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2005年1月・睦月の巻
公事宿事件書留帳 八 恵比寿町火事 by 澤田ふじ子 |
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飛奴 夢裡庵先生捕物帳 (とびやっこ・むりあんんせんせいとりものちょう)
泡坂妻夫
カバーデザイン:藤山晶子 |
♪主人公は、雅号空中楼夢裡庵こと、北町奉行所同心富士宇衛門。『びいどろの筆』『からくりの富』に続く、「夢裡庵先生捕物帳」シリーズの第3弾。泡坂さんの代表作「宝引の辰」シリーズとはまた別の味わいがある捕物小説である。「夢裡庵先生捕物帳」シリーズの完結編。連作形式の捕物小説だが、最終話の「夢裡庵の逃走」は捕物形式にはなっていない。タイトルも作者の「亜愛一郎の逃亡」を想起させる推理小説っぽいものになっている。「シャーロック・ホームズ」もののように、「帰還」と題して夢裡庵が戻ってきて新作が読めると楽しいのだが…。 前作でも見られたが、この作品でも、視点人物のリレーという特色がある。ある話で登場した脇役が次の話では主人公となり探偵役を務める。シリーズの主人公夢裡庵先生こと、北町奉行所市中取締り同心・富士宇衛門は、事件が収まってから謎解き役で出てくるという凝った形式だ。 泡坂さんの作品の特徴は、江戸の風俗を作品の中に織り交ぜて江戸情緒を感じさせてくれることだ。また、奇術や見世物に造詣が深く、「一天地六」におけるサイコロに関する薀蓄(トリビア)も楽しい。 物語●「風車」嵯峨山流踊りの師匠・白蝶に、稽古所に通う子どもたち付き添いを頼まれて、花見の一行に加わった千代は、上野寛永寺の境内で、風車を売る女と女に話し掛けた商人風の男を見かけた。それから数日後、商人風の男が殺された…。「飛奴」医者の正塔(しょうとう)は、大きな下り米問屋に、陽気病みの娘・お美津の往診にきて、巫女のような異相の老婆が店から出て行くるのを見かけた…。「金魚狂言」大工の棟梁・磐三は、ふくろう稲荷の金魚狂言を見物して、定連の岩治の名前がないのに不審を持った。岩治によると、金魚は一昨日に一匹残らず死んだと言う…。「仙台花押」川柳の宗匠・一文斎は気の合った仲間と、仙台堀に花火見物の屋根船を出した。花火を楽しんだ帰りに、船頭のいない一艘の屋根船を見かけた…。「一天地六」夢裡庵は、飯倉神明宮で掏摸に遭い、自分の財布とは違う見知らぬ財布が懐に入っているのに気が付いた。財布には一文の銭も入っていなかったが、書き付けが入っていた…。「向い天狗」大火が流行る江戸の町で、八丁堀の同心浜田彦一郎は、頻発する若い娘を狙った髪切り事件を追っていた…。「夢裡庵の逃走」とげ抜きの藤悟は、彰義隊が本拠とする上野寛永寺に大砲を見に行った。そこで、夢裡庵が彰義隊の一員として訓練に参加しているのを見かけた…。 目次■風車|飛奴|金魚狂言|仙台花押|一天地六|向い天狗|夢裡庵の逃走|解説 村上貴史 ここから始まる本のリンク▼『亜智一郎の恐慌』(泡坂妻夫著・双葉文庫) |
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幻影の天守閣 (げんえいのてんしゅかく)
上田秀人
カバー写真:AM |
