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2004年5月・皐月の巻
おぅねぇすてぃ by 宇江佐真理 |
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火宅の坂 (かたくのさか)
澤田ふじ子
カバー:蠣崎波響「蘆雁図屏風」より |
♪「リストラされた士(さむらい)たちの生きる道とは!?」という帯が気になり購入。時代小説を読んでいると、人としてのどのように生きるべきか考えさせられることがある。最近の澤田さんの左卯品は、現代のいろいろな問題を江戸時代に置き換えて描くことが多い。作者自身、あとがきで、執筆の動機として言及されていることからわかる。 この本では、企業のリストラがテーマとなっている。大垣藩で「延享の永御暇(ながおいとま)」といわれる、藩の財政悪化を理由にした、藩士の大量解雇を描いている。「永御暇」が断行される際の、藩士たちの怒り、困惑、疑心暗鬼、苦しみに焦点が当てられていて、共感を覚えてしまう。 主人公の天江吉兵衛も、上司におもねらず、周りの人に思いやりのある人物で、信念に基づいて行動するために、「永御暇」のリストの筆頭にあげられてしまう。しかし、画才と持ち前の前向きさと周囲の人たちに支えられて、困難に立ち向かう。武士としてのつまらない見栄や意地を捨て、卑屈にならない、その姿に勇気づけられ、彼のように人として誠実に生きたいと思う。吉兵衛の母・友江は、折りに触れて吉兵衛を叱咤激励し諭す賢母ぶりで、作者の分身を思わせる。 京都の文化に精通した作者らしく、伊藤若冲や円山応挙ら、江戸中期の京都画壇の様子も随所に描いているのも興味深い。 物語●美濃大垣藩士・天江吉兵衛(あまえきちべえ)は、京屋敷に出納役として仕える二十三歳の若者。田宮一刀流の剣の遣い手ながら、大垣城下の菩提寺で「広陵除祚(こうりょうじょそ)」の中国画を見てから、武芸の無力を覚えて、絵の興味を持ち始める。京で、墨斎という町絵師のもとに夜間通って習うが、ある夜、門番が寝過ごしたために、やむなく、長屋門の屋根をよじ登り屋敷内にもぐりこもうとしたところ、町廻り中の京都東町奉行所同心・佐多林蔵に不審をとがめられる…。 目次■第一章 京の夜寒/第二章 危うい足音/第三章 永御暇/第四章 初冬の鐘/第五章 世間の橋/第六章 深い霧/第七章 春の扇/初刊本あとがき/解説 大野由美子/澤田ふじ子 著書リスト ここから始まる本のリンク▼『大蛇の橋』(澤田ふじ子著・幻冬舎文庫) |
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札差市三郎の女房 (ふださしいちさぶろうのにょうぼう)
千野隆司
装画:卯月みゆき |
♪千野さんの作品は地味な印象があるが、その面白さは折り紙付きで、玄人好みなところがある。札差を描いたものでは、南原幹雄さんや山本一力さんらの作品が思い浮かび、期待できる舞台背景の一つだ。十六年前の寛政元年、老中松平定信によって発せられた、「棄捐令」が、物語の背景にあり、札差を中心とした金融小説という側面がある。「棄捐令」は、知行地(領地)を持たずに、米(蔵米)で俸禄を受け取っている、下級旗本・御家人の貸付金を棒引きにするというもの。それまで、あこぎに儲け過ぎ、十八大通(じゅうはちだいつう)などと呼ばれて、金を湯水のように使い、いい気になっていた者が目をつけられ、六年以前までの貸付金はすべて帳消し、五年以内の分は、三分の一に下げて、永年賦とされた。その結果、百二十万両におよぶ被害を受け、多くの札差が多くの負債を抱えて、店を畳むものが多数出た。そして、札差の札旦那(旗本・御家人)への貸し渋りが始まり、金に振り回される武家の惰弱・腐敗ぶりが進行していく。 この作品が見事なのは、時代がしっかり描かれていること以上に、身分の隔たりや社会観の違いを超えた武家の娘・綾乃と誠実に札差業に取り組む市三郎の愛が情感豊かに描かれていることにある。 また、追われる綾乃を助けて保護する市三郎と、江戸城の御留守居役を務める権力者である坂東志摩守の対決ぶりがスリリングである。この坂東志摩守という強力な敵役を配したことが傑作エンターテインメント時代小説にしている。
