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2003年10月・神無月の巻
峠 慶次郎縁側日記 by 北原亞以子 |
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鴻池小町事件帳 浪華闇からくり (こうのいけこまちじけんちょう・なにわやみからくり)
築山桂
装画:卯月みゆき |
♪『大坂を舞台にした時代小説『浪華の翔風(かぜ)』が面白かった、築山さんの初の文庫作品。今までの作品が、鳥影社という出版社からの刊行のせいか、なかなか著作を目にする機会がなかっただけに、ハルキ文庫(角川春樹事務所)からの発行はうれしい。しかも文庫書き下ろしというから、今後のシリーズ化も期待できそう。鴻池家ものというと、南原幹雄さんの『鴻池一族の野望』(徳間文庫)を思い出す。悲運の戦国武将山中鹿之助の二男幸範を祖とする、鴻池家。主人公の澪は十八歳ながら、鴻池本家の総帥、善右衛門の娘で、わずか十一歳で嫁ぎながら、大塩平八郎の乱の影響で、3日で夫を失い、今は、鴻池の後家小町と呼ばれている。 その澪が、芯からのお嬢さま育ちの怖いもの知らずを最大の武器に、大塩平八郎の乱の傷跡を引きずるような鴻池家を襲う事件に立ち向かうミステリータッチの時代小説。 大坂の町を舞台にした時代小説が少ないだけに新鮮。 物語●大坂市中でも随一の長者と名高い、両替商鴻池善右衛門の屋敷前で、一見してまっとうな侍でないと判る身なりの菊池兵吾ら六人の若者が、手代の一人に難癖をつけていた。そこに、十一歳で嫁ぎ三日で後家となり、叔父の希楽のもとで暮らす善右衛門の娘・澪が兄の病気見舞いにやってきて、事件に出くわす…。 目次■第一章 豪商の娘/第二章 黒猫の男/第三章 曾根崎新地/第四章 異国商い/第五章 歳後の薬/終章/解説 細谷正充 ここから始まる本のリンク▼『奴の小万と呼ばれた女』(松井今朝子著・講談社文庫)、『鴻池一族の野望』(南原幹雄著・徳間文庫) |
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引札屋おもん 鎌倉河岸捕物控 (ひきふだやおもん・かまくらかしとりものひかえ)
佐伯泰英
装画:浅野隆広 |
♪『橘花の仇』『政次、奔る』『御金座破り』『暴れ彦四郎』『古町殺し』と続く、鎌倉河岸の酒問屋に集う群像が活躍する捕物シリーズ第六弾。メールをやり取りさせてもらっている豊島屋の吉村俊之さんから、以前に佐伯泰英さんとの交流ぶりをうかがったことがあったが、その結果がこの作品に反映されているとは、すごく親近感をもって読むことができた。あとがきで作者自らが執筆のいきさつを書かれているが、江戸の名店が現在も盛業中というのは、人の想像を超えた希有なことではないだろうか。 作者がフィクションと断り、吉村さんも残念ながら祖先には清蔵さんはいなかったとおっしゃられていたが、この「鎌倉河岸捕物控」シリーズの名脇役の清蔵さんにスポットが当てられることになり、その奥行きが広がり、ファンとしてはうれしい限りだ。 また、今回、政次が剣術の稽古に通っている、赤坂田町の直心影流神谷丈右衛門道場で目録を授与されたことも大きなトピックといえる。 物語●「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」という惹句で江戸中に知れている鎌倉河岸の酒問屋豊島屋(としまや)は、数年後に創業二百年を迎える老舗だった。主人の清蔵は、この文句を利用して新規の絵引札の考案をしようとしていた。そんな折り、清蔵は、麹町に新しくできたばかりの引札屋の開店に出くわした。そこで、二十ニ、三で後家になり、商売を始めたばかりのおもんに一目ぼれした…。 目次■序章/第一話 七夕の殺人/第二話 三条長吉の小柄/第三話 水底の五千両/第四話 放生会の捕り物/第五話 千社札/終章/あとがき 豊島屋について |
