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いっぽん桜 (いっぽんざくら)
山本一力
カバー装画:中島千波 |
♪ちょっと疲れた心を癒すのに、山本一力さんの作品はピッタリ。「いっぽん桜」努力して出世して、仕事に自分のアイデンティティを持つ中年男にとって、「定年」前の退職は重いテーマである。雇用の流動化が進む現在、リストラは他人事ではない。そんな思いを抱きつつ本書を読んだ。 主人公の長兵衛の店に対する思いや、仕事への矜持、失業による喪失感に共感ができる。中高年に課せられた厳しい現実を描くだけでなく、明日を生きるための糧になる部分まで描かれていて、第二の人生を送る人へエールにもなっている。読み味のいい短篇である。 「萩ゆれて」は、天明七年(1787)の土佐藩を舞台にした短篇。作者の山本一力さんは、高知県出身ということで、土佐藩は生まれ故郷に題材を取った作品といえる。登場人物たちが鰹のたたきを食べるシーンが何ともうまそうだ。 ストーリーだけを綴っていくと、父を亡くし、病母を抱え、自らも負傷し、なんとも悲惨な境遇である。ところが、山本さんの手にかかると、逆境にめげずに明日に向けて元気に生きていく若者像ができ上がる。仕事がちょっとつらくなってきたとき、家の中がうまくいかないとき、読んでいて救われる気がする。 「そこに、すいかずら」は、江戸の美しさが味わえる短篇。すいかずらは、漢字では、「忍冬」と書くそうだ。真冬の雪に遭っても葉をしぼませないことから名づけられたという。主人公の秋菜は、日本橋音羽町の名門料亭の娘。両親に愛情たっぷりに育てられ、三千両のひな飾りを贈られる……。 絢爛たる元禄文化を背景とした、スケール感も大きな物語である。豪商紀伊国屋文左衛門も重要な役回りで登場する。元禄時代がバブル期と呼ばれるに至った原因が、貨幣改鋳の影響にあったことも実感できた。紀伊国屋文左衛門が登場する時代小説では、上田秀人さんの『破斬―勘定吟味役異聞』が面白い。 一方、「芒種のあさがお」は短篇ながら、芝田町の酒屋の娘おなつの成長を通して、江戸の商家と職人の家の人情の対比を描く、味わいある作品。作者の山本一力さんの愛する深川の風景や、富岡八幡宮のお祭りが美しく綴られている。文化四年の永代橋崩落についても、触れられていて興味深い。 解説の川村湊さんが、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」という唐の劉廷芝の詩の一節を引用しつつ、花をテーマにした人の心を描いた4つの物語を収めた、この本に素敵な解説をつけておられた。
物語●「いっぽん桜」長兵衛は門前仲町の口入屋(奉公人の斡旋業)井筒屋の番頭で、五十四の歳まで四十二年間、仕事一筋に店に忠誠を尽くしてきた。その長兵衛が店の若返りのために、主人より隠居を言い渡された……。 目次■いっぽん桜|萩ゆれて|そこに、すいかずら|芒種のあさがお|解説「年年歳歳、花同じからず」川村湊 ここから始まる本のリンク▼『蒼龍』(山本一力著・文春文庫) |
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隅田川 慶次郎縁側日記 (すみだがわ・けいじろうえんがわにっき)
北原亞以子
カバー装画:蓬田やすひろ |
