カバー:宇野亜喜良 解説:田辺聖子 時代:慶応四年(1868) (文春文庫・466円・91/11/10発行) 購入日:97/5/31 読破日:97/6/25 |
第100回直木賞受賞作。探しに探してようやく購入した一冊。期待を裏切らない名作だった。 主人公は、明治初期に活躍した、最後の大物木版浮世絵師の小林清親。以前、高橋克彦さんの「浮世絵鑑賞事典」(講談社文庫)等で、かすかに名前を記憶していた。読了後、同書に再び目を通すが、掲載されていた「東京新大橋雨中図」はモノクロだったので、ちょっと残念。この清親の西洋風浮世絵は、光線画と名づけられ、VIEW OF RAIN FALL ON SHIN-OU-HASHI IN TO-KEIと英文名も付けられていた。明治初頭、東京はとうけいと呼んでいた。本作品名もとうけいしんおおはしうちゅうず、というべきか。 各章のタイトルは、すべて清親の代表作の名前が付けられている。清親の生涯と作品創出の内側、当時の風俗が、彼の光線画のようにしみじみとした味わいをもって浮き上がってくる。清親のはもちろん、本編に登場する作家たち(芳年、河鍋暁斎、井上安治、芳幾)の画がとても見たくなった。 ●本所御蔵屋敷御勘定掛だった小林清親は、維新によって、徳川十六代家達の住む駿府へ移るが、母を抱えてはとても食っていけない。撃剣興行に身を投じ、やがて母を伴って江戸へ戻る。江戸育ちの母子は、東京に名前が変わったが江戸が恋しくてならなかったのだ…。 目次■新橋ステンション夕景/東京新大橋雨中図/根津神社秋色/浅草寺乃市/解説・田辺聖子 |
嗤う伊右衛門 ★★★★☆著者:京極 夏彦 装画:森流一郎 装幀:渡辺和雄 時代:文政八年(1825)以前 (中央公論社・1900円・97/6/20発行) 購入日:97/6/20 読破日:97/6/23 |
京極堂もののときから、時代小説っぽいテイストを感じていたが、やっぱり京極さんの時代小説はいいなあ。 今回は、タイトルからもわかるように、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」(文政八年初演)の京極夏彦版。歌舞伎や映画で有名であるが、通して観たことはなかった。「四谷怪談」のもつおどろおどろしさが京極さんの世界と融合していて、これからの時期にぴったりの作品だ。 京極さんの特徴のひとつに、キャラクターの出し入れのうまさがあげられる。今回も目次からわかるように、登場人物名を各章の見出しに入れていて、各章ごとに中心人物を変えながらも巧みにストーリーを展開している。 本文中の葛飾北斎の挿画がまた雰囲気を醸し出していてよかった。 ●貧乏浪人境野伊右衛門は、御行(願人坊主)の又市の仲人口で、御先手組同心民谷又左右衛門の娘・岩の婿となる。岩は、先年患った、疱瘡の後遺症か、髪は縮れて白髪が雑じり、左の額には黒痘痕、左眼は白く濁って見えなくなっていた…。 目次■木匠の伊右衛門/小股潜りの又市/民谷岩/灸閻魔の宅悦/民谷又左右衛門/民谷伊右衛門/伊東喜兵衛/民谷梅/直助権兵衛/提灯於岩/御行の又市/嗤う伊右衛門 |
自来也小町 宝引の辰 捕者帳 ★★★★著者:泡坂 妻夫 AD:宇治野育子 本文カット:東啓三郎 解説:細谷正充(文芸評論家) 時代:写真が日本に渡ってきた後 (文春文庫・438円・97/6/10発行) 購入日:97/6/10 読破日:97/6/21 |