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八年後のたけくらべ (はちねんごのたけくらべ)
領家高子
カバー装画:山本松谷「浅草雷門」より(『新撰東京名所図会』明治四十一年) |
♪樋口一葉の愛と青春を描いた明治を舞台とした時代小説。作者は東京・向島で生まれ育ち、『九郎判官』などの著作がある。樋口一葉。貧苦の中で小商いをしながら父亡き後の家族を養い、たけくらべ、にごりえなどの珠玉のような短篇小説を残して、流れ星のように早く世を去った明治時代の女流作家。「一葉、夏の日々」とほぼ同じようなイメージしかもっておらず、この本に出会わなければ、興味をもつことはなかったかもしれない人物である。 樋口一葉の代表作「にごりえ」と「たけくらべ」の世界を再構成した2作品と、一葉(夏子)の妹・邦子の視点で、姉との別離を描いた「葬列」、その生き方を読み解いた「日記」の4篇は、時代小説の範疇に入れることができそう。作者自身を投影させたような妙を主人公に、一葉との出会い綴った「一葉、夏の日々」は現代小説にあたる。 本書を通じて、一葉への距離がぐっと縮まり、思わず新潮文庫版の『にごりえ・たけくらべ』を購入してしまった。一葉作品を読了後に、はじめて『八年後のたけくらべ』の本当の面白さ・凄味を実感できるのではないかと確信している。 物語●「お力のにごりえ」銘酒屋「菊の井」のお力は、二階の窓敷居に体をはすにして、浅く腰掛ながら、ぼんやりと往来を眺めていた…。「八年後のたけくらべ」信如は、十五歳で比叡山無動寺谷に修行に出て以来、八年ぶりに生まれ育った東京下谷区大音寺前に帰ってきた…。「葬列」明治二十九年十一月二十三日、一葉樋口夏子永眠。病名喉頭結核。妹の邦子には、大きな借金が遺された。葬儀の日の朝、喪服の邦子は、庭の池を睨みつけていた…。「日記」姉の死後十五年、妹邦子はでき上がったばかりの樋口一葉全集巻の一を胸に抱えて思い出の向島にやって来た…。「一葉、夏の日々」ニ十年の結婚生活にピリオドを打つべく、妙は祖母の家に帰ってきた…。 目次■お力のにごりえ|八年後のたけくらべ|葬列|日記|一葉、夏の日々|解説 常盤新平 |
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波涛剣 (はとうけん)
上田秀人
カバーデザイン:東京図鑑 |
♪宝蔵院流一刀流の遣い手であり、将軍家見聞役・三田村元八郎が活躍する時だ小説シリーズ第4弾。吉宗の老齢につけこもうとした老中筆頭松平左近将監乗邑と朝廷をわがものにと暗躍した近衛内大臣内前との戦いを描いた『竜門の衛』。吉宗最大の敵、尾張藩主徳川宗春とその走狗柳生主膳との戦いを綴った『孤狼剣』、そして前作では、徳川家最大の秘事を巡って天草忍びに宮本武蔵の後胤総馬と対峙した『無影剣』。いずれも圧倒的なスケールとめくるめく剣戟シーンで、ハマる時代小説シリーズになっている。 今回は、さらにスケールアップして、薩摩に、朝鮮に、琉球とその活躍の場を大きく広げた。伏見宮、広橋兼胤、桜町院、将軍家重、大岡出雲守忠光から、妻の香織、娘の冴香、香織の兄でお庭番の村垣三太夫、その父・掃竹、盗賊・夜火の菊次郎や元関脇で小者の貞五郎など、おなじみの面々も登場し、物語に彩りを添える。話を面白くしているのが、前回から引き続き現れる、剣術バカの宮本総馬の存在。
