新・極楽の読書録
2004年9月・長月の巻

蜻蛉始末 by 北森鴻
黒衣の宰相 by 火坂雅志
子麻呂が奔る by 黒岩重吾
札差殺し 風烈廻り与力・青柳剣一郎 by 小杉健治
笠雲 by 諸田玲子


おすすめ度(100点満点):★ひとつは20点、☆ひとつは5点。

笠雲
(かさぐも)

諸田玲子
(もろたれいこ)
[明治]
★★★★☆☆

カバー装画:黒鉄ヒロシ
カバーデザイン:柳川昭治
解説:高橋克彦
時代:明治八年
場所:清水・美濃輪町、入江町、江尻追分、仲町、志茂町、静岡、清水築地町、富士山南麓、村山村、大淵村、吉原ほか
(講談社文庫・648円・04/09/15第1刷・359P)
購入日:04/09/18
読破日:04/09/26

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笠雲 清水次郎長の末裔という、諸田さんの得意の次郎長もの。今回は、大政が主人公ということで、またまた楽しみ。講談社文庫の表紙の紙が変わったのに気付いた。少しスベスベしていて、水に強そうで扱いやすくなった気がする。
『空っ風』で小政を主人公に描き、小政を通して清水次郎長像を浮彫りにしたが、今回は、同じような手法で大政を通じて次郎長を描き出している。一途でとがった生き方をする小政と、一家の番頭格として調整役的で自我を抑える性分の大政の個性が、描き分けられていて面白い。
この物語を面白くしているのは、次郎長一家に、実家を潰され、人生を滅茶苦茶にされた女、おじゅうの存在だ。一種の悪女ということになるのかもしれないが、憎みきれないところがある。大政という次郎長一家では地味なキャラクターを主人公に置き、明治の開墾という事件性の乏しい題材を選びながら、実に生き生きと魅力的な物語に変えている。
大政が古参の子分・相撲常への思いやりや、女房おやすや息子小三郎への愛情など、とつとつと不器用な中に何とも言えない温かみがあって、ジーンとくる。

物語●清水湊を本拠地とする大侠客、清水次郎長は維新後は侠客の名を返上し、市中取締役を務めていた。その一の子分、大政こと、政五郎は、次郎長の養子であり一家の跡目であり、番頭役であった。次郎長は、山岡鉄斎の口ききで、富士の裾野を開墾することになり、清水の監獄に収監中の囚人を労働力として借り出すことを考えていた。そして、次郎長より大政に、富士の裾野開墾の仕切り役を命じられた。静岡の葉茶屋「かわねや」の後妻・おじゅうは、色香が匂い立つような年増女で、清水一家の子分たちの大半は岡惚れしていた。おじゅうの関心事は、継子で「かわねや」の一人息子の佐太吉が、ぐれて家を飛び出した末に博徒の一斉検挙に引っかかり、清水の監獄に収監されていることだった…。

目次■笠雲/解説 高橋克彦

ここから始まる本のリンク▼『空っ風』(諸田玲子著・講談社文庫)

札差殺し 風烈廻り与力・青柳剣一郎
(ふださしごろし・ふうれつまわりよりき・あおやぎけんいちろう)

小杉健治
(こすぎけんじ)
[捕物]
★★★☆☆

カバーイラスト:浅野隆広
カバーデザイン:芹澤泰偉
時代:天明四年(半年前に山村良旺が奉行に就任)
場所:吉原・羅生門河岸、正覚寺(榧寺)、浅草御蔵、元旅籠町、本所一ツ目町、神田花房町、南町奉行所、北島町、浅草茅町、神田佐久間町、浅草並木町ほか
(祥伝社文庫・600円・04/09/05第1刷・347P)
購入日:04/09/15
読破日:04/09/25