♪NHK金曜時代劇『慶次郎縁側日記2』(高橋英樹主演)での放送も始まり、注目のシリーズ第六弾。先に読んだ家族の評では「面白くなくなった」と聞き、「あれ? そんな筈は……」と思い、読み始めた。 本書で描かれるのは、筆屋で万引きを繰り返す少年たち、商人の財布を置き引きする男、子どもの万引きを手伝う母親など、世間を騒がすような大事件や凶悪犯罪ではなく、小さな出来事ばかりである。「一炊の夢」では犯罪する描かれていない。普通の人でも、日常生活の中で、ふとした心のすきや揺れから起こるかもしれないことが描かれている。派手な捕物話を期待すると肩透かしを食うことになるかもしれないが、市井の人情や心の機微を堪能でき、読みどころが多い。 森口慶次郎の跡をついで、定町廻り同心を務める養子の晃之助が、いよいよ養父の慶次郎ばりの「仏の旦那」に似てきた。そう思って読み進めていたら、「双六」の章で、次のような箇所があった。
…晃之助が愛するものを命を賭けて守ろうとする親になったことで、作品に一段と深みが加わった。登場人物たちの成長とともに「慶次郎縁側日記」も進化を続けていく。今後の展開がますます楽しみになった。 物語●「うでくらべ」晃之助が気にかけていた筆屋の佐倉屋で万引きが頻発した。筆屋は母娘でやっていたが、娘が病で寝たきりで、母親も体が弱く盗みを捕まえられなかった…。「かえる」暑さと空腹に悩まされた元・手跡指南の永次郎は、飯倉神明宮の境内の茶店で、小間物問屋の男が持っていた蛙の細工がしてある紙入れを置き引きした…。「夫婦」八丈島帰りの又一は、元の女房おひさと森口慶次郎に復讐を考えていた…。「隅田川」晃之助は隅田川で沈み始めた猪牙舟から、船頭の米吉と家具職人の勇次を助けた…。「親心」同心の島中賢吾は糸物問屋で八つの女の子が糸を一巻き万引きしたところに出くわした…。「一炊の夢」味噌問屋浅野屋の手代梅三郎は、もうすぐ番頭となることが決まり、小料理屋を営む女おいまに別れ話を切り出した…。「双六」駒次郎という空き巣を見かけた慶次郎は、晃之助に浪人姿に変装させて、跡をつけるように命じた…。「正直者」浅蜊のむきみ売りの直太はつり銭を一文間違えても引き返してくるような、「ばかっ正直」で通っていた…。 目次■うでくらべ|かえる|夫婦|隅田川|親心|一炊の夢|双六|正直者|解説 藤原正彦 ここから始まる本のリンク▼『深川澪通り木戸番小屋』(北原亞以子著・講談社文庫) |
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新装版 アームストロング砲 (しんそうばん・あーむすとろんぐほう)
司馬遼太郎
カバーデザイン:CNT508 |
♪彰義隊の戦争で威力を発揮した、佐賀藩のアームストロング砲に興味を持ち、Get!「斬ってはみたが」に登場する上田馬之助は、鏡心明智流の桃井春蔵の高弟で、慶応二年に新両替町の料亭「松田」で起こした喧嘩の末の斬殺事件で、幕末を騒がした人物。喧嘩の相手は天童藩剣術指南役の中川俊蔵とその弟子伊藤慎蔵。馬之助は、狭い階段の三段降りたところで、「右手は壁、左手ははめ板、とうてい抜刀できる余裕がない」ところで抜刀する。限られた紙数の中で、剣における無心の境地を描き印象的な一篇である。 最近、司馬さんの初期の短篇が気に入っている。『アームストロング砲』には、新選組から題材をとったもののほかに、幕末の関西を舞台した話がいくつか収録されていて、江戸とは違った空気が楽しめる。「侠客万助珍談」に登場する鍵屋万助もやることに何ともいえないおかしさがありながらも、ゼニはしっかり稼ぐという関西人の典型のようなキャラクターで面白い。 「理心流異聞」という天然理心流のことを書いた短篇が収録されている。天然理心流は、新選組の局長近藤勇が四代当主を継ぎ、土方歳三や沖田総司ら新選組の中核をなした人物を輩出したことで、現在よく知られている。 