新・極楽の読書録
2005年7月・文月の巻

深川澪通り木戸番小屋 by 北原亞以子
公事宿事件書留帳 九 悪い柩 by 澤田ふじ子
骨董屋征次郎手控 by 火坂雅志
ほうけ奉行 若宮隼人殺生方控 by えとう乱星
火裂の剣 助太刀人半次郎 by 秋山香乃
鷺の墓 by 今井絵美子
桜田門外ノ変 上・下 by 吉村昭
徳川将軍家十五代のカルテ by 篠田達明
命みょうが 半次捕物控 by 佐藤雅美


おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

命みょうが 半次捕物控
(いのちみょうが・はんじとりものひかえ)

佐藤雅美
(さとうまさよし)
[捕物]
★★★★☆

カバー装画:横塚繁
カバーデザイン:柳川昭治
解説:末國善己
時代:文政十二年(1829)七月
場所:本材木町、坂本町二丁目、山王御旅所薬師、五六の番屋、富沢町、住吉町、神田銀町、神田新銀町代地、富岡八幡宮門前、鉄砲洲、加賀町、門前仲町、中目黒ほか
(講談社文庫・629円・05/07/15第1刷・393P)
購入日:05/07/20
読破日:05/07/31

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命みょうが 半次捕物控 佐藤雅美さんの作品はお気に入りのものが多いが、必ずしもカバーしきれていない。「半次捕物控」も『影帳』をずいぶん前に読んだきりで、『揚羽の蝶』を読んでいないので、この辺でちゃんと読んでおきたいところだ。

岡っ引の生活実態に迫り、リアリティがあって面白い。解説で文芸評論家の末國善己さんが指摘してあるように、主人公の半次は人情派のヒーローでない、きれいごとばかりを言っていない岡っ引だ。

冒頭で、お盆が近づき出入先などから入ってくる付け届けの祝儀がいくらになったかソロバンで勘定し、日ごろもたらしてくれる者たちに渡す二朱銀を祝儀袋に詰めて糊付けする作業にとりかかる。その挙げ句、半次は岡っ引というのにまるで商人だと苦笑する。

そして、もっとも大きな収入源を「引合をつける」ことと「引合を抜く」こととして描いている。

 盗っ人は捕まると、あの店で下駄をこの店で手拭をと、いいかげんなのをひっくるめて盗みましたと白状し、岡っ引は一軒一軒訪ねてまわって、そのことを告げた。これを引合をつけるといった。(p.18)
 引合をつけられると、町奉行所から呼び出しがかかり、店主は当日、町役人(ちょうやくにん)に同道してもらって朝から奉行所に出向かなければならず、それに丸一日とられた。しかも、弁当を用意したり、帰りには付き添いの町役人らをもてなし、謝礼も包まなければならなかった。

 つまらないことに時間と金をかけないために、引合をつけられると、つけられた者は知り合いの岡っ引を通じて、引合をつけた岡っ引に相応の対価を支払い、何も盗まれなかったことにしてもらった。これを「引合を抜く」という。作者は、引合を抜いてもらう相場を一分(=一両の四分の一)と記している。主人公の半次は下っ引を四人連れており、月七両二分を稼ぐために、毎日一つを目標に引合をつけることを目標にしていた。 物語●茅場町御旅所薬師様の縁日で、町娘あゆが、田舎侍に尻を触られたと大騒ぎをし、五人連れでやってきていた町火消し人足たちと喧嘩になった。番屋に留め置かれた田舎侍は身元を明かさず、十日間だんまりを続けた。岡っ引の半次が身柄を預かり、調べを始める。田舎侍は蟋蟀小三郎(こおろぎこさぶろう)と名乗り、半次宅に居候することになる…。

目次■第一話 蟋蟀小三郎の新手/第二話 博多の帯/第三話 斬り落とされた腕/第四話 関東の連れション/第五話 命みょうが/第六話 用人山川頼母の陰謀/第七話 朧月夜血塗骨董/第八話 世は太平、事もなし/解説 末國善己

ここから始まる本のリンク▼『物書同心居眠り紋蔵』(佐藤雅美著・講談社文庫)

徳川将軍家十五代のカルテ
(とくがわしょうぐんけじゅうごだいのかるて)

篠田達明
(しのだたつあき)
[江戸学]

