新・極楽の読書録
2005年5月・皐月の巻

乱雲 密命・傀儡剣合わせ鏡 by 佐伯泰英
君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話 by 宇江佐真理
欠落ち 公事師政吉御用控 by 竹内大
斬られ権佐 by 宇江佐真理
江戸隠密水軍 白魚の陣十郎 by 二宮隆雄
非道、行ずべからず by 松井今朝子
宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編 by 澤田ふじ子
闇を斬る 直心影流龍尾の舞い by 荒崎一海
髭麻呂 王朝捕物控え by 諸田玲子
安政五年の大脱走 by 五十嵐貴久


おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

安政五年の大脱走
(あんせいごねんのだいだっそう)

五十嵐貴久
(いがらしたかひさ)
[伝奇]
★★★★☆☆

カバーデザイン:藤田新策
解説:細谷正充
時代:安政五年(1858)
場所:彦根、江戸城、江戸彦根藩邸、愛宕青松寺、絖神岳ほか
(幻冬舎文庫・686円・05/04/30第1刷・494P)
購入日:05/05/10
読破日:05/05/29

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安政五年の大脱走 『安政五年の大脱走』を入手した。帯に、「名画『大脱走』を超える痛快、感動の娯楽大作!」とキャッチコピーが書かれていた。『大脱走』というと、スティーブ・マックイーン主演の捕虜収容所を舞台にしたアクション映画で、40代〜50代の方にはとても懐かしく感じられるのではないだろうか?
五十嵐貴久さんの書かれたこの時代小説は、井伊直弼を敵役に、幕末近くの安政五年に時代を据えている。桜田門外の変で、命を落とした大老を描いた時代小説は多い。キャラクターが立ちやすい人物だけに、物語のアンチヒーローとしては収まりがいいのである。
『安政五年の大脱走』の表紙に、The Great Escape of 1858とサブタイトルが英語で入っていて、あまり見られない手法でカッコいい。幻冬舎文庫のイメージキャラクターに、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志が起用され、メガネを掛けて読書中の写真が帯に使われていた。新庄と読書のギャップが新鮮で面白い。

五十嵐貴久さんは、時代小説は初めてで、主に現代的なエンターテインメント小説で活躍しているということもあり、スピード感があって現代風の読み味のよい作品だった。
物語は、大老井伊直弼が無理やり謀反の嫌疑をかけて、南津和野藩士五十一人と姫・美雪を、脱出不可能な山頂に幽閉したことから始まる。直弼の懐刀の長野主膳の鬼謀で、四方を切り立った崖に囲まれたすり鉢状の山頂に囚われ、唯一の出口に通じる道は竹矢来で阻まれ、その向こうには鉄砲を持った彦根藩士が見張っている。絶望的なシチュエーションで、姫と藩士たちはいかにして大脱走を図るのか…。
南津和野藩の人たちの脱出までのドラマが圧巻。とくに極限状態に置かれた藩士たちの生き様が感動的であり、時代小説畑の人では想定外のストーリー展開にディープなインパクトを覚えた。五十嵐さんにはぜひまた時代小説を書いてほしいと願ってやまない。

物語●彦根藩十一代藩主井伊直中の十四男の井伊鉄之介は、公家の南津和野藩主の養女美蝶に一目ぼれしたが、部屋住みの身分で相手にもされなかった。それから二十四年の歳月が流れ、鉄之介は、直弼と名を改めて、彦根藩三十五万石を担い、大老の重責を負う身となった。ある日、下城の折に、かつて思いを寄せた美蝶と瓜二つの美しい姫美雪を見かけて、何としても側室として迎えようと思った…。

目次■一章 井伊直弼の恋/二章 桜庭敬吾の岳/三章 堀江竹人の土/四章 松井美雪の空/五章 犬塚外記の忠/その後のこと/解説・細谷正充

ここから始まる本のリンク▼『女陰陽師』(加野厚志著・祥伝社文庫)

髭麻呂 王朝捕物控え
(ひげまろ・おうちょうとりものひかえ)

諸田玲子
(もろたれいこ)
[平安]
★★★★☆

カバー:和泉市久保惣記念美術館蔵『駒競行幸絵巻』
AD:多田和博
地図:しまクリエイト
解説:鈴木輝一郎
時代:寛和二年(986)
場所:桃花坊の検非違使庁、六条、右京の五条宣義坊、左京の四条永昌坊、大内裏、鴨川、元慶寺、五条坊門小路、羅生門ほか
(集英社文庫・552円・05/05/25第1刷・295P)
購入日:05/05/26
読破日:05/05/28