天然理心流近藤道場(試衛館という名であった)は、関係者に聞き取り調査したという子母澤寛さんの『新選組始末記』の影響で、「小日向柳町(小石川伝通院東側の柳町の坂の上)」とされてきたが、時代考証の大石学さんの『新選組』など最近の著作では、「牛込柳町甲良屋敷」あるいは「市ヶ谷加賀屋敷柳町」をとることが多い。 ところで、「理心流異聞」という話には、柳剛流という異端の剣術が登場する。柳剛流は、武州北足立郡蕨の農家の生まれの岡田総右衛門奇良を流祖とする。この流儀の特徴は、上段から長大な竹刀で相手の向う脛を左右に打って打ちまくることだった。従来の兵法の組太刀にない奇法で、竹刀仕合に強い流儀であったという。 「アームストロング砲」は、英国のアームストロング社が開発したアームストロング砲を輸入し、その2年後に日本で初めて製造した佐賀藩のプロジェクトXを描いた短篇。長州藩や薩摩藩が尊皇攘夷や倒幕で燃え上がっている中で、中立を守り、ひたすら西洋風の富国強兵に向かった佐賀藩の存在が面白く、引き込まれた。 産業開発のために藩の秀才を選抜し、英語、数学、物理、化学、機械学を学ばせ、彼らに極端な勉学を強いた藩の老公鍋島閑叟(なべしまかんそう)の、「勉学は合戦とおもえ」ということばが凄い。また「いまは元亀天正の戦国時代ではない。家に忠義をつくそうと思えば夜の目も寝ずに理化学をまなべ」とも言う。 その一方で、佐賀藩には「武士道とは死ぬことである」という葉隠の強烈な教えがある。主命にそむくことは論外という環境の中で、優秀な藩士たちが火の玉になって、科学技術に向かう。その熱気が物語からふつふつと伝わってくる。 明治維新で薩長土肥が幕府の高官を独占したが、なぜ「肥」が四強の一角を占めるに至ったのかがようやくわかった気がする。人的な倒幕活動による貢献よりは、最先端の科学技術力に裏打ちされた洋式軍事力を背景に優位なポジションについたといえる。この短篇で描かれているように、彰義隊を数刻で鎮圧したのも、佐賀藩のアームストロング砲であった。 江戸前期の葉隠武士を描いた傑作というと、『死ぬことと見つけたり』がある。幕末の佐賀藩を描いた長編時代小説では日本初の蒸気船を作った佐賀藩士佐野栄寿(常民)の活躍を描いた『火城』があるが、また読み返してみたくなった。
物語●「薩摩浄福寺党」薩摩藩藩士肝付又助は、度胸試しの闇鉄砲(ロシアンルーレットのようなもの)で、西陣を巡察中の新選組副長土方歳三を驚かせた…。 目次■薩摩浄福寺党|倉敷の若旦那|五条陣屋|壬生狂言の夜|侠客万助奇談|斬ってはみたが|大夫殿坂|理心流異聞|アームストロング砲|解説 ここから始まる本のリンク▼『火城』(高橋克彦著・角川文庫) |
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信長の柩 (のぶながのひつぎ)
加藤廣
装画:水口理恵子 |
♪小泉首相の愛読書として、衆議院選挙中に取り上げられてベストセラーになった話題の書。ベストセラーになった『信長の棺』は、やはり面白かった。桶狭間の合戦の謎から本能寺の変で信長の遺体喪失の謎までを、最新の信長研究に独自の解釈を加え、読みごたえのある作品になっている。成功の最大の要因は、「信長公記」の作者太田牛一を物語の主人公にしたことだと思う。語り部でもある老年期に入った牛一は、70歳を過ぎて時代小説家デビューした作者の分身でもあるように思え、読者に共感を持ってもらいやすい。信長信奉者の筆頭ともいえる牛一を主人公としたことで、多くの信長ファンの心も捕らえている。 秀吉の依頼で信長の伝記を書いた牛一が、秀吉の前で内容の確認をするシーンが印象に残る。秀吉の凄みと卑しさ、個性がうまく描かれている。次回作ではもっと秀吉を描いてほしいと思う。 「捨万求一(しゃばんきゅういつ)」という言葉が出てくる。