捕物帳のはじまりは、岡本綺堂の「半七捕物帳」だが、江戸学の大家・三田村鳶魚によると、「奉行所から捕者のための出動した記録」だから、「捕者帳」というべきらしい。作者は、捕物をする人にスポットを当てて描きたくてあえて「捕者帳」にした、という記述をどこかで読んだ気がする。 捕者は、神田千両町に住む岡っ引、宝引の辰。家族は美人の女房お柳とお転婆な一人娘お景。年の頃は三十五、六で色は黒いが、なかなかの好男子。若いときは、飾り障子の組子の職人だったが、ふとしたことから北町奉行所の同心・能坂要に気に入られ、十手を預かった。“宝引”の異名は、副業として、宝引(小さな玩具や縁起物を付けた糸の束を握って、客に引かせる一種の福引き)を販売しているからだ。 それはともかく、本書がユニークな点は、一話完結の各話ごとに一人称の語り手が代わることだ。「自来也小町」狂言作者の二亭、「雪の大菊」足袋職人、「毒を食らわば」手下の松吉、「謡幽霊」手下の算治(元小普請方吟味役改・斧算治郎)、「旅差道中」若いのお店者、「夜光亭の一夜」席亭、「忍び半弓」宝引の辰のライバル、聖天の男十郎親分という具合に、各話の中心人物が替わり、宝引の辰はどちらかというと脇役として登場する。前作の「鬼女の鱗」を読んだときには、不覚にもあまり印象に残らなかったのだが…。 江戸の風物を巧みに作品の主題に採り込み、「半七」の系譜を継いだ趣のある捕物帳になっている。筆者の特技、マジックが描かれている「夜光亭の一夜」がとくに楽しい。 ●「自来也小町」一匹の蛙を描いた吉祥の掛け軸が高値で、怪盗自来也フリークの娘の父親に買い求められた…。「雪の大菊」足袋職人と大店の娘の、雪の中の道行きの中で見たものは…。「毒を食らわば」河豚鍋の寄り合いから帰ってきた質屋の主人が変死した…。「謡幽霊」幽霊のように落魄した辻謡を見た子供たちが次々高熱を発した…。「旅差道中」江ノ島弁天への遊山の帰り、宝引の辰一家が巻き込まれた事件とは…。「夜光亭の一夜」売り出し中の女手妻師・夜光亭浮城の高座中に殺人事件が…。「忍び半弓」堅物の薬種店の番頭が弓で射殺された。犯人は、胡弓をもった鳥追いか、熊の胆を納めにきたアイヌ人か…。 目次■自来也小町/雪の大菊/毒を食らわば/謡(うたい)幽霊/旅差道中/夜光亭の一夜/忍び半弓 |
竜馬がゆく 全八巻 ★★★★☆☆☆著者:司馬遼太郎 カバー:竹内和重 時代:嘉永六年(1853)三月十七日 (文春文庫・各505円・75/6/25〜75/9/25発行) 購入日:97/3/24/読破日:97/6/21 |
時代小説のクラシックともいうべき名作で、今さら読んだのって云われそうで、面映ゆいが、初めて読んだ。紹介が少し長くなるが我慢してほしい。 正月のTBS系のドラマ(主演・上川隆也)を見て以来、「読まなきゃ」と思い続けて半年、ようやく読破する。だいたい、ドラマ化したものが面白ければ、原作が面白いのも当然!(逆は多いが…)。ただ、読んでいる途中で、お田鶴を演じた鶴田真由さん(名前が似ているのは偶然か)のイメージが何度も頭をよぎって少し困った。 57刷、53刷、50刷、49刷、49刷、45刷、44刷、46刷―第一巻から八巻までの増刷回数である。増刷回数が多いこともさることながら、巻数が進んでも、増刷回数が落ちないのが凄い。人気があるとともに、読む人を最後まで惹きつける面白い作品であるってことの証明だ。 日本人の竜馬好きの3割くらいは、司馬さんのおかげではないだろうか。有名人でこんな一点の曇りもない快男児も珍しい。そして、竜馬はもちろん、回天の偉業達成に向け行動する男たち、そして竜馬を支える女たちが輝いている。だから、この本が歴史小説の枠に収まらず、一種のビルドゥングロマンス(青春小説)でもあり、生き方のバイブルにもなるのだ。 土佐、江戸、長門、京、薩摩、大坂、長崎、福井―各巻の表紙を眺めていて気が付いたのだが、竜馬の行動力、機動力は超人的だ。