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2004年6月・水無月の巻
蓮如 夏の嵐 (上)(下) by 岳宏一郎 |
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カルチェ・ラタン (かるちぇ・らたん)
佐藤賢一
イラスト:八木美穂子 |
♪16世紀前半、パリのl学生街「カルチェ・ラタン」を舞台にした冒険小説。カルチェ・ラタン(ラテン語の街区)は、、パリ大学があるセーヌ川左岸の大学街の意味で、教師や学生が学問用語のラテン語を喧しく議論したことに由来する。カトリック教会が絶大な力を持っていた16世紀頃、最上級の学問が神学であったという。この物語でも、神学を学ぶ者たちの青春群像が描かれ、その周りでいろいろな事件が起こる。 カルチェ・ラタンの落ちこぼれで、今はパリの夜警隊長を務めるドニ・クルパンの回想録というスタイルで物語は綴られていく。これは「偽回想録」というスタイルで、『三銃士』などの西洋古典文学の形式を再現しているものだという。中世フランスの雰囲気が味わえて楽しい。という訳で、ネタバレ気味のところもあるが、目次もあえて全文掲載した。 ドニ・クルパンがワトソン役で、マギステル・ミシェルがシャーロック・ホームズ役を務める推理小説としても楽しむことができる。乗馬靴から犯行現場を推理するシーンなどは、ホームズ譚を彷彿させてくれて、思わずニヤリとした。 イエズス会を創設したイニゴ・デ・ロヨラ(イグナチウス・デ・ロヨラ)、日本に初めてキリスト教を布教したフランシスコ・ザビエル、プロテスタント教会のひとつカルヴァン派の創始者ジャン・カルヴァンら宗教改革に取り組んだ教科書に載るような有名な宗教人も登場し、宗教史に詳しくない門外漢も面白く読める仕掛がいっぱいの西洋歴史小説の傑作。 物語●パリで一、二を争う船会社クルパン水運の息子で、パリの夜警隊長、ドニ・クルパンは、ガーランド通りの印刷屋で、若い女性の裸を見た。女性はマルト・ル・ポンという名で、印刷屋の若い未亡人で、ドニの友人で家庭教師でもあるマギステル・ミシェルの新しい恋人だった。ミシェルは、ドニの家庭教師であるばかりでなく、若くして「マギステル(先生)」の資格を取得し、学名が高く、カルチェ・ラタンで「聖トマス・アクィナスの再来」と呼ばれる逸材だった。難事件解決の援助を受けに、ミシェルを訪ねていった印刷屋で、初対面のマルトの裸を見たドニは、動揺して、自身の筆下ろし未遂事件のことを口走ってしまった挙句に、印刷屋を飛び出してしまった…。 目次■序|ドニ・クルパンの回想録 一 私こと、ドニ・クルパンがガーランド通りの印刷屋を訪ねること、ならびに生涯忘れられない恥をかくこと/二 私こと、ドニ・クルパンがカルチェ・ラタンを歩くこと、ならびにマギステル・ミシェルが得意の警句と推理を披露してみせること/三 マギステル・ミシェルが第一事件の捜査の協力を請け合うこと、ならびにフランシスコ・ザビエルが厚い友誼を示すこと/四 サン・トノレ街にアラン・サロンを訪ねること、ならびにマギステル・ミシェルが第一事件の真相に意外な推理を寄せること/五 アラン・サロンの逮捕で第一事件が決着すること、ならびにマギステル・ミシェルの横暴に、私こと、ドニ・クルパンが激しい抗議に及ぶこと/六 私こと、ドニ・クルパンが第二事件に遭遇すること、ならびにマギステル・ミシェルの許で、不良と優等生に等しく立腹を覚えること/七 サン・ジェルヴェ区にアンリ・デルヴェルを訪ねること、ならびに物に目敏いマギステル・ミシェルが、優れた馬具に非常な興味を示すこと/八 私こと、ドニ・クルパンが深夜に穴掘りを行うこと、ならびにマギステル・ミシェルが第二事件の推理と捜査を独断すること/九 戦慄すべき第二事件の全容が明らかになること、ならびにマギステル・ミシェルが神学の潮流と新たなキリスト教の動きを苦々しく論じること/十 