物語●綾乃は、百二十俵の蔵米取り、小普請組の御家人・園田軍兵衞の娘だったが、一年前に器量を気に入られて、実家への金銭的な援助を条件に、大身旗本坂東志摩守の側室になった。一刀流中西道場の免許皆伝を得た剣術の達者だったが、金と役職に縁のないまま二年前になくなり、家督を継いだ弟は、四月前に、大身旗本の若殿に絡まれた末に斬殺され、園田家は断絶した。綾乃は、金で買われた側室として、坂東志摩守から一年の間に、幾多の屈辱と狼藉・乱暴を加えられてきた。雪の降るある夜、意を決して屋敷を抜けだした。坂東の手下から追われている途中、偶然助けてくれたのが、札差の上総屋市三郎だった。 目次■第一章 札旦那/第二章 月踊り/第三章 御蔵蜆/第四章 轍のゆくえ/第五章 夜の潮/解説 結城信孝 ここから始まる本のリンク▼『損料屋喜八郎始末控え』(山本一力著・文春文庫) |
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剣客春秋 里美の恋 (けんかくしゅんじゅう・さとみのこい)
鳥羽亮
カバーイラスト:西のぼる |
♪いろいろな剣豪ヒーローを創出してきた鳥羽さんにしては珍しい女剣客を主人公にしたチャンバラ時代小説。主人公は、中西派一刀流の町道場主・千坂藤兵衛とその一人娘里美で、父と娘の愛情が物語の底流になっている。十六歳のお年頃ながら、男装で剣に夢中の里美。その前に現われた、いわくありげな若者彦四郎。剣の師というよりは、時折見せる父親の顔が印象的な藤兵衞。 彦四郎を、賭場の親分・浜田屋市蔵の悪の手が絡めとろうとする。なにゆえ、狙われるのか? 千坂父娘には、牢人市村兵部の人斬り剣が襲う。もちろん、期待どおり、作者の得意な謎解きとサスペンス、チャンバラが堪能できる。 北町奉行大草能登守高好が登場するが、架空の人物かと思ったら、遠山左衛門尉景元(遠山の金さん)の前任者で、実在していた。 物語●一刀流中西派の千坂道場の娘・里美は、柳原通りで、三人の男が若者を取り囲んで殴ったり蹴ったりしているのを見かけて止めに入った。彦四郎という名の若者は、着流しに刀を一本差した武士然としていたが、無抵抗で、暴行に入った二人の遊び人ふうの男たちのなすがままになっていた。里美は、それまで二人の男が暴行を加えるのを後ろで見ていた、凄腕の牢人に右腕を斬られながらも、何とか彦四郎を助けた。彦四郎は、鼻筋のとおった端整な面貌で、そのまま役者にしてもいいような美男だった。後日、その彦四郎が千坂道場に入門を希望してきた…。 目次■第一章 柳原通り/第二章 呪縛/第三章 拷問/第四章 人質/第五章 死闘/解説 菊池仁 ここから始まる本のリンク▼『剣客商売』(池波正太郎著・新潮文庫) |
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秘剣 虎乱 (ひけんこらん)
戸部新十郎
カバーイラスト:西のぼる |
