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時代小説 2006年4月・卯月の巻
あやめ横丁の人々 by 宇江佐真理 |
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武者とゆく (むしゃとゆく)
稲葉稔
カバー装画:安里英晴 |
♪以前から気になっている稲葉さんの書き下ろし時代小説。浪人と犬が主人公の時代小説ということで、面白そうな予感がして読み始めた。二天一流の遣い手として肥後宇土藩(熊本藩の支藩)から、肥後熊本藩の剣術指南役に抜擢された桜井俊吾は、三年前の大火で妻子を失い、今、主家の宇土藩家老前田興尚の改易により家屋敷・禄を失うことになる。俊吾自身には何の咎もなく御前試合での活躍もあり、浪人となるが藩より江戸に家を与えられる。 当座の生活費と住まいがあるせいか、俊吾には浪人特有の生活感が薄く、ある意味では痛快もののヒーローとして望ましい環境に身を置くことになる。また、犬に注ぐ愛情や市井の人々との交流など、武士としてのプライドや武張ったところがなく、現代風なキャラクターで爽やかで好感がもてる。四十過ぎのおじさんのはずなのだが……。(私もかくありたい) 物語●肥後熊本藩の剣術指南役を解かれた桜井俊吾は、業平橋の近くの藁葺きのしもた屋を直して住み始める。四十路を越えた身で、静かな暮らしがしたいと、近所の子どもたちに読み書きを教える手習い所を開くことを決める。ある日、近くの北十間川の突き当たりで水の流れが止まる、〆切土手と呼ばれるところで、生後一、二カ月と思われる牡犬を見つける。母犬と兄弟を亡くし、衰弱していた子犬を家に連れて帰り「武者(武者)」と名づけて飼うことにした……。 目次■第一章 武者/第二章 お鶴/第三章 阿弥陀坂/第四章 誘い水/第五章 役病神/第六章 裏切り/第七章 鶯の声 ここから始まる本のリンク▼『足引き寺閻魔帳』(澤田ふじ子著・徳間文庫) |
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笑う花魁 結わえ師・紋重郎始末記 (わらうおいらん・ゆわえし・もんじゅうろうしまつき)
石月正広
カバー装画:安里英晴 |
♪国定忠次の子分・板割浅太郎の生涯を描いた『渡世人』が面白かった石月さんの書き下ろし時代小説。主人公の漢部紋重郎(あやべもんじゅうろう)は江戸で唯一の結わえ師。吉原や深川、柳橋といった花街で、女郎や芸者たちに帯や紐の結び方を教えたり、妓楼の紋日などに酒樽の飾り結びや、床飾りなどをしていた。 また、ときには座敷に呼ばれ、客たちに手品のようなことをやって見せた。あるときは亀売りを目にも留まらぬ早業で桜の木に吊るしたり、またあるときは石ころを高く放ってそれを空中で糸で結んだりと、まさに神業ぶりだ。 紋重郎が得意なのは、紐や糸を結んだり解いたりするだけでなく、人の心の中をのぞき魂と魂とを結ぶ糸を解いたり、繋ぎ直したりすること。そもそも結ぶとは、繋ぎ合わせる、終わる、締めくくることであり、契る、約束をすることを意味する。結びには人を守る神が宿っており、正月の門松をはじめ、武具、仏具、水引と、あらゆる結びに願いをこめる。作者によると、古代には魂結(たまむすび)という呪術があり、結びには神秘的な意味がこめられているという。 人と人との絡み合った糸を解き、問題を解決する紋重郎の今後の活躍ぶりに期待。
ブログ◆ 物語●結わえ師の紋重郎は、札差魚交の依頼で、余興として吉原の花魁霧島を拷問縛りをすることになる。太さの径が六分六厘(約二センチ)、長さが二間と一尺(約三百九十四センチ)の丸紐で模様は笹波組の変形という特注の組紐を用意して場に臨む。その座敷には、風来山人こと、平賀源内も同席することになった……。 目次■なし ここから始まる本のリンク▼『大江戸奇術考 手妻・からくり・見立ての世界』(泡坂妻夫著・平凡社新書) --> |