♪『竜門の衛』などが好調な新進気鋭の時代小説作家上田さんの最新文庫。将軍家綱の時代を舞台にした抗争を描くエンターテインメント時代小説。面白い時代小説の要素の一つは、主人公がかっこいいことである。この作品では飛びきり魅力的なヒーロー・工藤小賢太が登場する。工藤家は、もともとは四百石の知行所を持つ三河以来の旗本の家だったが、父の代に役目上の不始末で、知行所を召し上げられ、俸禄百石に減じられ、お目見え以下にされ、小普請入りを命じられた。十七歳で家督を継いだ小賢太は、家禄を四百石に戻し、家格を元に戻すことを夢見て、番入りを願い続けて七年目に天守番の役目を得たのだった。小賢太はまた、無住心剣術の流祖針ヶ谷夕雲(はりがやせきうん)の最後の弟子で、夕雲の死後、一番弟子の小田切一雲に預けられ、二十二歳で免許を受けた天賦の才をもつ剣の達人でもある。一雲の一番弟子で師範代の真理谷円四郎も登場するし、無住心剣術の極意、相抜けも出てくる。無住心剣術の剣が随所に見られるのが何とも楽しい。 四代将軍家継の後継者をめぐる争いに、家継の側室で懐妊しているお満流の方を助けた工藤小賢太が巻き込まれていく。尾張・紀州・水戸の御三家のほかに、甲府宰相、館林宰相、下馬将軍酒井忠清が暗闘に加わり、物語はもつれていく。小賢太の前に立ちはだかる謎の男・藤堂など気になるキャラクターも登場し、結末まで一気に読ませる。江戸時代になかであまり手垢がついていない家継の時代を題材に選んだ作者の眼のつけどころの良さも評価したい。 物語●父の失態により無役であった工藤小賢太(くどうごげんた)がようやく得た役目は、お天守番だった。明暦の大火で天守閣を失った江戸城では、石造りの天守台しかない天守番は実態のない閑職でもあった。しかし、小賢太は初めての宿直の夜、天守台附近で5人の曲者に遭遇した。曲者三名をながら、同僚の磯田虎之助が殺されてしまった。何者が何のために、何もないはずの天守台を狙ったのか? 小賢太に探索の命が下る…。 目次■序章/第一章 楼閣の影/第二章 権力の闇/第三章 城内の攻防/第四章 大奥の刺客/第五章 継承者の乱/終章/解説 縄田一男 ここから始まる本のリンク▼『竜門の衛』(上田秀人著・徳間文庫) |
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生きる (いきる)
乙川優三郎
題字:村田篤美 |
♪発表する作品がいずれも秀作ぞろいの乙川さんの最新文庫。第127回直木賞受賞作品の『生きる』をはじめ、3つの中篇を収録した作品集。この本を読んでいて三度泣いてしまった。一度は渋谷のエクセシオール・カフェで「生きる」を読んでいるときで、周囲から変な人のように見られたのではないかと、ちょっと恥ずかしくなってしまった。二度目は「安穏河原」のクライマックスで、三度目は解説まで読み終えた後であった。二度目と三度目は家だったので、家族から「またか」という眼で見られるだけですんだが…。 「生きる」は周囲から殉死することを当然視されながら、藩の執政からは、殉死を禁じられた初老の男に課せられた過酷な運命を描く中編。「生きる」ということを貫き通す難しさを考えさせられる感動的な作品。作中で効果的に描かれる菖蒲の花に強い印象を持った。 「安穏河原」は、信念とと矛盾をあわせもっと父と一つ思い出をよすがに一途に生きる娘、深い絆の父と娘と関わることで、生きる意味を問い直す若者の三者三様を描いた好編。物語構成もオリジナリティがあって見事。 「早梅記」は、隠居した初老の武士が半生を振り返り、出世や自身のエゴのために、失ったものの大きさや大切さを痛感する一編。主人公に関わる二人の女性が印象的。主人公が愛したしょうぶという女中から『隠し剣孤影抄』を思い出した。 乙川さんは、この珠玉の名品ぞろいのこの作品集で、直木賞を受賞した。縄田さんの解説で、その選評の一部が引用されていた。いずれも一読すると作者論、作品論を簡潔に言い表したものになっている。選者の一人、平岩弓枝さんの「いつの間にか乙川さんは暗さの中の明るさを捕えるのが巧みになっていた。暗さの中の強さを具体的に描く意志を持たれたようだ」というコメントが素晴らしい。以前から乙川さんの作品については、山本周五郎さんや藤沢周平さんの作品と比較され、「第二の○○」と言われることがあったが、この作品であらためて自分の作風を確立したことを証明している。 