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五年の梅 (ごねんのうめ)
乙川優三郎
装画:宮山広明 |
♪深い人間洞察と温かな視線に満ちた表題作など全5篇を収めた短編集。鬱陶しさを吹き飛ばし、気分よくなりたい。そんなときに手に取りたい一冊。この短編集で、いよいよ山本周五郎さん的な世界になってきたように思われる。とくに「小田原鰹」、「蟹」(この話は藤沢周平さんを想起させる)、「五年の梅」には心洗われ、心に残る。 乙川作品では、時代や場所を明記されることは少なかったり、架空の場所で事件が起こる。そのため、一種の寓話のように読み取れることもある。そんな中で、「五年の梅」は、珍しく時代が明記されていた。上総国久留里藩という三万石の小藩が描かれている。藩主の黒田直亨(なおゆき)は実在の人。 物語●「後瀬の花」おふじと祠で雨宿りをしていた矢之吉は、おふじとの出逢いを振り返った…。「行き道」取引先の小間物問屋が招いた宴の返り、おさいは幼なじみの清太郎と帰り道が一緒になった。おさいは病床の夫を抱えて小間物屋を切り盛りしていた…。「小田原鰹」鹿蔵は、不幸な生い立ちのせいから、情というものに無知で、女房や子どもを自分のために働かせるのが当然のことと考えていた…。「蟹」藩の中老の庶子という扱いにくい身分の志乃は、不幸な結婚を重ねた末に、岡本岡太という軽輩なものの家に嫁ぐことになった…。「五年の梅」藩主の黒田豊前守直亨の食が細くなり、御膳の献立に問題があるからだという声が藩内で広まり、台所奉行の矢野藤九郎は、槍玉に挙げられていた。藤九郎の妹・弥生の許婚で、近習を務める村上助之丞は殿に諫言した…。 目次■後瀬の花|行き道|小田原鰹|蟹|五年の梅 ここから始まる本のリンク▼『おごそかな渇き』(山本周五郎著・新潮文庫) |
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妖鬼の剣 直心影流・毬谷直二郎 (ようきのけん・じきしんかげりゅう・まりやなおじろう)
鳥羽亮
カバー装画:村上豊 |
♪『三鬼の剣』、『隠猿の剣』に続く、毬谷直二郎ものの第3弾。鳥羽さんの剣豪伝奇ミステリーは、いくつかのシリーズがあるので、そろそろ、整理が必要かも。と思っていたら、解説の小梛(おなぎ)さんが、鳥羽ワールドのヒーローたちをうまくまとめておられた。3作目ということで、どんな趣向を見せるか期待していたところ、『剣客商売』(池波正太郎著)の佐々木三冬を想起させる、美少女剣士・神崎琴江を登場させてきた。物語は、琴江と直心影流の遣い手、毬谷直二郎の対決で始まる。 直二郎の秘剣“千手剣”が冴え、彼を助ける老岡っ引き、細引の玄蔵らとのチームワークも楽しい、鳥羽流剣豪ミステリーファンにはたまらないところ。美少女剣士・琴江の魅力(次回作でも登場させてほしいところだ)もさることながら、身の回りのものを武器に使う総合的な武芸・願流が面白い。
物語●神田岩本町にある直心影流の道場,、練武館で交流仕合いが行われ、毬谷直二郎も誠心館(本所亀沢町)を代表して、仕合いの検分役を務めた。練武館で本目録を得た女流剣士・神崎琴江は、秘剣・千手剣の遣い手として広く知られた直二郎との仕合いを望み、二人は立合うことになった…。 目次■第一章 鷹の爪/第二章 妖鬼/第三章 大狗/第四章 お駒/第五章 願流殺法/第六章 勝負/解説 小梛治宣 ここから始まる本のリンク▼『剣客商売』(池波正太郎著・新潮文庫) |
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雷桜 (らいおう)
宇江佐真理
カバー切り絵クラフト:百鬼丸 |
