新・極楽の読書録
1999年7月・文月の巻

からくり東海道 by 泡坂妻夫
芳年冥府彷徨 by 島村匠
玉人 by 宮城谷昌光
銭形平次・青春篇 by 野村胡堂
風の山左 by えとう乱星
航海者 上・下 by 白石一郎
旗本絵師描留め帳 蛍火の怪 by 小笠原京
影十手活殺帖 by 宮本昌孝
風流冷飯伝 by 米村圭伍
鎌倉擾乱 by 高橋直樹
深重の海 by 津本陽
西行桜 by 火坂雅志



おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

西行桜
(さいぎょうざくら)

火坂雅志
(ひさかまさし)
[短篇]
★★★★☆


挿画:中島千波
カバーデザイン:赤谷直宣
解説:細谷正充
時代:「世阿弥妖曲集」元中3年。「闇源氏物語」寛弘4年。「元三大師幻奇譚」康保3年。
場所:「西行桜」若狭小浜。「葛城」葛城山。「鉄輪」貴船神社。「無傷」京・木幡。「寝物語」近江国坂田郡。「腹子石」大炊御門大路。「降魔大師」比叡山ほか
(小学館文庫・619円・99/08/01第1刷・342P)
購入日:99/07/06
読破日:99/07/30

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西行桜 「西行」と聞くと、どうしても同じ作者のデビュー作『花月秘拳行』(富士見時代小説文庫)の主人公・西行法師を思い出す。歌人として有名な西行が秘拳明月五拳≠伝承した拳法家として、大和朝廷により圧殺された民の怨念と対決するという伝奇小説だ。とんでもない発想が好きでお気に入りのひとつである。
西行は登場しないが、こちらもスーパーヒーローが活躍する。能楽師・世阿弥元清を主人公とした作品が3篇、平安京随一の狩籠師(退魔師)闇源氏を主人公とした作品が3話、比叡山中興の祖≠ニいわれる第18代天台座主・慈恵大師良源が活躍する話を1篇収録した、時代ホラー小説集。
とくに世阿弥と一座の作物師(つくりものし=大道具係)の道喜(どうき)が活躍する3篇が、『陰陽師』(夢枕獏著・文春文庫)のようで楽しい。
闇源氏は、同時期に活躍した光源氏のライバル?
「降魔大師」は、なぜかウルトラマンを思い出してしまった。比叡山中興の祖≠ェ正月三日に亡くなったので、元三大師と呼ばれるというエピソードもとぼけていていい。

物語●「西行桜」世阿弥は、若狭小浜の領主の屋敷で能を舞っていたときに、霊気を感じた…。「葛城」世阿弥は葛城山に住む面打ちを訪ねるうちに、冬山で道を間違えた…。「鉄輪」世阿弥は貴船神社の奥ノ院に、丑ノ刻参りを見に出かけた…。「無傷」藤原道長の建てた寺の墳墓を荒らす二人の男がいた…。「寝物語」薬種商いの男が、近江と美濃の国境にある長者屋敷の離れに宿をとった…。「腹子石」近ごろ都では、子宝に霊験あらたかな岩神さまの霊石が評判になっていた…。「降魔大師」比叡山・横川香芳谷(よかわかぼうだに)に、元三大師御廟(がんさんだいしみみょう)と呼ばれる古びた墓があった…。

目次■1 世阿弥妖曲集 西行桜/葛城/鉄輪|2 闇源氏物語 無傷/寝物語/腹子石|3 元三大師幻奇譚 降魔大師|あとがき/解説 細谷正充

深重の海
(じんじゅうのうみ)

津本陽
(つもとよう)
[海洋]
★★★★

カバー:原田維夫
デザイン:新潮社装幀室
解説:蔵本次郎
時代:明治11年12月
場所:和歌山県太地村ほか
(新潮文庫・514円・82/12/25第1刷、97/10/05第10刷・387P)
購入日:99/05/25
読破日:99/07/29