マギステル・ミシェルがサン・テスプリ学寮を訪ねること、ならびにゾンエバルト教授を相手に難解な神学問答を行うこと/十一 マルト・ル・ポンが「コンドーム」に激怒して、大いに泣きわめくこと、ならびに私こと、ドニ・クルパンが弁えた大人として、根気よく世の道理を諭すこと/十二 修道女ナタリーに再会すること、ならびにマギステル・ミシェルが「コンドーム」の神学理論を、臆面もなく披露すること/十三 私こと、ドニ・クルパンが念願の恋人を得ること、ならびにマギステル・ミシェルが意地の悪い評をなして、私に絶交されたること/十四 愛しきベアトリスが失踪すること、ならびにマギステル・ミシェルと連れ立ち、サン・トゥスタシュ街の古着屋を訪ねること/十五 サン・テスプリ学寮の真実を覗きみるこおt、ならびに私こと、ドニ・クルパンが失恋の痛手を癒すために、神学の道を志すこと/十六 カルチェ・ラタンの大運動会が行われること、ならびにイニゴ・デ・ロヨラの破天荒な明るさに、失恋の痛手を大いに慰められること/十七 大貴族が司教の位をほしいままにすること、ならびにマギステル・ミシェルが臍曲りにも、あえて望んで、ネール塔の高飛び込みに挑戦すること/十八 不意に第三事件が勃発すること、ならびに悪徳神父の殺害現場に現れて、パリ司教座特別捜査官ユベール・デシモンが権限委譲を求めること/十九 サント・バルブ学寮で神学論争が戦わされること、ならびにマギステル・ミシェルが窮地に立たされること/二十 マギステル・ミシェルが獄に繋がれること、ならびに私こと、ドニ・クルパンが救出を決意すると、思わぬ仲間が助太刀に馳せ参じること/二十一 マギステル・ミシェルが獄中から指令を出すこと、ならびにノートル・ダム大聖堂の鐘撞き男に、二枚の羊皮紙を手渡されること/二十二 冤罪糾弾委員会がサント・バルブ学寮で対策を協議すること、ならびに若き学僧ルイと修道女ナタリーが、それぞれ手柄を上げること/二十三 アンボワーズにドゥ・ラ・フルト伯爵夫人を訪ねること、ならびにマギステル・ミシェルの知られざる過去が明らかになること/二十四 若き学僧ルイ・ミレーが殺害されること、ならびに捜査の難航に、パリ司教座が体制を改めること/二十五 マギステル・ミシェルが釈放されること、ならびに一連の顛末に関連して、衝撃的な事実を皆に明かすこと/二十六 宗教改革の志士が互いに睨み合うこと、ならびにルイ・ミレー殺害に関して、ジャン・カルヴァンが重大な証言をもたらすこと/二十七 サン・テスプリ学寮に張りこみを行うこと、ならびに修道女ナタリーの隠れた交遊が明らかになること/二十八 サン・テスプリ学寮の陰謀が明かになること、ならびにマギステル・ミシェルが侃々諤々の議論を制して、果敢な決断に至ること/二十九 サン・テスプリ学寮の強制捜査を断行すること、ならびにゾンネバルト教授が居合わせた犯人に、素直な自首を勧めること/三十 ジャン・カルヴァンがジュネーヴに旅立つこと、ならびにマギステル・ミシェルが私に無断で、暴挙に等しい神の正義を全うすること/三十一 私の兄こと、アンドレ・クルパンに頼み事をされること、ならびにマギステル・ミシェルが思わぬ事実を明かすこと/三十二 マルト。ル・ポンが、最低の男について熱く持論を展開すること、ならびに私こと、ドニ・クルパンが姑息な視線を手ひどく糾弾されること/三十三 私こと、ドニ・クルパンがサン・タントワーヌ街の三階屋を訪ねること、ならびにマギステル・ミシェルが剣と鉄砲の違いを巧みに論じてみせること/三十四 一大決心でガーランド通りの印刷屋を訪ねる、ならびにマギステル・ミシェルが推理で断定するところ、最愛の女性が誘拐されてしまうこと/三十五 サン・テスプリ学寮が激怒の群衆に取り囲まれること、ならびに私こと、ドニ・クルパンが自分の気持ちを確かめて、果敢な行動に移ること/三十六 マギステル・ミシェルが図書館で本を読むこと、ならびに私こと、ドニ・クルパンが導き出された結論に苛立ち、また戸惑いを覚えること/三十七 