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2004年3月・弥生の巻
本能寺 上・下 by 池宮彰一郎 |
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お吉写真帖 (おきちしゃしんちょう)
安部龍太郎
カバーイラスト:柴田ゆう |
♪横浜の写真家の草分け・下岡蓮杖を描く表題作はじめ、六篇を収録した短編集。『時代小説 読切御免第二巻』(新潮文庫)を読んだら、久々に安部龍太郎さんの本が読みたくなった。幕末をテーマに西洋のしん技術を支えにたくましく生き抜く実在した人たちの姿を描く短篇集。年代順に並べてあって、時代の動きもよくわかる。 「ヘダ号建造」安政の大地震で沈没したロシアの軍艦ディアナ号の替わりに、洋式帆船を建造することになった戸田村(へだむら)の船大工・虎吉の奮闘ぶりが伝わる、読み味のいい作品。 「お吉写真帖」元絵師の桜田久之助が写真技術を習得し、写真家・下岡蓮杖として活躍するまでを描く。写真家を目指すことになった動機とその後の奮闘ぶりがドラマティック。 「適塾青春記」適塾で学ぶ若者たちを描き、胸が熱くなる青春小説。同じテーマで、ぜひ、長編を書いてほしいところ。 「オランダ水虫」主人公の西周は、哲学という用語の考案者として知られる明治を代表する文化人。同じ津和野出身の森鴎外は遠縁にあたる。価値観や使命が違う西と榎本釜次郎(榎本武揚)ら海軍士官たちが対立しながら、一つの船に乗り、留学に向かう旅を続ける。二百数十年鎖国していた幕府が初めて派遣する留学。想像できないほど、困難があったと思う。 「まなこ閉ぢ給ふことなかれ」女性新聞記者第一号となる、向井春子とその後、大物政治家となる星亨の関係が面白い。 「贋金一件」薩長主導の明治維新に批判的だった、大聖寺藩士たちの行った贋金づくりの顛末を描いた短篇。価値観が一日でひっくり返る混沌の時代らしさが伝わってくる。 血腥い戦闘シーンや時代に散っていた人の死を描くことなく、幕末を感じさせてくれる、安部さんらしい読後感のよい幕末小説だ。 物語●「ヘダ号建造」伊豆戸田村の船大工上田虎吉は、自分の目で洋式帆船を見たくて、下田に入港するロシアの船を見学に出かけた…。「お吉写真帖」下田奉行所に臨時雇いの接待役を勤めながら、時折絵筆を握る絵師の桜田久之助は、下田芸者のお吉に今の姿を描いてほしいと依頼された。お吉は、アメリカ総領事のタウンゼント・ハリスの看護人(内実は侍妾)になることになっていた…。「適塾青春記」適塾で学ぶ長与専斎は、二十一歳になりながらも、恋にはうぶで、片思いの相手、越前福井藩蔵屋敷留守居役の娘・沙恵に思いを伝えられず苦悶していた…。「オランダ水虫」オランダ留学を目前に控えた、西周助(周)は、足裏にごま粒ほどの水疱ができているのを見つけた。ジョン万次郎から英語を学ぶ仲間たちが、オランダ水虫と呼んでいる疾患が1年ぶりに再発したのである…。「まなこ閉ぢ給ふことなかれ」英語が堪能で、『万国新聞紙』で翻訳をするために横浜に移り住んだ星亨。その星を追って、五百石の旗本の娘・向井春子は、横浜まで来たが、冷たく突き放されて途方に暮れているところを、新聞の発行人のベイリー牧師に救われ、教会に住み込み、版下書きの仕事を与えられた…。「贋金一件」加賀前田家の支藩である大聖寺藩は、熱烈な佐幕論をとなえ、薩摩・長州勢との徹底抗戦を主張していたが、鳥羽・伏見の幕府軍の敗報が届くや、一転恭順の意を示した。大聖寺に北陸道鎮撫隊を進駐させた総督の高倉三位から思いもかけぬ難題を持ちかけられた。越後長岡藩を攻めるための、ミニエール銃の弾薬(パトロン)二十万発の供出を命じられたのである。藩の財政破綻しているところでの、二万両にのぼる費用負担である。この窮地に、藩士の石川嶂とその恩師東方芝山が考えついた秘策とは…。 目次■ヘダ号建造|お吉写真帖|適塾青春記|オランダ水虫|まなこ閉ぢ給ふことなかれ|贋金一件|解説 島内景二 ここから始まる本のリンク▼『開陽丸、北へ』(安部龍太郎著・講談社文庫) |