デザイン:新潮社装幀室
(新潮新書・680・05/05/20第1刷・188P)
購入日:05/07/15
読破日:05/07/24

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徳川将軍家十五代のカルテ 医術をモチーフとした時代小説で知られる篠田達明さんの『徳川将軍家十五代のカルテ』を入手する。胃がん、胃がん、脳卒中、未詳、はしか、インフルエンザ、急性肺炎、脳卒中、尿路障害、脚気衝心、急性腹症、暑気当たり、脚気衝心、脚気衝心、急性肺炎。帯に初代家康から十五代慶喜までの死因が記されていて、つい興味を引いてしまう。

もっとも多い死因が「脚気衝心(かっけしょうしん)」だという。脚気で死にいたるのかと、気になり本文の該当ページを繰る。現在は、脚気はビタミンB1の欠乏によって起こることが知られている。ビタミンB1は米ぬかや玄米などに含まれていたが、十代将軍家治の頃には、江戸城台所では、ぬかを落とした味のよい精白米を常食とするようになっていた。脚気は、ビタミンB1の消耗が著しい夏場に発症することが多いという。

公家の世界を知り、江戸の女性たちのことも心得た春日局は、将軍家の血統を維持するために、将軍の正室には出自の確かな公家や宮家の娘、側室には健康な庶民の娘、という大奥の二本立て方式を整えたという。

徳川の夫人たちが子女を生んでも、江戸時代の市中の衛生状態は劣悪で、乳幼児の早世が多発した。筆者は、その原因の一つとして、白粉による鉛毒を指摘している。将軍家をはじめ、大名や公家などの上流階級の乳母たちは、鉛を含んだ白粉を使い、顔から首筋、胸から背中にかけて広く厚く塗った。抱かれた乳幼児は乳房を通して鉛入りの白粉をなめる。鉛は体内に徐々に吸収され、貧血や歯ぐきの変色、便秘、筋肉の麻痺、脳膜の刺激症状など、鉛中毒が起こる。

それが原因とは言い切れないが、九代家重や十三代家定のように、重度の脳性障害が出ている。筆者も書いているが、重度の障害者でありながら、差別なく受け入れ、将軍位につけた事実は特筆すべきことである。

読みどころ●『徳川将軍家十五代のカルテ』を読了。十五人の将軍の死因を中心に綴られたユニークな徳川将軍史でもある。著者の篠田達明さんは、整形外科医にして作家、現在は愛知県心身障害者コロニー・こばと学園園長を務める。
将軍にとって、もっとも大事なつとめは政務でも軍務儀式でもなく、ひたすら子作りに励むこと。将軍たちの設けた子どもの数と寿命の長さは彼らの健康のバロメーターであったこと。初代家康、十一代家斉、十五代慶喜など長命で、とくに家斉は十六人の側室を抱え、五十七人の子どもをつくり、将軍家のもっとも大切な役割をまっとうしたといえる。

目次■プロローグ――歴代将軍の身長計測|家康―初代将軍(一五四二〜一六一六)死因・胃がん/秀忠―二代将軍(一五七九〜一六三二)死因・胃がん/結城秀康―家康の次男(一五七四〜一六〇七)死因・梅毒/松平忠輝―家康の六男(一五九二〜一六八三)死因・老衰/家光―三代将軍(一六〇四〜一六五一)死因・脳卒中(高血圧)/水戸光圀―天下の副将軍(一六二八〜一七〇〇)死因・食道がん/家綱―四代将軍(一六四一〜一六八〇)死因・未詳/綱吉―五代将軍(一六四六〜一七〇九)死因・はしかによる窒息/家宣―六代将軍(一六六二〜一七一二)死因・インフルエンザ/家継―七代将軍(一七〇九〜一七一六)死因・急性肺炎/吉宗―八代将軍(一六八四〜一七五一)死因・再発性脳卒中/家重―九代将軍(一七一一〜一七六一)死因・尿路障害(脳性麻痺)/家治―十代将軍(一七三七〜一七八六)死因・脚気衝心(心不全)/家斉―十一代将軍(一七七三〜一八四一)死因・急性腹症/家慶―十二代将軍(一七九三〜一八五三)死因・暑気当たり/家定―十三代将軍(一八二四〜一八五八)死因・脚気衝心(脳性麻痺)/家茂―十四代将軍(一八四六〜一八六六)死因・脚気衝心(心不全)/慶喜―十五代将軍(一八三七〜一九一三)死因・急性肺炎|将軍と正室・側室の平均寿命/あとがき/参考文献

