千姫 おんなの城


千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)
千姫 おんなの城
(せんひめおんなのしろ)
植松三十里
(うえまつみどり)
[戦国]
★★★★☆

戦国時代を描く文庫書下ろし時代小説はきわめて少ない。激動の時代を生きた実在の人物や実際に起こった出来事を描くことに主眼が置かれるために、架空の人物が活躍できる余地が限定されているためにシリーズ化が難しいせいかもしれない。

植松三十里の『千姫 おんなの城』は、徳川秀忠とお江の長女で、家康の孫娘にあたり、豊臣秀頼の正室という、華麗なる一族のお千(千姫)がヒロイン。物語は、家康が征夷大将軍に任じられて江戸幕府を開く年(慶長八年/1603)の秀頼に嫁ぐ日から始まる。

千姫の話というと、これまでは姑のお茶々(淀君)に苛め抜かれたとか、家康の政略結婚の犠牲になったとか悲劇的に描かれるか、大坂城落城後に再婚した本多忠刻が早世し、弟の家光から竹橋御殿が与えられて淫乱な生活を送ったとか、貶められるような描かれ方をされてきた。

本書では、そうした固定観念を覆す、新しいお千と大坂城の女たちが描かれている。とくに見事なのは「戦いのときに女にできることは七つある」とお千に説く、大坂冬の陣のときのお茶々の姿。二度の落城を経験したお茶々は、大坂城落城の際に、死んだ者の誇りを守るために、生き残れとお千を諭す。自身の体験から、再婚が幸せに通じる道と信じきっているお江との対比が面白い。

「あの時、母は、われら姉妹に言うた。男は戦いたがる。女は戦いが、どれほど嫌であろうとも、口出しはできぬ。ただ女にできることは七つあると」
 お茶々は指を折りながら言った。
「ひとつは戦いに行く背中を見送ること。ふたつ目は無事を祈って待つこと。三つ目は帰ってきた時に、笑顔で迎えること。四つ目は怪我をした者を励ますこと。五つ目は命を落とした者の菩提を弔うこと。六つ目は死んだ者の誇りを守ること。最後のひとつは、そのために生き残ること。母上は、そう仰せになった」

(『千姫 おんなの城』P.152より)


歴史が勝者によって塗り替えられることを知り尽くした者の言葉である。本書で著者は、勝者のついた嘘を慎重に一つずつ剥がしていくことを試みている。

主な登場人物
お千:徳川秀忠とお江の長女。千姫
刑部卿局:お千の乳母
徳川家康:征夷大将軍
徳川秀忠:家康の息子、お千の父
お江:秀忠の正室で、お千の母
伝通院:家康の生母で、千姫の曾祖母
お寧:豊臣秀吉の正室。高台院
お茶々:秀吉の側室で、お江の姉
お完:お千の異父姉
豊臣秀頼:お茶々の子で、お千の夫
常高院:お茶々の妹で、お江の姉。京極高次に嫁ぐ。もとの名はお初
竹千代:秀忠の長男で、お千の弟。後の家光
九条幸家:上級公家で、お完の夫
お石:お千の侍女
国松丸:秀頼の子
お千代:秀頼の二人目の子
石松丸:秀頼の三人目の子
田中六郎左衛門:国松丸の守役
加藤清正:肥後五十二万石の大名
浅野幸長:紀州三十七万石の大名
大野治徳:秀頼の小姓
片桐且元:豊臣家家老
孝蔵主:高台院の側近
大蔵卿局:お茶々の側近
大野治長:秀頼の側近で、大蔵卿局の実施
真田幸村:徳川家に二度煮え湯を飲ませた武将
米村権右衛門:豊臣家の重臣
堀内主水:豊臣家の家臣
坂崎出羽守直盛:津和野の大名
柳生宗矩:将軍家剣術指南役
春日局:竹千代の乳母
本多忠刻:本多忠勝の孫
お熊:本多忠刻の母
慶光院:伊勢の慶光院の院主

物語●お千は徳川家の長女に生まれた時から、豊臣家に嫁ぐことが決まっていた。両家は微妙な均衡を保っており、七歳の花嫁は実質的な人質だ。

伏見の徳川屋敷で生まれたお千が七歳で嫁ぐ日は、朝から雨降りだった。お千は、伏見港で母と別れて、船で宇治川と淀川を下り大坂城に入る。大坂城では、お茶々、お寧らに歓迎される。そして四つ年上の十一歳の秀頼からは婚礼の証として南蛮渡りの指輪を指にはめてもらう。大坂城では、異父姉のお完も加わり、秀頼と三人きょうだいのような暮らしがはじまった…。

目次■第一章 伏見からの船出/第二章 幼き夫婦/第三章 大御所との再会/第四章 罠の匂い/第五章 晩秋の落日/第六章 大坂冬の陣/第七章 大坂夏の陣/第八章 雨の旅路/第九章 縁切り寺/第十章 花嫁略奪/第十一章 ゆがめられた姿

装丁写真:アフロ
装丁:上田晃郷
時代:慶長八年(1603)
場所:伏見、豊国神社、大坂城、天守閣、山里曲輪、二条城、江戸城、満徳寺、ほか
(PHP研究所・PHP文芸文庫・619円・2011/07/29第1刷・284P)
入手日:2012/05/01
読破日:2012/05/04

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