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髭麻呂 王朝捕物控え 連作形式の平安朝捕物小説。おっとり優男の鬚麻呂が、謎の盗賊“蹴速丸”を追う、ユーモアタッチのミステリーということで気軽に読めそう。
主人公の髭麻呂こと藤原資麻呂(ふじわらのすけまろ)は、検非違使庁(けびいしちょう)に勤める看督長(かどのおさ)という下位の官人、今でいう警察の刑事といったところ。
血を見ただけで卒倒しかねない優男だが、少しでも強面に見せようと頬髭を生やしている。ごわごわ髭のせいで、二十四という年齢より五つ六つ年長に見える。梓女(あずさめ)という恋人に頭が上らないというちょっと情けないキャラクターだが、とにかくやさしく心栄えが素直。盗賊追捕の役を負っている職務を考えると、その性格も考え物ではあるが…。従者はかつて野犬に食われそうになっていたところを助けた雀丸という少年。
物語は、髭麻呂が都を騒がせる蹴速丸(けはやまる=名前が蹴鞠の名手を想起させてかっこいい)という盗賊を追いかける連作形式の捕物小説。解説で作家の鈴木輝一郎さんが指摘したように、「ルパン三世」と銭形警部の関係みたいに、毎回、蹴速丸に翻弄されながらも、その人間性に触れて次第に相手をリスペクトしていく展開と明朗でユーモアのあるタッチで読み味がいい。何ともチャーミングな平安朝ミステリーだ。ぜひ、続編が読みたい。
物語●六条で国司を務めた男の娘が殺され、検非違使庁の看督長・藤原資麻呂こと、髭麻呂は事件の探索を命じられた。屋敷は楓館と呼ばれて、ひところは式部卿が足しげく通われたという。事件現場の寝所は、家具調度がひきたおされ、小物が散乱したなかに、女主が頭から値を流して倒れていた。髭麻呂は楓館で役人に扮した怪盗“蹴速丸”と遭遇するが、捕り逃がしてしまう…。

目次■楓館の怪/女心の怪/月夜の政変/かけがえのないもの/烏丸小路の女人/笙と琴/香たがえ/鬼法師の正体/解説 鈴木輝一郎

ここから始まる本のリンク▼『平安京の検屍官 検非違使・坂上元継の謎解き帖』(川田弥一郎著・祥伝社)

闇を斬る 直心影流龍尾の舞い
(やみをきる・じきしんかげりゅうりゅうびのまい)

荒崎一海
(あらさきかずみ)
[剣豪]
★★★★☆☆

カバーイラスト:蓬田やすひろ
カバーデザイン:蓬田やすひろ
時代:文化六年(1809)二月
場所:日本橋長谷川町、本所亀沢町、下谷御徒町、霊巌寺門前町、霊岸島、深川永代島、四日市町、塩町、銀町、小梅橋、隅田堤、日本橋小伝馬町ほか
(徳間文庫・629円・05/05/15第1刷・382P)
購入日:05/05/20
読破日:05/05/22

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闇を斬る 直心影流龍尾の舞い 新人作家の作品に、積極的にトライする方ではないが、表紙の装画が蓬田やすひろさんということで、読みたくなった。主人公は江戸の直心影流道場で師範代を務める鷹森真九郎で、剣豪小説っぽい。

直心影流は、杉本備前守政元の神陰流をルーツに、上泉伊勢守信綱の新陰流を経て以降流名をたびたび変更され、第七代の山田平左衛門光徳(一風斎)が直心影流とし定着する。一風斎は竹刀と防具の工夫を試み、息子の長沼四郎左衛門国郷が改良し、現在につながる竹刀と鉄仮面と籠手を造った。防具の改良は、仕合形式の実践稽古を可能にし、普及につながり、幕末の隆盛につながった。

期待に違わぬ傑作剣豪小説で、読み味がよく一気に読み終えた。
主人公の鷹森真九郎は祝言をあげたばかりの雪江を連れて故郷を脱し、江戸に居を移した。ともに今治藩の上士の家に育ったということもあり、鍋や釜などの世帯道具もなしに長屋の裏店に暮らし始めた。その世帯じみていないところ、雪江の初々しい新妻ぶりや、真九郎の愛妻家ぶりが何ともほほえましく好感がもてた。
作品の最大の魅力は、真九郎の振るう直心影流のチャンバラシーン。息をつかせない迫力でかつ、細部まで丁寧に描かれている。佐伯泰英さんの『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズを想起させるところもあり、次回作が楽しみな剣豪作家の登場である。