♪以前にこの本を買おうとして、間違った本を買ってしまったことがある。しかもその本は以前に購入していた本と同じ本だった。我ながらショックだった。それはともかく、1〜2年ぐらい前の本を入手するのは、結構難しい。戸部新十郎さんは、2003年8月13日に、77歳で死去された。ちょうどこの本は、その死の直前に文庫として刊行された。 戸部さんというと、剣術の流派とその真髄をエピソードで綴る「秘剣」シリーズが好きだ。端整な筆致のなかに、平明なことばと印象的な話で、剣の奥義を解き明かす、チャンバラファンならずとも面白く読める。本書にも9篇の剣術話が収録されている。 「六華」はしんとう流の有馬亀兵衛と居合術の村崎甚助が登場。「風水」は新陰流の疋田文五郎の弟子・島千四郎、「山影」は夕雲流の入江武左衛門といった、初めて聞くような兵法者を取り上げられている。「ほう捨」では、時代がぐっと下がって幕末の心形刀流の伊庭秀俊と八郎が描かれていて興味深い。 しかし、この本のキモは、作者の出身地である加賀国の剣術話のオンパレードである。古伝中条流の印牧弥二郎(かねまきやじろう)の子孫・明千坊と伊東弥五郎(一刀斎)の関わり合いを描く「茶巾」、富田流(とだりゅう)の富田越後守重政・富田一放の活躍ぶりを描く「夢枕」と「面影」。加賀の陰流の遣い手・天野覚右衛門が登場する「虎切」、富田流の六兵衛・小六の親子が振う秘剣「虎乱」など。 「虎切」と「虎乱」と似たタイトルが並ぶが、虎は身を翻して尾を持って敵を摶つということから、ともに脇構えの隠剣の一種。 「秘剣」シリーズは以下のとおり。 物語●「六華」大和多聞城の主・松永弾正のもとに、アルメイダというパードレがやってきて歓待された。弾正は、アルメイダに、召し抱えていた兵法者の有馬亀兵衛(ありまきへい)の六華と称する守備に徹する技と林崎甚助の抜刀術を見せた…。「茶巾」越中立山の山王坊に廻国修行者と思われる二人連れが、明千坊を訪ねてやって来た。明千坊は、立山に伝わる医薬を生業にする衆徒で、二人の兵法者のうち、主の方は病身で、明千坊の診療を願った…。「夢枕」前田利家の死後帰国した利長は、徳川家康から謀叛の疑いをかけられた。弁疏の使者として大坂城へ向かったのは、家老の横山大膳長知と兵法富田流宗家の富田重政だった…。「風水」落城目前の大坂城より、若衆髷の武芸者が柳生宗矩のもとに、新陰流開祖上泉伊勢守の高弟・疋田文五郎の使者としてやってきた。千姫を将軍家に戻すとともに、秀頼と淀の方の助命嘆願の申し入れだった…。「虎切」おやじ橋で、柳生宗矩の家来大坂九蔵が何者かに斬り殺された。柳生一門の長老が集まり、曲者が遣った太刀は、虎切と呼ばれるものだということがわかったが…。「面影」徳川・前田両家和親の証として、利常のもとに輿入れしてきた秀忠の二女・珠姫が産後の肥立ちが悪くて二十四歳の若さで没した。葬儀後、珠姫の侍女が江戸の公儀要路へ、利常の悪行を訴えた…。「虎乱」加賀藩の出頭人・大槻伝蔵が大坂出張の帰路で、二人の刺客に襲われた。家来の老士六兵衛の剣によって救われたが…。「山影」加賀浪人の倅・入江武左衛門は、夕雲流の小田切一雲の道場に入門し、剣を学んだ。一雲は名声が高く、道場は盛況を極めていたが、後継者問題で道場は乱れを生じていた…。「ほう捨」心形刀流伊庭八郎は、錦絵になるほどの美丈夫。講武所教授になった後、上洛する将軍家茂の奥詰に命じられたとき、二十一歳だった。上京前に、養父の八代目秀俊から“ほう捨”という秘剣を授けられた…。 目次■六華|茶巾|夢枕|風水|虎切|面影|虎乱|山影|ほう捨 ※「ほう」は金へんに立かんむりに方の字|解説 縄田一男 ここから始まる本のリンク▼『剣豪 その流派と名刀』(牧秀彦著・光文社文庫) |
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大坂侍 (おおさかざむらい)
司馬遼太郎
カバー:彰義隊絵巻(円通寺蔵) |