この作品集は、人生の岐路で迷った時など、これからも折に触れて読んでいきたい、そんな大切な一冊です。 物語●「生きる」新参の家臣ながら、藩主に寵遇されてきた、馬廻組五百石の石田又右衛門は、老齢の藩主が病臥していることから、漠然と、亡き藩主への忠誠を示す追腹(殉死)を考えていた。そんなある日、筆頭家老・梶谷半左衛門より呼び出されて、藩主の危篤を知らされ、死去時の追腹を禁じられた…。「安穏河原」浪人の子として生まれた伊沢織之助は、口入れ屋を通じて幾度か同じ仕事をした浪人・羽生素平(はにゅうそへい)から、深川の永代寺門前山本町の裾継(すそつぎ)にある女郎屋へあがって、おたえという女郎と過す金をもらった。おたえは六年の年季で売られた、素平の娘・双江だった…。「早梅記」一年前に致仕して隠居生活を送る五十四歳の高村喜蔵は、屋敷を出て片道半刻ほどの距離のある逆井川へ釣竿を持って散歩にでかけた。隠居した途端に、卒中で妻のともを亡くし、反りが合わなくなってしまった息子夫婦と暮らす生活の中で、わけの分からない淋しさ・疎外感を感じていた…。 目次■生きる|安穏河原|早梅記|解説 縄田一男 ここから始まる本のリンク▼『隠し剣孤影抄』(藤沢周平著・文春文庫) |
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乱舞 花の小十郎京はぐれ (みだれまい・はなのこじゅうろうきょうはぐれ)
花家圭太郎
カバーイラスト:百鬼丸 |
♪大御所・徳川秀忠の囲碁指南役を務める秋田佐竹藩士・戸沢小十郎のはちゃめちゃな活躍ぶりを描く「花の小十郎」シリーズ第3弾。今回は、京都が舞台で、「紫衣事件」に絡み、沢庵和尚が喧嘩の相手ということで、期待感大。戸沢小十郎は秋田佐竹藩士で、もとは江戸で鳴らした傾き者(かぶきもの)で、先代藩主の佐竹義重が気に入って召し抱えた。六尺豊かな大男で、ホラ吹きだが、口に出したことは実行し、危地を乗り越える才能を持っていた。剣の腕は我流ながら滅法強く、宮本武蔵と対等に闘い、柳生宗矩、若き日の柳生十兵衛を圧倒する剣技を持っていた。 第1作では山形・最上家の改易をめぐる小十郎の奇想天外な活躍ぶりが描かれ、第2作では徳川家光と柳生父子を向うに回した大活躍が描かれていた。今回は佐竹家に再び訪れた改易のピンチ、そして、「紫衣事件(しえじけん)」を背景にした、将軍家と禁裏の暗闘を解決すべく、小十郎の話術と剣が冴える。とくに土井大炊頭利勝の隠密として、京に派遣された小十郎と、大徳寺・大仙院七世・沢庵との言葉による対決が圧巻。ディベートの達人による論争展開で、読んでいてスッとする。 故郷秋田での鷹野(鷹狩)のシーンの美しさや、公家の姫・三条を秋田から京へ送る旅の楽しさなどなど、面白い場面がテンコ盛りのエンターテインメント時代巨編。前作を読んでいなくても、大いに楽しめる一冊。 物語●秋田佐竹藩士・戸沢小十郎は、西の丸老職・土井大炊頭利勝の推挽により、半年前から大御所・秀忠の囲碁指南を務めていた。その小十郎が寄宿している尾張町の古着商・尾張屋に、佐竹藩の家老格・梅津主馬政景(うめづしゅめまさかげ)が真夜中に訪れた。将軍家光が催した観能会に招かれた羽州秋田藩主・佐竹義宣の世子・彦次郎が、不敬にも観能中に居眠りをするという失態を犯した。この佐竹家に改易を免れないような事態を収めるために、小十郎の力を借りに来たのである…。 目次■第一章 御前試合/第二章 存亡の淵/第三章 長い一日 第四章/小心の虫/第五章 帰国/第六章 鷹野/第七章 旅まくら/第八章 お捨て草/第九章 喪中の洛/第十章 石垣築垣/第十一章 紫野禅林/第十二章 遠い蛍/第十三章 茜雲/第十四章 江戸変容/第十五章 雪の鷹ヶ峰/第十六章 人柱/第十七章 烏鷺/解説 高橋千劔破 ここから始まる本のリンク▼『黒衣の宰相』(火坂雅志著・文春文庫) |