馬や駕籠に加えて、新たに交通手段に風帆船、蒸気船が加わったとはいえ。 ●薩長連合、大政奉還を一人でやった、幕末維新史上の偉人、坂本竜馬の劇的な生涯と、激動する同時代をひたむきに生き、死んでいった若者たちの群像を描く。あらすじは、以下の目次(各章の見出しの付け方がうまい、さすが元新聞記者)から、推測されたし。 第一巻 目次■門出の花/お田鶴さま/江戸へ/千葉道場/黒船来/朱行燈/二十歳/淫蕩/寅の大変/悪弥太郎/江戸の夕映え/安政諸流試合 第二巻 目次■若者たち/旅と剣/京日記/風雲前夜/待宵月/頑固家老/萩へ/希望/土佐の風雲/脱藩 第三巻 目次■追跡者/寺田屋騒動/流転 /生麦事件/勝海舟/伯楽/嵐の前/海へ/京の春 第四巻 目次■神戸海軍塾/物情騒然/東山三十六峰/京の政変/江戸の恋/惨風/片袖/元治元年 第五巻 目次■防長二州/池田屋ノ変/流燈/変転/菊の枕/摂津神戸村/薩と長/元治の暮れ 第六巻 目次■戦雲/薩摩行/希望/三都往来/秘密同盟/伏見寺田屋/霧島山/碧い海/海戦 第七巻 目次■厳島/男ども/窮迫/清風亭/お慶/海援隊/弥太郎/いろは丸/中岡慎太郎/都大路/船中八策 第八巻 目次■夕月夜/陸援隊/横笛丸/朱欒(ざぼん)の月/浦戸/草雲雀/近江路/あとがき集(あとがき一、あとがき二、あとがき三、あとがき四、あとがき五=単行本刊行時に全五巻だったため、あとがきが5つある) |
闇の太守 御贄衆の巻 ★★★☆☆著者:山田 正紀(やまだまさのり) カバー装画:天野喜孝 カバーデザイン:岸顯樹郎 時代:天文二十二年(1553)春、永禄九年(1566)春 (講談社文庫・466円・93/8/15発行) 購入日:97/5/24/読破日:97/6/17 |
調布のパルコブックセンターで、鳥越碧さんの「雁金屋草紙」(講談社文庫)を探しているとき、何気なく眼に留まった一冊。カバーに書かれた伝記ロマンという言葉に釣られる。4年前発行の第1刷ということで在庫は僅かで、おそらく増刷されないような気がするので、運がよかったって感じだ。 戦国時代を舞台にした作品では、いつも脇役に甘んじている越前・朝倉家を中心に取り上げている。中太刀、小太刀の精妙な刀術を編み出した富田流の祖、富田五郎佐衛門勢源とその弟子、小次郎が脇を固める。 蟇目、殯、蟄虫、直面など、黄泉の国を連想させる、御贄衆が、山田風太郎さんの忍法ものばりの幻術を競い合うのが楽しい。 ただし、この「闇の太守」は、全部で4部作(枝編の「闇の太守」と、梟雄の巻、桃源の巻と続く)の始まりの巻らしく、他の巻も読みたいのだが…。 ●四十年前の約定を違えれば祟らせていただく、男児は夭逝、女児は家を滅ぼす―この世に戦乱を望み、越前朝倉家滅亡を画策する妖怪・是界と御門十兵衛(明智光秀)。運命に子、疾風(はやて)に危機が迫る、どこからともなく現れる、贄塔九郎を頭領とする、御贄衆…。 目次■第一章 誕生記/第二章 蟇目/第三章 閻魔冥官/第四章 剣士・秋月小次郎/第五章 鷽女/第六章 直面・殯・蟄虫/第七章 百舌・鵺/第八章 贄塔九郎/あとがき/稀に見る作者根性 多岐同心円を描く作家―山田正紀に関するノート―今日泊亜蘭 |
源太郎の初恋 御宿かわせみ ★★★★著者:平岩 弓枝 装画:佐多芳郎 AD:多田進 時代:安政六年(1859)七月〜二月 (文藝春秋・1095円・97/6/15発行) 購入日:97/6/14/読破日:97/6/15 |
