【札差】
ふださし
幕臣(旗本、御家人)は年に三度、俸禄の蔵米(切米)を支給された。自家の糧食分を取り置いた残りは、市中で売却した。その仲立ちをするのが札差である。彼らは蔵米支給手形(札)を竹串に挟み、支給日に役所の藁束に差して順番を待ったので、札差とよばれた。
武家は収入である俸禄が一定である一方、支出だけは増え続け、ほとんどが手元不如意に陥っていた。先の日限で受け取る切米を担保にして、札差からの借金で賄うしかなかった。もとは切米売りさばきの仲介人だった札差だが、次第に武家相手の金貸し業が商いの中心になっていった。
引用は、以前に追い貸しで痛い目にあった米屋(店名が紛らわしいが札差)の手代が、蔵宿師(御家人たちが借金強要の助っ人として雇った浪人)と交渉しているところ。(00/06/25)