♪エンターテインメント色が濃い初期の司馬さんの作品が好きだ。とくにこの本は、幕末の大坂を舞台にした短篇を収録されているということで気になった。作者のアイデンティティを感じる大坂人礼賛の短篇集。長編の歴史小説を愛読していた人は、少し違和感を感じるかもしれないが、軽快洒脱で読み味もいい。 「和州長者」旗本の奥方への和州長者の純情ぶりがちょっとせつない。 「難波村の仇討」田舎者や武家をとことんおちょくる大坂人の兄妹奴留湯佐平次とお妙が痛快。 「法駕籠のご寮人さん」後家の女主・お婦以に、新選組の隊士と勤皇の志士を両天秤にかけて、どちらかを突っつけさせようとする番頭の松じじいが良い味を出している。亡くなられたいかりや長介さんのイメージ。 「盗賊と間者」畿内を荒らしまわった元盗賊と、長州藩の間者とその恋人の三角関係を描く。浅田次郎さんの『壬生義士伝』で、一躍有名人となった吉村貫一郎が元盗賊の佐渡八のうどん屋にうどんを食べに来るシーンで登場する。チラッとしか登場しないので注意して読んでほしい。 「泥棒名人」江戸の盗賊と大坂の泥棒の対決ぶりが見物。 「大坂侍」短篇集の中で最も好きな物語。展開が大きいので、長編でも良かったかもしれない。 偉すぎて、ちょっと近寄り難い印象があっただけに、この作品で司馬さんの別の顔を知った気がして、ちょっとうれしくなった。 物語●「和州長者」二千石の旗本青江采女の弟で部屋住みの欣吾は、嫂の佐絵と密通していた。その現場を中間の団平に見られた。その三時間後の暁方、佐絵が死んでいるのが見つかった…。「難波村の仇討」敵討に大坂に出てきた備前岡山出身の若い武士・佐伯主税は、会ったその日に、甘ったれた上方弁を使う娘・お妙と、出合茶屋で関係を持った。三度目の逢曳のときに、お妙から主税の敵である奴留湯佐平次の妹であることを打ち明けられる…。「法駕籠のご寮人さん」駕籠と口入れが稼業の法駕籠で、大坂に金策にやってきた勤皇派の福井藩士・三岡八郎と、新選組の副長助勤の山崎蒸がかち合ってしまった。ご寮人のお婦以は、二人に同席してもらい、法隆寺料理を振る舞うことにした…。「盗賊と間者」うどん屋の佐渡八は、新選組の隊士七人がかりで、二人組の浪士を斬り捨てるのを顔色を変えずに見た。七人を率いた近藤勇に、その度胸を不審に思もわれ尋問された末に、屯所でのうどん屋の商いを許された…。「泥棒名人」五畿内随一の名人といわれた盗賊江戸屋音次郎は、忍び込んだ天満の海産物問屋の寮の庭の茂みでで、風待ちをしていた。音次郎は、侵入できる完全な条件がそろうまでは、雨戸に手をかけない主義にしていた。その音次郎の前に、行者玄達(ぎょうじゃげんたつ)という大坂を代表する泥棒名人が現れた…。「大坂侍」鳥居強右衛門の直系の子孫ながら、今は大坂で十石三人扶持の川同心鳥居又七は、江戸・本所育ちの父の遺言で彰義隊に入ることに…。 目次■和州長者|難波村の仇討|法駕籠のご寮人さん|盗賊と間者|泥棒名人|大坂侍|年譜 ここから始まる本のリンク▼『後家長屋』(阿部牧郎著・講談社文庫) |
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太閤暗殺 (たいこうあんさつ)
岡田秀文
カバーデザイン:丸尾靖子 |
♪2001年、第5回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。『本能寺六夜物語』(双葉文庫)の歴史ミステリーっぽいところが印象に残る、岡田さんの代表作の一つ。朝松健さんの『五右衛門妖戦記』(光文社文庫)に続いて、秀吉と五右衛門の対決をテーマにした作品を読む。ミステリー畑の作家らしく、最後の謎解きまで、一気に読ませる。歴史小説家が取り上げたがるような動乱の時期ではなく、なぜこの時代(関白秀次時代)を舞台にし、秀吉と五右衛門を描いたのかが、読み終わってよくわかった。また、時代ミステリーと付けられているだけあって、あるトリックをいかに、探偵役の前田玄以(後の五奉行の一人)が解くかも重要なカギを握っているので注目したいところ。 このように書くと頭でっかちな推理ものと思われるかもしれないが、とんでもない。