池波正太郎さんの「剣客商売」の新刊が読めなくなって以来、もっとも刊行を心待ちにしている「御宿かわせみ」の最新刊。タイトルを見てドキっ、とした。源太郎といえば、八丁堀定廻り同心で、神林東吾の親友の畝源三郎の長男ではないか、もう初恋をする年頃になってしまったのか。「かわせみ」のいいところは、「剣客」と同様に、登場人物たちが少しずつ年を取っていくところだ。 今回は、東吾とるいの長子・千春(立春に生まれ、千度幸せな春を迎えるようにと名づけられた)誕生を中心に据え、親と子をテーマにした作品が多く収録している。 連作形式を採りながらも、相変わらず登場人物の配し方が絶妙である。また神林家、麻生家、畝家の三つのファミリーの関係が非常に好ましく描かれている。 今まで、いい加減に設定時代を捉えてきたが、そろそろ整理してみたいと思う。作品が少しずつ幕末という時世の影響を受け始めてきたようなので…。 ●「虹のおもかげ」神林東吾は、早朝、溜池のあたりで蝉採りをしていた五歳ぐらいの少年と出会う…。「笹舟流し」深川の蕎麦屋「長寿庵」の長助が〔かわせみ〕に連れてきた女は、記憶喪失だった…。「迷子の鶏」〔かわせみ〕が迷い込んできた鶏に大騒ぎしていたころ、西新井大師の周辺では、釣鐘泥棒が頻出していた…。「月夜の雁」麻生家に委託されて、亀有で薬草を育てている百姓の倅・丑之助は、妹が奉公している今川町の筆墨硯問屋へ、中川で獲れた鯉を届けるのだが…。「狸穴坂の医者」火傷の名医・小野寺十兵衛は、六本木・飯倉の火事で名を上げたが…。「冬の海」流人舟を見送る稲荷橋の上で、妊娠中の運動のために散歩する〔かわせみ〕の女主人・るいと付き添いの女中・お吉は、商家の女房風の女に、巾着を落としたのではと声をかけられる…。「源太郎の初恋」麻生宗太郎の娘・花世の歯痛を治そうと日比谷稲荷に連れていった源太郎が火付けの下手人に出くわして…。「立春大吉」東吾とるいに待望の長子・千春が誕生…。 目次■虹のおもかげ/笹舟流し/迷子の鶏/月夜の雁/狸穴坂の医者/冬の海/源太郎の初恋/立春大吉 |
妖怪犯科帳 鳥居甲斐守忠耀事件控 ★★★★著者:宮城賢秀 カバーイラスト・カバーデザイン:宇野亜喜良 時代:天保九年(1838)閏四月 (徳間文庫・552円・97/6/15発行) 購入日:97/6/9/読破日:97/6/14 |
松本清張さんの「天保図録」を読んで以来、気になっていた江戸を代表するスーパーヒール(悪役)、「妖怪」こと鳥居甲斐守忠耀が主役の時代小説らしいということで、手にした。 宮城賢秀さんの作品は、これが初めて。今まで読まず嫌いのところがあったが、これは面白かった。収穫だ。時代小説のもつエンターテインメントの要素―捕物、政治抗争もの、忍び、盗賊もの、剣法もの、ちょっとHなところも―が、少しずつ詰まっている幕の内弁当的作品。 あとがきによると、俳優の中村嘉葎雄さんを思い浮かべて、新しい鳥居耀蔵の人物像を組み立てたそうだ。また、タイトルは、池波さんの「鬼平犯科帳」にあやかりたくてつけたとのこと。今後もシリーズ化されるとのことで、続編が楽しみだ。 「さんぴん」という町人が武士を侮蔑するときに使う言葉があるが、もともとは、年間、三両一分ぐらいで雇え、口入れ屋に頼めばいつでもやってくる渡徒士のことを指しているらしい。 ●目付鳥居耀蔵の家来・明智惣五郎は、三十歳で小野派一刀流皆伝の腕前である。麹町七丁目で、渡徒士・伊東忠太に斬られかかった、岡っ引き仁助を助ける…。その夜、小間物諸色問屋〔上州屋〕に盗賊が入る…。 目次■麹町出火/鳥居耀蔵/探索の旅/女犯の寺/向島の翁/張り込み/待ち伏せ/居合比べ/忍び狩り/将軍拝謁/あとがき |
算学奇人伝 ★★★☆☆☆著者:永井義男 装訂:三村淳 時代:文化十四年(1817)五月 (TBSブリタニカ・1200円・97/4/17発行) 購入日:97/6/9/読破日:97/6/12 |