物語●故あって新妻と今治藩を脱し、江戸で直心影流団野源之進の道場で師範代を務める、鷹森真九郎が主人公。数人の侍に襲われていた大店の主・和泉屋宗右衛門を助けたことから事件に巻き込まれる…。

目次■第一章 月下の剣/第二章 隅田堤の血飛沫/第三章 乱舞/第四章 雨に煙る不忍池/参考文献

ここから始まる本のリンク▼『陽炎ノ辻―居眠り磐音 江戸双紙』(佐伯泰英著・双葉文庫)

宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編
(そうたんぎつね・ちゃのゆにかかわるじゅうにのたんぺん)

澤田ふじ子
(さわだふじこ)
[短編]
★★★★

カバー:酒井抱一筆「白梅図」
カバーデザイン:東京図鑑
解説:大野由美子
時代:「戦国残照」寛永十三年。「壷中の天居」応仁の乱の頃。「大盗の籠」延享三年。「仲冬の月」文禄四年。
場所:「蓬莱の雪」京都五条大橋東の鞘町。「幾世の椿」東九条村。「御嶽の茶碗」大垣藩城下。「地獄堂の茶水」高倉錦小路上ル。「戦国残照」山城国大山崎、摂津国広瀬村。「壷中の天居」東洞院通り。「大盗の籠」上京・五辻通り。「宗旦狐」寺町今出川。「中秋十五日」篠山藩城下。「短日の霜」上京・実相院町。「愛宕の剣」宇治、愛宕山。「師走の書状」上京・御所八幡町。「仲冬の月」西山ほか
(徳間文庫・552円・05/05/15第1刷・283P)
購入日:05/05/10
読破日:05/05/17

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宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編 井ノ部康之さんの『利休遺偈』を読んで以来、茶の湯をテーマにした時代小説を読みたいと思っていた。折りよく、澤田さんのこの短編集が文庫化された。裏千家の月刊茶道誌『淡交』に連載された短篇をまとめたものということで、プロの茶道家の鑑賞眼にもたえた作品。

表題作の宗旦以外は千家の人々は登場しないが、茶の湯にまつわるものや人に題材をとった佳品ばかり。澤田ふじ子さんの作品の美質が表れた短篇集。「仲冬の月」で描かれた「利休七哲」の一人、瀬田掃部が今までスポットの当たることのなかった人物だけに印象深かった。
狭苦しい茶室で、さまざまなうるさい約束事にとらわれ、苦い茶を服することにどんな意味があるのか、問われた瀬田掃部は、
「なるほどそのことか。太閤秀吉さまのご家来衆のおもな人々は、みんな茶湯を行っているわなあ。だがそれについて、わしはこんな気持ちでしていると語っておられるお人はいないからのう。長吉、わしは要するに、利休さまが唱えられている茶湯は、宿業をそなえた人間がいかに生きていくかを、それでしめしたものじゃと解している。しかし、茶湯を行うにしても、はっきりした考えをもっておられるお人は少なかろう。ほとんど俗世への格好だけじゃ。名物道具は、金や力がなければ入手できまい。持てば人の扱いがちごうてくる。具体的にはわしは緊張を解きほぐすために茶湯を行っている。…」
作者の茶湯観がよく出ているシーンである。

利休の高弟で武将を「利休七哲」という。蒲生氏郷(がもううじさと)、細川三斎(ほそかわさんさい・忠興)、高山右近(たかやまうこん)、芝山監物(しばやまけんもつ)、牧村兵部(まきむらひょうぶ)、古田織部(ふるたおりべ)、瀬田掃部(せたかもん)をいうが、織田有楽斎(おだうらくさい)を加えることもある。

利休七哲の武将たちは、いずれもその生き様と死に様に筋が通っていて、さすが優れた茶人でもあると思わせる。岳宏一郎さんの『花鳥の乱―利休の七哲』では、織田有楽斎に加えて、荒木村重と前田利長が入っている。茶人としてより武将としての面にスポットを当てた作品だっただけに、史実が少ない芝山監物や牧村兵部、瀬田掃部より、描きやすかったからかもしれない。