サン・テスプリ学寮の門前で乱闘に及ぶこと、ならびにマギステル・ミシェルが打開の武器の、なんたるかを名言すること/三十八 マギステル・ミシェルが師匠と対決すること、ならびにゾンネバルト教授の誤謬が無残に暴き出されること/三十九 イエズス会がサン・ジャック門から広い世界に旅立つこと、ならびにマギステル・ミシェルがパリに最後の宿題を残すこと/四十 この回想を閉じるにあたり、事後の顛末を報告すること、ならびに私こと、ドニ・クルパンが真実に開眼しながら、なおも考え続けること|解説 ドニ・クルパンと、その時代 作家 佐藤賢一/文庫解説 吉野仁 ここから始まる本のリンク▼『王妃の離婚』(佐藤賢一著・集英社文庫) |
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火天の城 (かてんのしろ)
山本兼一
カバー・表紙装画:北村さゆり |
♪浅田次郎さん、宮部みゆきさん、夢枕獏さんが熱烈支持した、第11回松本清張賞受賞作ということで、ハードカバーながら購入。帯に新生松本清張受賞作の文字とともに、「野望に燃える信長の本拠・安土城築城を託された天下一の棟梁父子が挑んだ前代未聞のプロジェクトの全貌」と書かれていて、広告には「大工集団の戦国版プロジェクトX」の文字が躍っていた。NHKテレビの「プロジェクトX}をちゃんと通して見たことがないので、比較はできないが、読み始めるとたちまち、安土城築城という空前の大事業を活写した、この作品に心奪われた。 豊富な資料に裏付けされた築城のドラマが何と言っても面白い。設計から木材の調達、石垣の組み上げ、柱立て、瓦焼きなど、築城の各工程での匠たちの活躍ぶり、徐々にできあがっていく城の様子が生き生きと描かれている。 しかし、この作品が本当に魅力的なのは、単に史料の再構築による築城小説ではなく、岡部又右衛門、以俊(もちとし)の棟梁父子を中心として、安土城築城に関わった人たちのドラマであり、それぞれのキャラクターがしっかり描かれている点である。とくに物語を通じて、若き番匠・以俊が成長していくさまが見どころである。 安土城という、安土桃山時代ということばとともに、教科書に載るような著名な城にスポットをあてた作者の目の付け所は素晴らしい。現存しないゆえに、読み手によって無限に想像力が広がり、築城が一大スペクタクルとなって頭に浮かぶ。また、築城を妨害する乱破や抵抗勢力は登場するが、戦場シーンを描くことなく、しっかりと織田信長の時代を描ききったところも注目したい。 松本清張賞は、1回から10回までは、松本清張さんの功績を称えて、ミステリーと時代小説が主な対象分野であったが、11回目からは良質なエンターテインメント小説全般に対象が広がった。その最初に、山本さんの時代小説作品が受賞したのは、大変喜ばしい。
物語●熱田神宮の宮御修理番匠岡部又右衛門以言(おかべまたえもんもちとき)は、今川義元迎撃の戦勝祈願に訪れた織田信長に、小さな輿の製作を依頼された。突然の雷雨による天佑と熱田大神の加護により、今川義元を討ち取った信長は、義元のお歯黒首を、輿に乗せて清洲に凱旋した。清洲城に呼び出された又右衛門は、褒美に過分の銭をもらい、戦勝祝いとして、熱田の宮の門と塀を寄進したいので差配するように命じられた。このときより、又右衛門は信長のための番匠(大工)として仕えることになった。 目次■なし ここから始まる本のリンク▼『水の砦 福島正則最後の闘い』(大久保智弘著・講談社文庫) |
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織江緋之介見参 悲恋の太刀 (おりえひのすけけんざん・ひれんのたち)
上田秀人
カバーデザイン:スズキ・クモ |