♪一作ごとに新しい面白さを見せてくれる作者の新作。宇江佐版『もののけ姫』というコンセプトを聞き、期待。本を一冊読み終えると、習性で、ジャンル分けと★付けをしてしまう。この物語では、そのジャンル分けではたと困ってしまった。通常なら伝奇ロマンといったところだろうか。でも、ヒロインの庄屋の愛娘・遊(ゆう)の生き様や恋情が、女性作家らしい細やかな視点で、凛と描かれていて、女性小説という感じもする。捕物小説の若手実力者という印象の強い、宇江佐さんの新境地が開けたように思われる。 遊のすぐ上の兄・助次郎が、江戸で仕えることになる、将軍家斉の子で、御三卿の清水斉道(徳川斉順か)の若殿様ぶりがうまく描かれていて、興趣を深めている。御三卿の中では影が薄い清水家を選んだのが面白い。
物語●江戸から歩いて三日ほど、西にある瀬田村。瀬田村は、街道沿いで風光明媚なところにあり、島中藩と岩本藩の境界に位置していた。瀬田村をめぐって二つの藩の争いに巻き込まれていた。 目次■なし ここから始まる本のリンク▼『遥かなり江戸祭囃子 風流大名松平斉貴』(海野弘著・廣済堂文庫) |
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胡蝶の剣 (こちょうのけん)
津本陽
カバーイラスト:鴇田幹 |
♪物語前半部分の薩摩における厳しい子弟教育を読んでいたら、のんべんだらりと、武士の魂を忘れ去った、旗本・御家人たちが敵うわけがないのがわかった。それは、佐賀藩の葉隠武士に匹敵する、武士道教育である。 島津斉彬が藩主の頃を舞台に、江戸生まれの薩摩藩士の息子、三原林太郎の剣一筋に、激動の時代を生きる姿を描いた青春小説といったところか。 坂本竜馬やお遊羅派(斉彬の父島津斉興の愛妾・お遊羅の子久光を次期藩主に推す守旧派)、兵道家・牧仲太郎が登場し、歴史ものというよりは伝奇色が強い物語になっている。 剣での立ち合いシーンを読んでいたら、サッカーのPK戦を連想した。PK(ペナルティキック)も、キッカーにしろ、ゴールキーパーにしろ、先に動いた方が負けであるところなどよく似ている。 物語●御供目付三原十郎の息子林太郎は十四歳で、下加治屋町郷中稚児組(しもかじやごじゅうちごぐみ)に加わり、西洋銃隊の調練を受けていた。郷中稚児組は、薩摩藩士の子弟教育の組織のこと。林太郎は江戸の芝三田にある藩邸で生まれ育ち、藩主島津斉彬に従い、母と弟妹と離れて1年半、国元で過ごすことになっていた。林太郎は六歳の春から江戸神田お玉ヶ池の千葉道場へ通い、少年の頃から人並み優れた才能をあらわし、北辰一刀流の目録免許を受けていた。しかし、その林太郎を鹿児島で待ちうけていたものは、大人でも辟易するような猛烈で狂勇な子弟教育としての武芸鍛錬だった…。 目次■なし ここから始まる本のリンク▼『灼熱の要塞』(南原幹雄著・集英社文庫) |
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からくり乱れ蝶 (からくりみだれちょう)
諸田玲子
装画:蓬田やすひろ |
♪股旅もの(渡世人、いわば放浪型ヤクザというべきものか、を主人公とした時代小説)は、どうも共感を覚えにくくて苦手なのだが、新人で女性作家の作品となると、気になる。諸田さんというと、宇江佐真理さん、乙川優三郎さんと並ぶ、大型新進時代小説家御三家(ほんとうはもっと気の利いたキャッチフレーズをつけたいところだが)と密かに思っている。もっとも、その割りに彼女の作品を全然読んでいないのが情けない。この作品も、3年ほど前に購入して以来、ずっと奥歯に挟まったもののように気になってしょうがなかった、諸田さんの初期の長篇小説。清水の次郎長の女房・二代目お蝶を主人公にしている。 この物語には、吃安の娘・お冴え、女壷振りお駒、次郎長の妻・お蝶と、博徒の世界で生きる女と、その女に関わりながら、幕末という激動の時代を生きる博徒・次郎長と黒駒の勝蔵らの男を描いていく。 ヤクザ社会において優等生的なイメージ(何だかうさんくさいが)の次郎長に、こんな奔放で意地っ張りで可愛い女房がいたというのは、なんだかうれしくなる。諸田さんの凄さは、この同性であるヒロインをとんでもなく魅力的に描いていることにあると思う。 物語●竹居村の安五郎、通称・吃安(どもやす)は、甲州では知らぬものがない博徒の大親分だ。お冴えは、その吃安の妾腹の娘だった。お冴えは、十四歳のとき、吃安の弟分・黒駒の勝蔵に会って以来、一年半恋心を燃やし続けていた。そして、ついに「山腹の炭小屋で待っている」という付け文をした…。 目次■第一部 吃安の娘/第二部 壷振りお駒/第三部 二代目お蝶 |