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深重の海 第79回直木賞受賞作。
古式捕鯨を扱った時代小説ということで、『勇魚』(C.W.ニコル著・文春文庫)と『サムライの海』(白石一郎著・文春文庫)を思い出し、「海の日」から読み出す。
タイトルは、「たとい罪業は深重なりとも必ず弥陀如来はすくいましますべし」という蓮如上人のことばからつけられている。愛と死が作品の重要なテーマになっていて、われわれ現代人が忘れがちな自然の雄大さと、人間の非力さをあらためて思い起こさせてくれる。重厚で仏教的で純文学の薫りがする作品だ。
また、作中で使われる方言は、最初、とっつきにくく感じられるが、作品にリアリティを与えるとともに次第に何とも言えない効果を生んでいる。
鯨方棟梁として和田覚吾が登場する。和田家は、井原西鶴の『日本永代蔵』に日本十大分限者として描かれ、熊野別当家と姻戚を結び、慶長十一年以来、紀南に君臨してきたという。興味深かった。

物語●節季を控えて、太地村住民三千人は、不漁続きで、正月を無事に迎えられるかどうか不安を感じていた…。そんな明治11年12月24日、孫才次は、祖父で沖合い=i古式捕鯨船団のリーダー)の近太夫らと、漁に出て、遂に熊野灘で子持ちの背美鯨と出合った…。

目次■なし

鎌倉擾乱
(かまくらじょうらん)

高橋直樹
(たかはしなおき)
[鎌倉]
★★★★☆

装画:篠原貴之
AD:関口聖司
解説:安西篤子
時代:「非命に斃る」建久十年。「異形の寵児」文永九年。「北条高時の最期」正中三年。
場所:鎌倉
(文春文庫・533円・99/07/10第1刷・301P)
購入日:99/07/10
読破日:99/07/20

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鎌倉擾乱 第5回中山義秀文学賞受賞。
今まで鎌倉時代を描いた時代小説をあまり読んでこなかったせいか、ひどく新鮮で面白かった。鎌倉初期が舞台の「非命に斃る」、中後期を事件を扱った「異形の寵児」、末期にあたる「北条高時の最期」と、この作品集を通じて、鎌倉時代が俯瞰できる。とくに三篇中で最も長い「異形の寵児」が作品全体 に緊迫感がみなぎり、ドラマティックだった。
鎌倉という時代では、独特の政治体制、とくに得宗(とくそう)という権力中枢が興味深い。北条氏=執権=最高権力者と思っていただのだが、実際には、北条本家の家督である得宗が最高権力者だったのである。もちろん、得宗が執権を務めることも多かったが、執権職は一ポストに過ぎず、代りはいくらでもいたが、得宗は唯一のものであった。
作者はいいところに着目したと思う。鎌倉時代は、これからの時代小説の金鉱の一つかもしれない。

物語●「非命に斃る」建久十年、源頼朝がこの世を去り、嫡男頼家が跡を継いだ。新将軍の頼家は、何かと頼朝と比較する老臣たちに反発していた。そんな中で一枚の訴状が…。「異形の寵児」執権北条時宗の舅、安達泰盛は、御家人たちを集めて、名越時章とその舎弟教時の謀反を告げ、何人かにその討手を命じた…。「北条高時の最期」北条高時が自身の行く末に不安を持つようになったのは、出家したおりに起きたある事変の際だった…。

目次■非命に斃る|異形の寵児|北条高時の最期|解説 安西篤子

風流冷飯伝
(ふうりゅうひやめしでん)

米村圭伍
(よねむらけいご)
[ユーモア]
★★★★


装画・扉絵:柴田ゆう
装幀:新潮社装幀室
時代:宝暦十四年
場所:讃岐・風見藩(架空)
(新潮社・1,500円・99/06/20第1刷・264P)
購入日:99/07/03
読破日:99/07/17

