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2004年11月・霜月の巻
蜩 慶次郎縁側日記 by 北原亞以子 |
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大盗の夜 土御門家・陰陽事件簿 (たいとうのよる・つちみかどけ・おんみょうじけんぼ)
澤田ふじ子
カバーイラスト:村上豊 |
♪安倍晴明を祖とする土御門家の京都触頭笠松平九郎が活躍する連作。江戸時代の陰陽師という設定が興味深いところ。主人公の笠松平九郎は二十五歳だが、陰陽頭・土御門泰栄(つちみかどやすひで)の京都触頭(ふれがしら)の一人で帯刀人。触頭とは、土御門家が陰陽師として生業を立てる易者、人相見などの占い師たちを統括する役名である。土御門家は天和三年(1683)、江戸幕府から朱印状を授けられ、寛政三年(1791)、全国の陰陽師支配を法令で許された。占い師たちは、土御門家から職札(許状)の交付を受ける代りに、同家に貢納金を上納した。同家はその支配のために、全国各地に触頭を定め、江戸の浜町に江戸役所を構えていたほどだ。 澤田さんは、あとがきで、江戸の町には約千人の人相見・手相見が在住し、それは一つの長屋に一人ぐらいに相当し、かれらが庶民の人生相談に乗り、犯罪を未然に防ぐ役割をになっていたと書かれている。江戸が当時世界最大の人口を擁しながら、わずか三百人前後の役人で治安維持にあたり、犯罪の発生率が驚くほど低くかったことの要因の一つとして、陰陽師の存在を指摘している。その考えに沿って本書が書かれていて興味深い。 陰陽師というと、式神を飛ばしたり、霊や魔物と闘ったりする超常現象の遣い手を思い浮かべるが、平九郎は不可思議な現象が現れても、人間がすることには合理的な説明がつくことを知っていて、事件解決にあたっている。人間の心にある弱みをくみ取り、その弱みに取りつく魔物たちと闘うのだ。それは、変格の捕物小説であるとともに、市井小説ともいえる。 犯罪や暴力の被害が身の回りで頻発している近年の社会状況を考えると、江戸時代がなにやら、うらやましくなってしまう。同時に、われわれがIT・情報化社会、個人主義、価値観の相違など、時代の変遷の中で、人間として生きる上で大切なことをどんどん喪失してしまったのではないかと思われる。 『大盗の夜』では、さまざまなタイプの人の弱みが描かれている。犯罪者の心理、報復の念、嫉妬心、色欲など、妖怪や怨霊よりも怖いものは、やはり人なのかもしれない。 物語●「闇の猿」西船頭町の小間物商のかたわらで観相をしていた笠松平九郎の前に、たまたま通りかかった恰幅のいい五十過ぎの男が大きな取り引きを前に占ってほしいと声をかけてきた…。「夜叉神堂の女」夜叉神堂に夜毎、かすかな明かりが点り、若い女子が籠もり、誰も気味悪がって近づかないという奇怪な話が平九郎の耳に届いた…。「鬼火」雨がずっと降らずに暑い日々が続いている中で、五条橋に近い問屋町界隈で、裸の男がつぎつぎと首を吊って死んでいるという…。「鵜塚」美濃国岐阜で、諸国巡回を命じられた触頭の土佐久栄が何者かに襲われた。事件解決のため、平九郎は岐阜に派遣されることに…。「大盗の夜」仕立てのよいきものの上に厚手の道行(外套)を着た品のよい老女が手に竹編み底の大ぶりな手提げ袋を携えて四条小橋近くを歩いていたが、遊び人風の男に提げ袋を引ったくられた。その折、提げ袋の紐口から、茶色っぽいものが、ばらばらと路上にこぼれおちた…。「縞揃女油地獄」平九郎は、土御門家の家司頭の赤沼頼兼に呼び出されて、名代として油問屋の地鎮祈祷に立ち会い、榜示(ぼうじ)に四神を祈りを込めることを命じられた…。「朧夜の橋」土御門家・譜代陰陽師の土佐久栄は、雪の降った翌朝、二つの大きな雪達磨のかたわらで、幼い娘に土下座をして謝る若い武士を見かけた…。 目次■闇の猿|夜叉神堂の女|鬼火|鵜塚|大盗の夜|縞揃女油地獄|朧夜の橋|あとがき/解説 大野由美子 ここから始まる本のリンク▼『奇妙な刺客 祇園社 神灯事件簿』(澤田ふじ子著・中公文庫) |