物語●三田村元八郎は、妹由の公家広橋侍従兼胤との婚儀を明日に控え、父の順斎と京・伏見宮貞健親王家で、警護にあたっていた。そこに二人を名指しで、数人の覆面の侍が襲ってきた。由の門出を血で染めることを厭い、外におびき出された太捨流の免許皆伝である順斎は、甲冑に槍という時代外れの騎馬武者と戦い、その槍に脇腹をしたたかに突かれ鴨川へとびおりた…。 目次■序章/第一章 初夏の嵐/第二章 江都の夜/第三章 旅の去就/第四章 西海の航跡/第五章 南海の断/第六章 決戦の火/終章 |
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入内異聞 (じゅだいいぶん)
嶋津義忠
デザイン:奥村靫正 |
♪嶋津さんというと、伊賀忍者もので傑作が多いが、うかつにも、タイトルから、今回は徳川二代将軍秀忠の姫和子が後水尾帝に嫁ぐあたりの話で、伊賀忍者と関係がないと思っていた。主人公の木地師の左ん平は、実は、十五年前に服部石見守正就に、柘植重兵衛(あの『半蔵の槍』などの主人公)らと反旗を翻した、伊賀同心組頭の上野左衛門という設定。柳生新陰流の遣い手で、土井利勝の家老の長男・菊池小太郎、神夢想林崎流の居合の達人で町方の神谷三十郎、藤堂藩の無足人(忍び)などが事件に絡む。嶋津ワールドが満喫できる一冊。 物語●木地師の左ん平は、二十歳まで育てた自慢の息子辰平を何者かに斬殺された。辰平は、京漆器の店〈京屋〉の勘七のもとで内弟子として塗師兼蒔絵師兼螺鈿師として働いていたが、嵯峨野へ至る嵯峨街道沿いの竹薮の中で死んでいるのみつかった。左ん平は、死骸の刀傷を目に刻み込み、復讐を誓った。辰平は、その直前、徳川二代将軍秀忠の娘和子(まさこ)が後水尾帝へ嫁ぐ際に納品する文箱の意匠を担当していた…。 目次■第一章/第二章/第三章/第四章/第五章/第六章/第七章/『影丸伝』から『ムジナ』 ここから始まる本のリンク▼『花と火の帝』(隆慶一郎著・講談社文庫) |
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長い道程 (ながいみちのり)
堀和久
カバーデザイン:菊地信義 |
♪第二回中山義秀文学賞受賞作ということで、どうしても読んでみたくなった。しかし、出版元で品切れ増刷未定ということで、ネット書店や三省堂書店本店などにあたったがなく、あきらめかけていたが、渋谷のブックファーストで運良く見つかった。物語は、弱小旗本から勘定奉行にまで異例の出世を果たした田口喜行の半生を描いた長編小説。 タイトルの「長い道程」という言葉は、十四歳の忠邦が語った、幕閣入りを目指し、裕福な唐津からしかるべき地へ転封をし、奏者番を登竜門に、寺社奉行、大坂城代、京都所司代、西丸老中、本丸老中へ昇進し、老中首座を占めるという大願成就を指して、喜行が言った言葉である。それは、また、小普請組二百石取りの旗本の嫡男喜行の半生を予感させる言葉でもある。 中野播磨守清茂が登場し、その描き方が興味深かった。 今回初めて、堀さんの作品を読んだが、童門冬二さんの作品のように読みやすいと感じた。 物語●小普請組二百石取りの旗本の嫡男で、十五歳の田口喜行(たぐちよしゆき)は、師の中西鳩園の推薦で、肥前唐津藩六万石水野家の世子・於菟五郎忠邦の学友になった。喜行の祖父・田口喜古は、飛騨郡代を務めた一族の誇りで、その一人娘で喜行の母の峯は、喜古の勉学ぶりや業績を繰り返し語り、幼い息子を激励してきた。「鬼女のごとし」と評判になった熾烈な教育ぶりもあり、喜行は昌平黌始まって以来最年少の合格者と称えられる秀才ぶりを示し、和算も得意とした。喜古は、たちまち忠邦のよき友となり、片腕と頼りにされるようになったが…。 目次■第一章 学問お相手/第二章 暗涙/第三章 尾花沢春秋/第四章 栄転と百鬼夜行/第五章 長崎奉行/第六章 上書と砲術演習/第七章 青雲迷路/あとがき/参考文献/解説 楠木誠一郎 |