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風流冷飯伝 第五回小説新潮長篇新人賞受賞。
江戸の幇間が主人公ということで、落語を地で行くようなユーモアたっぷりの作品。吹けば飛ぶような将棋の駒のような四国の小藩の、冷飯ぐい=i武家の次男、三男坊たち)の日常がほのぼのと描かれていて新鮮だ。新人ながらユーモア時代小説にチャレンジするというのは、すごいことだ。相当な筆力がないとできないことだと思う。
また、装画と扉絵を担当されている柴田ゆうさんの絵が、作品のテーストとマッチしていて何ともいえずいい。
ぼくも江戸に生まれていたら、さしずめ冷飯ぐい≠ニいうことになるだろうか。(もっとも武家に生まれるとは限っていないが…)

物語●宝暦十四年春、江戸の幇間(たいこもち)・一八(いっぱち)は、四国讃岐・風見藩の城下にいた。しかし、そこには幇間が巣食うような花街などはなかった…。一八は、城下の古びた飯屋の横手で鶏の数の数えている冷飯ぐい≠フ飛旗数馬に出会った。そして一八は、数馬から風見藩に伝わる、何とも風変わりな習わしを教えられた…。

目次■その一 桜道なぜ魚屋に嗤われる 冷飯の逃げ足冴える時分どき/その二 あれもうもうたまりませんと娘連 どうもそう見られていては食えやせん/その三 のどかさや凧をあやつる怪物かな しびれさせ峯紫は跡白波/その四 眉に唾たいこ狐に化かされて 藻屑蟹に勝負をいどむ一角獣/その五 短さが哀れを誘うお行列 手毬唄うまらぬ殿は雪隠に/その六 通えどもつれない素振り小町さん もてあます葛籠の底の春画本/その七 解けました源内作の手毬唄 大暴れ冷飯どもが夢の跡/その八 駒が舞う不成の妙手剣四郎 詰将棋はたして詰むや詰まざるや/その九 あれごらん凧のおじちゃん右回り 晴れ舞台降るは喝采花の雨/その十 友がため振るう天賦の舌三寸 入婿の閨を怖がる情けなさ/その十一 嫂の剃刀を研ぐ怖い顔 締められて蛤に泣く俄か医者/その十二 へぼ将棋待った反則咲き乱れ 剣四郎とどめの一手地獄落ち/その十三 鹿島立ち姉の手蹟を懐に だるまさん田沼転んで都詰め/その十四 別盃に乙な合いの手波の音 帰りなん薫風に袖なびかせて

影十手活殺帖
(かげじゅってかっさつちょう)

宮本昌孝
(みやもとまさたか)
[伝奇]
★★★★☆☆

装画:横山明
装幀:川上成夫
解説:中島誠
時代:享保十年
場所:箱根、鎌倉、千住・小塚原、深川北松代町、大崎村、下谷三味線堀、江戸金沢町、京ほか
(講談社・1,800円・99/06/10第1刷・273P)
購入日:99/06/13
読破日:99/07/15

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影十手活殺帖 縁切寺≠ニして知られる鎌倉東慶寺を舞台にした作品というと、隆慶一郎さんの『駆込寺蔭始末』(光文社文庫)や『柳生忍法帖』(山田風太郎・講談社文庫)が思い出される。
実は、読み始めるまで、この作品が宮本さんの『尼首二十万石』(講談社)の続編のようなポジションにあるということに、迂闊なことに気が付かなかった。『尼首二十万石』の方にちょっとだけ登場した、東慶寺門前の和菓子屋〈餅平〉の息子・和三郎が今回の連作ものではヒーローなのである。第20代住持天秀尼(豊臣秀頼の息女)を守護した夏見平左衛門晴守以来、代々〈餅平〉に伝わる独自の〈平左十手=御用十手の棒身部分が反りをうたせた刀身となっている〉を武器に、虐げられてきた女たちに代わり悪者に立ち向かうのだ。
ちょっと狂うと、男と女のドロドロしたものになりがちなテーマを、作者特有のケレン味のない爽やかな文体と、ドラマチックな展開で気持ちよく読ませてくれる。