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静かな木 (しずかなき)
藤沢周平
カバー装画:星襄一 |
♪藤沢さんの最晩年の三篇を収録した作品集。大き目の文字、薄手の本に、何ともいえない寂しさを感じ、喪ったものの大きさにあらためて気付く。現在、通勤に片道40分強電車に揺られる生活を送っている。そのため、電車が主要な図書室代わりになっている。初めて、1日の通勤の行きと帰りで1冊の本を読んだ。123ページという薄手で文字も大きいこともあるから、あまりえばれないが…。 藤沢さんの最晩年の短編集ということで、暗いもの、重いものを予想していたが、端正な筆致の中に、そこはかとなく軽妙さもあって、読み味のいい作品集であった。 「岡安家の犬」ヒントとした本があるそうだが、何やら中国の話を日本に翻案した印象がある。赤犬が出てくるからだろうか。とはいえ、まぎれもなく海坂(うなさか)藩ものの一編である。「静かな木」長篇になってもおかしくないスケールのある話。『三屋清左衛門残日録』を彷彿させる。「偉丈夫」最後の最後で、海坂藩に支藩・海上(うなかみ)藩があったなんて教えられたら、いよいよ続編が読みたくなってしまうではないか。 物語●「岡安家の犬」岡安家の人々は、近習組につとめて百十石をいただく当主の甚之丞をはじめ、大の犬好きだった。屋敷にアカという名の赤犬を飼っていて、そのかわがりようは尋常ではなかった…。「静かな木」布施孫左衛門は五年前に隠居し、二年後に還暦を迎える。隠居する前は勘定方に勤めていたが、二十年ほど前の不祥事に巻き込まれて家禄を十石減らしたことを痛恨事として胸に残していた…。「偉丈夫」片桐権兵衛は六尺近い巨躯でいかつい容貌をして寡黙ながら、藩の右筆役を務めていた。その権兵衛がある大役をおおせつかった…。 目次■岡安家の犬|静かな木|偉丈夫|海坂藩の地図 立川談四楼 ここから始まる本のリンク▼『三屋清左衛門残日録』(藤沢周平・文春文庫) |
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絵巻 (えまき)
永井路子
カバーCG:小笠原たけし |
♪栄枯盛衰の源平の世を、信西の子であり時代の観察者である、静賢法印(じょうけんほういん)の「日記」をもとに描く連作小説。巻末の付記によると、この作品は、絵巻物のように、ひとつずつの短編を絵画部分に見立て、それを繋ぐ詞書の部分を、静賢法印の日記(作者オリジナル)というかたちで綴っていくという、優雅で趣向を凝らした体裁で構成されている。短編部分の熱さと日記部分のクールさのメリハリが効いている。永井さんの作品を初めて読んだが、いきなりハマってしまった。 全体を通しては、平家の隆盛してゆく様子から、鎌倉幕府の体制確立までを、実力者の側にいて、権力の一部に関与した人物にスポットを当てて時系列で描いていく。 この時代最大のトリックスターともいうべき、後白河法皇像が、周囲の人物を丹念に描くことで、くっきりと浮かび上がっていく、その趣向は見事。もともと清盛や義経より、好きな人物だっただけに、生き生きと描かれていて、大いに楽しめた。 物語●「すがめ殿」やぶにらみの目が特徴の平忠盛。清盛の父が平家一門の発展のもとをつくっていく様を源為義の目を通して描く。「寵姫」後白河法皇の侍女として献身的に仕え、やがて法皇に寵愛されることになる、丹波局を扱っている。「打とうよ鼓」鼓の名手で、後白河法皇の側近だった平知康の引き起こす騒動の数々とは…。「謀臣」今様光源氏・源通親の権謀術数にたけた生き方とは…。「乳母どの」後鳥羽上皇のお気に入りの乳母・藤原兼子を主人公とした話。 目次■すがめ殿/静賢法印日記 その(一)|寵姫/静賢法印日記 その(ニ)|打とうよ鼓/静賢法印日記 その(三)|謀臣/静賢法印日記 その(四)|乳母どの/静賢法印日記 その(五)|解説 尾崎秀樹/付記 ここから始まる本のリンク▼『西行と清盛』(嵐山光三郎著・学陽文庫) |