クライマックスの五右衛門が難攻不落の伏見城へ侵入し、脱出するシーンでのサスペンス度とダイナミズムは圧倒的だ。秀吉ばかりでなく、石田三成、前田玄以、秀次らも生き生きと描かれていて読み応えがある。今後も岡田秀文さんの活躍からは目が離せない。 物語●大坂城本丸で、一族全員が一堂に会し、太閤秀吉の一子お拾(ひろい)の初誕生の祝儀が行われた。祝儀の後で、秀吉は甥の秀次に関白の座をお拾に譲ることを期待したが、はかばかしい回答をもらえなかった。お拾の祝儀から八カ月ほど立ったある日、京都所司代前田玄以は、五条室町の研師五助こと、石川五右衛門を賊として捕縛に向かった。しかし、すんでのところで、関白秀次の家老・木村常陸介重茲(きむらひたちのすけしげこれ)の屋敷に逃げこまれてしまった…。 目次■序章/第一章/第二章/第三章/第四章/終章/解説 細谷正充 ここから始まる本のリンク▼『はぐれ五右衛門』(鈴木輝一郎著・双葉文庫) |
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恋形見 (こいがたみ)
中村彰彦
写真:白川湧 |
♪『眉山は哭く』(文藝春秋・1995年1月刊)を改題したもの。幕末から明治維新を舞台にした、4つの短篇を収めた作品集。中村さんの描く、この時代に興味があり、読みたいと思っていた作品。 解説の杉本章子さんが、この一冊で中村彰彦という作家の四つの顔を楽しむことができると評していた。幕末から明治初頭を舞台に、4つのタイプの違う短篇を収録している。 「恋形見」は会津藩の照姫と松平容保のかなわぬ愛を描いた恋愛小説。照姫の侍女の回想録をもとにして綴られている。 「間諜 許すまじ」は会津鶴ヶ城に入場した郡上藩脱藩者による凌霜隊をめぐるミステリー。郡上藩の家紋が葉菊であり、菊はよく霜に耐えるという特性があり、この隊名には、会津松平家に合力して艱難を克服しよう、という郡上藩佐幕派の思いがこめられているという。澤田ふじ子さんの作品に『葉菊の露』(中公文庫)という長編があったが、この凌霜隊を描いたものだろうか。 「眉山は哭く」は明治三年の稲田騒動をテーマにした歴史小説。単行本刊行時には、こちらが表題になっていたが、敗者に向けた作者の温かい眼差しが味わえる好編。長編で読んでみたい題材である。 「明治四年黒谷の私闘」は元新選組隊士という水野八郎(橋本皆助)を主人公にした異色エンターテインメント小説。 最近、『江戸三○○藩 最後の藩主』(八幡和郎著・光文社新書)がベストセラーになっているが、歴史のターニングポイントで、各藩がいかに対処したかということを取り上げたのは面白い視点だ。中村さんの作品は、学校の歴史(日本史)の時間では教えてくれない敗者側の視点で描かれているものが多く興味深い。 物語●「恋形見」上総飯野藩藩主保科弾正忠正丕の娘照姫は、会津藩松平家に養女に入ったが、世子容保との結婚がかなわず、他家に嫁入ることになった…。「間諜 許すまじ」郡上藩の城下町・郡上郡八幡に向けて《朝敵之首謀者朝比奈茂吉》と墨書された札を貼られた唐丸駕籠一つと町駕籠二十五が郡上みちを下った。郡上藩は、新政府の東征軍と佐幕軍の二またをかけるために、茂吉らを凌霜隊として会津軍に密かに派遣したが、凌霜隊が朝敵になってしまったのである…。「眉山は哭く」阿波徳島藩の儒学者繭山先生こと、柴秋村は、徳島藩領淡路島の洲本城代を兼ね、石高一万四千五百石の稲田家の独立分藩活動に大きく関与することになる…。「明治四年黒谷の私闘」水野八郎は、幕末に京都見廻組に出仕し、現在は奈良県少監察兼剣術師範を務める渡辺鱗三郎に、竹刀で三本勝負を挑んだ…。 目次■恋形見|間諜 許すまじ|眉山は哭く|明治四年黒谷の私闘|四つの物語 杉本章子|参考資料 |