物語●「血煙因縁坂」商家の女房れんは、老僕が病の床についたために、同宿の老武士とその甥に箱根越えの同道を頼んだ…。「白浪反魂丹」富山の反魂丹売りの女房なをは、夫の暴力に耐え切れず、東慶寺に駆け込んだ…。「冬霞妻敵討」人別帳外の無宿者でありながら、長屋のみんなから好かれて美談ばかりの夫婦の善蔵とおみつ。しかもひとも羨む仲の良い二人が離縁するという…。「忠臣徒名草」百姓の女房かんは、夫の浮気を止めさせるために東慶寺に駆け込んで来た…。「入聟菊之丞」呉服商の女房つねは、京から入聟した菊之丞が閨事をしないために離縁を申し出た…。

目次■血煙因縁坂|白浪反魂丹|冬霞妻敵討|忠臣徒名草|入聟菊之丞/解説 中島誠

旗本絵師描留め帳 蛍火の怪
(はたもとえしかきとめちょう・ほたるびのかい)

小笠原京
(おがさわらきょう)
[捕物]
★★★☆☆


カバー:蓬田やすひろ
解説:井家上隆幸
時代:元禄
場所:青山播磨屋敷、長谷川町、六間町、大伝馬町、田所町、赤坂表伝馬町、金輪寺、千住、今戸ほか
(小学館文庫・590円・99/08/01第1刷・308P)
購入日:99/07/06
読破日:99/07/14

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旗本絵師描留め帳 蛍火の怪 この文庫の元版は『旗本絵師藤村新三郎』(1995年、講談社刊)。あとがきによると、執筆中にハプニングめいたことがあり、意に染まぬところが多かったので、文庫化にともない大幅に書き改め、改題したということ。
『瑠璃菊の女』(福武文庫)、『寒桜の恋』(ベネッセ)に続く、「旗本絵師シリーズ」の第3弾。作者の小笠原京(本名・小笠原恭子)さんは、武蔵大学教授で、専攻は中近世日本文学・日本演劇史(歌舞伎・能狂言)。『かぶきの誕生』(明治書院)、『出雲のおくに』(中公新書)、『都市と劇場』(平凡社選書)などの著作がある。
『銭形平次・青春篇』(講談社大衆文学館)に寄せたエッセイによると、小さい頃に読んだ「坊ちゃん」と「銭形平次」の影響を受けて出来上がったのが、このシリーズとのこと。確かにそう言われれば、そんな個所も見られる。
主人公藤村新三郎は、旗本三男坊ながら、菱川師宣秘蔵の人気下絵師で、小僧の四郎吉と二人の借家住まい。頭も切れれば剣も立つ、手裏剣の腕は天下無双。曲者を見つけると、穂先を膠で固め、軸に鉛を仕込んで重みをつけた筆を、銭形平次ばりに投げるのである。このヒーローがもっともユニークなのは、時代小説史上最高の伊達者であること。〔憲法色に藍色と薄玉子で大きくかきつばたを染め抜いた単衣の着流し〕〔白地に露草色と水色で魚形文を染めた、たいそう目立つ単衣〕〔うす鼠の地に柳茶で裾と背に大きく稲妻を染め、銀糸の雨を降らせた男伊達好みの文様の単衣〕など、どのくらいおしゃれなのか描写を読んでもピンと来ないのが悔しいところ。

物語●「蛍火の怪」手裏剣の師である知新流の達人・沢井権太夫を訪れた帰りに、青山播磨屋敷の近くで、新三郎は、青い火の玉を見たあとに、喉元を掻き切られて倒れている若い侍を発見した…。「井戸替の変」新三郎の家に何者かが禁制の品らしい銀細工の鎖を投げ込んだ…。「夕顔の縁」王子村で養生している乳母代わりの老女を見舞った帰り、新三郎は夕顔を這わせた垣を低くめぐらせた家を見つけた…。

目次■蛍火の怪|井戸替の変|夕顔の縁|文庫版あとがき|解説 井家上隆幸

航海者 上・下
(こうかいしゃ・じょうげ)