ここから始まる本のリンク▼『大江戸仙境録』(石川英輔著・講談社文庫)

桜田門外ノ変 上・下
(さくらだもんがいのへん・じょう・げ)

吉村昭
(よしむらあきら)
[幕末]
★★★★☆☆

カバー装画:佐多芳郎
解説:野口武彦
時代:安政四年(1857)正月二日
場所:水戸城下、大子村、袋田村、小石川水戸藩邸、水原村、田家村、千住宿、葛西新宿、千住小塚原、梅若塚、三筋町、福井城下、今宿、鳥取城下、萩ほか
(新潮文庫・上514円・95/04/01第1刷・04/03/10第5刷・322P、下514円・95/04/01第1刷・04/03/10第4刷・322P)
購入日:05/07/05
読破日:05/07/19

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桜田門外ノ変 上 桜田門外の変について、詳しく知りたくなり、決定版ともいうべき本書を入手。遅ればせながら、吉村昭さんの『桜田門外ノ変〈上〉』を入手し読み始める。時代小説サイトの看板を掲げながらも、真面目な歴史ものが苦手で敬遠していたが、そろそろ幕末の水戸藩と向き合ってもいいかなと思い始めたところだ。
水戸藩というと、光圀以来、尊皇の考え方が根強く浸透し、幕末においても御三家でありながら、尊皇攘夷の急先鋒であったという特異な位置にある藩という認識があった。また、尊皇攘夷をリードした雄藩であり、桜田門外の変など、倒幕の功績が大ながら、明治維新時に華々しい位置から遠ざけられた、ある意味でとても不幸な藩である。

江戸好きのために心情的に佐幕派寄りなせいか、大老井伊直弼に対しても不当に貶められているのではと思っていた。まったく逆の立場、井伊によって絶えず圧力をかけられる立場の、水戸藩からの視点で描かれた本書を読んで、その見方が大きく変わった。物語は史実に沿って展開される。江戸城桜田門外の襲撃現場の指揮をとった、水戸藩脱藩の関鉄之介を主人公に、事件の全貌が丹念に描かれていき、読みごたえがある。

昔のアントニオ猪木のプロレスのように、相手の攻撃を受けるだけ受けて、最後に逆襲して倒すといった図式があり、そこにはカタルシスがあった。

物語●安政四年正月二日、水戸城下ではいような空気につつまれていた。失踪していた水戸藩元奥右筆頭取の谷田部藤七郎とその実弟の大嶺荘蔵が東海道筋で捕らわれ、水戸城下に護送されてきた。
徳川斉昭は、文政十二年(1829)十月、水戸藩主になったが、その頃、藩の要職は、家格の高い門閥派と称される家臣によって独占されていた。硬直化した藩政の大改革を悲願としていた斉昭は、藩主就任と同時にそれを実行に移そうととしたが、門閥派はこぞって強い反発をしめした。門閥派の中心人物は結城朝道で、かれの手足となって動いていたのが矢田部藤七郎だった。
斉昭の藩政改革は、藤田東湖とその教えをうけた門下生たちの強力な支持をうけ、これらは改革派と称された。駕籠を見送る人の中に、改革派の一人で、水戸藩北郡務方に勤める関鉄之介の姿もあった…。

目次■なし

ここから始まる本のリンク▼『幕末暗号戦争』(永井義男著・幻冬舎)

鷺の墓
(さぎのはか)

今井絵美子
(いまいえみこ)
[武家]
★★★★☆☆

カバー装画:宇野信哉
カバーデザイン:芹澤泰偉
時代:明記されず
場所:瀬戸内の架空の藩・瀬戸藩ほか
(ハルキ文庫・640円・05/06/18第1刷・253P)
購入日:05/06/24
読破日:05/07/16

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鷺の墓 作者の今井絵美子さんは『小日向源伍の終わらない夏』で、第10回九州さが大衆文学大賞・笹沢左保賞を受賞した、新進の時代小説家。

瀬戸内の一藩(瀬戸藩)を舞台に、繰り広げられる人間模様を描き上げる連作時代小説。藤沢周平作品を彷彿させる下級藩士たちの日常の一コマが、何ともいえないリアリティがあって共感を持ちながら読み進めることができる。まさに瀬戸内の海坂藩という感じだ。

