新・極楽の読書録
2003年9月・長月の巻

まほろばの疾風 by 熊谷達也
おすず 信太郎人情始末帖 by 杉本章子
余寒の雪 by 宇江佐真理
紀州連判状 by 信原潤一郎
渡世人 by 石月正広
蝉しぐれ by 藤沢周平



蝉しぐれ
(せみしぐれ)

藤沢周平
(ふじさわしゅうへい)
[武家]
[再読]
★★★★☆☆☆

カバー:蓬田やすひろ
解説:秋山駿
時代:明示されず
場所:海坂藩(架空の藩)
(文春文庫・629円・91/07/10第1刷・03/08/05第33刷・470P)
購入日:03/08/31
読破日:03/09/29

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蝉しぐれ 蝉しぐれ真っ盛りの時期に、NHK金曜時代劇で、藤沢さんのこの名作がTVドラマ化された。
東北の藩・海坂藩(うなさかはん)の下級藩士の子、牧文四郎の青春を描いたビルドゥングスロマン。幼なじみのふくとの恋情、小和田逸平、島崎与之助との友情、空鈍流の剣の修行、一家を襲った非情な出来事…。歳を経て読むごとに郷愁に誘われる名作。
10年ぶりぐらいで、TV放映にあわせて読み直してみた。初読時に強い感動を覚えたはずなのに、存外ディテールを忘れていた。
再読して、物語の面白さもさることながら、構成の見事さと端正で過不足のない描写など匠の技を堪能した。若い二人の関係を象徴する澄みわたった朝と蛇、夜祭りの喧騒、不吉さを暗示させる嵐…。
描写といえば、物語を読んでいて、舞台となる架空の藩・海坂藩の町並みが頭に浮んできた。作家の井上ひさしさんが、やはり地図を書かれた気持ちがよくわかる。

物語●海坂藩普請組の組屋敷で十五歳の牧文四郎は、養父の助左衛門と、母親の登世と三人で暮らし、隣家の娘・ふくに対して密かに親愛の情を抱いていた。昼前は居駒礼助の私塾で経書を学び、昼過ぎからは空鈍流の石栗道場で剣の稽古をするのが日課だった…。

目次■朝の蛇/夜祭り/嵐/雲の下/黒風白雨/蟻のごとく/落葉の音/家老屋敷/梅雨ぐもり/暑い夜/染川町/天与の一撃/秘剣村雨/春浅くして/行く水/誘う男/暗闘/罠/逆転/刺客/蝉しぐれ/解説 秋山駿

ここから始まる本のリンク▼『風の果て(上下)』(藤沢周平著・文春文庫)

渡世人
(とせいにん)

石月正広
(いしづきまさひろ)
[股旅]
★★★★☆

カバー装画・題字:皆川幸輝
カバーデザイン:柳川昭治
時代:文政六年(1823)四月
(講談社文庫・619円・03/08/15第1刷・363P)
購入日:03/08/16
読破日:03/09/23

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渡世人 国定忠次時代の渡世人(アウトロー)を主人公とした時代小説。国定忠次の浪曲や芝居を知らなかったせいか、主人公の渡世人・浅太郎(板割の浅太郎)が実在の人物であるとは思わなかった。浅太郎の槍の修業時代の話ややくざの世界に入るきっかけなど、いろいろと興味深い一冊。
一人の渡世人を通して、江戸末期から明治初期を描いた時代小説。アウトローであり、ときには最下層の人々の間で生活した主人公だけに、逆に彼を通して、政治や世情がビビットに伝わってくる。

物語●文政六年、八歳の浅太郎は、日光例幣使街道木崎宿(上州)で、叔父の勘助といっしょに例幣使一行の行列を沿道で見た。わざわざ権門駕籠を揺らして、戸をあけてまろび出てきて、ごろりごろりと二回転して、蝦蟇のように這いつくばる、泥鰌髭で生白い公家の顔を見て、気味悪く恐ろしい思いをした…。それから八年、十六歳になった浅太郎は父の屋根葺きの仕事を継いで働き始めていた。その頃、父は太織縞の織りで稼ぐ女房の稼ぎで、飲む打つ買うの三道楽で、仕事もせずに昼は寝てばかりいた。そんなぐうたらな父がある日、賭場で知り合った佐野伴内という素浪人を家に連れて来た…。

目次■一章/ニ章/三章/四章/五章/六章/七章/八章/九章/あとがき

ここから始まる本のリンク▼『木枯し紋次郎』(笹沢左保著・光文社文庫)、『空っ風』(諸田玲子著・講談社文庫)

紀州連判状
(きしゅうれんぱんじょう)

信原潤一郎
(のぶはらじゅんいちろう)
[伝奇]
★★★★

カバーイラスト:蓬田やすひろ
解説:縄田一男
時代:慶安四年(1651)二月
(光文社文庫・667円・03/08/20第1刷・440P)
購入日:03/08/09
読破日:03/09/22