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甲次郎浪華始末 蔵屋敷の遣い (こうじろうなにわしまつ・くらやしきのつかい)
築山桂
カバーイラストレーション:宇野信哉 |
♪『浪華の翔風』など、大坂を舞台とした作品で活躍する築山さんの最新作。先日、大阪出張してきたばかりで、読みたくなった。江戸時代の大坂を舞台にした時代小説は、絶対的に少ないので、本書は貴重だ。とくに作者の築山さんは京都生まれ大阪大学大学院文学研究科博士過程修了ということで、大坂の町に精通しているせいか、町の様子が生き生きと描かれている。 主人公の甲次郎は、商家で育てられながら、その体には武士の血が流れているために、その思いが捨て切れず、呉服屋のぼんと呼ばれることに反発して家を飛び出し、放浪生活を送ったこともあるが、結局は生まれ育った町に舞い戻ってしまった。甲次郎はすでに二十五で、今は養家の娘と夫婦になる将来の姿が透けて見えている。このまま、この町にいればじきに自分は呉服屋の主になる。そのことがまたやり場のない、フラストレーションになっている。傷ついた鳩をめぐる争奪、ある藩の秘事、豪商の狙い、出生の秘密…、甲次郎の自棄気味な探求心が物語をどんどん展開させていく。 物語●呉服屋の若狭屋の娘信乃と千佐は、琴の稽古の帰りに、大名家の蔵屋敷が並ぶ界隈で、傷ついた鳩を拾った。鳩は大坂蔵屋敷で飼われていたらしい伝書用の鳩で、吹き矢を使って打ち落とされたものだった。「それはおれの落とした鳩や、返せ」と、二人の娘の前に、町人髷を結い、一見、どこかのお店者と間違えそうな身なりながら、田舎風の男が現れ、伝書鳩を返せと言って、匕首を胸先に突き付けた。あわやというところで、やはり若狭屋で育てられ、二人の娘とは血のつながりがない、甲次郎が助けに入った。さらに蔵屋敷の侍たちもやってきたので、田舎風の男は鳩を取り返せずに逃げ去った…。 目次■第一章 落ちた鳩/第二章 いとこ姉妹/第三章 銅山騒動/第四章 拐かし/第五章 形見の懐剣/第六章 敵か味方か ここから始まる本のリンク▼『鴻池小町事件帳 浪華闇からくり』(築山桂著・ハルキ文庫) |
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坊ちゃん忍者幕末見聞録 (ぼっちゃんにんじゃばくまつけんぶんろく)
奥泉光
カバー画:木田安彦 |
♪『石の来歴』で1994年に芥川賞を受賞した奥泉さんのちょっと珍しい時代小説。作者はあとがきで、「『坊ちゃん忍者幕末見聞録』という題名は、いうまでもなく夏目漱石の『坊ちゃん』から来たものだ。いったいどこが『坊ちゃん』なんだと問われると、少々答えにくいものがあるが、少なくとも、年少の頃より『坊ちゃん』を愛読してきた私が、その面白さを自らの手で再現したいとの欲望を出発点にして書いた作品であるのは間違いない。むろん出来あがったものは、あらゆる点で漱石の名作とは異なるが、読者の皆様に楽しんで頂けたら幸いである」と、執筆動機を書いている。この作品について、過不足なく説明されているように思われる。教科書などで断片的には読んできて知っているが、実は『坊ちゃん』を通して読んでいないこともあり、私にはどこがそうだと言いづらいが、作品の雰囲気が坊ちゃん風と言われれば納得してしまう。