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草笛の音次郎 (くさぶえのおとじろう)
山本一力
装画:深井国 |
♪山本一力さんの股旅小説。市井物のイメージが強い作者と股旅物がどう結び付くのか興味津々。主人公の渡世人の若者、音次郎に共感を持ちながら、その成長ぶりに心が満たされていった。読了後も爽快感が残った。悪事を働いてやむなく渡世人になったのではなく、自ら飛び込んでいったこともあり、音次郎のもつ明るい性格や礼儀正しさ、人への温かい思いやりなどが、作品全体を明るく爽やかにしているのだろう。 そんな音次郎は、旅先で試練に遭っても、持ち前の知恵と仁義と、器量のある大人たちに助けられて、何とか乗り越えていく。そしてその都度、健全なる成長ぶりを見せてくれる。最初は、渡世人の言葉遣い一つ満足にできず、大金を持った初めての一人旅が、TV番組の「はじめてのおつかい」状態で、ハラハラドキドキものなのだが……。
ブログ◆ 物語●音次郎は、深川黒江町に母およしと二人暮らしで、渡世人稼業でありながら、今戸に住むやくざの親分芳三郎のところに通いを続けていた。その音次郎が、親分の恵比須の芳三郎の名代として、佐原宿を仕切る貸元の小野川の好之助のもとに派遣されることになる。百両の大金を懐に、これが初旅となる音次郎は、成田、佐原への旅に出るが……。 目次■のろ/回り兄弟/しべら/助け出方/すべりどめ/まるい海/解説 関口苑生 ここから始まる本のリンク▼『大川わたり』(山本一力著・祥伝社文庫)、『はぐれ牡丹』(山本一力著・ハルキ文庫) |
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鬼哭の剣 日向景一郎シリーズ4 (きこくのけん・ひなたけいいちろうしりーず4)
北方謙三
カバー装幀:宇野亞喜良 |
♪日向(ひなた)流の創始者の孫で非情の剣法者・日向景一郎が斬りまくるシリーズ第4弾。北方さんのハードボイルドな文体が非情の剣法者・日向景一郎にぴったり。妖刀「来国行(らいくにゆき)」が冴える、ハードボイルド剣豪小説。スピーディーでダイナミズムに溢れる現代的な作品。剣豪小説の中で折り紙付きの面白さをもつ「日向景一郎シリーズ」の中でも、今回の作品は最高傑作ではないだろうか。今回は、日向景一郎よりも、その弟の森之助に焦点を当てているために、今までと少し違う青春小説の要素も盛り込まれている。 景一郎と森之助の兄弟は、物語の中で、柳生の間諜訓練養成施設を脱走した角兵衛獅子の少年たちを助けて、柳生と闘うことになる。その集団での闘いぶりが圧巻で見どころの一つ。
ブログ◆ 物語●十五歳になった日向森之助は、江戸湯島の薬種問屋杉屋清六の使いで薬剤師菱田多三郎が滞在する糸魚川を単身訪れる。そこで、海女のお鉄と盗賊の小平太、不思議な老婆のおたつらと知り合う。海草から新しい薬を作ることに執念を燃やす多三郎の命で、森之助はお鉄と一緒に海草を採るために素潜りに挑戦することに……。 目次■第一章 囚徒/第二章 霧中/第三章 無明の岸/第四章 さざ波/第五章 帰るべき地/第六章 風塵/第七章 おにがみ/第八章 日向流/第九章 残りし者/解説 児玉清 ここから始まる本のリンク▼『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎著・新潮文庫)、『鬼哭の剣』(鳥羽亮著・祥伝社文庫) |
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一文字屋お紅実事件帳 紅珊瑚の簪 (いちもんじやおくみじけんちょう・べにさんごのかんざし)