♪宝蔵院流一刀流の遣い手で、将軍家見聞役・三田村元八郎が活躍する時代小説『竜門の衛』(徳間文庫)が抜群に面白かった上田秀人さんの新シリーズ。御免色里の吉原が舞台ということで、どんな物語が展開するのか期待して読み始めた。浅草日本堤への移転前の旧吉原を舞台にした作品というと名作『吉原御免状』(隆慶一郎著・新潮文庫)が、まず思い出される。本書はまさにそのオマージュというべき作品。色里にぶらりとやってきた正体不明の若侍、しかも世間ずれしていない剣の名手で、たちまち遊女屋の主人や遊女たち、亡八たちにも好意を持たれる。『吉原御免状』のヒーロー松永誠一郎を思い出すキャラクターが、この作品の主人公織江緋之介である。その実体は、読んでのお楽しみ。作者の着想の面白さを知ることになる。 後半で、緋之介の実体が明かにされるとともに、いろいろな出来事が表面化し、活発化して、物語がヒートアップし、一気に最後まで面白く読ませてくれる。 柳生宗冬や小野派一刀流の二代目小野次郎右衛門忠常らが登場する剣豪小説であるとともに、幕閣の重鎮松平伊豆守信綱の存在がカギを握る伝奇小説でもある。 また、緋之介に思いを寄せる遊女桔梗、御影太夫、そして元許嫁の織江の三人の女性がきっちり描かれていて、物語に彩りを与えている。吉原という悪所を舞台にしながらも、良質のエンターテインメント時代小説にしあがっている。 何ゆえ、吉原は移転したのかが作品のキーになっている。 物語●幕府から移転問題をつきつけられている御免色里の吉原に、若侍・織江緋之介がやってきた。吉原一の遊女御影太夫を頼みたいとおもむろに慶長大判を取り出したかと思えば、遊女屋で取り籠った男まで鮮やかに斬ってみせた。また、御影太夫の妹女郎の桔梗を揚げながらも、抱かなかった。遊女屋いずやの主総兵衛に気に入られ、遊女屋に逗留することになったが、次から次へと謎の刺客に襲われることに。一体何者なのか? 目次■第一章 東都の艶/第二章 遊里の明暗/第三章 江戸の華/第四章 闇の因縁/第五章 女城攻防/第六章 亡霊の影/第七章 焦土の楼閣/上田秀人 著作リスト ここから始まる本のリンク▼『吉原御免状』(隆慶一郎著・新潮文庫)、『竜門の衛』(上田秀人著・徳間文庫) |
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黄金旅風 (おうごんりょふう)
飯嶋和一
装幀:ミルキィ・イソベ |
♪寡作ながら、珠玉の名作ばかりという飯嶋さんの最新刊を遅れ馳せながら入手。しかも久しぶりのハードカバー購入でワクワク。2週間余り、就寝前のひととき、この本を少しずつ読んだ。おおむね気分良く、ときには憤りを持ちながら、またいろいろなことに思いをはせながら、眠りに入った。飯嶋さんの本を読むと、人としていかに生きるべきか考えさせられることが多い。『黄金旅風』も大人のための教養小説でありおとぎ話のようでもある素晴らしい作品である。 この本の主人公は、長崎一の海商・末次平蔵の嫡男でありながら、酒色に溺れて勘当された平左衛門茂貞だ。「放蕩息子」とか「不肖者」として、江戸表の幕閣や対立する平戸のオランダ商人にも知れ渡っていた。しかし、平左衛門は火事や洪水のたびに屋敷を開放し、食糧や衣類の面倒をみたために、長崎の町人の評判は悪くはなかった。 その平左衛門が、長崎奉行として就任した竹中重義らの権力に蹂躙される長崎の人々を見て立ち上がる姿は感動的だ。虎の威を借りていばり、既得権に固執する竹中家臣たちと好対照である。飯嶋さんは、そうした唾棄すべき人を糞侍(ぶさ)と名付けている。 彼と同い年で、ともに長崎のセミナリオに入れられ、放校させられたことがある、「平戸町のお頭」こと、平尾才介も魅力的なキャラクターだ。二人とも既成の価値観に左右されないために悪評を持ちながらも、言動は一貫し、長崎の民の味方である。『雷電本紀』(河出文庫)でも感じたが、飯嶋作品では火事をドラマティックに描いている。 海外派兵と市民生活の安寧など、そのまま現代に通じるテーマを描いていて、共感を持って読むことができた。