とくに、昼行灯とか空豆とか、周囲に揶揄されながら、目立たぬように生きてきた勘定方三十五石取りの来栖又造が、自身を襲った凶事に立ち向かう「空豆」の話など、端正な作風で印象に残る物語である。

次の作品が楽しみな新しい作家の登場である。

物語●「鷺の墓」馬廻り組五十石の保坂市之進は、祖母槇乃と婢の三人暮らし。無外流免許皆伝の腕を買われて、藩主の腹違いの弟・松之助君の警護の任務を命じられた…。「空豆」勘定方三十五石取りの来栖又造は、亡くなった妻の姉の次女である、姪の芙岐と二人暮らし。今は昼行灯とか空豆とか藩士たちに揶揄されているが、若い頃は一刀流の遣い手として鳴らしたという…。「無花果、朝露に濡れて」六十石取り古文書図書方牛尾爽太郎の後妻に入った紀和は、仕立ての内職をしていた。ある日、ある日婚礼衣装の白無垢の仕立てを頼まれた…。「秋の食客」一月前に役替えがあり、十年目にしてようやく、勘定方下役についた祖江田藤吾宅に、粗衣蓬髪の浪人風の男、高尾源太夫がやってきた…。「逃げ水」保坂市之進は、かつて祖母槇乃のお茶の弟子で、美人の野枝と長江坂ですれ違った。野枝は備中松山藩に御弓方組頭のところに嫁ぎ、嫡男をもうけていたが、故あってお子ともども実家に戻っていた…。

目次■鷺の墓|空豆|無花果、朝露に濡れて|秋の食客|逃げ水

ここから始まる本のリンク▼『たそがれ清兵衛』(藤沢周平著・新潮文庫)

火裂の剣 助太刀人半次郎
(かれつのけん・すけだちやはんじろう)

秋山香乃
(あきやまかの)
[剣豪]
★★★★

装画・装丁:宇野亜喜良
時代:正保二年(1646)三月二日
場所:日本橋、小舟町、箱根関所、沼津、薩た峠、千本松原、柏原、富士川、蒲原、興津、江尻ほか
(ハルキ文庫・660円・05/06/18第1刷・266P)
購入日:05/06/27
読破日:05/07/12

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火裂の剣 助太刀人半次郎 新選組を題材に取った作品で活躍している。『歳三往きてまた』や『新選組藤堂平助』など、文芸社という自費出版の版元として有名な出版社から刊行している。

文庫では、ハルキ文庫から『近藤勇』を出している。新刊の『火裂の剣―助太刀人半次郎』は、今まで歴史上の人物を主人公に据えてきた作者が、初めてキャラクターを作り出した剣豪小説である。

読んでみると、ミステリータッチの剣豪小説であることがわかる。仇討ちの助太刀の旅に出た主人公半次郎と、玉置が遣う大神流の千手の剣や、薩た峠を根城にする野伏り阿修羅との対決、大神流刀術の宗家をめぐるお家騒動など、見どころが随所にあり、エンターテインメントとして楽しめる。

登場人物では、ビジネスライクに助太刀役に徹しきれない主人公のほかん、大神流宗家を狙う玉置、亡き父の仇討ちの旅に出る高坂右京、その従者の小助など、印象的なキャラクターがいる。とくに、背丈が六尺三寸を超えて、巌のような雄偉な体格の持ち主ながら、気が優しくて殺生は嫌いで武道が苦手という右京の存在が面白い。

物語●二千石取りの旗本高坂家の隠居新右衛門が異国の刀で何者かに刺し殺された。天流(破天一刀流)の遣い手で浪人の秋月半次郎は、新右衛門の息子・右京の仇討ちの助太刀を依頼される。従者の小助とともに、大坂へ向けて仇討ちの旅に出た三人は、沼津の宿で、事件に巻き込まれる…。

目次■一章 仇討ち東海道/二章 内紛の風/三章 阿修羅/四章 神隠しの女たち/五章 対決

ここから始まる本のリンク▼『討たせ屋喜兵衛 秘剣稲妻』(中里融司著・ハルキ文庫)

ほうけ奉行 若宮隼人殺生方控
(ほうけぶぎょう・わかみやはやとせっしょうがたひかえ)

えとう乱星
(えとうらんせい)
[伝奇]
★★★★☆☆

カバー装画:中村亮
カバーデザイン:盛川和洋
時代:元禄十年(1697)三月
場所:お狩場、本所、不忍池、湯島天神、上野、江戸城、日本橋、糀町、京都愛宕山ほか
(ベスト時代文庫・695円・05/07/01第1刷・320P)
購入日:05/06/27
読破日:05/07/08