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はやぶさ新八御用帳(二) 江戸の海賊 (はやぶさしんぱちごようちょう2・えどのかいぞく)
平岩弓枝
カバー装画:佐多芳郎 |
♪家族が買って読み終えた本を手に取っているうちに、十年ぶりに読み進めることにした。『はやぶさ新八御用帳』というと、後期の一話完結の連作形式というイメージを持っていたが、1、2巻はともに長編仕立てである。また、佐多芳郎さんの表紙の女性を女中のお鯉と思っていたが、緋桜小町こと、さくら茶屋で働くお小夜だった。しかも、お鯉の出番はなく、新八郎の妻・郁江が事件に深く関わることに。 ヒロインのことはともかく、この作品はシリーズ中でもっともスケール感がある物語になっていて面白い。また、謎解きの要素も強く最後まで一気に読ませる。「残りのページ数が少なくなったのに、なかなか解決に向かわずにハラハラした」と家族のものも言っていた。 物語の舞台が深川で、地理に不慣れな新八郎が深川を歩き回るので、町の様子が描写されていていい感じである。明石町の寒橋(さむさばし)が登場するが、どこかで聞いたことがあると思ったら、最近読んだばかりの宇江佐真理さんの『おぅねぇすてい』(祥伝社文庫)にも出てきた橋だったからだ。 物語●町奉行所は、本所・深川の水路に入ってくる大藩の船を襲う船幽霊と仇名される海賊の跳梁に手を焼いていた。南町奉行・根岸肥前守の内与力隼新八郎は、町奉行所本所方の同心高丸龍平と、事件の鍵を求めて、桜の名所・飛鳥山へやってきた。そこで、緋桜小町と呼ばれるお小夜がいるさくら茶屋でやすむことにした。花見客でいっぱいのさくら茶屋で、天気が急変し、落雷の中、紫のお高祖頭巾をかむっている女が何者かに刺殺された…。 目次■緋桜小町/仙台堀/海手屋/恋人/滝のある家/竹の市/湊屋襲撃/袖ヶ浦/音無川/消える/板倉屋/女心/阿伽様/終焉 ここから始まる本のリンク▼『密命 弦月三十二人斬り』(佐伯泰英著・祥伝社文庫)、『かくれさと苦界行』(隆慶一郎著・新潮文庫) |
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はやぶさ新八御用帳(一) 大奥の恋人 (はやぶさしんぱちごようちょう1・おおおくのこいびと)
平岩弓枝
カバー装画:佐多芳郎 |
♪『はやぶさ新八御用旅@ 東海道五十三次』を読んだ家のものが、『はやぶさ新八』にはまりつつあり、この本を入手した。十数年ぶりに読み返してみると、結末も含めて、物語のディテールをすっかり忘れていて、初めてのように大いに楽しめた。 サブタイトルの「大奥の恋人」は、淀橋で起こった殺人事件に関する登場人物を指すとともに、事件の探索のために、大奥に潜入したお鯉を指しているのに今さらながらに気付いた。第1巻目は、シリーズのヒロインであるお鯉の魅力が全面的に味わえる。新八郎については色男すぎてイマイチ共感が持てないが…。 物語●根岸肥前守の内与力隼新八郎は、新八郎の祝言にともない、隼家を去り、柏木淀橋町の実家に身を寄せるお鯉を訪ねた。新八郎は、七年も身近に暮らしながら、別れてはじめて、お鯉を好きだったという自分の気持ちに気付いた。その帰り、闇夜の中、淀橋近くで何者かに後ろから斬りかかられた。曲者は逃げたが、あとには、斬死体があった…。 目次■淀橋の殺人/大奥/闇の中の声/鬼子母神/椿/お犬/鷹野/お志賀の方/籠の鳥/雛の日/無月/あの男/御代参/春の影/庵崎にて/心中 |
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五右衛門妖戦記 (ごえもんようせんき)
朝松健
カバー装画:丹野忍 |