白石一郎
(しらいしいちろう)
[海洋]
★★★★☆☆

装画:三井永一
装幀:菊地信義
時代:慶長4年4月(1599)
場所:マゼラン海峡、セントマリア島、臼杵湾佐志生村、大坂城西ノ丸、浦賀、江戸小田原町、平戸、駿府ほか
(幻冬舎・各1,700円・99/07/10第1刷・上383P、下362P)
購入日:99/06/26
読破日:99/07/10

Amazon.co.jpで購入 [文庫あり]

航海者 「この作品は私の海洋小説の集大成」と作者に言わしめた一冊。こんな風に書かれてしまうと、もう海洋ものを書かなくなっちゃうのかな、と心配になってしまう。
1年10カ月以上をかけて、ウイリアム・アダムスの船団が日本にやってくるまでの航海シーンが圧巻。さすが、第一人者って感じで、「海の日」に読む本としておすすめ。
ウイリアム・アダムス(三浦按針)は、徳川家康のブレーンとして有名な割に、ちゃんと描かれることが少ない人物。波乱万丈の生涯を過ごし、エピソードに事欠かないのになぜだろうと思っていたが、ここに決定版が出てしまった。
読んでいるうちに、C.W.ニコルさんを思い出した。どうもぼくの中のアダムス像って、やはりニコルさんのイメージなんだな。

物語●1598年6月24日、オランダの北の海の小島テクセル港を5隻からなる船団が出航した。目的は東洋探検と商品の販路開拓、東洋の財宝蒐集である。イギリス人ウイリアム・アダムスは、航海長としてこの船団に加わった。当時世界の海は、スペインとポルトガルで二分されて、航海中に襲われる恐れが多分にあった。しかし、この船団の真の敵は、風と海であった…。

目次■マゼラン海峡/日本/家康/関ヶ原/西洋帆船(以上上巻)|三浦按針/オランダ商館/ジョン・セーリス/望郷/おこん(以上下巻)

風の山左
(かぜのさんざ)

えとう乱星
(えとうらんせい)
[伝奇]
★★★★☆

カバーイラスト:毛利彰
カバーデザイン:今福健司
解説:宗肖之介
時代:天明八年(1788)
場所:浜松、京都御所、日本橋、飛騨ほか
(徳間文庫・552円・99/07/15第1刷・347P)
購入日:99/07/06
読破日:99/07/08

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風の山左 山田風太郎さんの『甲賀忍法帖』(講談社文庫)のとんでもない面白さとそれに出会えた感動がよみがえる作品。これはまさにえとう版忍法帖である。
伊賀忍者がもとになる一橋臥煙衆と、風魔忍者がルーツの松平定信(こういう伝奇ものや政治抗争ものでは得がたいキャラクターの一人だ)配下の風の者、そして両者の対立に深く関与する、謎の忍者集団・忍部衆。この設定と、風の者の表の稼業を飛脚にした、作者の着眼点が、この伝奇小説を面白くしている。

物語●東海道浜松宿の近くで、三度飛脚の山左が、猿の信兵衛≠ニ名乗る覆面の男に襲われ、預かっていた書状を奪われそうになる…。
京では、光格天皇が父に太上天皇の称号を与えたいと御言い出しになられたことから、朝廷は揺れ、老中松平定信はこれに強く反対した。同じころ、江戸でも同様の問題が起こった。現将軍・家斉の父、一橋治済を、大御所と呼ばせて江戸城西の丸へ迎え入れようという案が持ち出されたのだ…。

目次■風の者|山左登場|風のお婆|山左と霞と|傀儡|風の礫|三つ巴|風よ何処へ|解説 宗肖之介

銭形平次・青春篇
(ぜにがたへいじ・せいしゅんへん)

野村胡堂
(のむらこどう)
[捕物]
★★★★

デザイン:菊地信義
人と作品:新保博久
時代:寛永十八、九年ごろから
場所:大塚御薬園、両国、小日向、浅草奥山、徳蔵稲荷、庚申塚ほか
(講談社大衆文学館・757円・96/06/20第1刷・325P)
購入日:99/07/04
読破日:99/07/06