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浄瑠璃坂の討入り 忠臣蔵への道 (じょうるりざかのうちいり・ちゅうしんぐらへのみち)
竹田真砂子
装画・装丁:西のぼる |
♪あとがきによると、牛込(市ヶ谷)で生まれ育った著者が、浄瑠璃坂で仇討ちがあったことを知ったのは、十数年ほど前ということ。それほど、知られていないこの仇討ちの真相とは…。著者名(『宵の夢』や『七代目』など歌舞伎をテーマにした時代小説が多い)や題名・装幀を見て、てっきり時代小説(フィクション)だと思って読み始めたら、「アレレ」って感じで戸惑った。忠臣蔵につながる集団仇討事件として、“浄瑠璃坂の討入り”の発端から結末、後日談までを描いた読み物(ノンフィクション)だったのである。 赤穂事件(あまり、赤穂義士や忠臣蔵という言い方は好きでないので)の場合、どう考えても吉良さんの方が可哀想に思えてくるので、苦手。しかし、この浄瑠璃坂事件は、同じ藩内(宇都宮・奥平藩)の重臣同士ということで、凄惨な事件の割りに、変な感情移入がないだけサバサバとしたところもあり、その経緯や結末が面白かった。題材がフレッシュなのも得しているかもしれない。以前に、高橋義夫さんの『浄瑠璃坂の敵討ち』(文藝春秋)でも同じように感じたが。 浄瑠璃坂の討入りについて詳述することで、「忠臣蔵」観を明らかにするところが新鮮だった。
読みどころ●寛文十二年(1672)二月二日、市ヶ谷浄瑠璃坂で仇討ちがあった。仇は元宇都宮藩奥平(おくだいら)家重臣奥平隼人、討手も同じ藩の出身で奥平源八。仇討ちといっても、よく見聞する竹矢来しつらえて、所の役人が出張り、一部始終を検分する中で、一対一で渡り合うというような小規模なものではない。総勢四十二人が、警備警戒十分な幕府直参の屋敷に匿われている仇を討つという、大々的なものだ。 目次■序章 稚児の仇討ち/第二章 戦国からの脱出/第三章 それぞれの旅路/第四章 源八の青春/第五章 井伊掃部頭出座/第六章 忠臣蔵への道/第七章 浄瑠璃坂発/あとがき/参考文献 ここから始まる本のリンク▼ 『浄瑠璃坂の仇討ち』(高橋義夫著・文藝春秋) |
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巌流 小次郎剣鬼伝 (がんりゅう・こじろうけんきでん)
新宮正春
カバーイラスト:西村緋祿史 |
♪どうもヒーロー宮本武蔵よりも彼の前に敗れた男たちに興味が向いてしまう。各地に残る秘話をもとに描く・小次郎伝。テレビ東京の正月時代劇(来年からは、従来の12時間ドラマから10時間に放送時間が短縮されるそうだ)は、吉川英治原作の『宮本武蔵』。日本人が大好きな武蔵であり、最近はコミック『バカボンド』の影響もあり、若い人にも人気がある。 求道者ぶりやその剣の凄さ、近代的な戦術眼など、いろいろな形でヒーローとして描かれることが多い武蔵。逆の立場から見れば、史上最強の敵役ということもできるかもしれない。この作品が面白いのは、小次郎側から描いているせいだろう、もっとも、“武蔵ファン”には、ショッキングな部分もあり、気を悪くしないでほしい。 物語●修験道の聖地・豊前彦山を統べる佐々木一族の御曹司・小次郎は、日夜、越前一乗谷で、鐘巻自斎のもと、剣の修行に明け暮れていた。その頃、京では、作州生まれのたけぞうと若者が、名門兵法所・吉岡一門に果たし状を付きつけていた…。 目次■第一章 秘剣虎切/第二章 一乗寺下り松/第三章 七条・西蓮寺裏/第四章 猩々緋の袖無羽織/第五章 彦山行者堂/第六章 巌流島 ここから始まる本のリンク▼ 『宮本武蔵』(司馬遼太郎著・朝日文庫) |