♪朝松さんの面白そうな伝奇小説。作家のえとう乱星さんが解説を書かれていたのも興味深い。『妖術 太閤殺し』を改題。 えとうさんの解説によると、朝松健さんの歌舞伎ファンタジーの一つで、「絶景かな、絶景かな」の石川五右衛門の台詞で知られる、「山門五三桐(さんもんごさんのきり)」(「金門五三桐」、「楼門五三桐」ともいう)に、ヒントを得た伝奇時代小説とのこと。司馬遼太郎さんの『梟の城』もその元ネタになっているという。確かに、そう言われればそうだ。 とはいえ、完全に朝松健ワールドで、その奔放な想像力と、スピード感、史料を読みこんだディテールなど、読み出したら止まらない傑作である。 五右衛門と秀吉の対決を軸に、果心居士、出雲阿国、服部半蔵ら、有名人が絡み、スケール感が大きい作品となっている。読後の爽快感が高いととともに、主人公の二代目・五右衛門こと、李三桐(りさんとう、朝鮮の将軍・李舜臣の甥)の目を通して、秀吉の犯した過ちと、愚かさや残酷さを浮彫りにしていることも忘れられない。 物語●京・三条橋南の河原の刑場で、大盗石川五右衛門が、太閤殿下に弓引く逆賊として、釜茹でに処さることになった。秀吉の五奉行の一人、石田治部少輔三成は、五右衛門の老母や妻や子ら肉親の処刑を開始。五右衛門は妖術を遣い、油が煮えたぎる大釜にかけられた青竹の梯子に仁王立ちになる五右衛門と、河原に座って真言を唱える五右衛門と、四角い黒雲の上に乗る五右衛門の三人の五右衛門の姿を見せた。やがて、黒雲の五右衛門が大釜に飛びこんだ五右衛門を救い、二人の五右衛門が河原の五右衛門の身を鷲掴みにして持ち上げて、東北の方角へ消えていった…。 目次■序章 妖異・三人五右衛門/第一章 二代目襲名/第二章 阿国と半蔵/第三章 妖戦開始/第四章 妖戦 伏見城/第五章 時空翔ける天守閣/第六章 師弟妖戦/第七章 妖術 太閤斬/終章 帰去来橋/解説 えとう乱星 ここから始まる本のリンク▼『梟の城』(司馬遼太郎著・新潮文庫) |
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おぅねぇすてぃ (おぅねぇすてぃ)
宇江佐真理
カバー画:安里英晴 |
♪宇江佐さんの初めての明治ものである。今まで江戸の市井を描いてきた作者が、いかに明治という激動の時代をを描くか興味津々。解説が皆川博子さんというのもうれしい。通詞(通訳)を目指し、英語を学ぶ若者・雨竜千吉を主人公とした青春小説。都落ちのような気分で、函館にやってきた千吉が出会った、遊女小鶴、宣教師ジャン・フィリップ、通詞財前卯之吉が、いきいきとして描かれていて魅力的だ。作者が住む町ということで愛着をもって描かれていて、空気の臭いや吹く風の冷たさなど、函館の情景が何とも美しい。 「おぅねぇすてぃ」というタイトルは、正直、真心という意味で、文中で使われているが、主人公の千吉やお順に共通する、不器用だが好ましい生き方のように思われる。 「明治初頭の風俗や時勢も丹念に書き留められていて興味深い。仲間に殿様と呼ばれる水野是清には、モデルがあるのだろうか? 少し調べてみたいところだ。
物語●明治五年、雨竜千吉(うりゅうせんきち)は、叔父の加島万之助が設立した「日本昆布会社」の函館支社にやってきて半年がたっていた。御家人の息子として育った千吉は、父が贔屓にしていた日本橋安針町の唐物屋の娘・お順と恋人の関係だった。お順の父親平兵衛は、幕府の通詞(通訳)をしていた。千吉は、異人と流暢に話をするのを見て、通詞になりたいと思った。平兵衛に紹介さらた、横浜のイギリス人貿易商マイケル・ケビンのもとで、袴田秀助、一万八千石の大名家の跡取り水野是清、絵師の弟子・才門歌之助らと、英語を学んだ。 目次■可否/おぅねぇすてぃ/明の流れ星/薔薇の花簪/慕情/東京繁栄毬唄/文庫のためのあとがき/解説・皆川博子 ここから始まる本のリンク▼『幕末あどれさん』(松井今朝子著・PHP文庫) |