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夜桜乙女捕物帳 (よざくらおとめとりものちょう)
和久田正明
カバーイラスト:蓬田やすひろ |
♪東北旅行のお伴に、東京駅の書店で、蓬田さんの装画に惹かれて購入。ヒロインの乙女は、中村歌右衛門の養女で、実は放蕩時代の遠山左衛門尉景元(金四郎)の実の娘。父親ばりの義侠心を持ち、根岸真蔭流の印可を受けた剣の遣い手でもある。さらに残聴という超能力の持ち主でもあるという設定。その乙女に絡むのが、北町奉行所同心伊佐山久蔵と娘の千代、謎の若侍、袴田右近。 単純そうな町家の不倫がもとの奇妙な殺しの裏に、大奥の醜聞が…。意外にスケールが大きな筋立てが面白い。 プロフィールによると、作者はテレビ時代劇(『桃太郎侍』『暴れん坊将軍』など)としてニ十年以上のキャリアをもつほか、松平健や舟木一夫、坂本冬美らの商業演劇の舞台脚本も手がけていたそうだ。タイトルに夜桜とついていて、坂本冬美を思い出したのもそういう関連かな。 物語●河原崎座座頭の四世中村歌右衛門の養女乙女は、浮世小路の料理茶屋『百川』で、ふとしたきっかけで、商家の内儀と若い男の密談を聞いた。その翌夜、日本橋に店を構える木綿問屋の伊勢屋忠兵衛が、女房のおりんによって刺殺された。河豚の毒にあたって死んだはずのおりんが墓の中で息を吹き返し、忠兵衛を殺すという奇怪な事件だった。不審に思った乙女が事件の真相を暴くべく探索を始めたが…。 目次■第一章 残聴/第二章 輪舞/第三章 父娘/第四章 恋文/第五章 失踪/第六章 鬼火/第七章 焼死/第八章 潜入/第九章 大奥 |
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壮心の夢 (そうしんのゆめ)
火坂雅志
カバーイラスト:西のぼる |
♪豊臣秀吉のまわりにいた戦国武将たちのエピソードを綴る短編集。 壮心の夢とは、作中で、前野将右衛門長康がよんだ漢詩の一節からとっている。作者はあとがきで、戦国とは、壮心、すなわち胸に野望を抱いた者たちの時代であった、と記している。タイトル通り、秀吉の周りで、戦国を彩った男たちの野望を描いた連作集。一話完結の短編ながら、一つのテーマで描かれていて、リンクが張られている話もあり、連作形式に近い。石田三成や荒木村重らのよく知られた武将の話もいいが、赤松広通や亀井茲矩、前野長康、木村吉清、神屋宗湛らの名前だけは聞いたことがあるが、その事績がわからずにイメージできなかった、のっぺらぼうのような人物たちが、個性ある像として鮮やかに浮びあがってくるのが楽しい。また、神子田正治や菅道長、和久宗是ら、この小説で初めて出会った武将たちの話は文句なしに面白かった。いろいろな武将が歴史小説に描かれてきたが、戦国時代という鉱山は、まだまだ、堀り尽くされておらず、長編が書けそうな人物はいるんだなあ。 物語●「うずくまる」洛中加世ヶ図子の遊女、小鶴をある武家が名前を秘して身請けした…。「桃源」近世儒学の祖、藤原惺窩は、竜野城主赤松広通に定家卿流の歌道を教えた…。「おらんだ櫓」因州鹿野三万八千石の城主亀井茲矩は、異国の地に攻め入りたいと思っていた…。「抜擢」木村吉清は、主君秀吉の一声で、禄高五千石の侍大将から三十万石の大名へ異例の出世をした…。「花は散るものを」蒲生氏郷の謀殺の噂を聞き、イタリア人家臣のロルテスはその真相を究明しようとした…。「幻の軍師」神子田正治は、竹中半兵衛、黒田官兵衛を凌ぐ軍学の天才であった…。「男たちの渇き」蜂須賀小六と義兄弟の契りを結ぶ前野長康は木曽川の川並衆として、木下藤吉郎の墨俣の築城に力を貸した…。「冥府の花」関白秀次事件に連座して、木下吉隆は薩摩の坊津に流された…。