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明治九年の謀略 (めいじくねんのぼうりゃく)
舞岡淳
イラスト:山本タカト |
♪最近、明治時代はもっと面白いのではないかと思い始めている。明治九年と聞いてもピンとこないが、高橋克彦さんも推薦していて食指を誘われた。歴史、ミステリー小説関係の文学賞で、上位選考まで残る活躍を示している作者の単行本デビュー作。この作品も第3回日本ミステリー文学大賞新人賞に応募したもの。解説の新保さんによると、作品の質的には最終候補に残るべきものながら、ミステリー色が薄いために、賞の趣旨に添わずに選を逃したという経緯があるらしい。新鋭の作品らしく目次も斬新なデザイン。読んでいる途中、そういえばという感じで、高橋義夫さんの『闇の葬列』、高橋克彦さんの『倫敦暗殺塔』、、山田風太郎さんの『警視庁草紙』を次々と思い出した。明治を舞台とした伝奇小説である。 主人公は、会津藩の陪臣の次男で、微禄の幕臣の家に養子に入った神保(片岡)新十郎。彼の相棒が結城数馬となっており、何やら、坂口安吾の捕物帳(明治開化安吾捕物帖)の主人公・結城新十郎を連想させる。勝海舟、初代警視・川路利良、曲芸師松井源水らが登場し、活躍するのも面白く、随所に明治初期の様子が描かれていて興味深い。未刊ながら、舞岡さんには『明治十一年 贋造紙幣の謎』という作品もあるそうなので、ぜひ、早く刊行してほしいところだ。 物語●明治四年一月、参議広沢真臣(さねおみ)は、妾と同衾のところを何者かに殺された…。事件の真相は明らかにされないまま、時は明治九年四月。勝海舟は、お忍びで静岡へやってきて、前将軍、慶喜と会った。慶喜公、御臨席の上で、家扶の新村猛雄から奇怪な宗教集団《山王御霊会》の話を聞いた…。 目次■プロローグ|第一部 伏流(第一章 謀略の伏流/第二章 銀座煉瓦街/第三章 WIZ・CLUB/第四章 千里眼の男)|第二部 奔馬(第一章 サムライ新十郎/第二章 復讐の鬼/第三章 鬼謀の布石/第四章 海舟書屋の明察/第五章 西郷の巨影/第六章 日本警察を創った男/第七章 明治御庭番/第八章 裏切りの系譜/第九章 プリンセスOGIN/第十章 神兵奔馬のごとく/第十一章 白昼の物の怪)|第三部 鎮魂(第一章 小江戸川越/第二章 山岡鉄舟/第三章 勝という男/第四章 異国の剣士/第五章 英海軍式戦術/第六章 東都貧民街/第七章 決闘と鎮魂)|エピローグ/解説・新保博久 ここから始まる本のリンク▼ 『警視庁草紙』(山田風太郎著・ちくま文庫)、『倫敦暗殺塔』(高橋克彦著・講談社文庫) |
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海王伝 (かいおうでん)
白石一郎
カバー:西のぼる |
♪『海狼伝』と『海王伝』の主人公・三島笛太郎について書く機会があり、改めて読み直すことにした。初読のときはちょうど単行本が刊行されたばかりだから十年ぶりくらいだろうか。海の物語にもかからず、山のシーンから物語は始まっていたこともすっかり忘れていた。“狼”から“王”へ、さらにスケールアップした気がする。笛太郎が船大将を務める黄金丸での航海シーンや船いくさの場面の臨場感が圧巻。解説には、風や操船技術などを一覧表にしたり、それを見ながら絵を書いたりして、作品にリアリティを与える工夫を作者がしている姿が書かれていた。 「悪業を重ねるために生まれた者」という義理の叔父、戦略将軍李伏竜の言葉を胸に、海賊の王への道を歩み続ける、笛太郎。一方では、「おぬしは性根のある男じゃ。必ずよい交易商人になるじゃろう。荷見せの立ち合いを見ていてよくわかった。