物語●「蓬莱の雪」京都五条大橋東の鞘町で、小さなうどん屋を営む弥助は、一文無しの道服姿の蓬髪の男にうどんをご馳走した。男はうどん代のかたに、掛幅の絵を置いていった…。「幾世の椿」東九条村の百姓甚助が丹精している白椿の一枝を呉服問屋の番頭が譲っていただきたいと申し出たが…。「御嶽の茶碗」大垣藩の詰目付で五十石どりの天野九左衛門は、家禄にそぐわずに、屋敷内に茶室を設けているのが自慢。茶道具などの目利きも家中随一で、茶湯数寄だった…。「地獄堂の茶水」小間物問屋を営む菊屋吉右衛門の母お貞は、毎年三月六日に、鴨川の源流高野川から、正午きっかりの時刻に汲んだ水で一服茶を点て、服する行為を続けていた…。「戦国残照」関ヶ原の合戦で夫を失ったお小夜は、六十歳になり、元問屋を営む息子と嫁、二人のありの孫に囲まれ、老後は安泰そのものだったが…。「壷中の天居」大工手伝いの弥吉は家に戻る途中に、東洞院通りの普請場で、道服姿の初老の男が侍童をしたがえて、普請の指図をしているのを見かけた…。「大盗の籠」竹籠作りを生業している六蔵は、立派な服装をした公家侍らしい三十歳前後の男がうずくまって、お店奉公の小僧の小汚い草履の前緒を結び直しているのを見かけた。六蔵は、前緒をすげ終えた公家侍に声を掛けて冷えた麦茶をふるまった。男は梶井宮門跡に近習として仕える森田宗祐と名乗った…。「宗旦狐」寺町今出川の葦簾茶屋は焼餅と串団子を名物にしていた。古びた道服を着た、人柄のよさそうな老人が、侍童を従えて日暮れになると決まって茶屋にやってきて、一皿三本の串団子を三皿もぺろっと平らげて上機嫌で帰っていった。その老人が店に来るようになって、串団子の評判が高まり、売れ始めたという…。「中秋十五日」篠山藩士中川安左衛門は、中秋十五夜を明日に控えた夜、与力組頭の山根太郎助の小さな茶室の中でほかの客とともにお茶をふるまわれる夢を見た。茶室には、秋月等観の「月夜山水図」が掛けられていた…。「短日の霜」松江藩士岩渕右衛門七は、父の仇討ちのために、二十年も前に国許を出たが、敵の所在をつかめないまま、心臓を病み床についていた。妻のお岩が呉服屋から仕立て物を任せられて生計を立てていた。丁寧な仕事ぶりと、工夫を見込まれて茶湯で用いられる仕覆も注文されるようになり…。「愛宕の剣」宇治の茶商上林牛加家の奉公人で、茶の栽培をしている、甚兵衛の娘和哥は、父と一緒に愛宕山に茶壷を取りに行くように命じられた…。「師走の書状」十年前までそこそこの扇商を営んでいた六左衛門は、不運が重なり没落して、裏長屋で病の床についていた。そして娘の志穂を先斗町遊廓に下女奉公に出すことも決まっていた…。「仲冬の月」豊臣秀吉の家来で、利休七哲にも数えられる瀬田掃部は、秀吉の下を去る最後の決断をつけ、領地の西山の地にやってきた…。

目次■蓬莱の雪|幾世の椿|御嶽の茶碗|地獄堂の茶水|戦国残照|壷中の天居|大盗の籠|宗旦狐|中秋十五日|短日の霜|愛宕の剣|師走の書状|仲冬の月|初刊本あとがき|解説 大野由美子|澤田ふじ子 著書リスト

ここから始まる本のリンク▼『利休遺偈』(井ノ部康之著・小学館文庫)

非道、行ずべからず
(ひどうぎょうずべからず)

松井今朝子
(まついけさこ)
[時代ミステリー]
★★★★☆☆

装丁:ミルキィ・イソベ
解説:豊崎由美
時代:文化六年(1723)正月
場所:堺町、岩代町、芳町、横山町、深川六間堀、呉服橋の北町奉行所、竹河岸ほか
(集英社文庫・838円・05/04/25第1刷・545P)
購入日:05/04/28
読破日:05/05/12