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紀州連判状 蓬田さんの表紙が読書欲をくすぐる一冊。時代は由比正雪の頃。
主人公氷室暉一郎は、ニ十五歳で、紀州藩剣道指南で、柳生但馬守宗矩の高弟・木村助九郎友重の藩道場の、柳生新陰流免許皆伝という、新進気鋭。両親はすでに亡く、女中のおつねと下男の由造と暮らしていた。剣術ばかりか学問の成績もよく、前途洋々。しかも、家老・牧野長虎の末子で一人娘の千穂とも密かに相愛の仲だった。
そんな明朗型ヒーローが、やがて血にまみれていく。しかも、好男子なだけに女難の気配もあり、連判状をめぐる公儀隠密根岸左京や由比一党との絡みもあり、物語は混沌として行く…。
伝奇小説と剣豪小説の両面で楽しめる、一冊。

物語●紀州藩徒士頭役・氷室暉一郎は、中老・林雅楽亮の命令で、藩に入りこんで捕まった、公儀隠密を処刑した。その後も、家老の牧野兵庫頭長虎から、藩主・徳川頼宣の署名を入れた幕府転覆謀議の連判状を由比正雪に届けるように命じられた…。

目次■一、隠密狩り/ニ、愛と野望/三、女郎の恋/四、追跡者の正体/五、天竜川の決闘/六、連判状のからくり/七、江戸の狼たち/八、頼宣入府/九、満ちてくる潮/十、鬼哭/十一、運命の掟/解説 縄田一男

ここから始まる本のリンク▼『大盗禅師』(司馬遼太郎著・文春文庫)

余寒の雪
(よかんのゆき)

宇江佐 真理
(うえざまり)
[短編]
★★★★

装幀・装画:唐仁原教久
デザイン:野田あい(H・B・C)
解説:中村彰彦
時代:「出奔」寛政十一年(1799)十一月
場所:「紫陽花」大伝馬町、山谷堀。「あさきゆめみし」西両国広小路、神田紺屋町。「藤尾の局」浅草・御蔵前、江戸城大奥。「梅匂う」西両国広小路、米沢町。「出奔」桜田御用屋敷。
(文春文庫・552円・03/09/10第1刷・318P)
購入日:03/09/06
読破日:03/09/20

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余寒の雪 単行本(2000年9月、実業之日本社刊)。平成十三年度(第7回)中山義秀文学賞受賞作。
アンソロジー集『浮き世草紙 女流時代小説傑作選』(結城信孝編・ハルキ文庫)で読んだ「あさきゆめみし」以外は初読。「紫陽花」、「あさきゆめみし」、「藤尾の局」、「梅匂う」「余寒の雪」はいずれも、宇江佐さんらしい人情味あふれる読み心地よい作品。
「出奔」は、御庭番川村家にスポットを当てた短編。小松重男さんの「御庭番」ものを読みたくなった。
函館生まれで在住の作者の故郷を舞台にした「蝦夷松前藩異聞」が興味深かった。松前藩に恭順を誓う蝦夷の姿を描いた「夷酋列像」で知られる画家・蠣崎波響が、松前藩の筆頭家老と知り驚いた。作者のあとがきにより、アイヌ民族を描くことは非難を受けるケースが多いと知り、なかなか難しいものだとお思ったが、同じ題材での長編を読んでみたい。

物語●「紫陽花」かつて吉原の遊女から大店の太物屋の後妻になったお直のもとに、お直がいた見世の妓夫(客引き)の房吉がやってきた…。「あさきゆめみし」紫屋のつばめ屋の長男正太郎は、女浄瑠璃語りの竹本京駒の追っかけにうつつを抜かしていた…。「藤尾の局」両替商の後妻に入ったお梅は、先妻の二人の息子の暴力に悩まされていた…。「梅匂う」小間物屋を営む助松は、西両国広小路の見世物小屋で女力持ちの大滝を見て心奪われた…。「出奔」御休息御庭之番支配、川村修富(ながとみ)は、兄の新六より甥の勝蔵の出奔届が出されたことを聞いた…。「蝦夷松前藩異聞」蝦夷松前藩の家老蠣崎将監広伴は、藩主松前昌広の変調に悩んでいた…。「余寒の雪」女剣士・横山知佐は、叔父夫婦に連れられて仙台から江戸へ出てきた。その三人が訪れたのは、北町奉行所同心・鶴見俵四郎の屋敷だった…。

目次■紫陽花|あさきゆめみし|藤尾の局|梅匂う|出奔|蝦夷松前藩異聞|余寒の雪|文庫のためのあとがき|解説 中村彰彦

ちょっと気になって、中山義秀(なかやまぎしゅう)文学賞の過去の受賞者を調べてみました。
平成14年度第8回『おすず』 杉本章子・文藝春秋
平成13年度第7回『余寒の雪』 宇江佐真理・実業之日本社
平成12年度中止
平成11年度中止
平成10年度第6回集中豪雨被害のため中止
平成9年度第5回『鎌倉擾乱』 高橋直樹・文藝春秋
平成8年度第4回『江戸職人綺譚』 佐江衆一・新潮社
平成7年度第3回『罪なくして斬らる−小栗上野介』 大島昌宏・新潮社
平成6年度第2回『長い道程』 堀和久・講談社
平成5年度第1回『五左衛門坂の敵討』 中村彰彦・新人物往来社