第六回開高健賞正賞受賞作品。ちなみに、小説での正賞受賞は今回が初めてらしい。開高さんといえば、声を掛けていただいたことはないが、以前仕事の関係でお世話になり、思い出深い方である。とはいうものの作品を読んだことがなく、薄情ではあるが…。 そんなわけで、本書を手にした。何よりも「算学」を取り上げた着眼点がえらい。また、図形問題が事件の謎を解く鍵として使ったりするのも面白い。算学といえば、宮部みゆきさんの「震える岩」でも、ちょっと出てきた。ただ、あとがきで楽屋うちを明かされたのは、ちょっと興醒め。 もっと作品が長いと、ポイントが上がるんだが…。文庫本にするとき、加筆してほしいなあ。J・アーチャーっぽいところがもっともっとスリリングになるんだが…。 ●千住の青物問屋・万徳屋の長男・吉井長七は、古本屋で見つけた「塵劫記」をきっかけに、算学にハマってしまい、家督を弟に譲り、本所石原町に一戸を構え、算学三昧の生活を送っていた。ある日、下男の治助から奇妙なサイコロ賭博の話を聞く。外れるたびに賞金が倍になるという…。 |
手鎖心中 [再読] ★★★★☆著者:井上ひさし カバー:安彦勝博 解説:百目鬼恭三郎 時代:「手鎖心中」寛政六年十月、「江戸の夕立ち」安政六年九月 (文春文庫・350円・75/3/25発行) 購入日:97/5/24/読破日:97/6/8 |
杉本章子さんの「写楽まぼろし」を読んでから、蔦屋重三郎が気になり、中学生の頃、読んだ本書を読み返したくなった。しかし、入手に手間取った、品薄状態らしい。購入できた本も1986年の第15刷のものだった。一体どうなってんのかなあ、井上さんの時代小説デビュー作で、直木賞もとった作品なのに…。最新刊紹介にあった、有明夏夫さんの「幕末早春賦」が面白そうだった。探してみよう。 蔦重は、登場シーンが少なかったが、若き日の曲亭馬琴、十返舎一九、式亭三馬をはじめ、同時代の文化人が勢揃いする京伝の煙曲会のシーンは見ものだ。猫荘兵衛の煙曲芸が凄い。 再読してみて意外だったのは、初読時に感動した「手鎖心中」よりも併載の「江戸の夕立ち」の方が面白く感じられた。両作品とも、上質な現代の戯作になっている。 杉浦日向子さんの指摘ではないが、江戸の若旦那という人種は、いいなあ。羨ましいよ、って感じさせる2編だ。 ●「手鎖心中」材木問屋の若旦那栄次郎は、他人を笑わせ、他人に笑われ、それにちょっぴり奉られもしたいために死ぬほど戯作者になりたいと思っている…。 「江戸の夕立ち」薬種問屋の若旦那清之助と吉原のたいこ持ち桃八は、品川へ遊びに行って、事件に巻き込まれる…。 目次■手鎖心中/江戸の夕立ち/解説 |
闇の剣士 麝香猫 ★★★★☆著者:南原 幹雄 カバー:百鬼丸 解説:縄田 一男 時代:安政五年九月 (角川文庫・544円・96/6/25発行) 購入日:97/5/31/読破日:97/6/7 |
京を舞台に、勤皇方を助ける謎の人物といえば…。以前も書いたが、南原さんの作品は、映画的である。この作品は、「鞍馬天狗」を連想させ、読者をニヤっとさせてくれる。 ぼくがサッカーファンということもあるが、蹴鞠大納言こと、白河惟在(鷹司政通の末子)という登場人物が興味深い。蹴鞠をテーマにした小説があったら、ぜひ読んでみたい。 また、敵役が「京の大老」こと長野主膳ということで、面白さが倍増した。彼は鳥居甲斐守と並ぶ、江戸時代を代表するスーパー・ヒール(悪役)なのだ。その関連で、島田左近や目明し文吉も登場する。 京都七口―粟田口、東寺口、丹波口、清蔵口、鞍馬口、大原口、荒神口―が、物語の展開の中で大きな位置を占めているが、京の地理に不案内なので、いま一つピンとこないのが少し悔しい。