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非道、行ずべからず 江戸、中村座の炎上を描く時代ミステリー。十一代中村勘三郎が劇場主として登場。
作者の松井今朝子さんは、松竹で歌舞伎の企画や製作に携わった後に、『仲蔵狂乱』で第8回時代小説大賞(この賞は残念ながら現在はない)を受賞した時代小説作家。芝居小屋の様子や役者の心理、狂言作者の作劇術など、ディテールがリアリティがあって大いに楽しめる。
松井今朝子さんの『非道、行ずべからず』を読了。タイトルは、世阿弥の『風姿花伝』の中の言葉、「この道に至らんと思はん者は、非道を行ずべからず」から。中村勘三郎の家に代々伝わる扁額に「非道を行ずべからず」を掲げられていたという。何か一つの道を極めようと思う者は、断じてほかの道に行こうとしてはならない、という意味で、芸道を貫く者の言葉である。
本作品のテーマは「芸道」を貫くことが、「人の道」に対して「非道」であるとしたら…、どう対応するべきか。歌舞伎界という特異な世界を舞台に、歌舞伎興行のディテールやバックステージのドラマまで生き生きと描いた傑作。
六十を過ぎても第一線で活躍する「亀の太夫」こと、名女形の三代目荻野沢之丞の存在感が圧巻。その後継をめぐり争う兄弟、市之介、右源次や大部屋の年増女形の荻野沢蔵、桟敷番の右平次、立作者の喜多村松栄、成金の金主大久保庄助、楽屋頭取の中村七郎兵衛、帳元の善兵衛、大道具方の清兵衛ら、芝居関係者がみな個性的に描かれていて面白い。

物語●文化六年元日の夜、十一代目中村勘三郎が劇場主を務める、中村座が炎上した。芝居小屋の焼け跡の衣裳行李の中から正体不明の老いた男の死体が発見された。北町奉行所の同心笹岡平左衛門と同心見習の薗部理市郎は、下手人捜しに乗り出す。折りしも、女形の名優三代目荻野沢之丞が誰に名跡を継がせるか、話題になっていた…。

目次■なし

ここから始まる本のリンク▼『花櫓』(皆川博子著・講談社文庫)

江戸隠密水軍 白魚の陣十郎
(えどおんみつすいぐん・しらうおのじんじゅうろう)

二宮隆雄
(にのみやたかお)
[海洋]
★★★☆☆

カバーイラスト:西口司郎
カバーデザイン:盛川和洋
時代:寛永二年(1625)二月
場所:本町一丁目、本町二丁目、隅田川河口、霊巌島、江戸城和田倉門、道三堀、一石橋、深川猟師町、本庄四丁目、神明町、三河町、白銀ほか
(ベスト時代文庫・638円・05/05/01第1刷・279P)
購入日:05/04/30
読破日:05/05/10

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江戸隠密水軍 白魚の陣十郎 海洋時代小説で快作を飛ばす、二宮さんの最新文庫。エンターテインメント性が高そうで楽しめそうな一冊。作者の二宮さんは日本を代表するヨットマンで、アメリカズ・カップのテレビ解説もされたりしているらしい。
実はヨットマンのとして活躍はよく知らないが、二宮さんの海洋時代小説は大好きで、新作であればぜひ読みたいと思っていた。以前に、「海を感じる時代小説ベスト10」を発表したときに、メールで二宮さんのことを教えていただき、以降、注目するようになった。
二宮さんの作品では、戦国武将九鬼嘉隆を描いた『覇王の海』や『海援隊烈風録』など、どれも操船シーンが圧巻で面白く読めた。第一人者の白石一郎さんが亡くなられた後、海洋時代小説の分野を支えるのは、この人しかいないと思っている。『白魚の陣十郎』を紹介する帯に「隠密水軍の活躍を描く水上時代活劇の傑作登場!!」と書かれていたが、水上時代活劇という表現は初めて見た。江戸が水上交通が発達していたので、「水上時代活劇」としたのだろうか?
主人公の藻刈陣十郎(もがりじんじゅうろう)の父親の陣兵衛は、摂津に来た家康が船便で難渋したとき、船を出して家康を助けたことが縁となり、家康の江戸入府と同時に、摂津西成郡佃村の名主森孫右衛門らとともに江戸に入り、佃島を拝領し将軍家に魚を献上する漁師となった。
陣十郎も江戸城に魚を献上する白魚漁師のかたわら、酒井忠勝に命じられて、隠密水軍の長として江戸の治安を守るヒーローになった。陣十郎の武器は、海賊武具「鑓柄藻刈羅(やがらもがら)だ。
この作品は、江戸初期を舞台にしていることもあり、硬骨の旗本大久保彦左衛門が登場するほか、深川を開いた深川八郎右衛門も出てくる。かわうそ料理をするのが興味深かった。、