人を信じることは、交易商人の大切な資質じゃ。信なくして異国人相手の交易はできぬ。他人に利益を与え、しかるのちに己を利する。この心がけがあれば、どこでも人の信頼を得る。」と、シャムに住む日本人リーダーはいう。 次回作は、解説の縄田さんが予言するように、『海神伝』になるのだろうか? ぼくは、その前に、『海龍伝』が書かれることを期待する。白龍王=馬格芝、黄龍王=馬志善、林鳳=赤龍王、そして青龍鬼=笛太郎が海賊として育った船とあるから、我らが笛太郎は海龍王として現れるのではないだろうか。 物語●紀州・熊野の山奥の村で、若者・龍神牛之助は、村八分にされていた。日ごろの若者の振る舞いに猟師たちが腹をたてたからである。罠にかかった野兎や鹿を、若者が仕掛けを外して逃がしたり、仕事の邪魔をするのだ。村を逃げ出した牛之助は、十津川の筏師たちの仲間に入った。そして、そこにも村八分の回状が送られてきて、新宮に出ることになった。そこで、牛之助は初めて海を見た…。 目次■山の男/漂流/鎖ざされた海/海賊たちの旗/王者の川/異母弟/夕映えの海/解説 縄田一男 ここから始まる本のリンク▼ 『風雲児』(白石一郎著・文春文庫) |
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江戸名物からす堂(四) 山手樹一郎長編時代小説全集11 (えどめいぶつからすどう・4・やまてきいちろうちょうへんじだいしょうせつぜんしゅう11)
山手樹一郎
装画:国貞(静嘉堂文庫提供) |
♪からす堂の観相の名人ぶりが際立つ、シリーズ第4作。久しぶりにのほほんとした、肩の凝らない時代小説を読んだ。「名物からす堂」は3篇の短篇(うき世の風、伊勢屋の娘、一万両の花園)で構成される。「春風からす堂」は、丹波亀山藩の御家騒動を描く中篇。「一万両の花園」の登場人物(御用達大津屋夫妻と自来也の音吉)が「春風からす堂」に話につながるという形になっている。 からす堂の女房・お紺の活躍するシーンが減ってしまったのは残念だが、最後に登場した名脇役・自来也の音吉がいい味を出している。 「からす堂は、十六文しか見料をとらず、どうやって生活をしているのだろうか」などと、考えてはいけない。明朗ものでは、主人公の下世話なことは考えずに、颯爽とした活躍ぶりを堪能すべし。 巻末に「江戸おもしろ事典」と題したコラムがついている。本巻では、「江戸のポルノ本」と題して、好色本や洒落本、草双紙などについてコンパクトにまとめられていて役にたち、ちょっと得した感じがする。 物語●「名物からす堂」からす堂の前に、二十四、五、いかにもやくざっぽい体つきのがっしりした男が、ひやかし半分に立ち止まった。男の本職は大工らしいが、女房に死に別れてぐれていた。その男にからす堂は、運をつかむ方を教えた…(以上、第一話 うき世の風)。からす堂の前に二人続けて不吉な相を持った男が現れた。一人は、四十男でなにか小商いをやっている店の主人といったいかにもずるそうな脂ぎった顔つきで、もう一人は二十ニ、三でどこかの手代とも見えて才気走った男だった…(以上、第ニ話 伊勢屋の娘)。からす堂のところに、御用達大津、屋の内儀が駕籠に乗って、小僧を供に相談にやってきた。主人の行方がわからなくなって後に、一万両の身代金の要求があったという…(以上、第三話 一万両の花園)。「春風からす堂」大津屋からまた呼び出しがあり、出かけた先で、さる大名家の家老を紹介された。ところが、その家老に、大難迫るの相がでていた…。 目次■名物からす堂|春風からす堂 ここから始まる本のリンク▼『沈丁花 観相師南龍 覚え書き』(庄司圭太著・集英社文庫) |
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死ぬことと見つけたり 上・下 (しぬこととみつけたり)
隆慶一郎
カバー装画:西のぼる |