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ほうけ奉行 若宮隼人殺生方控 『かぶき奉行』に続くえとう乱星さんの「殺生方控」シリーズ第2弾。時代は五代将軍綱吉の生類憐れみの令のころ。

えとう乱星さんの『ほうけ奉行―若宮隼人殺生方控』を読了。10年近く文庫化を待ち続けた甲斐があった、第1作の『かぶき奉行―織部多聞殺生方控』に匹敵する傑作伝奇小説だ。

徳川五代将軍綱吉の生類憐みの令の時代を舞台にし、本来は狩猟全般を取り仕切る役目の殺生方が、犬など生き物を殺生した者の取り締まり役へと変節を余儀なくされた。心ある殺生方は、金品をせびって罪を見逃すか、惚(ほう)けるしかない。主人公若宮隼人の上役で殺生奉行の筒井親兵衛のほうけぶりが見事で、作品に奥行きを与えている。

前作『かぶき奉行―織部多聞殺生方控』からおよそ三十年が経過した設定で、主人公などが主要な登場人物が入れ替わる中で、前作の主人公織部多聞と光圀が引き続き登場するのが、前作からのファンにはたまらないところ。綱吉も前作でチラッと姿を見せている。また、無外流の流祖辻月丹が重要な役割で登場し、剣客商売ファンにはうれしいところ。

物語●若宮隼人は、亡き父の役職だった殺生方与力に任ぜられて心躍らせていた。上役となる殺生奉行・筒井親兵衛に挨拶するために、元お狩場に足を踏み入れようとしていた。綱吉が五代将軍になって以来、鷹狩りは中止され、綱吉の、生き物の命を大切に思う心は強く、二年前に鷹部屋・鷹匠は廃止され、飼われていた鷹はすべて伊豆の新島に送り放しになった。将軍の狩りの一切を取り仕切る役目の殺生方も、本来ならお役御免になるところ。斬り捨て御免の殺生勝手という殺生方の特権が、生類憐れみの令を守らずに、禁を犯した者を処罰する際には都合がいいとして、そのまま残されたのだった…。

目次■華胥の国/虎が雨/狼子野心/破鏡の嘆/寒鴉/天元の一石/吾唯足知

ここから始まる本のリンク▼『独眼流柔肌剣』(えとう乱星著・学研M文庫)

骨董屋征次郎手控
(こつとうやせいじろうてびかえ)

火坂雅志
(ひさかまさし)
[幕末]
★★★★☆☆

カバー装画:小村雪岱『小村雪岱画譜』龍星閣より部分使用
カバーデザイン:芹澤泰偉
解説:細谷正充
時代:元治元年(1864)十二月
場所:京東大路松原上ル東入ル、夢見坂、祇園石段下、六道珍皇寺、上御霊社、寺町通革堂、紀州田辺、和歌山城下、清水坂、三条河原町、富小路通、先斗町、泉州深日、祇園花見小路、愛宕山中月輪寺、長崎、金沢ほか
(講談社文庫・819円・05/06/15第1刷・451P)
購入日:05/06/21
読破日:05/07/07

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骨董屋征次郎手控 幕末の京で、骨董の目利きが活躍する時代小説。鑑定団的な面白さがありそうで楽しみ。

火坂雅志さんの『骨董屋征次郎手控』を読了。幕末の京都、新選組、薩摩藩、加賀百万石、長崎、隠密…と惜しみなく時代小説の面白くなる要素を盛り込んでいる。それらをネタを味付け程度に、骨董という魔道にはまった男たちを描く非常に贅沢なエンタテインメント時代小説だ。

作者自身が執筆の過程で、骨董にはまったという凄味を感じさせる、骨董への熱い思いが伝わる作品である。最初の話「楢柴」に登場するのは、新田肩衝(かたつき)、初花肩衝と並ぶ、天下の三大肩衝の一つ、楢柴肩衝(別名博多肩衝)である。肩衝とは茶入れのことだが、肩が張っているために茶の世界でそう呼ばれている。

銘の由来は、『万葉集』の歌にちなみ、肩衝にかかった釉(うわぐすり)の濃さを、恋する人の心にかけたものとされている。博多の豪商・島井宗室から筑前秋月城主・秋月種長を経て、豊臣秀吉に、さらに豊臣家滅亡後は徳川将軍家に伝わったが、明暦三年の江戸城炎上の際に、行方知れずになったものだという。