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札差殺し 風烈廻り与力・青柳剣一郎 町奉行所の役職で、風烈廻りというのがある。今までなかなか脚光を浴びる機会のなかったこの職務を取り上げているので気になってGet!
部屋住みの身から、兄の不慮の死で、与力の職についた、主人公・青柳剣一郎。旗本や御家人の次男、三男坊は、よほどよい養子先が見つからない限り、一生世に出る機会に恵まれず、貧苦にのたうちまわるしかない。世を拗ね、自堕落な生活を送ることも珍しくない。この物語には、紙一重の違いで、事件の加害者にされる、二人の部屋住みが登場する。剣一郎を含めた3人を通して、いびつな江戸時代の武家社会の家族制度が浮彫りにし、疲弊する武士階級の姿を描いている。社会派作家らしい視点の持ち方である。物語中で、新任の与力が同僚や上役を接待する場面があるが、ここにも家中心に回る武家社会の一コマが垣間見れる。
主人公剣一郎は、風烈廻りという風の激しい時に、火事などの災害を予防するために、見廻るという職務であるが、その設定を今一つ生かし切れなかったのが残念。
とはいえ、剣一郎が、質屋殺しと続いて起こる札差殺しの2つの殺人事件の謎を追うところはサスペンス度が高い。江戸柳生の遣い手でもある剣一郎のチャンバラシーンも見逃せないところ。内助の功ぶりがまぶしい剣一郎の妻・多恵の存在も物語にアクセントを与えている。

物語●南町奉行所で例繰方と風烈廻りの掛かりを兼任する、与力青柳剣一郎(あおやぎけんいちろう)は、人質事件の際に受けた疵がもとで、頬に青痣(あおあざ)を残していて、奉行所内では、敬意と親しみ、やっかみを込めて、青痣与力と呼ばれていた。剣一郎の父の代から懇意にしていた質屋大和屋の主が、追剥ぎに遭って殺される事件が起こった。剣一郎は、追剥ぎを目撃したという男・権助を追っていた、権助は、追剥ぎの一味と思われる黒覆面の侍に襲われているところを助ける…。

目次■第一章 三ノ輪の寮/第二章 罠/第三章 心中立て/第四章 愛想尽かし

ここから始まる本のリンク▼『翁面の刺客』(小杉健治著・祥伝社文庫)

子麻呂が奔る
(ねまろがはしる)

黒岩重吾
(くろいわじゅうご)
[飛鳥]
★★★★☆

カバー画:原田維夫
カバーデザイン:大久保明子
解説:重里徹也
時代:推古十五年(607)
場所:斑鳩宮、富雄川上流、平群郡、安堂、矢田川、河内の津守、荒陵寺、住吉、北河内、矢田丘陵、交野ほか
(文春文庫・514円・04/08/10第1刷・339P)
購入日:04/08/11
読破日:04/09/20

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子麻呂が奔る 聖徳太子配下の官人・調首子麻呂(つぎのおびとねまろ)が活躍する時代ミステリー『斑鳩宮始末記』の続編。
連作形式の古代捕物帳。今回は、小野妹子が遣隋使の長に内定する、推古十五年の初春から始まり、廏戸皇太子の対隋外交が失敗し、小野妹子が国書紛失事件を起こした推古二十年で終わる。遣隋使や渡来人など、日本と大陸との関係が密接な時代だということが、物語の背景で描かれていくのが興味深い。
2作目ということで、登場人物たちが練れてきた印象を受ける。文武に優れた調首子麻呂の正義感あふれる捜査ぶりと、その部下で、何とも言えない味わいのある魚足(うおたり)との掛け合いが面白い。
また、事件解決能力は高いが、自分のことや家族のことでは大いに悩む、子麻呂のキャラクターに好感が持てる。もっといろいろと読みたいところだが、作者の黒岩さんが2003年3月7日に、享年79歳で亡くなっている。残念だ。