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水雷屯 信太郎人情始末帖 (すいらいちゅん・しんたろうにんじょうしまつちょう)
杉本章子
和紙協力:(株)ゆしまの小林 |
♪『おすず』に続く、「信太郎人情始末帖」シリーズの第二巻。昭和30〜40年代の小説本を思わせる装幀が面白い。ものを知らないために、「すいらいとん」と読んでしまった。「水雷屯(すいらいちゅん)」とは、八卦見で、多事多難の相のこと。主人公は、四年前、二十二の秋に、許嫁がいたにもかかわらず、吉原仲之町の引手茶屋千歳屋のお内儀おぬいと深間になり、大身代の太物問屋美濃屋を勘当になった信太郎。思うところがあって、千歳屋を出て、今戸町の慶養寺寺近くの万平店の長屋に一人住み、猿若町の河原崎座で、大札をつとめるおぬいの伯父のつてで、勘定方の仕事を手伝っている。 芝居小屋の周囲で起こる事件に巻き込まれる信太郎が、持ち前の好奇心の強さと推理力、洞察力から、事件を解き明かす捕物小説だ。年上の女性と訳ありの若者というと、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』が思い出される。黒船来航時ということで、時代背景もほぼ同じで共通項といえる。ディテールとして、芝居の世界が描かれているのが興味深い。 謹厳なイメージの義兄の不倫、幼なじみの冤罪、不審な火事と殺人事件、長屋の住人が巻きこまれた災難…。信太郎自身も水雷屯ともいうべき、多事多難ぶりを見せる。おぬいとの関係にも新たな進展があり、信太郎の周囲でも新たな恋もようがみられ、今後がますます期待される楽しみなシリーズである。 物語●「水雷屯」信太郎は、義兄で木綿問屋の主人・庄二郎から、相談を持ちかけられた。妾宅で手形を奪われ、妾も行方不明だという。評判の女占い師に見てもらうと、水雷屯という多事多難の相が出た…。「ほうき星の夜」信太郎の幼友達で、岡っ引の手下を務める元吉が、不仲の兄貴分の常蔵殺しの嫌疑をかけられて大番屋送りになった…。「前触れ火事」河原崎座の囃子方の貞五郎と相惚れの仲の芸者・小つなを贔屓にする呉服屋がもらい火に遭った…。「外面」居酒屋で、万平店の住人たちと飲んでいた信太郎は、中間と亡きぼくろの男の不審な話を耳にした…。「うぐいす屋敷」万平店の住人で植木職人・かん助が半纏を借金のかたとして、金貸しにとられたという…。 目次■水雷屯|ほうき星の夜|前触れ火事|外面|うぐいす屋敷|解説 清原康正 ここから始まる本のリンク▼『御宿かわせみ』(平岩弓枝著・文春文庫) |
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居眠り磐音 江戸双紙 朔風ノ岸 (いねむりいわね・えどそうし・さくふうのきし)
佐伯泰英
カバーイラストレーション:蓬田やすひろ |
♪大好きな「居眠り磐音 江戸双紙」の最新作。帯には「蒼月落つ鐘ヶ淵」と書かれていた。鐘ヶ淵といえば、『剣客商売』の秋山小兵衛の隠宅があるところだが…。「春先の縁側で日向ぼっこをしている年寄り猫」と表される坂崎磐音の「居眠り剣法」が、江戸を騒がす大事件を一刀両断する「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズ。チャンバラシーンの迫力ばかりでなく、江戸の市井に生きる庶民たちの人情と季節の風物も描きこみ、江戸情緒を楽しませてくれる。 絵師の北尾重政や蔦屋重三郎、蘭医中川淳庵らも登場し、物語に絡んでくるのが興味深い。