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独眼龍柔肌剣 用心棒・新免小次郎 (どくがんりゅうやわはだけん・ようじんぼう・しんめんこじろう)
えとう乱星
カバーイラスト:武田英希 |
♪『素浪人斬艶剣』『女忍往生剣』『妖女渡海剣』に続く、「用心棒・新免小次郎」シリーズ第4弾。相変わらずエロい表紙で、家族に代わりに買ってもらうことができず、アマゾンで買う。前作で目を患った二刀流の用心棒・新免小次郎が柳生連合忍軍相手にどのような活躍ぶりを見せるか期待。前作『妖女渡海剣』で、鄭成功の用心棒として海を渡った際に、爆発に巻き込まれて失明した小次郎。今回の最大の見所は、眼を患った小次郎がいかにして剣を使って、柳生忍軍と闘うかである。目が見えないハンディを克服し、敵を退けることにより、宮本武蔵の最後の弟子である小次郎の剣が進化を遂げるのか。そのチャンバラシーンは注目したいところ。 今回は、兄弟弟子の寺尾求馬助(てらおくまのすけ)、松代藩主真田信之や伊達藩の忍び・黒脛巾組(くろはばきぐみ)の束ね・六右衛門(実は国際的なあの人物)に加えて、諏訪の御前と呼ぶ謎の大物も加わり楽しさ倍増。昨年夏に訪れた松代がたっぷり描かれていて興味深かった。 そして久々に江戸に戻った小次郎を迎えたものは、…。次回作への期待感がますます高まるところ。 隆慶一郎さんの作品を想起させる、神君御写経というのが面白い。 物語●新免小次郎は、眼を患い、肥後熊本の城下町の外れの小さいな庵で暮らしていた。眼の見えない小次郎の世話は背中に龍の刺青をした美しい謎の娘、吹雪がしていた。小次郎の庵に、海賊の棟梁、五郎八がやってきた。五郎八は、清国から琉球、薩摩という道筋で小次郎の目薬を運ぶように手配してきたのだった。その帰路、五郎八は、数人の柿色の装束を用いた忍びに襲われ、命を落とした…。 目次■第一章 累卵の危機/第二章 神君御写経/第三章 異なる夢/第四章 夢の終わり ここから始まる本のリンク▼『吉原御免状』(隆慶一郎著・新潮文庫) |
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戦国繚乱 (せんごくりょうらん)
高橋直樹
カバー:神長文夫 |
♪歴史時代小説で次々と傑作をリリースする、高橋直樹さんの最新文庫。こんな作品単行本で出ていたかなあ、と思っていたら『大友二階崩れ』(1998年8月・文藝春秋刊)のタイトルで出されたものを改題したということ。上杉謙信、大友宗麟、黒田官兵衛という歴史もので、描かれることが多い戦国武将を取り上げた中篇を3編収録している。未読だっただけに早く読みたい。「城井一族の殉節」は、秀吉の九州征伐に際して、豊前随一の名門城井流(きいりゅう)宇都宮民部少輔鎮房と嫡子弥三郎朝房、小鶴姫らの最期をテーマにした中編。タイトルから悲劇性を類推させられるが、牧歌的なファーストシーンが印象的。黒田官兵衛が重要な役割で登場する。そろそろ司馬遼太郎さんの『播磨灘物語』に取り組んでみたい。 「大友二階崩れ」白石一郎さんの『火炎城』や遠藤周作さんの『王の挽歌』などで、描かれることが多い大友宗麟(義鎮)の若き日を描いた緊迫感あふれる中編。 「不識庵謙信の影」上杉謙信没後の三人の養子(喜平次景勝、三郎景虎、上条弥五郎)たちの後継者争いを描いた中編。謙信に比べて人気がなく、臣下の直江兼続の方がまだ、小説に描かれることが多いように思われる。そのせいか、あまりドラマティックな事件がなかったのかと思われた。後継者となる景勝の描かれ方が面白い。 三編とも、戦国時代とはいえ、中心から離れた目新しい題材を扱っている。その中で、戦国人の苛烈な生き様と死に様を描出していて興趣つきない。