「一事を必ず成さむと思はば、|他の事の破るるをもいたむべからず|人の嘲りをも恥づべからず|万事にかえずしては|一の大事成るべからず」という『徒然草』百八十八段の一文の意味を四字にまとめたもの。主人公の牛一に送られた言葉である。郵政法案のワンテーマで、衆院選を大勝利した小泉首相の秘密がここにあるように思われる。 物語を読んでいて、早くから秀吉に仕え、蜂須賀小六とともに、秀吉の影の軍団の将として活躍した前野将右衛門長康の存在が気になった。少しこの人物を追ってみたくなった。 本能寺の変を描いた作品というと、寺に集まった六人が、一夜ずつ、自分の人生を変えた「本能寺の変」を語るという趣向が新鮮だった『本能寺六夜物語』と、信長の偉業の後継者に明智光秀をと考えた設定が面白い『本能寺』が思い出される。 物語●信長が上洛して二日がたったその日、側近の太田信定(後の牛一)は密命待機の姿勢に入っていた。出立の前夜、信長は信定に木箱を預け、今回の上洛の目的が果せたら、早馬で知らせるので、持参の上、京に駆けつけるように命じた。預けられたものは、一見したところ大工の道具箱と見間違いそうな檜材の長方形の箱が五つ。鉄鋲で厳重に封印されていて、恐ろしく重かった。そして、信定のいる安土城に、明智光秀の謀反、織田信長の宿所・本能寺炎上の知らせが届いた…。 目次■第一章 安土脱出/第二章 市中の隠・太田牛一/第三章 捨万求一/第四章 舟入学問所/第五章 隠れ里・丹波/第六章 吉祥草は睡らない ここから始まる本のリンク▼『本能寺』(池宮彰一郎著・角川文庫) |
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じぶくり伝兵衛 重蔵始末(二) (じぶくりでんべい・じゅうぞうしまつ2)
逢坂剛
カバー装画:中一弥 |
♪『カディスの赤い星』などで知られる直木賞作家・逢坂さんの時代小説第二弾。間宮林蔵、最上徳内と並ぶ蝦夷地探検家、近藤重蔵に着目したところが面白い。火盗改の長官というと、鬼平こと長谷川平蔵が有名だが、本役の平蔵と同時期に加役として火盗改の頭に松平左金吾がいた。老中・松平越中守定信の遠縁筋で名門の出で、庶民派の平蔵に比べて評判はよくなかったらしい。第四話の「火札小僧」の章で、当時の北町奉行初鹿野河内守が病没後の後任をめぐる噂話が記されていた。 同心が探索の手伝いをさせている手先(岡っ引など)の中には、自分の立場を利用して悪事を働く者が少なくなかったことから、手先の使用を禁じる法令がたびたび出されていたが、南北両町奉行所ではこの旧弊を必要悪として、手先を使うことを黙認していた。火盗改でも長谷川平蔵組はそうした手先や密偵を巧みに操ることで大いに効果を上げた。ただ一人、松平左金吾だけが定信の指示を守って、配下の者が手先を使うことを一切認めていなかった。 『じぶくり伝兵衛』では、そんな松平左金吾の組で、きわめてユニークで傲岸不遜、大胆不敵な重蔵のキャラクターが描いていて面白い。重蔵の部下の同心橋場余一郎や若党根岸団平、山碇部屋の力士鬼ヶ嶽谷衛門、元力士で一膳飯屋〈はりま〉の主人為吉とその女房おえんなど、登場人物たちが1作目よりも、物語の世界に溶け込みなじんできたように思える。重蔵の好きな相撲の話が随所に出てきて、とくに第二話「吹上繚乱」では、十一代将軍家斉の上覧角力(すもう)が描かれていて興味深い。 この作品では、犯人捕縛で見せる推理洞察力や武芸ばかりでなく、林子平の『海国兵談』の解釈に見せる知識面にもスポットが当たり、新しい重蔵像が描かれていて、これからも追っていきたい歴史上の人物である。解説によると、逢坂さんのライフワークになる作品らしいので、今後の展開も期待できそうだ。 