物語●江戸前の魚を江戸城に献上する「御用船」の漁師、藻刈陣十郎は、三代将軍家光の側近酒井忠勝に緊急で呼び出されて、白魚の献上を口実に江戸城にやってきた。忠勝は、陣十郎に三町年寄の一人、樽屋藤左ヱ門の娘がかどわかされ、内々に解決するように命じられた…。

目次■第一章 かどわかし/第二章 寺町界隈/第三章 真田残党/第四章 春吹き

ここから始まる本のリンク▼『千石船風濤録』(二宮隆雄著・実業之日本社)

斬られ権佐
(きられごんざ)

宇江佐真理
(うえざまり)
[捕物]
★★★★☆☆

カバー:安里英晴
AD:松岡史恵
解説:藤水名子
時代:明記されず
場所:向島、八丁堀、呉服町樽新道、代官屋敷通り、稲荷新道、両国広小路、魚河岸(本船町の通り)、海賊橋、荒布橋、葭町、小網町、茅場町、
(集英社文庫・552円・05/04/25第1刷・307P)
購入日:05/04/28
読破日:05/05/07

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斬られ権佐 八十八の刀傷を持つことから「斬られ権佐」と呼ばれる男の一途な思いを描く時代小説。
『あなたの胸で眠りたい―長安遊侠伝』などの、中国を舞台にした時代小説(和製武侠小説)を数多く書かれている藤水名子さんという作家がいる。ちょうど、読み終えたばかりの『斬られ権佐』で、解説を書かれていた。同世代のせいか、作品に関連したTVドラマの話に「ウンウン」とうなずきながら、共感を覚えた。また、時代小説のファンでもあり、アンソロジーを編集されたということで、それもぜひ読んでみたい。
『斬られ権佐』は、惚れた女を救うために、八十八の刀傷を負った仕立て屋で、与力の小者を務める、権左が活躍する人情捕物帳。捕物を扱っているとはいえ、人情派作家の宇江佐さんらしく権左とその妻で女医のあさみ、娘お蘭を中心とした家族の物語となっている。権左が仕える与力の菊井数馬や、同じ小者として体の不自由な兄を助ける弥須、実父で仕立て屋の次郎左衛門、義父で外科医の麦倉洞海ら、周囲の人物も個性的に描かれている。
実は連作形式の物語の終盤で、読みながらボロボロと涙がこぼれてしまった。一途に人を思う主人公の姿にジーンときた。とはいえ、本を読んで泣くなんて大の男がみっともない。家人の留守中で良かったとも思っている。

物語●「斬られ権佐」向島の料理茶屋で押し込みの事件が起きた。料理茶屋の亭主が殺され、番頭が深手を負った。与力菊井数馬の小者を務める権左は番頭を八丁堀の外科医麦倉洞海の許に運んだ…。「流れ灌頂」権左は娘のお蘭を連れて、日本橋の蕎麦屋はし膳に足を向けた。はし膳は権左が子どもの頃から知っている店だったが、しばらくぶりに訪れると、蕎麦の味が落ちていた…。「赤縄」権左と弟の弥須は、葭町の蔭間茶屋で相対死(心中)した、二人の男のことを調べていた…。「下弦の月」権左の女房で女医のあさみは、南町奉行所与力の菊井数馬の組屋敷を訪ねた。数馬の妻の梢が三男の三郎助を出産し、祝いの品を届けたのだった。そこで、数馬に外でちょっと一杯と誘われた…。「温」権左は溜まっていた腹水を抜く手術を受けて、年の暮れから正月まで床の中で過ごしていた。麦倉家の手当場でのやり取りや物売りの声などで退屈することなく、毎日暮らしていた…。「六根清浄」権左の六歳になる娘のお蘭は花見に行きたいと駄々をこねて母親のあさみを困らせていた。医者を生業とする麦倉家では花見は無縁で、権左も床に臥しているために連れて行くことはできなかった…。