高橋さんには、『闇の松明』『山中鹿之介』(ともに文春文庫)など、戦国を舞台にした作品がほかにもあるので、注目していきたい。 物語●「城井一族の殉節(きいいちぞくのじゅんせつ)」豊前国城井谷を統治する、城井流宇都宮家は四百年続く名門。その総帥、民部少輔鎮房の娘・小鶴姫は、鎮房の小姓を務める松田小吉と馬の遠乗りに出かけた…。「大友二階崩れ(おおともにかいくずれ)」豊後国府内の大友館には、当主修理大夫義鑑(よしあき)の御殿と、その嫡子五郎義鎮(よししげ)の御殿の二つの主殿があった。当主の義鑑の御殿には、三歳の塩市丸と五郎とさして年の違わない北の方(当主の正室)がいた。五郎は、室町幕府四職の一つで丹後国の大名、一色左京大夫義孝の娘を嫁に迎えていた。その五郎の重臣たちのもとに、奇怪な注進がもたらされた…。「不識庵謙信の影(ふしきあんけんしんのかげ)」春日山城本丸から南へ一段下がった山腹に位置する中城(ちゅうじょう)と称される郭の主人・上杉喜平次景勝は居館の庭で、野猿に里芋を与えていた。そのもとに、樋口与六(後の直江兼続)が異変を伝えてきた。養父・上杉謙信が厠で中気(脳溢血)の発作で倒れたいう…。 目次■城井一族の殉節|大友二階崩れ|不識庵謙信の影|解説 寺田博 ここから始まる本のリンク▼『火炎城』(白石一郎著・講談社文庫) |
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贋作 天保六花撰 (うそばっかりえどのはなし)
北原亞以子
カバーイラスト:蓬田やすひろ |
♪河内山宗俊、片岡直次郎、三千歳らが活躍する大江戸ピカレスク、北原版「天保六花撰」。実は、講談社文庫版を入手していたが未読のままだった。天保六花撰というと、歌舞伎「天衣紛上野初花 河内山(くもにまごううえののはつはな こうちやま」で、昔の人にはおなじみの題材。河内山宗俊が主人公になることが多いが、本作品は、片岡直次郎(直侍)を主人公に据えた連作形式の小説。もちろん、河内山宗俊、三千歳、暗闇の丑松、金子市之丞、森田屋清蔵ら他の六花撰のメンバーも個性豊かに描かれている。 北原さんは、直次郎の女房・あやのとその父清左衛門を登場させることで、六花撰の面々の溜飲を下げさせる痛快な悪党ぶりに加えて、人情味とおかしみを醸し出している。とくに、あやのの世間知らずの無垢さとかわいらしさに、翻弄される登場人物たちが秀逸。忘れられない作品になっている。 なぎらさんの解説も興味深くて、少し得した気分だ。ところで、舞台となっている時代が天保でないのが気になったが、どうしてだろうか? 物語●十五俵一人扶持の御家人の次男に生まれ、強請りたかりに、美人局はお手のもの、女が放っておかない色男・直次郎。その直次郎が七十俵五人扶持の御徒士・片岡清左衛門の娘あやのと祝言をあげ、婿養子となった。あやのは、滅法美人ながら、生まれた時から体が弱く、十七の年までほとんど病間の外へは出たことがなく、世の中には両親と医者しかいないと思っていた“尋常でない世間知らず”だった…。 目次■罪な女/忍び逢う/みそっかす/逃げた魚/喧嘩屋市之丞/逢引上手/思案のほか/川の流れ/のるか、そるか/一期一会/解説 なぎら健壱 ここから始まる本のリンク▼『講談 碑夜十郎』上・下(半村良著・講談社文庫)、『天保悪党伝』(藤沢周平著・角川文庫) |
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俥宿 (くるまやど)
出久根達郎
カバー写真:石黒コレクション保存会 |