このあたりは、末國さんの解説でフォローされている。奥泉さんの作品は初めて読むこともあり、「忍術を習って得をしたことなど一度もない。」という書き出しにびっくり。幕末を舞台にしたシリアスな忍者小説を考えていたので。気が付くとそのユーモアあふれる世界に引き込まれた。 主人公の松吉が坊ちゃんに当るわけだが、漱石のイメージとはかなりかけ離れていて、ギャップにニヤリ。出羽の国から松吉といっしょに京を目指す寅太郎と春山平六、苺田幸左衛門ら仲間の青春群像が昔のTV『俺たちの旅』みたいで楽しくてちょっとせつなさがある。 「見聞録」とタイトルに付いているように、この田舎者たちが長州、薩摩、新撰組が入り乱れて、尊皇攘夷の嵐のような京にやってきて、いろいろなことを見聞する。坂本龍馬や沖田総司ら著名人も登場し、松吉らと関わりを持つ。 古き良き映画のようなスラップスティックな場面もあり、堅い頭を解きほぐすのにぴったりの作品だ。 物語●松吉は、霞流忍術を伝える横川家十六代甚右衛門のもとにで七つの年から養子として育てられた。十六歳で元服したときに、霞流忍術の目録を与えられたが、忍術といっても泰平の世のものでほとんど役に立たないようなものだった。甚右衛門も練り薬を作ったり、医者の真似事をしていた。松吉は、五つ下の妹・お糸に医者になると誓って、「江戸へ行く」という幼なじみで大庄屋の孫・鈴木寅太郎に連れられて出羽の国を出る。鶴ヶ岡の城下で学問と剣術を習うようになった寅太郎は尊皇攘夷思想にかぶれていた。そのため、二人は同郷で敬愛する清河八郎がいる京を目指すことになる…。 目次■第一章 霞流/第二章 春の旅じたく/第三章 旅は道連れ/第四章 京の雲雀は/第五章 国士の酒盛り/第六章 蓮牛先生/第七章 聞いて極楽、見て地獄/第八章 祇園豆腐の味わいは/第九章 スクランブル/第十章 祇園精舎の蝉の声/第十一章 コンコンチキチンコンチキチン/あとがき/解説 末國善己 ここから始まる本のリンク▼『えじゃないか』(出久根達郎著・中央公論新社) |
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信長燃ゆ 上・下 (のぶながもゆ・じょう・げ)
安部龍太郎
デザイン:新潮社装幀室 |
♪天皇や公家との関係から新しい視点から信長を骨太に描く歴史時代小説。史実としての結末がわかっていることが多いために、今まで歴史(時代)小説を苦手にしていた。歴史小説で描かれる題材として、どうもすっきりしないことの一つに本能寺の変がある。後の為政者である、勝ち組の秀吉(あるいは家康)側からの視点から事件を説明しようとしているからかもしれない。また、江戸時代に庶民向けの筋書きが作られたのも原因か。いずれにしても明智光秀のいじめによる怨恨説(そういえば赤穂事件も怨恨説で片付けられることが多い)というのは、戦国という特殊な時代を考えても卑小な感じがする。 安部さんの『信長燃ゆ』はステレオタイプを打破して、新しい歴史観を展開することで、もやもや感を払拭してくれた。「天下布武」をスローガンに武力を背景に世を変革してゆく織田信長。彼がどうしても乗り越えなければならないものとして、帝と朝廷の権威があった。信長が取り組んだもうひとつの天下統一の闘いにスポットを当て、物語は進む。信長と朝廷の融和と対立を描いた作品としては、同じ作者で、若き日の信長を描いた『神々に告ぐ』(角川文庫)が思い出される。前作は、本能寺の変より二十三年前、信長と近衛前久(このえさきひさ。当時は前嗣と名乗っていた)が初めて出会ったころの話で、近衛前嗣が主人公になっている。今回は「たわけの清麿」という信長の元小姓が話し手のスタイルをとりながらも、信長と近衛前久を主人公に二人の葛藤を軸にしながらも、正親町天皇の嫡男・誠仁親王(さねひとしんのう)の寵愛を受ける勧修寺晴子(かじゅうじはれこ)の存在がロマンを与えて、読書欲をそそる。明智光秀や秀吉、前久の嫡男信基(後の信尹)などのキャラクターがしっかり立っていて、信長に恨みを抱く忍者・風の甚助が登場したりと、細部まで楽しませてくれる傑作時代小説である。