目次■斬られ権佐/流れ灌頂/赤縄/下弦の月/温/六根清浄/解説 藤水名子

ここから始まる本のリンク▼『室の梅 おろく医者覚え帖』(宇江佐真理著・集英社文庫)

欠落ち 公事師政吉御用控
(かけおち・くじしまさきちごようひかえ)

竹内大
(たけうちだい)
[捕物]
★★★★

装画:村上豊
カバーデザイン:中島かほる
時代:天保期
場所:薬研堀、馬喰町、四日市町、橋本町一丁目、本町二丁目、品川徒歩新宿、南品川貴船神社前、六郷、川崎、神奈川宿、保土ヶ谷、馬喰町三丁目ほか
(小学館文庫・571円・05/05/01第1刷・302P)
購入日:05/04/13
読破日:05/05/04

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欠落ち 公事師政吉御用控 小学館文庫小説賞入選の『神隠し』『人買い』に続く、公事師とおかっぴきという二つの職をもつ政吉の活躍を描く、シリーズ第3弾。
町奉行は町廻り同心が岡っ引きとか目明しと称する者を手先に使うことを禁じていたという。江戸の治安を守り犯罪人を捕縛する町廻り同心は、南北両奉行所を合わせて二十四人しかいない。町方だけで人口五十万を超える江戸の治安を、二十四人でまかなうことは不可能な話。そこで、町廻り同心が臨時の手先という名目で岡っ引きを使った。
同じようなグレーゾーンにある稼業が公事師(または出入師ともいう)がある。公事(訴訟)やその内済(示談)の手伝いを生業とする者で、非公認の司法書士に近い存在だろうか。町奉行、勘定奉行は公事に第三者がかかわることを禁じていて、かかわったことがわかれば処罰される。
政吉は、岡っ引きと公事師を兼業するという設定。すなわち刑事と民事の両方の事件に対応できるわけだ。政吉は、公事師の仕事では狡知をめぐらし、体を張って掛け合い、話をまとめ、一日二朱の手間賃を稼ぐ。そのハードボイルドの仕事ぶりがなかなか面白く、作品の魅力になっている。
公事宿を舞台にした時代小説では、澤田ふじ子さんの『公事宿事件書留帳』シリーズが傑作だ。また、佐藤雅美さんの『恵比寿屋喜兵衛手控え』もぜひ、押さえておきたい。

物語●岡っ引きの政吉は、四日市町の干物商天満屋嘉兵衛から、店の金二百両を持って行方知れずになった番頭千次と、一緒に逃げたと思われる一人娘のおりくを内緒で捜してほしいという依頼を受けた。千次は三十でひとりもので、おりくは同じ町内で同業の和泉屋の若旦那に嫁ぐことが決まっていた…。

目次■なし

ここから始まる本のリンク▼『恵比寿屋喜兵衛手控え』(佐藤雅美著・講談社文庫

君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話
(きみをのせるふね・かみゆいいさじとりものよわ)

宇江佐真理
(うえざまり)
[捕物]
★★★★☆

装画:安里英晴
装丁:坂田政則
時代:明記されず
場所:池之端茅町、浅草寺前、中ノ郷村、緑町二丁目、亀島町、日本橋佐内町、高橋近く、京橋、呉服橋御門内、柳橋、冬木町、横網町、本材木町、両国橋ほか
(文藝春秋・1,524円・05/03/30第1刷・301P)
購入日:05/04/07
読破日:05/05/03

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君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話 家族が新聞広告を見て読みたそうにしていたので、即ゲット! 「髪結い伊三次捕物余話」シリーズの最新作。帯によると、伊三次が仕える不破友之進の息子、龍之介が元服して見習い同心に。時の経つのは早いものだなあ。
今回はちょっと切なくさわやかな余韻が残った。伊三次が小者を務める北町奉行所定町廻り同心不破友之進の息子、龍之介が元服して見習い同心として出仕を始める。同じ頃、江戸の町には乱暴狼藉を繰り返す本所無頼派が出没していた…。
子どもから大人へと成長の過程にある少年、龍之介(元服後は龍之進)を中心に綴られた六編の連作は、恋、友情、将来の夢など、われわれが忘れかけていた若き頃の日々を思い起こさせる。作中で龍之進が言う台詞が泣かせる。
「あぐりさんを乗せる舟になりたかった。そうしたら、浅草まで送ってやれたから。ばかでしょう? そんなことを考えるなんて」
「君を乗せる舟」(P.300)
宇江佐真理さんには、他にも『春風ぞ吹く―代書屋五郎太参る』や『おぅねぇすてぃ』など、青春時代小説の傑作がある。