♪飛脚屋を舞台にした『おんな飛脚人』が面白かった出久根さん。今回は、人を運ぶ、明治の東京の俥屋を舞台にした人情ミステリー。病気の父親を抱えて、女車夫となったばかりの夢尾の周囲で異様な事件が頻発した。乗客が隠し持っていた石で車夫を襲う。憲法発布に賑わう明治の東京を舞台にした、人情味あふれるミステリー。ほのぼのとした中に、おかしみのある作品。人力車をはじめ、憲法発布、鹿鳴館、鉄道…、明治を感じさせる事物が続々と登場して、興味深く読むことができた。 ヒロインの夢尾が、『おんな飛脚人』のまどかにつながる、おくてでまっすぐな若い女性として描かれていて好感がもてる。キャラクターの配置もよく似ていて、ファンにはうれしいところ。 あとがき2編で綴られている、人力車に関するトリビアも秀逸。もう少し明治という時代に浸っていたくなった。 物語●車夫(挽子)になったばかりの夢尾は、俥宿(人力車屋)「相川」の内儀・せつに頼まれて、出所してくる長男の鎌三郎を出迎えに市谷の監獄にやってきた。鎌三郎は、車夫たちの地位の向上のための社会運動に関わって、巡査を殴ったり侮辱して、入獄していたが、憲法発布の大赦で六年ぶりに出獄することになっていた。鎌三郎の顔を知らない夢尾は、せつから役者のようにいい男で、雪駄の鼻緒に、黄色い布を巻いてあるという目印を聞いていたが…。 目次■万歳/雛の前日/トロロ飯/いやがらせ/名刺/凶変/土蔵/不動/軍人/写真/女装/号外/西郷星/人力車時代――あとがきにかえて/歴史上の人力車――文庫版あとがき ここから始まる本のリンク▼『おんな飛脚人』(出久根達郎著・講談社文庫) |
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菅原幻斎怪異事件控 (すがわらげんさいかいいじけんひかえ)
喜安幸夫
カバーフォト:葛飾北斎「百物語 さらやしき」cBridgeman/PPS |
♪作者の喜安さんは長谷川伸の会「新鷹会」で、平岩弓枝さんらといっしょに活動されているベテラン時代小説家。そのせいか、平岩さんが帯で推薦のことばを寄せている。菅原道真の末裔という主人公が活躍する怪異譚ということで食指が動く。主人公の菅原幻斎は、菅原道真の末裔で、諸国を放浪した末に、神田上水にかかる姿見橋の近くの一軒家を“祈祷御承処”兼自宅に借りている。あまり土地鑑はないが、池袋と雑司ヶ谷の間あたりであろうか。異変を感じると姿見橋からの川面に霊を見て、耳鳴りを感じるという。その生い立ちはさかさ幽霊」の話の中で記されている。痩せ男で、亀や雀の放生を生業にする権助や近所の中農の出戻り娘のお絹、飯炊きお徳婆さんらがレギュラー登場人物として脇を固める。 作者のあとがきによると、本編収録の物語は、いずれも『日本霊異記』や『百物語』、中国の『聊斎志異』などから素材を取って翻案しながら組み立てられたものだという。この分野は無知に等しいが、そういわれれば、どこかで聞いたことのあるような、なんだか懐かしい話ばかりである。最近では、怪異現象もすべて理詰めで解決することが多く、人の霊や狐狸の類など、不思議の世界をそのままに、物語に描こうという試みがあまりなされていないように思う。その意味では『菅原幻斎怪異事件控』はとても貴重な作品といえる。このシリーズがさらに続きそうなのは喜ばしい。 本作品では、各話で登場するのはいずれも女性の幽霊ばかりである。これは女性の方が情念が強く、怨念を持って死ぬと成仏しにくいのだろうか。まぁ、男性の幽霊よりも風情があり、絵になりやすいのは確かだが。 ベテランの時代小説作家らしく、物語の合間に、御箪笥町や市松模様の由来などを、織り交ぜて綴り、江戸情緒を醸し出している。 物語●「坂の上の女霊」池袋村で名主に次ぐ家柄の善四郎は、品川宿の手前で二年前に亡くなった女房の霊を見たという。菅原幻斎は、善四郎といっしょに、成仏できないでいある幽霊を見かけたという魚籃坂の宿屋へ出かけた…。「若旦那神隠し」幻斎のもとに、御箪笥町の薬種問屋のあるじが跡取り息子の不能のことで相談にやってきた…。