最近、ようやく企業においてもコンプライアンス(法令遵守)という言葉がようやく重視されるようになってきているが、不正・不実を憎み、あらためて法に誠実であることを思い起こさせる作品でもある。 江戸初期は混沌さがあり、伝奇小説の格好の舞台であるというようなことを直前に書いた。史実としては知っていても、なぜ、鎖国が始まり、中国とオランダ以外との貿易を禁止したのか、今一つしっくりと理解できなかったが、『黄金旅風』を読んでその間の経緯がよくわかりった。一つ勉強になった。 物語●長崎代官末次平蔵政直の所有船が長崎港を出港し、高山国(タカサグン)のタイオワン(台湾安平)に向かった。安平(アンピン)は、オランダ東インド会社の植民地で、ゼーランジャ城が築かれていた。末次船の船長濱田彌兵衛(はまだやひょうえ)は、南蛮船や海外渡航に通じた長崎屈指の船乗りだった。彌兵衛は、先の生糸取引における不当な差し押さえと、支払い済みの十万斤の生糸、鹿皮一万二千斤を持ち帰ることを目的に、台湾長官ピーテル・ノイツと交渉をするが…。 目次■第一章/第二章/第三章/第四章 ここから始まる本のリンク▼『南海放浪記』(白石一郎著・集英社文庫)、『南海血風録』(高橋義夫著・光文社文庫) |
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居眠り磐音 江戸双紙 遠霞ノ峠 (いねむりいわね・えどそうし・えんかのとうげ)
佐伯泰英
カバーイラストレーション:蓬田やすひろ |
♪「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズの第9弾。前作読了時に、次回作のタイトルをいろいろ考えてみたが、その中の一つ「峠」を使ったものになりちょっとうれしい気分。「密命」、「鎌倉河岸捕物控」、と並び、快調なペースでシリーズ作品を著作し、時代小説作家として脂の乗った活躍ぶりを示す、佐伯さんの人気シリーズ。主人公の坂崎磐音は、西国の小藩の家老の息子ながら、故あって脱藩し、江戸深川の鰻屋で一日百文の鰻割きの仕事をする。育ちに似合わず腰が低く、律儀に仕事を続けながら、得意の剣で周囲に振りかかった難事件を解決する。何とも爽やかで、魅力的な主人公である。 また、磐音は、用件ができると旅に出ることが多い。題名にある峠と付くように、青梅と秩父へと旅するが、その目的もやくざの用心棒という非常識なもの。しかしながら、磐音の仲間たちは目くじらを立てながらも最後はゆるしてしまう。 脱藩したとはいえ、旧藩の豊後関前藩主福坂実高に対して常に忠義を尽くすところも好感度アップにつながっている。今回の山場の一つは、豊後関前藩の物産を積んだ一番船が江戸に向けてやってくるところ。
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妖女渡海剣 用心棒・新免小次郎 (ようじょとかいけん・ようじんぼう・しんめんこじろう)
えとう乱星
カバーイラスト:武田英希 |
♪『素浪人斬艶剣』、『女忍往生剣』に続く、「用心棒・新免小次郎」シリーズ第3弾。えとうさんは、ご贔屓の作家だが、うかつにもこの本が刊行されていることに気が付かなかった。相変わらずエロい表紙で、家族に代わりに買ってもらうことができず、自分で買う。江戸時代初期、とくに寛永から慶安にかけての時代というのは、伝奇小説の題材の宝庫である。秀忠から家光に政権が移り、幕藩体制の基盤が固まる時期であるが、家康時代からの混沌とした部分を多く残している。切支丹問題、海外渡航と鎖国、外様大名の改易など、大きな問題を抱え、また柳生宗矩、十兵衛、天草四郎、由比正雪、鄭成功など、一癖二癖ありそうな個性豊かな著名人も輩出。山田風太郎さんも好んでこの時代を取り上げている。 えとう乱星さんの「用心棒・新免小次郎」シリーズもこの時代を取り上げた伝奇小説で、まさに何でもありである。今回、小次郎は、何と「抗清復明」を標榜し、日本にも援軍を要請した「国姓爺」鄭成功のボディーガードを務めることになり、海を渡る活躍ぶりを見せる。 このシリーズの魅力は破天荒な主人公小次郎のキャラクターとともに、物語を彩る美女の存在。表紙装画にあるようなコメディア・デ・アルテ(16世紀にイタリアで生まれた古典仮面喜劇)風のマスクをした謎の美女・雪蛾が登場する。また、根来忍びの甚左とその息子・大吾や松浦党の海賊・五郎八と朱祢(あけみ)の父娘、ヤン・ヨーステンの遺児ヤエズゾーン・タローらが脇を固める。
