【高瀬船】 たかせぶね
諸国から京にもたらされる物産は、船で大坂に集められ、淀川を経て伏見に届き、高瀬川を、高瀬船で運ばれてくる。伏見の京橋から大坂まで、下りは半日、上りは一日だった。
高瀬川の運河開削は、慶長11年から14年に、京の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)が、幕府の許可を得て、私財7万5千両を投じて行ったもの。
この高瀬川の京都・伏見間には、約180艘の船が運行し、川筋に立てば、どこでも船引き人足たちの掛け声がきかれた、という。(99/12/05)