タイトルにある「じぶくる」とは、屁理屈をこねたり、ぐずぐず文句をいったりすることを指す。口うるさいといったところか。 物語●「吉岡佐市の面目」火盗改の同心橋場余一郎と近藤重蔵の若党根岸団平は市中見回り中に、三味線堀で、火盗改長谷川組の与力吉岡佐市が町人に突き飛ばされてどぶ川へ落ちるのを目撃した…。「吹上繚乱」江戸城内で将軍家斉の上覧による角力(すもう)が開催されることになり、重蔵も組頭松平左金吾のお供で同席することになった…。「じぶくり伝兵衛」重蔵、余一郎、団平は、柳原土手で、深編笠の侍と雲水笠をかぶって黒い棒を手にした願人坊主風の男が喧嘩をしているのに出くわした…。「火札小僧」年末に付け火を予測する脅し文、火札が御府内のあちこちに張られるという事件が起こり、元日早々、余一郎と団平は深夜の見回りをすことになった…。「星買い六助」神田明神の境内で勧進角力が行われ、非番の重蔵らは角力見物をした。贔屓の力士鬼ヶ嶽の負け方に不審を覚えた重蔵は、打ち出しの後、鬼ヶ嶽に事情を聞いた…。 目次■第一話 吉岡佐市の面目|第二話 吹上繚乱|第三話 じぶくり伝兵衛|第四話 火札小僧|第五話 星買い六助|解説 清原康正 ここから始まる本のリンク▼『「鬼平」の江戸』(今川徳三著・中公文庫) |
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修理さま 雪は (しゅりさま・ゆきは)
中村彰彦
カバー画:蓬田やすひろ |
♪会津藩を描かせたら、並ぶものがない名手・中村彰彦さんの戊辰戦争をテーマにした連作短編集。泣ける一冊。戊辰戦争を描いた時代小説は白虎隊の話など、悲惨そうで食わず嫌いのところがあった。そんな苦手意識を変えてくれたのが、中村彰彦さんの時代小説。会津藩士たちの生き様の過酷さを感情的に描くのではなく、史料を丹念に掘り起こして美しい小説に紡ぎ出している。 『修理さま 雪は』は、戊辰戦争時の会津藩士とその家族を描いた7編を収録した短篇集。収録された作品について雑感を記す。 「修理さま 雪は」家老の嫡男で藩の将来を担う逸材と期待されていた、軍事奉行添役の神保修理は徳川慶喜の大坂逃亡の責めを負って自刃した。残された妻の雪(雪子)は、神保家の嫁として新政府軍の若松城下への突入を機に自決を決意するが…。戦争のもたらした異常心理と誇り高き会津人の生き方を垣間見ることができ、胸が締めつけられる。 「涙橋まで」会津娘子隊を率いた中野竹子の最期を描く短篇。竹子の聡明さ、清冽さ、凛々しさがなんとも美しい。 「雁の行方」会津藩家老西郷頼母は、自らの信念に基づき、藩主松平容保に諫言したり、同僚を容赦なく責たりする、剛腹さと矯激さをもっていた。異端の会津家老の数奇な生き様が興味深い。 「残す月影」女ながらに鉄砲を扱う会津藩砲術師範の娘・八重の戊辰戦争で出色の活躍ぶりに目をみはった。しかも、後年同志社を創設した新島襄と結婚したというエピソードを読み、へぇ〜という感じ。 「飯盛山の盗賊」白虎隊の悲劇を利用しようとした人の醜さが際立つ一篇。 「開城の使者」鶴ヶ城開城の秘話をスリリングに描く。 「第二の白虎隊」明治三年に、会津から遠く離れた豊津藩小笠原家の藩校に留学した7人の元会津藩士の子弟。その中には会津藩家老で、戊辰戦争の首謀者としてただ一人斬に処された萱野権兵衛の子息・郡長正もいた…。史実をもとにしながらも、知られざるエピソードで興味深い。敗者の歴史がいかに伝えられにくいことか。 戊辰戦争と名づけられた内戦で、奥羽越列藩同盟側戦死者総数は4650数名だったという。その内訳は徳川家臣1505人、仙台藩1000余人、二本松藩336人、庄内藩322人、長岡藩310人…。会津藩の総戦死者数は3014人だという。いかに多くの会津藩の血が流されたことか。ある意味では異常ともいえる会津人の藩への思い、死生観、心理が作品を通じて浮き彫りになっていく。 作中で老人が銀煙管を吹かしていた若者を叱りつけるシーンが印象的。「負けた傷ましさをなぜ考えぬ。亡国の憤りを感じぬ輩ばかりだからこそ、金もないのに銀煙管をもてあそんだり、御変動などということばで事をごまかそうとしたりするのじゃ」。歴史を知らない、生きる意味がわからなくなっている若者に読んでもらいたい作品集である。