物語●坂崎磐音は、両国西広小路の両替商今津屋で用心棒の仕事の帰りに、除夜の鐘を両国橋の上で聞いた。初詣に行く人や、掛取りに歩く商人、借金を逃れて町をふらつく職人などで、混雑する人込みの中、磐音は、番頭風の男が五十両を掏摸にあったと騒いでいるところに出くわす。正月早々、番頭の勤める名代の草履商備後屋の一家と奉公人が毒殺されるという事件が起こった…。 目次■第一章 府内新春模様/第二章 三崎町初稽古/第三章 早春下田街道/第四章 寒月夜鐘ヶ淵/第五章 待乳山名残宴 ここから始まる本のリンク▼『剣客商売』(池波正太郎著・新潮文庫) |
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かくれさと苦界行 (かくれさとくがいこう)
隆慶一郎
カバー:西のぼる |
♪歴史学者の網野善彦氏が死去された(2004年2月27日)というニュースを新聞で読み、久しぶりに隆さんの伝奇時代小説を読みたくなった。『吉原御免状』に始まる、隆慶一郎さんの伝奇時代小説は、「道々の輩」や「公界」など中世自由人たちにスポットをあてた、網野史学の影響を多大に受けている。前作、『吉原御免状』(新潮文庫)を読んでいない方は、目次代わりに、巻頭に書かれた以下の〔登場人物〕紹介が役立つ。 〔登場人物〕隆さんが亡くなられた年(1989年)に、単行本で読んで以来ないので、15年ぶりぐらいで読み返してみた。当時は、ストーリーテリングの見事さを堪能しつつ、一気に読み切り、他の著作へ移って行ったために、面白かった以外の記憶は残っていなかった。改めてこの作品と向き合ってみると、単なる伝奇時代小説ではなく、人間愛(男女の愛や家族の愛ばかりでなく)の物語であることがよくわかり感動した。 敵役が酒井忠清でなければならなかったのかも今回初めて理解できた。縄田さんの解説によると、『吉原御免状』からはじまるこのシリーズは四部作になるところだったという。『かくれさと苦界行』が好評作の続編というだけではなく、一個の独立した作品としても傑作エンターテインメントになっている。このシリーズが、その圧倒的なスケールから、『指輪物語』のように、多くの読者を魅了するサーガノベルになったかもしれないと思うと、隆さんの短すぎる著作期間が今更ながらも、残念に思う。一連の隆さんの物語のアカデミックなバックボーンをなった、網野善彦氏の労作に感謝するとともに、その死を悼みたい。 物語●六年前に裏柳生の総帥の地位から転落した柳生義仙が、裏の人間の大方と一緒に柳生谷から消えたという知らせが、柳生宗冬から吉原にもたらされた。義仙は、老中首座酒井忠清と組んで吉原に圧力を加えて来た。その企みは、吉原五丁町の惣名主になった松永誠一郎によって潰え去ったかに思われたが…。義仙は右腕を失いながらも、六年間でさらにパワーアップして帰って来た。そして、『お館さま』と呼ばれる柳生の守護神も誠一郎の前に現われた…。 目次■目次なし |
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時代小説 読切御免第二巻 (じだいしょうせつ・よみきりごめん2)
新潮社編
カバー装幀:大貫卓也 |
♪各短篇に中江克己氏のコラムが付いていて、短篇で困る背景知識に関するフォローもあって、入門編として手頃かも。平成九年新潮社より刊行された単行本『歴史の息吹』『白刃光る』『市井図会』の一部を再編集し、新たにコラムを加えたもの。 市井もの&捕物の「傷」(『傷 慶次郎縁側日記』新潮文庫・収録)と、関ヶ原決戦前を描く「伏見城恋歌」(『忠直卿御座船』・講談社文庫・収録)は既読だったが、他は未読だったので大いに楽しめた。 「五輪くだき」は江戸の相撲を取り上げた短篇。同じ作者の『重蔵始末』(講談社刊)のワンシーンを思い出した。「峠の剣」は仇討をテーマにした剣豪小説。「一夜の客」は、遣唐使の時代を描いた珍しい時代小説。