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銭形平次・青春篇 巻末エッセイを小笠原京さんが担当。『旗本絵師藤村新三郎』シリーズの創作秘話を語っておられるのが興味深い。TVのイメージ(大川橋蔵さんと北大路欣也さん)と違って、タイトルどおり平次が若々しくって、びっくり。お静(初出時は、何と十七、八で両国の水茶屋で働いていた)と結婚前で、あまり貫禄がない分、明朗で、江戸っ子らしくて颯爽としている。
第一話では、将軍家光のころの話になっていたのにも、ちょっとびっくり。解説によると、作品が進むにつれて時代が下がり、最後は文化文政時代までなだれ込んだようである。『美男狩』(講談社大衆文学館)で見せた、伝奇小説ぶりも見られて得した気分。
講談社大衆文学館から新作が出なくなって1年間ぐらいたっているので、このシリーズの行方が心配。絶版にならなければいいが…。

物語●「金色の乙女」平次は、与力の笹野新三郎から将軍家光に遠矢をかけた曲者を探し出すように命じられた…。「振袖源太」平次は、身投げをしようとした老爺を助けたことから事件に巻き込まれる…。「大盗懺悔」人間業では盗めそうもないものを盗んで、三日以内に、元の持ち主に返すという不思議な盗賊が、江戸中を荒らしまわっていた…。「呪いの銀簪」涼み舟の中で、若い芸妓が眼球に銀簪を刺されて殺されていた…。「幽霊にされた女」商家の小町娘が供をしていた女中の目の前で行方知れずになり、その後、幽霊になり家族に注文をだしたという怪事件が起こった…。「復讐鬼の姿」与力の笹野新三郎が鈴ガ森の磔刑に立ち会った日、家族がいろいろ怖い目にあった…。「お珊文身調べ」平次と八五郎は、文身自慢会≠ノ出かけた…。「鈴を慕う女」ガラッ八は、平次に命じられて、袂に血をつけた不審な若い娘の跡をつけたが…。「人肌地獄」庚申塚の黒木長者の屋敷の近くの地蔵の肌が暖かいという、珍現象に巣鴨は大騒ぎになっていた…。「七人の花嫁」祝言の晩に、花嫁が消えるという事件が続出し、その解決に平次が乗り出した…。

目次■金色の乙女|振袖源太|大盗懺悔|呪いの銀簪|幽霊にされた女|復讐鬼の姿|お珊文身調べ|鈴を慕う女|人肌地獄|七人の花嫁|巻末エッセイ 小笠原京|人と作品 新保博久

玉人
(ぎょくじん)

宮城谷昌光
(みやぎたにまさみつ)
[中国]
★★★★☆


カバー装画:西のぼる
デザイン:新潮社装幀室
解説:宮部みゆき
時代:「雨」孔子の生まれる35年前。「指」孔子の活躍したころ。「風と白猿」戦国時代。「桃中図」漢の武帝のころ。「歳月」唐の時代。「玉人」唐。
場所:「雨」魯。「指」衛。「風と白猿」斉。「桃中図」長安。「歳月」江南西道。「玉人」華州。
(新潮文庫・438円・99/06/01第1刷・282P)
購入日:99/05/30
読破日:99/07/04

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玉人 『重耳』(講談社)以来、宮城谷さんの作品を久々に読んだ。日本の時代ものだけで手一杯で、とても中国ものまではという感じで、手を出さないようにしていたのだが…。宮部みゆきさんの解説に乗せられて、つい読んでしまった。宮部さんは書き手としてばかりでなく、読み手としてもとても優れていると思う。
短編6編を収録したこの作品集は、6つの話がそれぞれ味があり、しかもラブストーリー・ベースに、ミステリーのスパイスが絶妙な加減でブレンドされていて面白い。宮城谷さんは、長編作家のイメージが強かったが、短編もいける。
とくに、ロアルド・ダール的な味の「雨」と、ホームズもののようなの楽しみのある「風と白猿」、宮本昌孝さんの健気系のヒロインが活躍する「歳月」が好きだ。