物語●物語は、本能寺の変の三十五年後に、かつて織田信長の小姓として近侍していた「たわけの清麿」が、さるやんごとなきお方から、本能寺の変について書き残してほしいと依頼されたことから始まる。その変には朝廷も深く関わっていたが、明智光秀が敗死すると後難を怖れてすべての証拠を隠滅し責任追及をまぬがれたが、このままでは事の真相がうやむやになってしまう。禁中や公家に残された当時の文書を自由に使っていいから、今のうちに分かるだけのことを書き留めてほしい。そんな申し出だった。 目次■序章 阿弥陀寺の花/第一章 左義長/第二章 都からの使者/第三章 馬揃え/第四章 晴れの日/第五章 公武相剋/第六章 父と子/第七章 天正伊賀の乱/第八章 余が神である(以上、上巻)第九章 武田氏滅亡/第十章 命なりけり/第十一章 恵林寺焼き討ち/第十二章 富士遊覧/第十三章 三職推任/第十四章 華麗なる罠/第十五章 ときは今/第十六章 見果てぬ夢/あとがきにかえて/解説 小和田哲男(以上、下巻) ここから始まる本のリンク▼『神々に告ぐ』上・下(安部龍太郎著・角川文庫) |
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魔風海峡 上 死闘!真田忍法団 魔風海峡 下 血戦!高麗七忍衆 (まふうかいきょう・じょう・しとう・さなだにんぽうだん/まふうかいきょう・げ・けっせん・こうらいしちにんしゅう)
荒山徹
カバーフォト:上巻(c)Alamy/PPS、下巻(c)Panorama Stock/PPS |
♪『高麗秘帖』が圧倒的なスケールで面白かった、荒山さんの第2作品。秀吉の朝鮮出兵の陰で、日・朝両国命運を賭けたすさまじい暗闘を描く時代伝奇ロマン。朝鮮水軍の李舜臣も前作に引き続き登場する。カバー帯に、「これだけ破天荒なストーリーをこれほどの熱気をもって書ける作家はいない」という、文芸評論家の縄田一男氏のコメントがある通りの作品。前作『高麗秘帖』に続く、秀吉の朝鮮出兵をテーマにした時代小説であるが、前作を上回るスケールとイマジネーションと筆力で書かれている。 著者自身が、韓国留学と朝鮮半島の歴史と文化を学んだ成果が十二分に発揮され、抜群に面白い。 時代小説ファンには、少し手垢がついた感がある、真田十勇士(この作品では、猿飛佐助、霧隠才蔵、百合鎌之助、根津甚八、筧十蔵、海野六郎、望月小六郎の七人が登場するが)と服部半蔵を引っ張り出しながらも、そこに高麗七忍衆(棺靼帝、蚩尤旗、沙梁部曇厳、伽耶夫人、紗羅骨笏覩、紫微宮卿、天暁一輝)という朝鮮方の忍びをぶつけることで、まったく新しい伝奇小説を作り上げている。真田忍軍vs.高麗七忍衆は、まさに山田風太郎さんの『甲賀忍法帖』を想起させる忍法合戦である。 また財宝をめぐる争いは、伝奇小説の定番であるが、この作品では、聖徳太子よりも前の時代の欽明帝の任那に遺した財宝というのがロマンにあふれていていい。 忍者たちがみな個性的でいい。とくに李氏朝鮮の王子・臨海君(イムヘグン)が高貴ながら凛とした好人物として描かれていて魅力的だ。映画化する場合はさしずめぺ・ヨンジュンさんあたりが敵役だろうか。時代小説も韓流が面白い?!