杉本苑子さんの作品はこれからどんどん読んでいきたいと思っている。「赤城の雁」江戸後期の博徒大前田栄五郎の若き日を描いた短篇。「死に番」新選組もの。池田大次郎という隊士のことは知らなかった。(我ながら、まだまだ甘いなあ) 時代小説で扱うテーマの幅広さ、バラエティの豊かさを感じさせる企画で、時代小説の入門者ばかりでなく、新しく読む作家を開拓したい人にもおすすめの本である。 物語●「傷」京橋弓町で男が二人、怪我をし、そのうちの一人が、元同心の森口慶次郎を呼んでくれと名指しで頼んでいるという。男は蔵前の札差の番頭で知らぬなではなかった。相手の男は蛙の伝左の通り名をもつ、界隈の鼻つまみだった…。「伏見城恋歌」豊臣秀吉の元側室の松の丸(京極竜子)が伏見城留守役を務める木下勝俊のもとに入城を希望してやってきた…。「五輪くだき」山越藩御側組番頭・橋田十内は、領内で力自慢の見世物興業をしている、百姓の次郎吉とおすみの兄弟に出会った…。「峠の剣」沼田城下から三国峠にほど近い法師の湯に湯治に来ていた隠居の絹は、十に満たない男の子と枯木のように痩せこけた白髪白髯の老翁をおぶった、六十年配と見える男と出会った…。「一夜の客」腹痛に苦しむ古志老人は、唐土に渡るために難波の津に向かう医師の佐伯真束と荷持ちの国麻呂に助けられ、一夜の宿を提供することにした…。「赤城の雁」東海道・袋井宿の近くの山梨村の巳之助一家へ、上州無宿の栄五という二十六、七の育ちのいい、粋な身振りのの旅人が草鞋を脱いだ…。「死に番」元治元年十月、新選組隊長近藤勇が江戸で隊士を募ったとき、徴募に応じた壮士の中に、大村加卜(おおむらかぼく)が鍛えた大刀を腰にした者がいた。御府内浪人池田大次郎であった…。 目次■北原亞以子 傷|≪コラム≫江戸の不倫は命懸け|安部龍太郎 伏見城恋歌|≪コラム≫贅を究めた伏見城築城秘話|逢坂剛 五輪くだき|≪コラム≫江戸の相撲は女性お断り!|佐江衆一 峠の剣|≪コラム≫仇討の成功率はどれくらいだったか?|杉本苑子 一夜の客|≪コラム≫遣唐使たちの知られざるドラマ|伊藤桂一 赤城の雁|≪コラム≫江戸の刺青はやくざだけじゃなかった!|津本陽 死に番|≪コラム≫新選組はどれくらい強かったか?|著者略歴 |
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時代小説 読切御免第一巻 (じだいしょうせつ・よみきりごめん1)
新潮社編
カバー装幀:大貫卓也 |
♪単刀直入・明快なタイトルと、『ノルウェイの森』を彷彿させる装幀に惹かれてGet!平成九年新潮社より刊行された単行本『歴史の息吹』『白刃光る』『市井図会』の一部を再編集し、新たにコラムを加えたもの。 アンソロジー(CDでいうところのコンピレーション・アルバムといったところか)としてのテーマは、とくにないように思われている。テーマやトーンは、バラバラであるだけに、何でもありの時代小説の懐の深さを感じさせる。収録作家も豪華で、時代小説に興味を持ってもらうにはよい試みだ。中江克己さんのコラムが作品に関連するトピックについてのもので、時代小説ファンにとってありがたい。 宮部みゆきさんの「謀りごと」(『堪忍箱』新潮文庫・収録)と南原幹雄さんの「決闘小栗坂」(『札差平十郎』角川文庫・収録)は既読であったが、他ははじめて読んだ。 安西篤子さんの「刈萱」が淡々とした筆致の中にも不思議な味で印象に残る。冒険小説でおなじみの船戸与一さんの珍しい短篇時代小説を収録したのが新鮮だ。「杖下」は北方さんらしさが出ている現代風の時代小説。「一生不犯異聞」は小松さんらしいひねりが利いた謙信の秘密に迫る短篇。「土場浄瑠璃の」は皆川さんの得意とする幻想ものと芸能ものの融合が楽しめる。それぞれの物語が短い中で、作家たちの個性がしっかり出ているところは見逃せない。 物語●「杖下」南町同心の古市総十郎は、医師の矢野圭順が四人の武士に連れ去られそうになるところに出くわした…。