物語●「雨」亡命行中の叔孫豹は、暴風雨をしのぐために、とある農家に宿をとった…。「指」すばらしい指を持つ男・疾は、衛の実力者・子朝の娘と結婚するために、愛妻と別れることを強いられた…。「風と白猿」墨子の孫・原々斎は、将軍からさらわれた新妻を捜しだすように依頼された…。「桃中図」大商人の息子・李秀は、幼いころから病弱で、いつも従僕の苦平に守られていた…。「歳月」商人の娘・小娥は姉と一緒に父の商用の旅について行き、段居貞という若い男と出会った…。「玉人」李章武は、友人の家で不思議な燭台に惹かれた…。

目次■雨|指|風と白猿|桃中図|歳月|玉人|解説 宮部みゆき

芳年冥府彷徨
(よしとしめいふほうこう)

島村匠
(しまむらしょう)
[幕末]
★★★★

カバー装画:安里英晴
装幀:石崎健太郎
時代:慶応四年
場所:根津権現、上野ほか
(文藝春秋・1,333円・99/06/30第1刷・237P)
購入日:99/06/26
読破日:99/07/03

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芳年冥府彷徨 第六回松本清張賞受賞作。時代小説作品が賞を取るのはファンとしてうれしい。選考委員の一人、高橋克彦さんが、「絵師を小説に登場させるには勇気が要る。活字でその人間の仕事を説明するのが大変だからだ」というコメントが印象的。
主人公の月岡芳年は、上野における戦いを描いた錦絵「魁題百撰相」などの作品で知られる、幕末から明治にかけて活躍。残酷画の第一人者で、血と狂気の絵師と呼ばれた。
絵師の心情と個性、当時の江戸の世情、黒頭巾の男の謎がバランスよく描かれていて最後まで一気に読ませる。

物語●見る者を引き込んでしまう力を持った絵を描きたい、それには、「心」を描かなくてはいけないと考えていた、若き日の絵師・月岡芳年。 江戸に彰義隊ができ、幕府軍と薩長軍の対決が目前に迫り、世間が大騒ぎしているある夜、不忍池のほとりで、芳年は、黒頭巾の男が人を斬るのを目撃し、その殺気を描きたいとの一念に取りつかれてしまう…。

目次■なし

からくり東海道
(からくりとうかいどう)

泡坂妻夫
(あわさかつまお)
[伝奇]
★★★★

表紙の模様:泡坂妻夫
カバーデザイン:パークデザインオフィス
解説:日下三蔵
時代:天保十年
場所:尾張藩戸山下屋敷、小田原、箱根、諏訪町、筑土八幡、牛込白銀町ほか
(光文社文庫・552円・99/06/20第1刷・340P)
購入日:99/06/13
読破日:99/06/29

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からくり東海道 表紙の模様「紗綾崩し(さやくずし)は、紋章上絵師(もんしょううわえし)でもある泡坂さんの作品。
現実とバーチャルな空間がパラレルに描かれてゆき、からくりに富んだ泡坂ワールドが満喫できる快作。大久保長安の埋蔵金と聞いただけで、ワクワクしてくるうえに、小説のマジシャン、泡坂さんらしいひねりが利いている。中身をしゃべれないのがホントに苦しい。一筋縄ではいかない登場人物たちの中で、だらだら長者≠ェ異彩を放ち最高にいい。

物語●天保十年正月、尾張藩江戸下屋敷で、余興を演じた角兵衛獅子の文吉とおみつは、屋敷の庭に宿場町≠ェ造られているのを見た。そして、二人が藩士の大久保某に案内されて邸内の風景を楽しんでいる間に、同じ屋敷内では、大きな事件が起こっていた…。

目次■番神堂/虎屋/鬼の岩屋/両臨堂/次戸/五十三次/松隠里/消された東海道/景盛通宝/夜泣石/餘慶堂/曼荼羅丸/解説 日下三蔵