骨董の持つ数奇な運命が、物語に投影され面白さが増幅されている。また作品では、江戸の初期にわずか三十年で消失した古九谷(こくたに)の焼き物も、重要なモチーフとして描かれている。古九谷を描いた時代小説としては、高田宏さんの『雪古九谷』が面白かったことを思い出す。

物語●京の夢見坂で「遊壺堂」という骨董屋を営む征次郎。その店に、武家か坊官の妻女といった感じの品のいい、凛とした立ち姿の女・お久が肩衝と呼ばれる茶入れを持ってきて鑑定のうえ、預かってくれるように依頼した。肩衝は、お久からは半月あまり音沙汰がないまま、その縁者らしい牢人風の男に奪われてしまう…。

目次■楢柴|流れ圜悟|女肌|海揚り|屏風からくり|胡弓の女|彦馬の写真|翡翠峡|黒壁山|隠れ窯|あとがき/解説 細谷正充

ここから始まる本のリンク▼『雪古九谷』(高田宏著・学陽人物文庫)

公事宿事件書留帳 九 悪い柩
(くじやどじけんかきとめちょう9・わるいひつぎ)

澤田ふじ子
(さわだふじこ)
[捕物]
★★★★

装画:蓬田やすひろ
カバーデザイン:赤治絵里(幻冬舎デザイン室)
解説:安宅夏夫
時代:明記されず
場所:京・三条両替町、高倉綾小路、大宮姉小路通り、西高瀬川、御所八幡町、扇屋町、法林寺脇長屋、本能寺大住院、三条丹波屋町通り、二条城のお堀、三条御幸町、御池富小路、室町の横諏訪町、千本中立売、二条堺町、三条大橋、指物町、所司代組屋敷ほか
(幻冬舎文庫・571円・05/06/10第1刷・318P)
購入日:05/06/24
読破日:05/07/05

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公事宿事件書留帳 九 悪い柩 『闇の掟』『木戸の椿』『拷問蔵』『奈落の水』『背中の髑髏』『ひとでなし』『にたり地蔵』『恵比寿町火事』に続く、江戸時代の弁護士事務所である公事宿の居候・田村菊太郎が活躍するシリーズ第九作。

京の大宮姉小路通りの公事宿鯉屋に居候する田村菊太郎が活躍する、「公事宿事件書留帳」シリーズの第九弾。米屋の主の葬列に石を投げた少年を描いた表題作ほか5編を収録している。

いずれも京の町に根ざした人々を描く人情味あふれる市井ものであり、捕物帳仕立てになっていて読み味がいい。今回は、「黒猫の婆」と「お婆の御定法」の2編で、しっかりした気力と意志を持った凛とした二人の老女(お里とお寿)が登場するのが興味深い。作者の考えを投影する存在として、親と子、主人と使用人、老人と子どもなど、人間社会の「正しい姿」を見せてくれる。

物語●「釣瓶の髪」釣瓶に黒髪がからんで上ってきたことから、女が殺されて井戸に投げ込まれるという事件が露見し、京の町では井戸浚えが大流行だった。川魚料理屋「美濃七」を営む清太郎は、四カ月の身重の若女房を失ったばかりでやつれが目立っていた…。「悪い柩」公事宿の鯉屋に、十歳前後の少年修平が同心福田林太郎の手下を務める松五郎に連れてこられた。修平は、米屋の主の葬列で、金襴をかぶせられた寝棺に石を投げたという…。「人喰みの店」菊太郎は鯉屋の手代喜六と花札をやり、負けた方が鰻の蒲焼きを奢ることになった。喜六は花札に見事に勝ち、鰻の名店で菊太郎を待つ間に、飯台を一つ隔てた向こうで、貧しそうな身なりの母子四人連れが、極上の鰻を一匹ずつと、う巻きとうざく、肝の吸い物を食べているのを見かけた…。「黒猫の婆」室町の横諏訪町の棟割り長屋の空家に、利休鼠色の夏羽織を着た品のいい老女が引っ越してきた。老女・お里は長屋に不似合いの大店の隠居といった格好で、黒猫を抱き、初老の男衆を従えてやってきた…。「お婆の御定法」菊太郎は三条大橋で、橋の上に腹ばいに倒れこんだ四、五歳の男の子と、怒鳴りつける父親と思しき職人風の男の会話を聞いた…。「冬の蝶」菊太郎は、所司代屋敷の道場の近くの勝岩院前の思案茶屋に立ち寄り、道場に行かずに朝から団子と熱燗を注文した。店の前にをきれいな中振袖を着た十一、二歳の女の子がふらふらと現れ虚空の何かを追い求めるのを見かけた…。