「謀りごと」深川吉水町の丸源長屋は、十年間、たった一度の火事にも遭っていないというのが、差配人の黒兵衛の自慢だった…。「一生不犯異聞」十四歳の長尾景虎(のちの上杉謙信)は栃尾城で、初陣のときを迎えていた…。「刈萱」権現山のかいどり峠で、彦作とかのの夫婦が営む茶店に二人の武士がやってきた…。「決闘小栗坂」大晦日の節季を控えたある日、武家の若奥方ふうの女が初老の用人を連れて、天王町の札差辰巳屋の暖簾をくぐった…。「土場浄瑠璃の」野天小屋でうつ、鳴渡太夫の土場浄瑠璃で、茶汲みをする爺の由次郎のもとに、仇っぽい女がやってきた…。「夜叉鴉」長州藩に身を寄せている尊攘派公家の急先鋒の中山忠光は、急進派の高杉晋作を支持する長府藩士らに命を狙われた…。 目次■北方謙三 杖下|≪コラム≫恐るべし! 江戸の医術|宮部みゆき 謀りごと|≪コラム≫ちょっとうらやましい!? 長屋暮らし|小松重男 一生不犯異聞|≪コラム≫上杉謙信はホモか? インポか?|安西篤子 刈萱|≪コラム≫茶屋のアイドルはどこへいった?|南原幹雄 決闘小栗坂|≪コラム≫江戸のサラ金ビジネス|皆川博子 土場浄瑠璃の|≪コラム≫蛇から猫へと進化した三味線|船戸与一 夜叉鴉|≪コラム≫維新を陰で支えた商人|著者略歴 |
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出合茶屋 (であいぢゃや)
阿部牧郎
カバー装画:菊地ひと美 |
♪元武士で貸本屋を営む町之介の愛と性と商いを描いて好評だった『後家長屋』の続編。やはり購入には気恥ずかしいものがあるが…。前作『後家長屋』から5年。町之介は商売にも、浪速の町にも慣れ、色事の方もますます快調といったところ。 連作形式で、一話に一つずつ情事が描かれていて、解説の白倉さんによると、江戸時代の艶本をなぞらえて書かれているのではないかということ。なるほど。、それはともかく、テーマの割に、イヤらしくなく、電車の中でも安心して読める。作品の最大の魅力は、文政期の大坂の人情と風俗がビビッドに描かれていること。続編を期待したい作品の一つである。
物語●大坂島之内鰻谷にで貸本屋兼本屋「泰平堂」を営む町之介は、口うるさい老母徳江と一人息子才太郎を抱える32歳の男やもめ。もとは陸奥三戸藩で五十石取りの下級武士であった。大坂・堀江の安井天神崖下の出合茶屋の勝手口で、亭主と世間話をしていた町之介は、割高な離れ座敷の座敷代を値切る夫婦者に出くわした。町之介の顔見知りの高麗橋通りの鏡店の主人と内儀だった。家にいたらタダでできるのに、なんでお茶屋で高い金を使ったのか、町之介は不審をもった…。 目次■出合茶屋/村から来た娘/旦那替え/蔵の中/隠居の恋/ひたむき/廻し祝い/解説 白倉敬彦 ここから始まる本のリンク▼『奴の小万と呼ばれた女』(松井今朝子著・講談社文庫) |
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氷葬 (ひょうそう)
諸田玲子
写真:Shoichi Itoga/amana image |
♪『誰そ彼れ心中』が面白かった諸田さんのサスペンス時代小説。夫の不在中に、平凡な若妻を襲った忌まわしい事件、諸田さんらしい緊迫感あふれる発端から、ジェットコースターのようにめまぐるしく物語は展開する。『ラストサムライ』や『たそがれ清兵衛』のアカデミー賞のノミネートの影響からか、数日前のTVで、ハリウッド映画は次のコンテンツとして、日本の時代劇を狙っているというような報道があったが、この作品なら、映画化しても、外国人にもわかりやすいものになりそうだ。 『氷葬』のヒロイン芙佐が、物語が進むにしたがって、だんだんと現代的な考え方をしていく。そのために、読者はどんどん主人公に感情移入ができて、面白く読める。