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いっぽん桜

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いっぽん桜いっぽん桜

(いっぽんざくら)

山本一力

(やまもといちりき)
[市井]
★★★★☆

ちょっと疲れた心を癒すのに、山本一力さんの作品はピッタリ。「いっぽん桜」努力して出世して、仕事に自分のアイデンティティを持つ中年男にとって、「定年」前の退職は重いテーマである。雇用の流動化が進む現在、リストラは他人事ではない。そんな思いを抱きつつ本書を読んだ。

主人公の長兵衛の店に対する思いや、仕事への矜持、失業による喪失感に共感ができる。中高年に課せられた厳しい現実を描くだけでなく、明日を生きるための糧になる部分まで描かれていて、第二の人生を送る人へエールにもなっている。読み味のいい短篇である。

「萩ゆれて」は、天明七年(1787)の土佐藩を舞台にした短篇。作者の山本一力さんは、高知県出身ということで、土佐藩は生まれ故郷に題材を取った作品といえる。登場人物たちが鰹のたたきを食べるシーンが何ともうまそうだ。

ストーリーだけを綴っていくと、父を亡くし、病母を抱え、自らも負傷し、なんとも悲惨な境遇である。ところが、山本さんの手にかかると、逆境にめげずに明日に向けて元気に生きていく若者像ができ上がる。仕事がちょっとつらくなってきたとき、家の中がうまくいかないとき、読んでいて救われる気がする。

「そこに、すいかずら」は、江戸の美しさが味わえる短篇。すいかずらは、漢字では、「忍冬」と書くそうだ。真冬の雪に遭っても葉をしぼませないことから名づけられたという。主人公の秋菜は、日本橋音羽町の名門料亭の娘。両親に愛情たっぷりに育てられ、三千両のひな飾りを贈られる……。

絢爛たる元禄文化を背景とした、スケール感も大きな物語である。豪商紀伊国屋文左衛門も重要な役回りで登場する。元禄時代がバブル期と呼ばれるに至った原因が、貨幣改鋳の影響にあったことも実感できた。紀伊国屋文左衛門が登場する時代小説では、上田秀人さんの『破斬―勘定吟味役異聞』が面白い。

一方、「芒種のあさがお」は短篇ながら、芝田町の酒屋の娘おなつの成長を通して、江戸の商家と職人の家の人情の対比を描く、味わいある作品。作者の山本一力さんの愛する深川の風景や、富岡八幡宮のお祭りが美しく綴られている。文化四年の永代橋崩落についても、触れられていて興味深い。

解説の川村湊さんが、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」という唐の劉廷芝の詩の一節を引用しつつ、花をテーマにした人の心を描いた4つの物語を収めた、この本に素敵な解説をつけておられた。

物語●「いっぽん桜」長兵衛は門前仲町の口入屋(奉公人の斡旋業)井筒屋の番頭で、五十四の歳まで四十二年間、仕事一筋に店に忠誠を尽くしてきた。その長兵衛が店の若返りのために、主人より隠居を言い渡された……。
「萩ゆれて」服部兵庫は、土佐藩勘定方祐筆の長子で二十二歳の若者。病床の母を抱え、五歳年下の妹、雪乃がいる。父は土佐藩の下士であったが、汚職がもとで切腹した。兵庫自身は、木刀による果し合いの末に負傷して、城下から三里離れた浜井和温泉で療養の身だった……。
「そこに、すいかずら」日本橋音羽町の名門料亭常盤屋の娘秋菜は、ひな飾りを、家紋をつけた三台の荷車から屋根船に積み替えて、常盤屋が檀家総代を務める深川玄信寺に向かった……。
「芒種のあさがお」芝田町三丁目の酒屋、伊勢屋のあるじ・徳蔵は、産気づいた連れ合いのおてるのお産を待ちわびていた。そして、生まれた娘に「おなつ」と名づけた…。

目次■いっぽん桜|萩ゆれて|そこに、すいかずら|芒種のあさがお|解説「年年歳歳、花同じからず」川村湊

カバー装画:中島千波
デザイン:新潮社装幀室
解説:川村湊

時代:「いっぽん桜」安永十年二月。「萩ゆれて」天明七年夏。「そこに、すいかずら」正徳五年二月。「芒種のあさがお」文化三年六月。
場所:「いっぽん桜」深川門前仲町、冬木町、両国橋西詰、佐賀町ほか。「萩ゆれて」土佐、浜井和温泉。「そこに、すいかずら」海賊橋たもとの船着場、日本橋音羽町、永代橋ほか。「芒種のあさがお」芝田町三丁目、門前仲町、亀久橋ほか

(新潮文庫・476円・05/10/01第1刷・330P)
購入日:05/10/14
読破日:05/10/25

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