物語●「子麻呂と雪女」雪が三日間降り続いた後の粉雪の日、子麻呂は自宅の傍で、蓑を被った若い女人・キヌイが蹲っているのを見かけて助けた…。「二つの遺恨」子麻呂は、上司の秦造河勝(はたのみやつこかわかつ)から、子麻呂の息子で斑鳩宮の学堂で学ぶ百舌が時々学堂を休んでいることを知らされる。平群郡で、郡司側の小役人と農民の喧嘩があり、農民が重傷を負ったという事件が起こった…。「獣婚」秦造河勝の屋形で、子麻呂とともに、魚足、猪口、犬歯ら子麻呂の部下たちも呼ばれ酒盛りが催された。酒席で、馬・牛・鶏などとの媾合について話題になった数日後、官人が犬と媾合している姿で死んでいるのが見つかった…。「新妻は風のごとく」子麻呂に再婚話が持ちこまれた。婚姻話の家は、河内の津守の役人の娘で、二十五歳で二年前に夫を亡くして実家に戻っているコネであった。そのコネが子麻呂と会った翌日、失踪した…。「毒茸の謎」隋からの使者が帰国した翌年、奇妙な病が官人たちを襲った。比較的若い下級の官人たちが、突然、泡を噴いて倒れ、そのまま死んだり、神懸りになって踊り、そのまま倒れて死ぬか、口もきけなくなる。今まで知らなかった伝染病かと、皆恐怖におののいたが、五人目の官人が一時意識を取り戻し、昨年隋使が持ち込んだ精力剤を飲んだのが原因らしいとわかった…。「牧場の影と春」十五歳になった娘・イトが婚姻し、一人ぼっちになった子麻呂は、初めて空虚を感じた。そんな子麻呂の前に現われたのは、落馬で生命を落とした馬司の役人の妻ハルだった…。

目次■子麻呂と雪女|二つの遺恨|獣婚|新妻は風のごとく|毒茸の謎|牧場の影と春|解説 重里徹也

黒衣の宰相
(こくいのさいしょう)

火坂雅志
(ひさかまさし)
[戦国]
★★★★☆☆

カバー:西のぼる
解説:島内景二
時代:文禄元年(1592)三月
場所:肥前国呼子、五島列島宇久島、京・南禅寺、岡屋の里、木津川のほとりの澄光寺、伏見城、天ヶ瀬の山夜荘、牟婁ノ湯、北野の地蔵院、一条戻橋、大坂城、豊後国臼杵ほか
(文春文庫・933円・04/08/10第1刷・767P)
購入日:04/08/11
読破日:04/09/19

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黒衣の宰相 金地院崇伝というと、徳川幕府の成立に貢献した、陰の実力者だが、メインに描かれることが少ない人物だ。同じような立場の天海僧正の場合は、もっと伝奇的なキャラクターとして描かれることが多くなじみ深いが…。
この物語は崇伝の青年時代から始まる。海外で学問をという夢に向かい、寺を飛び出した野心満々の若者として登場する。倭寇の船に乗って密航を企てたり、宇久島の島主の娘・紀香と恋に落ちたりと、後年、豊臣家との交渉でみせた老獪さはみられない。著者の火坂さんがあとがきで、南禅寺の金地院を訪ねた際に、「黒衣の宰相こと、金地院崇伝の木像であった。うす暗がりのなかに端座する木像を見て、私はその男の若さにおどろいた」と書かれ、この小説の構想を思ったという。そんな訳で、作中の崇伝は若く、野心的で、魅力的だ。
前々から、歴史的に悪役と色づけされる人に惹かれていたが、まさに、視点を変え、描き方を変えるだけで、こんなにも生き生きと面白くかつ、共感を持てるのだと再確認できた。
火坂さんは、以前に秀吉の筆頭侍医で政治顧問をつとめた施薬院全宗(やくいんぜんそう)を描いた作品があったが、本書はその系譜にあるものといえる。また、崇伝と同時代人で、好対照な生き方をする、大徳寺の沢庵が登場し、その描き方も含めて興味深い。歴史の見方が少し変わる、傑作歴史時代小説である。