物語●慶長の朝鮮征伐は泥沼と化し、秀吉も死の床に伏していた。石田三成は、徳川家康を牽制するためにも、豊臣家の財政の立て直しを急務と考え、真田幸村に埋蔵金を探し出す密命を与えた。埋蔵金は、一千年前、欽明帝が朝鮮半島の任那日本府に遺した隠し財宝だった。秘命を帯びた幸村は、猿飛佐助ら真田忍軍とともに、釜山に渡る。一方、その動きを察知した家康は服部半蔵に追跡させた…。(上巻) 目次■序章/第一章 略奪禁書「任那本紀」の黄金/第二章 真田幸村抹殺指令/第三章 徳川忍軍登場/第四章 欽明党の遺産/第五章 残賊成敗ニツキ已ムヲ得ザルノ儀/第六章 服部半蔵、高麗へ/第七章 悲愁の朝鮮王子/第八章 殉愛の剣、独立の剣/第九章 新羅忍法「一塔随逐舟楫」(以上、上巻)第十章 秀吉暗殺計画/第十一章 襲い来る死者の群れ/第十二章 高句麗忍法「大武仏」/第十三章 海中陵「大王岩」を爆破せよ/第十四章 ドン・アゴスティーニュの要塞/第十五章 「弥勒岩」断崖上の決闘/第十六章 順天湾封鎖作戦/第十七章 最後の海戦、月下に死す/終章/参考・引用文献/解説 縄田一男(以上、下巻) ここから始まる本のリンク▼『高麗秘帖』(荒山徹著・祥伝社文庫)、『甲賀忍法帖』(山田風太郎著・講談社文庫) |
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蜩 慶次郎縁側日記 (ひぐらし・けいじろうえんがわにっき)
北原亞以子
カバー装画:蓬田やすひろ |
♪NHK金曜時代劇『慶次郎縁側日記』(高橋英樹主演)での放送も始まり、注目のシリーズ第五弾。現代もので海外を舞台にした作品も多い作家・藤田宜永さんが解説を書かれているのでビックリ。 『慶次郎縁側日記』の原作は、しみじみとした味わいがある。その味わいも複雑でかつ玄妙なものである。読んでいる途中よりも、読後にじわじわとその面白さが湧いてくる。主人公の森口慶次郎は、もと定町廻り同心で“仏の旦那”と呼ばれるように、かつては人情味あふれる裁きぶりだったらしいが、このシリーズでは、さらに一歩下がった目線で観察者として登場することが多い。だから、「日記」とタイトル付けされているのかもしれない。 したがって本当の主人公は、一話ごとに異なる市井の人々である。料理屋の下働きの男であったり、米屋の女中であったり、美人局をはたらく男女であったり、父と恋人の間で板挟みになる娘であったり、再婚に悩む女であったり。気鬱や老後、ホームレスなど、現代に通じるテーマもあり、考えさせられることも多いが、それぞれの話に救いがある決着の付け方がされているせいか、読了感はいい。とくに、「綴じ蓋」「意地」が好きだ。 物語●「綴じ蓋」花ごろもで働く矢作は、潰れ百姓で一家がばらばらになり、江戸へ出てきた。花ごろもの女将のお登世は、正直者で気がやさしい二十七歳の矢作の嫁のなり手を探すが…。「権三回想記」助けてくれ。殺されると言って、権三が元鳥越町の番屋に飛び込んできた。たまたま、定町廻り同心・森口晃之助がそこに居合わせた…。「おこまの道楽」米屋の女中のおこまの唯一のたのしみはおしゃべりだったが…。「意地」森口晃之助の妻・皐月のもとに、芝宇田川町の指物師の娘おちせが出来上がったばかりの硯箱を届けにきた…。「蜩」大根河岸の吉次親分が所帯を持ったという。その女というのが…。「天知る地知る」上野不忍池中島の出合茶屋で、『さかさ美人局』が起こった。晃之助は警戒していたが取り逃がしてしまった…。「夕陽」日本橋通二丁目の料理屋の焼方の料理人である弥平次は修業をかねて京の料理屋に行くことになったが…。「箱入り娘」夕刻、留守番をしていた煙草屋の箱入り娘が何者かに殺された…。「逢魔ヶ時」花ごろもに、神田の甚吉を訪ねて品のよい女がやってきたが、甚吉というお客は店にはいなかった…。「不老長寿」還暦を迎えるというのに、おわかは腰が曲るどころか、頬も艶やかに光り、死ぬことを忘れたように若さがみなぎっていた…。「殺したい奴」堀江六軒町の居酒屋で、森口慶次郎は、妙に頬を寄せ合って話している二人の男の話が気になった…。「雨の寺」深川猿江町の廃寺に雨宿りした慶次郎は、その寺に住み込んでいる五郎太と知り合った…。 目次■綴じ蓋|権三回想記|おこまの道楽|意地|蜩|天知る地知る|夕陽|箱入り娘|逢魔ヶ時|不老長寿|殺したい奴|雨の寺|解説 藤田宜永 ここから始まる本のリンク▼『御宿かわせみ』(平岩弓枝著・文春文庫) |