物語●「妖刀」伊三次は、隠密廻り同心緑川平八郎の知り合いの道具屋越前屋がらみの捜索を命じられた。お屋敷奉公をしていた老女から、越前屋に持ちこまれた刀剣がけっこうなものばかりで、越前屋が不審を感じたためだった…。「小春日和」本所緑町辺りでお尋ね者を捕まえる手伝いをした男は、陸奥国弘前藩に奉公していると答えたが、それは仔細があって偽名だった…。「八丁堀純情派」不破友之進の息子・龍之介は、まもなく十四歳になり、見習い同心として出仕する前に、元服をすることになった…。「おんころころ……」冬木町寺裏の仕舞屋で、夏でもないのに会談話が持ち上がっていた。その仕舞屋に紫色の小袖を着た娘が入っていくが、仕舞屋には日とが住んでおらず、戸締りがされていて娘が入り込める隙はなかった。伊三次は、噂の娘の正体を突き止めることを命じられた…。「その道 行き止まり」不破龍ノ進(龍之介)はお務めの傍ら、本所無頼派と呼ばれる乱暴狼藉を働く若者たちの探索を密かに進めていた…。「君を乗せる舟」龍ノ進の初恋の女性、あぐりに縁談が持ち上がった。あぐりの父は、二年ほど前に金貸しの勾当殺しで死罪の沙汰を受けていた…。

目次■妖刀|小春日和|八丁堀純情派|おんころころ……|その道 行き止まり|君を乗せる舟

ここから始まる本のリンク▼『春風ぞ吹く―代書屋五郎太参る』『おぅねぇすてぃ』

乱雲 密命・傀儡剣合わせ鏡
(らんうん・みつめい・くぐつけんあわせかがみ)

佐伯泰英
(さえきやすひで)
[剣豪]
★★★★

カバー写真:Joseph Squillante /photonica /amana
カバーデザイン:中原達治
時代:享保八年(1723)九月
場所:飛鳥山、車坂、南八丁堀、本所南割下水、薬研堀、和歌山城下、和歌浦、根来宿、粉河寺、橋本宿、高野山奥之院、大川端、芝片門前町裏ほか
(祥伝社文庫・590円・05/04/20第1刷・330P)
購入日:05/04/26
読破日:05/05/01

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乱雲 密命・傀儡剣合わせ鏡 お気に入りの「密命」シリーズの第12作目。シリーズの主人公が金杉惣三郎から、息子の清之助にバトンタッチされた記念碑となる作品。回国修行中の金杉清之助は、将軍吉宗のお膝元紀州和歌山で、田宮流の居合道場に身を寄せていた。吉宗憎しの尾張勢に、「吉宗の密偵」との誤解を受けた清之助は、刺客団に襲われる…。
「密命―見参!寒月霞斬り」で、最初に佐伯泰英さんの時代小説に出合ったとき、とても読み味がよく面白く感じられた。その後、多くのヒットシリーズを作られたが、佐伯さんにとって、「密命」シリーズは中でももっとも大切なものの一つのように思われる。シリーズを楽しむための『「密命」読本』もぜひ、読んでみたいところだ。
シリーズもので、主人公を親から子へスムーズに引き継いでくれるのは、ファンにとってうれしい限りだ。父と子というと、池波正太郎さんの『剣客商売』がまず思い浮かぶ。味わいは別だが、「密命」シリーズもファミリーの楽しさがよく出ている。

物語●金杉惣三郎としのは、結納を交わした棟方新左衛門とりくの二人を正客に、お馴染みの面々を招いて飛鳥山の菊屋敷で宴を開いた。同じ頃、新左衛門が逗留していた車坂の一刀流石見銕太郎道場に、旅仕度の若い女がやってきた。陸奥国弘前城下から、新左衛門と所帯を持つために江戸に出てきたという。女の話を聞き不審に思った銕太郎は、極秘に調べることにした…。

目次■序章/第一章 切通しの女/第二章 八寸の徳/第三章 粉河寺の秋/第四章 奥之院詣で/第五章 弄剣合わせ鏡/終章

ここから始まる本のリンク▼『剣客商売』(池波正太郎著・新潮文庫)