築山桂
カバーイラストレーション:室谷雅子 |
♪大坂を舞台とした時代小説で注目の築山さんの新シリーズ第一弾。デビュー作『浪華の翔風(なにわのかぜ)』以来、築山さんの今までの作品は大坂が舞台のものが多い。今回の主人公・一文字屋お紅実(くみ)は、江戸育ちで母お香の死後、父文蔵の住んでいる大坂にやってきたという設定。文蔵は板元(本の出版販売業)である一文字屋の主で、お紅実も一文字屋を手伝っていた。 わくわくする物語の展開とは別に、作者の研究テーマである、江戸時代の大坂の本屋事情が随所に描かれていて興味深い。大坂時代小説では、商人たちがいかにお金の力を使って、権力者をもつ武士と対抗していくかが見どころになる。『一文字屋お紅実事件帳 紅珊瑚の簪』にも、そんな対決シーンが描かれている。
ブログ◆ 物語●お紅実は、町会所で留守番をしていた折、火事が起こり、草紙屋殺しの下手人と疑われていた男を解放してしまう。そのことで、町奉行所同心浦辺兵七郎と手先の弥吉に付きまとわれることになる。 事件の裏には、大坂商人に莫大な御用金を要求する勘定奉行とそれに対抗する豪商たちの確執があり、過去の「大坂城御金蔵破り事件」も関係していく……。 目次■第一章 紅珊瑚の簪/第二章 刺青の男/第三章 猿飛一味/第四章 蔵破り ここから始まる本のリンク▼『甲次郎浪華始末 蔵屋敷の遣い』(築山桂著・双葉文庫) |
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無言殺剣 大名討ち (むごんさつけん・だいみょううち)
鈴木英治
カバー:百鬼丸 |
♪殺しの標的が老中の座を狙う大名という設定が面白い。鈴木英治さんの「無言殺剣」シリーズ第一弾。第二弾の『火縄の寺』が発売されて、遅ればせながらこちらを入手。主人公は、一言も発しない浪人。無言ゆえに名前もなかったが、周囲の人間にとって名無しは不便なので、浪人に心酔する若いやくざもの伊之助が「音無黙兵衛」と名づける。時代小説で名無しの主人公は珍しい。そういえば、1970年代〜80年代に活躍したビル・プロンジーニという作家のシリーズに「名無しのオプ」というのがあったのを思い出した。 「大名討ち」という大胆なタイトルが付いているように、黙兵衛に依頼された、殺しのターゲットは、次期老中の座をうかがう譜代大名久世豊広だ。関宿藩も久世家も実在したが、豊広は架空の人物。 泰平の時代に、黙兵衛がいかにして大名の首を取るのかが最大の見所。それを阻止するのは、横山佐十郎をはじめとする関宿藩藩士たち。鈴木さんらしいチャンバラシーンが圧巻だった。『火縄の寺』も読みたくなった。 物語●冒頭、土井家の剣術指南役の笹田八之丞と久世家の剣術指南役横山佐十郎の二人の剣士が、将軍の御前で試合を行った。二人の主人である土井大炊頭利直と久世大和守豊広は、同じ譜代で老中の座を争う関係で、古河藩八万石と関宿藩五万八千石と領地も接しているライバルだった。試合は佐十郎の一方的な勝利で、屈辱を負った利直は……。 そんな折、土井家の城下、古河の町に、剣の腕は無類だが、一言も口を発しない謎の浪人が訪れる。無言の浪人に賭場荒らしを取り押さえて助けられた、やくざの親分の三男坊の伊之助は、浪人に「音無黙兵衛」という名を付けて慕い、通訳代わりを務める。黙兵衛のもとに、恐るべき殺しの依頼がもたらされる。殺しの標的は大名久世豊広だった……。 目次■第一章/第二章/第三章/第四章 ここから始まる本のリンク▼『半九郎残影剣』(鈴木英治著・ハルキ文庫) |
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艶女犬草紙 (あでおんないぬぞうし)