物語●「修理さま 雪は」官軍が滝沢峠まで迫ったその日、会津藩井上家では当主丘隅以下家族一同で出陣の儀式をした。その中には家老の嫡男・神保修理に嫁いで寡婦となった雪子もいた…。 目次■修理さま 雪は|涙橋まで|雁の彼方|残す月影|飯盛山の盗賊|開城の使者|第二白虎隊|文庫版あとがき ここから始まる本のリンク▼『禁じられた敵討』(中村彰彦著・文春文庫) |
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裏小路しぐれ傘 (うらこうじしぐれがさ)
えとう乱星
カバーイラスト:室谷雅子 |
♪伝奇時代小説の名手、えとうさんにしては珍しい捕物小説。「市井にあっての人助け 世間に惑う者たちを優しく包む傘となる」という帯のキャッチフレーズと表紙装画から伝わるように、市井物の要素もある。主人公は、北町奉行遠山景元(ご存知、遠山の金さん)の懐刀、御厨新三郎。与力を辞して息子の恭太郎に家督を譲り、時雨と名前を変えて裏長屋で気ままな一人暮らしを始める。 江戸時代、定年にあたるものとして、隠居があげられる。堅苦しい武家の生活から離れて市井で暮らすことで、自由を感じている。町廻りをしたり、人助けをしたりして、周囲の人たちを傘の下で守っている。小説の世界とはいえ、第二の人生を、生活の不安なしに気ままに、そして家族や友人・知人たちと愛情を持って楽しく暮らす主人公をうらやましく思う。 時代劇のキャラクターの印象が強すぎるせいか、遠山の金さんが登場する捕物小説は、意外に少ないので、本シリーズの今後に期待したい。 物語●『裏小路しぐれ傘』の主人公・時雨新三郎は、北町奉行所吟味方与力を隠居して、妻と別居し、貧乏長屋に独りで住み、傘張り浪人生活を送っている。そんな折、日本橋と内藤新宿で辻斬り事件が起きる。遠山金四郎景元の内与力に抜擢された新三郎の息子の恭太郎は下手人を追うが…。 目次■第一章 傘の内/第二章 辻斬り/第三章 縁の綾糸/第四章 業ゆえに/第五章 大捕物/終章 破邪の剣 ここから始まる本のリンク▼『傷 慶次郎縁側日記』(北原亞以子著・新潮文庫) |
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花ふぶき 時代小説傑作選 (はなふぶき・じだいしょうせつけっさくせん)
結城信孝編
カバーデザイン:芹澤泰偉 |
♪『鷺の墓』が面白かった新人作家今井絵美子さんの作品を収録しているアンソロジーということで、ゲット。もちろん、ほかに掲載されている作品の書き手もすごい。よくぞ、集めたという感じだ。一話終わるごとに、違う本に手を出したので、ひと月以上かかってしまった。今、もっとも脂の乗った仕事をされている作家ばかりで、しかも3編書き下ろしが収録された贅沢な極上時代小説集である。 「磯波」妹の幸せを願って身を引き独り身を続ける姉。磯の香りが漂うような静謐な文体の中で、姉妹の心の葛藤を描く佳品。 「お蝶」次郎長ものを得意とする諸田玲子さんが描く、次郎長の妻二代目お蝶。長編『からくり乱れ蝶』にも同様の場面があったように記憶する。 「寒紅おゆう」は書き下ろし。