「怨み晴らし」幻斎は、太物の行商人から魚籃坂のふもとに広がる町、黒鍬町で無類の世話好きで働き者の饅頭屋と、働き者で親孝行の息子の話が話題になっているという話を聞いた。五年前にその近くの三田汐見坂の千五百石の旗本から祈祷の依頼を受け、さらに二年前にはその旗本の次男からやはり祈祷を依頼されていた…。「持仏堂の女」幻斎のもとに、護国寺の門前町の損料屋のあるじがおはらいを受けにやってきた。二年半前に損料屋の女房が亡くなった時に、いっしょに持仏堂を建てて以来であった…。「さかさ幽霊」葛西新宿の近くの名主から、幻斎のもとに飛脚が届いた。ひどい夢に毎夜苦しんでいて、邪気払いの祈祷を依頼してきていたのだった…。 目次■一 坂の上の女霊/二 若旦那神隠し/三 怨み晴らし/四 持仏堂の女/五 さかさ幽霊/あとがき |
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公事宿事件書留帳 八 恵比寿町火事 (くじやどじけんかきとめちょう8・えびすちょうかじ)
澤田ふじ子
装画:蓬田やすひろ |
♪『闇の掟』『木戸の椿』『拷問蔵』『奈落の水』『背中の髑髏』『ひとでなし』『にたり地蔵』に続く、江戸時代の弁護士事務所である公事宿の居候・田村菊太郎が活躍するシリーズ第八作。年末刊行にふさわしく、凛としてハートウオーミングなストーリーに期待。このシリーズを読むたびに思うことだが、京の公事宿という舞台設定を決めたことで、この作品の面白さが約束されたようなものだと思う。公事宿は、「出入物(でいりもの)」と呼ばれる民事訴訟事件を解決するために、遠くからやってきた訴訟人を泊めたり、紛争の調停を務める役割を担っている。また、出入物は「吟味物」と呼ばれる刑事事件に発展することもあり、捕物小説として事件を描くには自然な設定の一つである。法だけでは割り切れない人情味あふれる決着もつけられ、読後感の良さにつながっている。 京の町を舞台にしたことで、江戸を舞台にした多くの時代小説に比べてオリジナリティを出しやすく新鮮な印象を与える。しかも、修学旅行や観光旅行、TVや雑誌などの情報で、日本人ならだれでもなじみ深い場所でもある。しかも、京の町で生活し、京の歴史や文化、風俗に精通した作者によって、時おり織り交ぜられるちょっとした知識が興趣を盛り上げてくれる。 本編のエピソードとして「仁吉の仕置」と表題作の「恵比寿町火事」がジーンとくる。「寒山拾得」と「末期の勘定」は、作者の古美術に関する造詣の深さを感じさせてくれる。 『公事宿事件書留帳一 闇の掟』 物語●「仁吉の仕置」公事屋宿「鯉屋」の下代・吉左衛門は北野天満宮の境内で、刺青をのぞかせた若い飴細工売り仁吉が客の幼い兄妹にやさしい声をかけているのを見かけた…。「寒山拾得」田村菊太郎は、二条の仮橋で、岸辺の葦に破れ絵らしいものを見つけた。数枚の破れ絵を拾い上がると、小ぶりな水墨画の上半分に、ゆったりした筆致で「寒山拾得」らしい人物の顔が二つ描かれていた…。「神隠し」菊太郎の紹介で、近江の瀬田から「鯉屋」に蜆売りにやってきた少年・武蔵が、お店者の男にいちゃもんをつけられた…。「恵比寿町火事」大沼の蔵六という盗賊の似顔絵が四条町の辻の高札場に張り出させれた。その似顔絵を見て不審に思った床山の男がいた…。「末期の勘定」大店の扇商の主人が死に際に、三十数年前に、手代を勤める知り合いの男から五十両を盗んだことを妻と息子に告白し、その男を見つけ出してお金を返して侘びるように遺言を残したが…。「無頼の酒」田村菊太郎は、場末の縄のれんで、何事かを企む一味に近づき内偵をしている、異腹弟・銕蔵配下の曲垣染九郎を見かけた…。 目次■仁吉の仕置|寒山拾得|神隠し|恵比寿町火事|末期の勘定|無頼の酒|解説 安宅夏夫 ここから始まる本のリンク▼『恵比寿屋喜兵衛手控え』(佐藤雅美著・講談社文庫)、『真贋控帳』(澤田ふじ子著・徳間文庫) |