舞台設定だけ江戸時代に借りた、新感覚サスペンス小説と思ってもよいかもしれない。 と思わせておいて、実はしっかりとこの時代ならではの事件(こと)も盛り込んでいるのが素晴らしい。これ以上はネタをバラしそうになるので魅力を説明できないのが残念。 物語●芙佐は、岩槻藩士の夫・奥村賢太郎が江戸出府中のため、生後間もない賢之助を産み育てるために、城下から二里あまり離れた黒濱村の老夫婦の隠居宅に移り住んでいた。老夫婦と女中のお初だけの芙佐の寓居に、賢太郎と江戸の学問所が同じだった侍・守谷虎之助が訪ねて来た。守谷は自藩の厄介ごとのために、江戸へ参る途上で、追手に追われる身で、芙佐に書状を託すとともに、一夜の宿を借りたいと頼み込んだ。爬虫類を思わせる目鼻立ちや体を嘗めまわすよう視線に薄気味悪いものを感じながらも、夫の顔をつぶすこともできずに、守谷を泊めることになった…。 目次■第一章 長月――黒濱村/第二章 神無月――岩槻城下/第三章 霜月――小幡/解説 東直子 |
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本能寺 上・下 (ほんのうじ・1・2)
池宮彰一郎
カバー題字:蘇東坡 |
♪『島津奔る』が盗作(無断引用)嫌疑がかかり、版元(新潮社)による回収処分があったということを聞き、池宮さんのことが心配になる。戦国期の最大の事件というと、やはり、本能寺の変ということになり、なぜ、光秀が信長を討ったのかという謎の解明がテーマになっている著作は多い。残された資料が、後の為政者にとって都合がよいものであるという性質を考えると、巷間伝えられる説明に今一つすっきりと納得できないものを感じている。 信長と光秀の関係を、現代的な視点で神と人という形で対比して描いた作品としては、堺屋太一さんの『鬼と人と 信長と光秀』(PHP文庫)があった。池宮さんの『本能寺』も、信長を神に近い天才としてとらえ、旧体制の既得権一切を破壊し、新しい時代を創造する、美意識の高い人物として描いているのが面白い。そのために、作品全体に悲惨さがなく、ダイナミズムがあり、清涼感さえ感じられる。 昔からなぜか明智光秀に対して、一種のシンパシーを感じていた。本書を読んで、その原因が何となく見えてきた気がする。光秀は、戦国時代の武将の中で、唯一といっていいほど、現代的な常識をもつ知識人であるように描かれることが多いからであろうか。ただし、戦国という、異様な時代に常識人であることは、不幸でさえある。本能寺の変がなぜ起こってしまったのか、その最大の要因は、やはり光秀のもつ気質によるところと考えることが自然なのかもしれない。 信長の偉業の後継者は、明智光秀という、斬新な解釈で一気に、本能寺ノ変の真相を綴っていくところが最大の見どころ。作者の漢文の素養を感じさせる、漢字が多い文体が格調高く、この歴史小説にぴったり合っている。
物語●永禄十年八月、美濃の主城稲葉山城を攻略した織田信長は、岐阜城と呼ばせ、その城下町の井之口の町名を岐阜と改称し、本拠を尾張小牧山より移した。翌年春、信長は、足利将軍の使者という名義で、岐阜に出向いてきた明智光秀と出会った。光秀は、朝倉義景に薄禄で養われていたが、その博学多識を高く評価し親交を深めている足利義昭を擁立する細川藤孝により、織田家との連絡将校として、信長に召し抱えるように推挙されていた。光秀の仕官のための面談は成功し、見送りに出た初対面の木下藤吉郎の、あけっぴろげで如才ない人柄にも魅せられ好感をもった…。く(以上上巻より) 目次■雲煙飛動/白刃可蹈也/蜀犬日に吠ゆ/飛蓬風に乗ず/盤根錯節/戈を揮って日に反す/一以て之を貫く(以上上巻)|一以て之を貫く(承前)/志、千里に在り/兵は猶、火の如し/月明らかに星稀なり/抜山蓋世/死生命あり/志、満たすべからず(以上下巻) ここから始まる本のリンク▼『鬼と人と 信長と光秀』(堺屋太一著・PHP文庫) |