剣豪ヒーローが痛快な活躍ぶりを見せる人気シリーズの多い佐伯さんには珍しいしっとりとした情感あふれる市井小説。新たな面を見た気がする。 「ははのてがみ」は単行本未収録。許されない仇討ちの末に島流しになった息子へ送られ続けた母からのてがみ。田舎の母を思い出して、目頭が熱くなった。 「かくし子」杉本章子さんの代表シリーズとなった「信太郎人情始末帖」の第一作『おすず』に収録された話。市井話ながら、謎解きの要素が加わった話。 「廉之助の恋」は書き下ろし。『水斬の剣』などの主人公森島新兵衛が登場する。緊迫感あふれるチャンバラシーンと、実験的でミステリアスな構成に、作者の才気を感じる。 「今朝の月」は書き下ろし。仇討ちに参じる弟と姉の姉弟関係の描写がきめ細かくて見事。藤沢周平さんや乙川さんの作品が好きな方にはぜひおすすめしたい。 「代替わり」は単行本未収録。死神と呼ばれる高利貸しの老人と取り立て屋の大女、金を借りに来る者たちの人物造形にオリジナリティがあって面白い。 本作品集は文芸評論家の結城信孝さんの自信のセレクションであるが、ほかに女流時代小説家の作品を選んだ『浮き世草紙』と『合わせ鏡』があり、どちらも絶品だ。 物語●「磯波」海辺の村で女塾を営む奈津のもとへ、妹の五月が不意に訪れた…。「お蝶」清水一家の縄張り江尻宿に、官軍の隊士となった黒駒の勝蔵が通過することを明日に控え、次郎長の妻・お蝶は眠れない夜を過ごした…。「寒紅おゆう」おゆうは小名木川に架かる万年橋に立って、金町村から野菜を売りにきた光造の百姓舟を見下ろしていた…。「ははのてがみ」豆州小坂村の庄屋の息子五郎は、親の敵、伊三郎を刺し殺した。しかし、百姓には敵討ちは許されず、人殺しとして八丈島に配流された…。「かくし子」引手茶屋の千歳屋のおぬいのもとに、亡くなった主人の宇之助の隠し子だといって、その母親おさよと子の孝吉がやってきた…。「廉之助の鯉」森島新兵衛は、理由も告げずに同心仲間の笹山軍左衛門と浮島沼で剣で立ち合った…。「今朝の月」保科惣吾は、家老から仇討ちに向かう鷲尾朔之進に同行するように命じられた…。「代替わり」仕事をしくじった左官職人の順吉は平久川に身を投げようとしたところを、死神と呼ばれる高利貸しの清之助に助けられた…。 目次■磯波 乙川優三郎|お蝶 諸田玲子|寒紅おゆう 佐伯泰英|ははのてがみ 高橋義夫|かくし子 杉本章子|廉之助の鯉 鈴木英治|今朝の月 今井絵美子|代替わり 山本一力|編者解説 結城信孝 ここから始まる本のリンク▼『浮き世草紙―女流時代小説傑作選』(結城信孝編・ハルキ文庫)、『合わせ鏡―女流時代小説傑作選』(結城信孝編・ハルキ文庫) |
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無用庵日乗 上野不忍無縁坂 (むようあんにちじょう・うえのしのばずむえんざか)
花家圭太郎
カバー装画:安里英晴 |
♪「暴れ影法師」シリーズでおなじみの花家圭太郎さんが悪を懲らしめる裏稼業の“裏人”を描く新シリーズ。池波正太郎さんの「藤枝梅安」シリーズを想起させる、裏社会の仕掛け人(本作品では裏人)の元締・治兵衛が主人公。 池波作品では、「ツル」とか「仕掛け」とか「おつとめ」とか独自の言葉が使われ、雰囲気を盛り上げたが、本作品でも、「一富士、二鷹、三茄子」という符牒が使われる。フジは裏仕事の依頼人、タカはフジの言い分に嘘偽りがないかどうか裏を取る者、ナスビは始末する相手を指す。また、料理法(始末する方法)は、煮る(殺)、焼く(懲)、漬け物(閉)と呼んだ。 治兵衛の闇の仕事ぶりと十兵衛の女敵討ちの行方が描かれるシリーズ第一弾。が物語の描かれた時代か。 物語●魚問屋の隠居・雁金屋治兵衛は、塩原へ湯治に出かけた帰りに、馬庭念流の遣い手、田代十兵衛と出会う。十兵衛は、不義駆け落ちをした妻と弟を捜して流浪の旅を続けていた。意気投合した二人は、江戸・上野の隠宅・無用庵で暮らすことに。江戸に戻った治兵衛のもと、闇の仕事の依頼が…。 目次■第一章 奥州道中/第二章 裏稼業/第三章 役者くずれ/第四章 香にこそ匂え/第五章 裏人たちの宴/第六 月に哭く ここから始まる本のリンク▼『殺しの四人―仕掛人・藤枝梅安』(池波正太郎著・講談社文庫) |