東京に住んでいない人が江戸を舞台にした小説を読むとき、同じようなことを感じるのかな。 ●開国か、尊攘か―風雲急を告げる安政五年。彗星が出現し、コロリが流行する京都を襲った第三の脅威こそ、大老・井伊直弼による安政の大獄にほかならない。しかも、京の脱出口が封鎖され、井伊の謀臣・長野主膳が粛清の指揮をふるう中で現れたのが、麝香猫を頭領とする闇の一団だった。 目次■安政の大獄/蹴鞠大納言/麝香猫/麝香の匂い/尊皇和尚/御所歌会/白梅図子/薩摩屋敷/相国寺/居酒屋米半/竹の道/淀川下り/屋根裏部屋/蹴鞠の日/燗酒の屋台/東殿町/清水寺参道/禁裡の賊/作戦会議/長坂口/解説 |
こんぴら樽 ★★★★著者:宮本 昌孝 装幀:南 伸坊 時代:元禄十年頃(綱吉治下、赤穂事件以前) (講談社・1359円・95/12/7発行) 購入日:97/6/2/読破日:97/6/6 |
「夕立太平記」が気に入ってしまい、探し求めて本書を手にする。南伸坊さんの装幀が実にいい。あとがきによると、表題作は、昔の中村錦之助さんの東映時代劇の影響を受けているらしい。そういわれると、なんとなく美空ひばりさんに似ている。 本書は、中・短編4編を収録している。若手作家に似合わない器用な筆致で、それぞれ趣が違う作品になっている。 「こんぴら樽」夕立につながる颯爽とした時代小説本来の楽しさがある。「一の人、自裁剣」一の人=位人臣を極めた、豊臣秀次の孤独と剣の師・中条流平法の宗家、富田治部左衛門との交流をドライに描く。「蘭丸、叛く」森蘭丸は、信長に特別扱いされる小姓小倉松千代に嫉妬していた。あやしい三者の関係は…。「瘤取り作兵衛」島原の戦いの中、かつて明智光秀に仕えた瘤取り作兵衛は、五十年ぶりに旧友と出会う。硬骨の武士に隠された意外な秘密とは…。 ●こんぴら樽―空き樽に初穂料を入れて海に流すという習わし―樽を拾った者は、金毘羅宮へ代参して、奉納しなければならない。丸亀藩の足軽の娘りや(十歳)は、海で遊んでいて、樽を見つけるが、左眼に眼帯をした少年に横取りされそうになる…。それから九年。りやは美しく成長し小具足術道場の師範代になっていた。 目次■こんぴら樽/一の人、自裁剣/蘭丸、叛く/瘤取り作兵衛/あとがき |
木枯し紋次郎(二) 女人講(にょにんこう)の闇を裂く ★★★★著者:笹沢左保 カバーデザイン:亀海昌次 カバー写真:GRADE1 解説:山前 譲(推理小説研究家) 時代:天保八年(1837)七月 (光文社文庫・485円・97/2/20) 購入日:97/3/27/読破日:97/6/4 |
「木枯し紋次郎」は、毎月1冊ずつ刊行されるわけだが、一気に読んでしまうのがもったいなくて、毎月1作ずつ、読むことに決めた。20年ぐらい前の作品なのに、スピード感とクールさがとても新鮮だ。 読み進めるにつれて、紋次郎の足跡を辿る「紋次郎Map」が欲しくなった。誰かつくらないかなあ。位置関係や風土などがすぐ理解できて役に立つと思うのだが…。 2作目の本書で、紋次郎の暗い出生時のエピソードとそれに深くかかわる姉のお光の死の謎が明かされる。作品的には、紋次郎が疾走する「一里塚に風を断つ」が好きだ。 ●上州の貧農の六番目に生まれた紋次郎は、母親の手で間引きされる運命だった。姉のお光の機転で救われた幼い命は、孤独と虚無を育んでいき、遂に10歳のときに故郷を出奔し、やがて渡世人の世界へ足を踏み入れた…。生い立ちと姉とのエピソードを綴る復刊した人気シリーズ第2弾。 収録作品○「女人講の闇を裂く」(犀川の最終の渡し舟に乗り損ねそうになった母娘を助けた紋次郎は…) 「一里塚に風を断つ」(中山道の洗馬の宿で、食中りを起こして苦しむ紋次郎は、旅の美男医師に助けられた…) 「川留めの水は濁った」(紋次郎は、興津宿の賭場で一人勝ちをする若者と亡くなった姉によく似た壷振りの女を見た…) 「大江戸の夜を走れ」(雪の下高井戸の宿で、紋次郎は病床の母子に頼みごとをされる…) 「土煙に絵馬が舞う」(正丸峠で、紋次郎は落石に見舞われる…) |