物語●新免小次郎は、わずか四文の手間賃で、金井半兵衛という武士の用心棒として雇われ、赤坂の溜池まで同道することになった。目的地の近くで、清の忍びに襲われた。黒装束の者たちの間で、一人だけ白い衣装に白い仮面を付けた女・雪蛾(せつが)が率いる忍びを、小次郎は柳生十兵衛から会得した咬龍剣で退けた。 目次■第一章 用心棒海を渡る/第二章 ゼーランジャ城の虜囚/第三章 英雄、国姓爺/第四章 阿修羅の闘い/終章 さらば雪蛾 ここから始まる本のリンク▼『怒涛のごとく』(白石一郎著・文春文庫) |
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蓮如 夏の嵐 (上)(下) (れんにょ・なつのあらし)
岳宏一郎
カバーデザイン:安彦勝博 |
♪戦国時代を代表する宗教家蓮如を正面から取り上げた歴史小説。一向一揆と本願寺を読み解く上で、必読の書かもしれない。 最近でこそ、神社仏閣を訪れることも増えたが、もともと宗教には疎く、どちらかといえば敬遠することが多かった。この作品は、傑作『群雲、関ヶ原へ』(新潮文庫)など、戦国時代を題材にした時代小説で活躍されている岳さんが、不世出の宗教家蓮如を描くということで興味津々で読み始めた。蓮如と個性的でやり手の弟子・下間安芸蓮崇(阿毛心源)の出会いから始まるが、蓮如が衰退していた本願寺を一代にして日本最大の宗派へ押し上げて行ったかを歴史小説の手法で描いている。まさに宗教界における国盗り物語となっていて面白く読めた。 主人公はもちろん蓮如だが、脇役も下間安芸蓮崇(阿毛心源)、古参番頭の下間玄英、蓮如の叔父の如乗を、敵役には高田専修寺の真慧を配し、チョイ役で伊勢新九郎(のちの北条早雲)が登場する。それぞれが個性的にキャラクター設定されていて面白い。 偉大な宗教家とはいえ、非常に人間臭く描かれているのも、魅力となっている。八十五歳まで生き、生涯に五人の妻を迎え、十三男十四女を持ち、八十歳を超えてなお、子どもを作るという、蓮如の計り知れないバイタリティには何よりも驚いた。凄すぎる。恐妻家や律儀さと横着さを兼ね備えたところなど、徳川家康のイメージに似ている印象を持った。
物語●(上巻)琵琶湖名産の鮒鮨を売る若い販婦の貯めていた銭を奪って逃げた小心の偸盗・阿毛心源(あけしんげん)は、野洲川の河原で、真宗の中年僧と出会った。心源は、若い販婦との出会いと、それにつづく一連のできごとをありのまま物語り、これまで幾度も物盗りを重ねたこと、人を斬ったことも隠さなかった。見ず知らずの男に、積年の悪事を打ち明けるなど、全く正気の沙汰ではなかったが、中年僧には警戒心を忘れさせる、一種不思議な包容力があった。心源の告白にたいして、中年僧は「銭を盗んだのも、人を傷つけたのも、生きんがために、やむを得ずやったことのようだ。罪には違いないが、さして深く咎めらるべきものではないとわたしは思う」と、悪業が往生の妨げにならないという思いもかけない返答だった。南無阿弥陀仏と称えるだけでことで救われると言われ、悪人ほど、弥陀の救済の対象となる説かれて、心源は生まれてはじめて宗教的陶酔を味わった。中年僧に名前を尋ねると、「本願寺の蓮如です」と答えられた…。 目次■悪人正機/地平線/折れた翼/雷鳴/旅人たち/奔流(以上上巻)|客/結婚/亀裂/一向一揆/帰郷/伝説/解説 金龍静(以上下巻) ここから始まる本のリンク▼『群雲、関ヶ原へ』(岳宏一郎著・新潮文庫) |