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狐釣り 信太郎人情始末帖 (きつねつり・しんたろうにんじょうしまつちょう)
杉本章子
和紙協力:(株)ゆしまの小林 |
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『おすず』『水雷屯(すいらいちゅう)』に続く杉本章子さんの「信太郎人情始末帖」の第三弾で、人情話と捕物帳の二つの要素が堪能でき、お気に入りのシリーズの一つだ。連作形式で、一話一話がオリジナリティがあってワクワクしながら読み進めた。今回の巻では、歌舞伎の河原崎座で大札(勘定方)の下働きをする主人公・信太郎と恋仲のおぬいに子どもが生まれるところが人情物語でのヤマ場。お産前後の信太郎の心情や子どもが誕生したことで変わる信太郎の周囲の対応ぶりが見もの。信太郎とおぬいの恋とは別に、信太郎の幼なじみで下っ引きの元吉と医師の後家・お袖の恋も描かれている。 一方、捕物帳の要素の部分では、信太郎と因縁浅からぬ事件で捕らわれた賊が脱獄したことから物語が始まり、賊は復讐を企て信太郎の身に危険が訪れる…。 信太郎は許婚を捨てて、おぬいとの恋におぼれたことで勘当されたが、表題になった「狐釣り」の話では、勘当寸前の放蕩息子が「死一倍(しにいちばい)」という高利の金を借りる話が出てくる。死一倍とは、高利貸しのもとに、親が死んで跡式を継いだら、借り金の倍を返すという一札入れて、火急の金を借りることをいう。そういう手合いは、おおかた金持ちの息子で、人間が甘くできていて、ほとんどが親の死ぬ前に勘当されたりする危険性もあるために、高利になっている。 著者の杉本さんは九州福岡生まれで現在も福岡在住で著作活動をされているが、江戸の町を見事に描ききっている。こんなことが可能なのも、大学時代から江戸文学を研究され、歌舞伎にも精通されていることで、江戸のことばや風物を自分のものにされているからだろう。 物語●「闇の筋書き」小伝馬町牢屋敷から、槌屋押し込みで捕らえられていた盗賊の藤吉ら五人が脱獄した。犯人を捕らえる際に手柄のあった信太郎の身に危険が迫った…。「きさらぎ十日の客」信太郎の留守中に、五十年配の、商人風の男が訪ねてきたという。白髪交じりの頭で、物腰が柔らかで、着物が上物だという、応接した同じ長屋の瓦職人の女房は、信太郎の父ではないかという…。「第十四番末吉」信太郎の生家の美濃屋ではおぬいが信太郎の子を身ごもったということで、父で主・卯兵衛、母のおさだ、姉で木綿問屋嶋屋に嫁いだおふじの三人は、その善後策でどたばたしていた…。「狐釣り」庶子の順吉に店を譲ろうとしていた両替屋加納屋の主・惣八が総領息子の栄吉に殺された…。「死一倍」花川戸の五百蔵は、口の中で氷も解けないといわれるほど、冷血で名が通った金貸しだった。その五百蔵の命取りになる事件を信太郎の幼なじみで下っ引きの元吉が追っていた…。 目次■闇の筋書き|きさらぎ十日の客|第十四番末吉|狐釣り|死一倍|解説 阿部達二 ここから始まる本のリンク▼『御宿かわせみ』(平岩弓枝著・文春文庫) |