もどり橋 ★★★★☆著者:澤田ふじ子 装画:中井純子 時代:享和元年(1801)の寒椿の頃 (中央公論社・1408円・90/4/20) 購入日:97/5/26/読破日:97/6/2 |
「虹の橋」と「幾世の橋」のちょうど間に位置する澤田ビルドゥングスロマン三部作の第二弾。主人公お菊が向日性のヒロインのため、読んでいて気持ちがいい。 京の料理茶屋が舞台ということで、京の食べ物や当時の料理界の様子がきめ細かく描かれていて、ぼくは「食」に関しては、関心が薄い方なのだが、それでも十分興味深く読めた。 ちなみに、本書によると、料理場の階級は、上から板場頭、脇板、煮方、脇鍋、焼方、八寸方(盛方)、立廻り、追廻し(立洗い、中洗い、下洗い)となる。 ●上嵯峨野の農家の娘・お菊は、不安と期待をもって、一条戻橋を渡り、京の料理茶屋〔末広屋〕へ年期奉公にやってきた。そこには、有名料理屋の息子や、美濃大垣藩の御賄人の嫡男など若者たちが働いていた…。江戸後期の京を舞台に、青春群像を描く市井ものの名作。 目次■第一章 寒椿/第二章 秋の蛍/第三章 半鐘が鳴った/第四章 あの橋を渡って/第五章 蝋燭の火が消える/第六章 冬の虹/あとがき |
べらぼう村雨 女泣川ものがたり ★★★☆☆著者:都筑道夫 カバー:三井永一 解説:北村一男(「EQ」編集部) 時代:天保十三年(1841)の改革以降 (文春文庫・369円・88/12/10) 購入日:97/5/31/読破日:97/6/1 |
新宿・紀伊国屋書店でようやく入手した都筑時代小説。続編の方もあわせて購入。 都筑さんは、十年ぐらい昔に、ぼくのハマッた推理小説畑の作家。角川文庫を中心に、講談社文庫からもたくさん作品が刊行されていた。今は、数タイトルしか流通していないのが残念。キリオン・スレイものなど、名シリーズも懐かしい。 その当時は、時代小説にはまったく興味なくこの作品も見逃していた。 サブタイトル「女泣川ものがたり」の謂れは、中川から隅田川まで、本所と深川のさかいを流れている川を、小名木川といって、「小さな名木の川と書きますねえ。でも、あたしは、女の泣く川と書いて、おなきがわと読ませたほうがいい、と思うんですよ。深川の岡場所が、さかっていたころから、この土地じゃあ、ずいぶん女が泣いています。あの川は、女の涙をあつめて、流れているんですよ」と、隠し売女・お関に説明させている。このサブタイトルと、「べらぼう村雨」の由来で、ほぼこの作品は成立している。 器用な筆致の作家であるが、とくに一幕の舞台のような「舌だし三番叟」と長屋の花見をテーマ(人気シリーズ「なめくじ長屋」をも連想させる)にした「玉屋でござい」が泣かせる。 また、主人公の「べらぼうの旦那」こと、左文字小弥太は、カート・キャノン(エド・マクベインの別名)にヒントを得て書いた「酔いどれ探偵」(タイトルを忘れてしまった)の時代小説版のようで面白い。 ●泥酔の末に一夜やっかいになった隠し売女・お関の「どうせ地獄なら、鬼のいない地獄を作りたい」という言葉に惚れて、貧乏旗本の若隠居・左文字小弥太は売女長屋の用心棒となった…。 目録■べらぼう村雨/泣かぬお北/おばけ燈篭/六間堀しぐれ/舌だし三番叟/玉屋でござい |