「武装商人」千利休、津田宗及(つだそうぎゅう)と並び、戦国の三大茶頭(さどう)と呼ばれた今井宗久(いまいそうきゅう)の茶には個性がないと言われた…。「盗っ人宗湛」事件の夜、神屋宗湛は、同じ九州博多商人の島井宗室と本能寺に泊まっていた…。「石鹸」潔癖症の石田三成は、神屋宗湛からもらった石鹸を気に入っていた…。「おさかべ姫」庚申待ちの夜、伏見城で宿直をする池田輝政、宇喜多秀家、石田三成は、秀吉から不思議な話を聞いた…。「天神の裔」長宗我部元親傘下の淡路島の海賊衆野崎内蔵介は、菅原道真の末裔で同じ海賊衆の菅道長の到着を待っていた…。「老将」八十に近い和久宗是は古馬にまたがって、伊達政宗の領内へやってきた…。 目次■うずくまる(荒木村重)|桃源(赤松広通)|おらんだ櫓(亀井茲矩)|抜擢(木村吉清)|花は散るものを(蒲生氏郷)|幻の軍師(神子田正治)|男たちの渇き(前野長康)|冥府の花(木下吉隆)|武装商人(今井宗久)|盗っ人宗湛(神屋宗湛)|石鹸(石田三成)|おさかべ姫(池田輝政)|天神の裔(菅道長)|老将(和久宗是)|あとがき|解説 細谷正充 ここから始まる本のリンク▼『群雲、関ヶ原へ』(岳宏一郎著・新潮文庫) |
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峠 慶次郎縁側日記 (とうげ・けいじろうえんがわにっき)
北原亞以子
カバー装画:蓬田やすひろ |
♪『傷』『再会』『おひで』に続く慶次郎縁側日記シリーズ第4弾。中篇の表題作「峠」と7編の短編を収めた連作集。ほんの一瞬の過ちで、人生を踏み外した男たちと不条理ともいえる運命をともにする女たち。自分のことばかりで、周りのもののことが考えられない自己中心的なために、幸せから遠ざかっていく男と女。救いを求める人たちばかりが出てくる。 そんな彼らを救済するのが、かつて「仏の旦那」と呼ばれた元定町廻り同心で、今は酒問屋山口屋の根岸の寮番を務める森口慶次郎。捕物帳の形式を借りているが、市井小説というべきか。奉行所が扱うような事件ばかりではなく、民事的な事件や事件以前の出来事を描く場合もある。彼を脇で支える、養子の森口晃之助、その妻・皐月、かつての同僚島中賢吾、天王町の岡っ引、辰吉、太兵衛、寮番の佐七、医師・庄野玄庵らのおなじみの面々。シリーズが進むに連れて、それぞれのキャラクターが個性的に動き出してきた。なかでも、毒をもって毒を制すというような憎まれキャラの大根河岸の吉次が異彩を放ち、個性的だ。 人の弱さとやさしさを堪能できて人間通になる一冊。 物語●「峠」富山の薬売りの四方吉は碓氷峠で追剥ぎに襲われた…。「天下のまわりもの」錺職の山次郎は三年かけて五両の金をため、おふじをたずねて縄暖簾の居酒屋に入った…。「蝶」江ノ島から帰ってきたばかりの大工の加七は、女房のおつなから離縁してくれと言われる…。「金縛り」三味線の師匠お町は、弟子で知行二百石の旗本横尾主水に、偽物の織部焼をつかまされたと怒鳴り込まれた…。「人攫い」五十四歳の益右衛門は、天麩羅蕎麦が食べたくなって、なけなしの金を持って、傘もささずに雨もようの天気のなか外へ出た…。「女難の相」市中見廻りを終えて、南町奉行所に帰ってきた同心森口晃之助は、小物から結び文を受け取った…。「お荷物」酒問屋山口屋の根岸にある寮の寮番を務める森口慶次郎は、弓町の岡っ引、太兵衛から息子の奉公先として山口屋を紹介してくれと依頼された…。「三分の一」十七歳のおゆきは四年ぶりに、かつて母が煙草屋を営んでいた江戸にもどって来た…。 目次■峠|天下のまわりもの|蝶|金縛り|人攫い|女難の相|お荷物|三分の一|解説 村松友視 ここから始まる本のリンク▼『昨日の恋 爽太捕物帖』(北原亞以子著・文春文庫) |