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まりしてん誾千代姫

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まりしてん誾千代姫まりしてん誾千代姫
(まりしてんぎんちよひめ)
山本兼一
(やまもとけんいち)
[戦国]
★★★★☆☆

戦国末期から江戸を駆け抜けた武将・立花宗茂の妻・誾千代(ぎんちよ)を主人公にした戦国時代小説。作者は、『利休にたずねよ』で第140回直木賞を受賞した山本兼一さん。

タイトルの「まりしてん」は、仏教の守護神の一つ、摩利支天のこと。Wikipediaでは、陽炎を神格化したものである。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷つかない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があったと説明されている。

「誾千代の誾は、和らぎ慎むの謂い。その思いで名付けたが、このように強情な娘になるとはな」
 道雪が首をふっている。

(『まりしてん誾千代姫』P.26より)

わずか七歳の娘に城督の座を譲り渡した父・道雪も傑物か。

 城督とはめずらしい呼び名だが、城主といってもさしさわりはなかろう。大友家では、方分と称して、それぞれの方面の軍事、行政を、重臣たちに分けてまかせていた。城督とともに、大友家独自の呼び名である。

(『まりしてん誾千代姫』P.14より)

七つのときに、城と九十四ヶ村三千町歩、四万石をこえる領地を父の道雪より譲り受けて、城督となった。誾千代は、城と領地と民草を守るべく、みずからを厳しく律し、摩利支天のごとく凜烈な女大将として行動していく。誾千代の婿取りのシーンは、ほほえましい。

――生きねばならぬ。
 それが、まずなにもよりの大事だと思った。
 生きている。生きていく。
 そうすれば、暖かい春の陽射しを浴びることもできる。
 いずれ夏が来て日照りに苦しむことがあっても、秋には稲穂が実るだろう。
 冬が来て厳しい寒さに凍えるにしても、またかならず春が来る。そう思うことにした。そう思うしかなかった。

(『まりしてん誾千代姫』P.147より)

「わらわは決めたのじゃ」
「なにを、でございまするか」
「この天地を住まいとする、とな」
「天地を住まいとなさる……」
「立花山がよい、柳河はいや、と思うておったが、そんなことは些事に過ぎぬ」

(中略)

「どこに住んでも、肝心なのは、その者のこころ。どこに住んでいるかが大事ではない」

(『まりしてん誾千代姫』P.259より)

筑前・筑後(北部九州)が舞台ということで、類書が少なく、土地勘がないために地図を見ながら物語を読み進めた。手垢が付いていない題材で、九州の歴史をフレッシュな気分で楽しめた。戦国時代の九州を舞台にした時代小説ももっと書かれてもいいように思う。(葉室麟さんが、江戸時代の九州を描いた作品を書かれているが……。)

「女は、この世の日輪です」
「はい……」
「男たちがおらずとも、女が笑えば、世の中は明るくなります」
 それは、このごろいつも考えていることだ。世の中は、男たちを軸にして動いているようだが、そんなことはない。
 女がいなければ、男たちは一日とて暮らせない。
「女には、男たちを幸せにする力がある。女がいつでも日輪のように笑っていればこそ、男たちが幸せになるのです」

(『まりしてん誾千代姫』P.291より)

本書は、誾千代に長年仕えた侍女の回想を随所に交えながら、波瀾に満ちた人生をドラマチックに描いている。凛として、ひたむきな誾千代。その内面に抱えた苦悩と葛藤までも鮮やかに描き出している。

誾千代と秀吉の邂逅シーンもスリリングで見どころの一つ。

この作品での夫・立花宗茂の快男児ぶりがなんともいい。誾千代には、彼のようなパートナーこそふさわしい。彼を主人公とした、戦国時代小説も読んでみたくなった。

主な登場人物
誾千代姫:立花城の城督
戸次道雪:誾千代姫の父で、実質的な城主
仁志:誾千代姫の母
高橋紹運:宝満城の城督
千熊丸:紹運の長男。のちの統(宗)虎・宗茂
統増:紹運の次男。統虎の弟
みね:誾千代姫の侍女
ひふみ:誾千代姫の侍女
いぶき:誾千代姫の侍女
由布雪下:千熊丸の家来
薦野増時:戸次家の家老。後に立花賢賀と改名
十時連貞:戸次家の侍大将
古庄:大友本家の御同紋衆
世戸口十兵衛:統虎の家来
太田久作:統虎の家来
有馬伊賀守:高橋家の家来
色姫:宗像氏貞の妹で、人質
筑紫広門:肥前鳥栖勝尾城主
竹迫新三郎:立花家家来
立花右衛門太夫:一族衆
立花吉右衛門:一族衆
米多比五郎次郎:立花家の家来
彭亭和尚:医王寺の住持
内田入道:立花家の侍大将
丹半左衛門:立花家家臣
小野和泉守:立花家家老
羽柴秀吉:関白
千利休:茶頭
隈部善良:元大友宗麟の家来で、統虎の旧知の男
細川藤孝:武将
矢島重成:近江の名族の子で、菊亭今出川家で育てられる
八千代:重成の姉で、宗虎の側室になり、八千子と改名
加藤清正:武将
鍋島直茂:武将
黒田如水:武将
淡海:阿弥陀寺の住持
はつ:誾千代姫の侍女
たけ:誾千代姫の侍女
弥吉:はつの子

物語●誾千代姫は七歳のときに、父の戸次道雪(べつきどうせつ)より、家督と財産とともに筑前立花城の城督を譲られる。以来、父の庇護を受けながら、家中の侍の娘たちと武装して城を守ってきた。
十二歳のとき、道雪の盟友で筑前宝満城の城督高橋紹運の嫡男・千熊丸(後の立花統虎・宗虎・宗茂)を婿に迎える。落ち着くまもなく、筑前・筑後は戦乱のるつぼと化し、統虎は出陣し、誾千代姫も鉄炮隊を率いて応戦する…。
そして、豊臣秀吉の天下統一により、九州北部の争いは平定されるが、新たな試練が誾千代と宗茂に…。

目次■序/立花城/祝言/道雪の教え/天下の風雲/関白秀吉/柳河へ/朝鮮の陣/京の女/遠近の月/腹赤村

装画:ワカマツカオリ
装幀:芦澤泰偉
時代:天正八年(1580)
場所:立花城、梅岳寺、松尾山の館、高良山、筑後一宮、岩屋城、香春岳城近く、大坂城、赤間関、柳河城、肥前名護屋城、伏見、室町通り、稲荷山、宮永、名島城、高瀬、腹赤村、ほか
(PHP研究所・1890円・2012/11/26第1刷・429P)
入手日:2012/11/17
読破日:2012/11/25

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