【楽市楽座】
らくいちらくざ
そこで、義輝は斎藤道三を訪ねて稲葉山城の麓の町、井ノ口に着いた。そこで、伸び盛りの若芽のように活気溢れる町の様子に触れる。道往く人の足取りも、物売りの声も弾んでいた。楽市・楽座を採りいれていたのである。
その当時の商工業者の在り方は、京都を中心とする旧勢力の寺社や公家などの保護下で、座という同業組合を作って、営業権を独占し、座に加入していない業者を締め出すという排他的な状態から、まだ脱していない。座は世襲制であり、新規加入は認められなかった。
新興勢力である戦国大名は、市場ではこの座を否定して自由な売買を認める政策をとった。いわゆる楽市楽座である。そこでは市場への武家の居住禁止、市場にやってくる商人などに対して領国内の自由通行許可、諸課税の免除、あるいは犯罪者も市場住人となることで追及を受けないなど、市というものの本来の姿である、無縁の聖域的空間が提供されていた。(00/03/12)