阿部牧郎
カバー装画:菊地ひと美 |
♪元武士で貸本屋を営む町之介の愛と性と商いを描いて好評だった『後家長屋』『出合茶屋』の続編。やはり購入には気恥ずかしいものがあるが…。この本を読んでいると、犬がいる生活はいいなあと思ってしまう。町之介は貸本の営業のかたわら、犬の口入屋という新しい仕事もはじめ、物語の中でいろいろな犬が出てくる。紀州犬をはじめ、雑種、柴犬、狆(ちん)、土佐犬、唐犬(とうけん)など。 主人公の町之介をはじめ、登場人物たちの個性が犬との距離感を通じてよく描かれていて面白い。実際に犬を飼ったことがある作者でないと描けないようなシーンが随所に出てくる。大坂を舞台にしていて、大坂人(主人公は陸奥・三戸の人だが)のたくましい商魂や性がのびのびと描かれている。少しエロティックな場面もあるので、ご注意を。
ブログ◆ 物語●文政年間の大坂。武士を捨て貸本屋を営む町之介は、犬が縁で下宿(したやど。奉行所に出頭する人の控え所を貸す業者)の若女将リサと知り合う。町之介は、「アラぬきの多助」という犬好きの青年とともに、「犬の口入屋」(ペットビジネス)を始めて評判になるが……。 目次■めぐり会い/下宿/犬商売/狆と唐犬/石田屋/犬さらい/犬吠山/あとがき ここから始まる本のリンク▼『奴の小万と呼ばれた女』(松井今朝子著・講談社文庫) |
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あやめ横丁の人々 (あやめよこちょうのひとびと)
宇江佐真理
カバー装画:百鬼丸 |
♪宇江佐真理さんの『あやめ横丁の人々』を読み終えた。ささやかだけで居心地のいい大切な場所を失ったような喪失感というか、素敵な夢から覚めてしまい、いつもと変わらない現実に直面したときのような思いがする。婿入り祝言の場で新婦を相愛の仲の奉公人に奪い去られて激昂して男を斬り殺してしまう主人公紀藤慎之介。残忍なことだが、女敵討ち(めがたきうち)として、江戸時代には認められたことでもあった。しかし、その後新婦が自害したため、一人娘を失った新婦の父で幕府の小姓組頭を務める笠原源太夫は激怒して執拗に慎之介の命を狙うことに……。 殺伐とした異常な発端から物語は始まり、慎之介が逃げ込んだ先も「あやめ横丁」という可憐な名前に関わらず、とんでもない住人たちが住む不思議な場所だった。(あやめ横丁の本当の意味もやがてあきらかになる) 世間知らずの大身旗本の三男坊の慎之介は、岡っ引きの権蔵、葉茶屋の女主人おたつとその娘でおきゃんな伊呂波、貸本屋の新造お駒など、あやめ横丁の人々と助け合って生きていくうちに、人として一番大切なことは何かを知る。 宇江佐さんは、『斬られ権佐』で「おっこちきる」(恋仲になること)という江戸の言葉を紹介したが、本作品でも「ほめきざかり」(色気づいた男女のこと)、「ぽっとり新造」(太り肉で色っぽい女性を指す)、「雷の病」(着たきり雀のこと)、「あさがら婆」(死にぞこないの婆のこと)、「あとみよそわか」(忘れ物をしないためのまじない)などが紹介され、慎之介と一緒に覚える形になる。
ブログ◆ 物語●婿入りの祝言の席上で、新婦を恋人に奪われた大身旗本の三男坊、紀藤慎之介。逆上して間夫を斬り捨て新婦を自害に至らしめた彼は、婚家に命を狙われることになり、本所「あやめ横丁」に匿われることになる。だが、堀に囲まれたこの町は、場所も住人もみんな何やら訳ありで……。 目次■あめふりのにわっとり/ほめきざかり/ぼっとり新造/半夏生/雷の病/あさがら婆/そっと申せばぎゅっと申す/おっこちきる/あとみよそわか/六段目/文庫のためのあとがき/解説 氏家幹人 ここから始まる本のリンク▼『奴の小万と呼ばれた女』(松井今朝子著・講談社文庫) |