おすず 信太郎人情始末帖
(おすず・しんたろうにんじょうしまつちょう)

杉本章子
(すぎもとあきこ)
[捕物]
★★★★☆☆

カバー:千總 型友禅伝統図案集 友禅グラフィックス1(グラフィックス社刊)より
カバー:大久保明子
解説:細谷正充
時代:嘉永四年(1851)
場所:猿楽町三丁目、浅草今戸町、本町四丁目、横山町、吉原仲之町、柳橋ほか。
(文春文庫・571円・03/09/10第1刷・284P)
購入日:03/09/06
読破日:03/09/12

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おすず 寡作で知られる著者の新境地を開いた連作時代小説。2002年度中山義秀(なかやまぎしゅう)文学賞受賞作。
「あのな、おすずさんがどうしても信ちゃんに会いたいから、なんとか算段をつけてほしいって、おれ、頼まれたんだけど……」
物語は、猿若町三丁目に櫓をあげる河原崎座の大札(金銭出納の元締め役)の下で働く信太郎のもとに、幼なじみで、田所町の岡っ引徳次の手下を務める元吉が、信太郎のかつての許嫁だったおすずからの伝言を持ってきたところから始まる。
おすずは横山町一丁目の呉服太物店槌屋項幸七の娘で、本町四丁目の同業美濃屋卯兵衛の総領信太郎とは、許嫁の間柄だった。信太郎はふとしたはずみで、女に身をもちくずし、家業をよそに放蕩を重ね、内証勘当(奉行所に届けない形ばかりのもの)されていた。
この連作は、単なる捕物帳ではなく、「人情始末帖」とシリーズタイトルについているように、人生につまずき、罪の意識をもつだけに、人に対して温かい、主人公・信太郎の活躍を描く、人情ものとなっている。
幕末の歌舞伎界の様子が随所に織り込まれていて、江戸の粋が楽しめる会心作。

物語●「おすず」かつて許嫁だったおすずと会うことになった信太郎は来春嫁に行くことを打ち明けられた…。「屋根舟のなか」大川を漂う屋根舟で商人と芸者の絞殺死体が発見され、姿を消した船頭に嫌疑がかかった。その船頭の娘は、信太郎とわりない仲のおぬいが営む吉原の引手茶屋千歳屋の女中おさとだった…。「かくし子」千歳屋に、小さい男の子を連れたおさよが乗りこんできた。おぬいの亡くなった前夫の隠し子だという…。「黒札の女」勧進帳の公演中に、信太郎は若いお店者から、黒札を使った呼び出しを依頼された。呼び出されて出てきた女は、二日前に柳橋の料理茶屋の前で板前と言い争っていた女だった…。「差しがね」仕事帰りの信太郎は今戸の住まいの近くで三、四人の男たちに突然襲われた…。

目次■おすず|屋根舟のなか|かくし子|黒札の女|差しがね|解説 細谷正充

ここから始まる本のリンク▼『御宿かわせみ』(平岩弓枝著・文春文庫)、『芝居茶屋弁之助』(南原幹雄著・新潮文庫)

まほろばの疾風
(まほろばのかぜ)

熊谷達也
(くまがいたつや)
[蝦夷]
★★★★☆☆

イラスト:田辺茂
デザイン:藤井康生
解説:細谷正充
時代:776年頃
(集英社文庫・895円・03/07/25第1刷・541P)
購入日:03/07/26
読破日:03/09/01

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まほろばの疾風 八世紀末に、東北で活躍したアテルイの生涯を描いた話題作。アテルイというと高橋克彦の作品を思い出すが…。『ウエンカムイの爪』で第十回小説すばる新人賞を受賞してデビューし、『漂泊の牙』で第十九回新田次郎文学賞を受賞した新進気鋭の冒険小説作家の初の時代小説。
古代東北を舞台としたロマンあふれる快作。東北出身(宮城県)ということから、蝦夷に対する著者の眼差しが温かい。父と子の愛憎、自然と人の共存と対立、狩猟と稲作、蝦夷と中央と周縁地、民族の尊厳…。いくつかのテーマを織り込みながら、等身大のヒーロー、アテルイが魅力的に描かれている。
大和朝廷との決戦を前にして、アテルイがイサワの村人を前に語りかけるシーンで、目頭が熱くなった。忘れられない名場面だ。
歴史書が勝者=征服者側にとって都合のよい記録とすると、このアテルイの物語は小説でなければ書けないものかもしれない。とはいえ、アテルイの好敵手として、日本史の教科書でお馴染みの坂上田村麻呂が登場してきたら、何だかワクワクしてきた。

物語●十二歳の少年、アテルイは、一人前の大人として認められるために、大人用の弓をもって単身猟に出発した、そこで、巫女の修業をしている少女モレと出会う。モレの助けを借りながらも、自分の矢で、ツキノワグマを倒した。
猟からもどった、アテルイの住むトイメムの村は、生き別れた父・アザマロが率いる大和朝廷のの軍勢に焼き討ちされ、多くの村人が殺され、アテルイも俘囚にされた…。

目次■目次なし