物語●二十四歳になる京の名刹・南禅寺の禅僧・崇伝(すうでん)は、幼なじみで南禅寺で下働きをしている雑色の六弥太(ろくやた)と、寺を勝手に抜け出して、肥前国東松浦半島の呼子の磯にやってきた。崇伝は、室町幕府の"四職(ししき)"と呼ばれた名門の一色氏の血を引いていたが、室町幕府の衰退とともに一色家は力を失い、崇伝も五歳にして、父母と分かれて禅寺に入れられることになった。その彼が、明国に渡りたいと願ったのは、明国で学問を究め、学をもって世に出ることを望んだからである。時は、天下統一を成し遂げた太閤豊臣秀吉が、朝鮮・明国への出兵を企てて、兵を東松浦半島の名護屋城に集結させていた時期であった…。

目次■海鳴り/京の雨/雌伏/恋の闇/家康/昇る月/再会/女忍者/駿府の風/異国日記/風雲二条城/貴船菊/国家安康/駆け引き/大坂の陣/紅蓮の炎/たまゆら/新しき世/修羅の道/あとがき/解説 島内景二

ここから始まる本のリンク▼『全宗』(火坂雅志著・小学館文庫)

蜻蛉始末
(かげろうしまつ)

北森鴻
(きたもりこう)
[明治]
★★★★☆☆

カバー:大久保明子
時代:明治十二年。文久二年。
場所:高麗橋、堺・南宋寺、長州、片山町、大晏寺、菊屋横町、京都四条寺町、有馬、山口、東京・日本橋本町、神田旅籠町、相州熊坂村ほか
(文春文庫・733円・04/08/10第1刷・442P)
購入日:04/08/11
読破日:04/09/02

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蜻蛉始末 明治時代の藤田組贋札事件を取り上げた時代小説。著者は『狂乱廿四孝』で第6回鮎川哲也賞を受賞した、推理小説を中心に活躍する北森鴻さんということで、面白いこと間違いなし。
藤田組贋札事件と言われてもピンと来なかったが、熊坂長庵の名前が途中で出てきて、ようやくわかった。藤田組の創設者藤田傳三郎という人は、明治の大坂を代表する経済人で、現在も操業中の同和鉱業のホームページにはその肖像写真が載っている。
贋札事件というと割が合わない犯罪という気がするが、その反面、血腥くない分どこかワクワクさせる部分がある。この物語は、現在、余り知られていない事件を取り上げながら、その発端を幕末の長州・京に持ってきたために、馴染み深いところから入れて、ストーリーに自然に引きこまれていく。
緻密なプロットに加えて、主人公の藤田傳三郎と宮越宇三郎が魅力的だ。とくに、《とんぼ》の宇三郎のキャラクターが個性的で面白い。最初は困ったチャンでどうしようもないヤツと思いながらも、次第に惹かれていく。
歴史小説の形をとりながら、贋札事件の真相に迫る推理小説的な手法が見事で、最後まで一気に読ませてくれる快作である。

物語●明治十二年九月、政商・藤田傳三郎は、贋札事件の容疑者として、東京警視庁に捕縛された。
「市中におかしな噂が広まっている」
「おかしな噂?」
「贋札を顕微鏡で覗くと、六本描かれているはずの蜻蛉の脚が五本しかないというのだ。それが贋札の見分け方だと」
――脚の足りない……蜻蛉!?
逮捕された傳三郎の脳裏に、はっきりと一人の男の姿が浮かんだ。
その十七年前の文久二年、高杉晋作のもとに集まる志士たちの中に傳三郎がいた。幼なじみの《とんぼ》こと、宇三郎が影のように寄り添う。奇兵隊結成、禁門の変……幕末から明治にかけての激動の世の中で、光と影の宿命を負った二人の友情と別離、対決を描く歴史・時代小説。

目次■序/とんぼ宇三郎/奇兵隊結成/京師争乱/禁門の変・前夜/東行往生/逃れ宇三郎/殺し場草子/長州逐電/高麗橋袂雨景/藤田組旗揚げ/黒鍬衆争議/放逐/山城屋和助/新事業/南洲大変/帰阪/変貌幾多/愛別離苦/蜻蛉始末/終幕

ここから始まる本のリンク▼『ゲルマン紙幣一億円』(渡辺房男著・講談社)