♪『武道通信』の杉山さんからこの本の前書きに書かれていたことについて聞かれ、いい加減に答えてしまったことが気になって、再度読んでみたくなった。「戦争の間じゅう『葉隠』は『レ・ミゼラブル』や『岩窟王』のように、或は又『デビッド・カッパーフィールド』のように、冒険と波瀾に満ち満ちた、痛快この上ない読物として、僕を楽しませてくれることになった。」(上・p13)という、作者の前書きにあるように、この時代小説は、作者が読み替えて楽しんだ『葉隠』を一大ロマンとして我々の前に再構築している。(もっとも『葉隠』を読んでいないのだからエラそうなことは言えないが…) 主人公の斎藤杢之助(もくのすけ)をはじめとした、佐賀の葉隠武士たちの難事に直面した際の出処進退ぶりが見事で、すがすがしい気分にさせてくれる。そして物語に引き込まれ、主人公たちに共感し、喜び・笑い・泣き・憤るといった気持ちが大いに発散できる。 実は再読なのだが、細かい記憶がすっぽり抜け落ちていて、初読のとき(十年前)と同じように、いや今回はディテールまで楽しめたので、面白さはそれ以上だ。“心の一方”の松山主水やかぶきもの・水野成貞のエピソードは、記憶からすっぽり抜け落ちていた。 武士道や死という、重いテーマをここまでエンターテインメントとして昇華させる作者の筆力は稀有なもの。やはり、『花と火の帝』や『かぶいて候』、『見知らぬ海へ』等と同じく、作者の死により未完に終ったことは痛恨の極みである。
物語●斎藤杢之助は、朝、目が覚めると、蒲団の中で己の死の様々な場面を思念し、実感することで、死んで置くのだ。父子三代に渡り伝わる佐賀武士独特の心の鍛錬法だ。既に死人であることで、平静に死を見つめることができ、戦闘のプロとして闘って死ぬことができるのである。 目次■第一話/第二話/第三話/第四話/第五話/第六話/第七話(以上上巻)|第八話/第九話/第十話/第十一話/第十二話/第十三話/第十四話/第十五話/結末の行方/解説 縄田一男(以上下巻) ここから始まる本のリンク▼『吉原御免状』(隆慶一郎著・新潮文庫)、『十六武蔵』(えとう乱星著・廣済堂文庫) |
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あなたの胸で眠りたい 長安遊侠傳 (あなたのむねでねむりたい・ちょうあんゆうきょうでん)
藤水名子
装画:吉野朔美 |
♪積ん読リストの中で、早く読まなきゃと、気になっていた一冊。藤さんのもっとも得意とする、中国大陸を舞台にした、時代活劇ロマンス。中国文化圏には、武侠小説といったジャンルがある。香港の金庸(きんよう)が、日本でも著作が翻訳出版されていて有名。武道と義侠に生きる登場人物を伝奇色豊かに描く、波瀾万丈の物語である。この作品にもサブタイトルに「侠」の文字が入っているように、そうした世界を意識しているのがうかがえる。いわば和製武侠小説といったところか。もっとも伝奇色よりは、男女のちょっとせつない恋心に重点をおいているのが、作者の特質か。現代的で魅力的なヒロイン・瑶瓊の揺れ動く心情がきめ細かく描かれている。 物語中の随所に唐詩が出てきて雰囲気を盛り上げている。有名な詩人も若き日の姿で登場。 物語●名家の生まれでありながら女詐欺師に身を落とした巽瑶瓊(そんようせん)は、今日も長安の名所で、金持ちのどら息子を手玉に取っていた。“射干姫(ひおうぎ)の怜娘”と異名をもつ、男勝りの彼女にとって唯一の泣き所は、大将軍・白仁展の養子であり、異母兄の勇烈。そして、彼らの前に、やくざの若親分竇進(とうしん)が現れた…。 目次■序曲 杜陵の夢/二 平康坊宵の刻/三 兄妹/四 一城、狂える季節/五 過ぎし日のリフレクション/六 忘憂草―わすれぐさ―/七 竇進・無情の曲/八 こぬか雨/九 夏の萌し/十 二つの秘事/十一 乱菊/十二 水に映る月/十三 最後の元宵/十四 別れ霜/終曲 子夜呉歌/解説 馳星周 ここから始まる本のリンク▼『futo 風刀―武季と紅燕―』(藤水名子著・集英社文庫) |