目次■釣瓶の髪|悪い柩|人喰みの店|黒猫の婆|お婆の御定法|冬の蝶|解説 安宅夏夫

ここから始まる本のリンク▼『恵比寿屋喜兵衛手控え』(佐藤雅美著・講談社文庫)

深川澪通り木戸番小屋
(ふかがわみおどおりきどばんごや)

北原亞以子
(きたはらあいこ)
[市井]
★★★★☆☆ [再読]

カバー装画とデザイン:蓬田やすひろ
解説:縄田一男
時代:明記されず。絵師の国貞や国芳が活躍してるころ。
場所:深川中島町、黒江川、大島川土手、上野池端、谷中、相川町、浅草、山本町、富岡八幡宮、神田明神ほか
(講談社文庫・495円・93/09/15第1刷・05/03/24第24刷・270P)
購入日:05/06/25
読破日:05/07/02

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深川澪通り木戸番小屋 江戸市井ものの傑作『深川澪通り木戸番小屋』の舞台となる、深川の澪通り(みおどおり)がどこだったか調べたくなり、十年ぶりに読み返してみた

作品は、こんな書き出しで始まる。

 夜になると、川音が高くなる。深川中島町は三方を川でかこまれていて、木戸番小屋は町の南を流れる大島川沿いの、俗に澪通りと呼ばれる道の端にあった。町の西側へ流れてくる仙台堀の枝川と、大島川が一つになって隅田川へそそぐところである。
「嘉永・慶応 江戸切絵図〈1〉―江戸・東京今昔切絵図散歩 尾張屋清七板」で見ると、ちょうど深川の西南の角近くに位置している。松平下総守下屋敷の向こうは海である。

物語は、この海辺の町の木戸番小屋に住む笑兵衛とお捨の夫婦を中心に展開する。ひとくせある名前からうかがえるように、人に言えない過去を持つ二人だから、暮らしに苦しみ、心に傷を持って、小屋にやってくる人々を癒す力を持っている。

久方ぶりで、ディテールを忘れていたこともあり、第一話の元火消しの纏持ちの勝次の話から、北原ワールドにぐいぐい引き込まれる。一気に読み終え、人間的に少し浄化され、とても豊かな気持ちになった。

物語●「深川澪通り木戸番小屋」深川中島町の澪通りの端にある木戸番小屋には、笑兵衛(しょうべい)とお捨(すて)の初老の夫婦が暮らしていた。火消しの勝次は、火傷がもとで纏持ちが務まらなくなり、酒におぼれる日々を送っていた…。「両国橋から」荷運び人足の清太郎は大の花火狂いで、一分を払って自分の花火を打ち上げるのが夢だった…。「坂道の冬」お捨と笑兵衛は、幼くして亡くした娘の祥月命日に谷中の遊行寺へ墓参りに出かけた。そこで、寺の門前の花屋の娘おていに親切にされた…。「深川しぐれ」笑兵衛は、隣町の相川町に住む若い女・おえんの家に見舞いに行った。おえんは、月足らずの子を死産したばかりで、身寄りがなく、子どもの父親も越中富山に行ったきりで音信不通だった…。「ともだち」花見の頃、五十を過ぎて独り身のおすまは、大島川の土手で永代寺門前に住む同じ年恰好の女おもんと知り合った…。「名人かたぎ」富岡八幡宮の本祭礼の人ごみの中で、お捨は女スリのおくまに、財布を掏られそうになった…。「梅雨の晴れ間」居酒屋樽屋の女将おくめが大暴れしていると、笑兵衛と差配の弥太右衛門が呼ばれた…。「わすれもの」お捨のもとに、八年前に近所の長屋にいたおちせがやってきた。おちせは、その当時は十か十一くらいの少女だったが、苦労した末に、大店の呉服商の一人息子の嫁になっていた…。

目次■深川澪通り木戸番小屋|両国橋から|坂道の冬|深川しぐれ|ともだち|名人かたぎ|梅雨の晴れ間|わすれもの|解説 縄田一男

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