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鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり

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鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり
鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり

(さやしかんべえのぎ かなざわじょうかものがたり)

剣町柳一郎

(つるぎまちりゅういちろう)
[市井]
★★★★☆☆

上田秀人さんの『波乱 百万石の留守居役』を読んで、加賀藩前田家への興味が急速に高まっている。

そこで、「金沢城下ものがたり」のサブタイトルの入った、石川県在住の作家の剣町柳一郎さんの『鞘師勘兵衛の義』を読んだ。剣町さんは、泉鏡花金沢市民文学賞や日本海文学賞北陸賞、ちよだ文学賞などを受賞され、地元で活躍されている時代小説家。

この作品集は、表題作のほか、江戸後期の金沢城下の町人たちを描いた短編「獅子で勝負だ、菊三」、三話の短編で構成される「三本柳は見ていた」、不思議な味わいのある「夕時雨」が収録されている。

「しかし、笑っちゃうよ。腰に木刀を差すのはまだいいとして、すりこぎを差している輩をたった今、見かけた」
 と、言いながら喜三次は笑っている。
 勘兵衛は憮然とした。
 鞘師として、武士の魂を入れるものをつくってきたという自負があった。それが今、帯刀禁止令が出たからといって、するこぎを腰に差す者がいるとは。
・・・おのれがつくってきた鞘は、すりこぎとすり替えられるものであったのか。

(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』P.9より)

「鞘師勘兵衛の義」は、明治九年の帯刀禁止令をテーマにしている。義に縛られて、新しい時代に対応できない、不器用な男たちを描いている。

・・・わしは鞘をつくりながら、いつの間にか、細工人の頑固な鞘に収めるだけで、武士の気概を収めるのを忘れていたようだ。
 仕事場に立て掛けてある白鞘を目にしながら、勘兵衛はそう思った。ひとり身になってから、いつの間にか、鞘をおのれを支える杖がわりにしていたことに気づいたのである。
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』P.62より)

重いテーマを描きながら、読み味のよい物語に仕上がっている。

・・・それにしても、うなり獅子とは。からくり弁吉のことだ、何か仕掛けでもしてあるのだろうか。
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』「獅子で勝負だ、菊三」P.87より)

からくり弁吉とは、江戸時代の発明家大野弁吉のこと。加賀の豪商・銭屋五兵衛と親交があったことでも知られ、彼のつくった精巧なからくり人形は現在も少数ながら残っているという。機会があれば、石川県金沢港大野からくり記念館に行ってみたい。

 蚊張の尻につけられた赤苧を手にして遊んでいた子どもが、村井又兵衛上屋敷の方を指差した。それを目にして、六蔵と吉兵衛、菊三が何気なく振り返った。大きな虹が木端板を葺いた屋根の上から城の二の丸へと渡り立っている。朱と橙、碧、紺青が鮮やかに宙に浮かび、まるで天に架かる橋のようである。誰もが振り返り、それから、ゆっくりとワァーという喚声が行列の中や人の輪から湧き起こった。
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』「獅子で勝負だ、菊三」P.130より)

「獅子で勝負だ、菊三」では、幕末の金沢城下の町人たちの矜持が描かれている。市井の名もない人たちの生活がうかがい知れて、城下の風景が鮮やかに目の前に広がってくる。

「三本柳は見ていた」を構成する三話は、時代も登場人物もバラバラである。江戸から明治へと移り変わる金沢の町の物語の証人として、三本柳がそこにあるだけである。しかしながら、が見事に切り取られている。

個人的に好きなのは、【二話 昼の雷景】。酒造りの話が、山本一力さんを想起させる

「それはそうと、番付をつくるために、その板元が大晦日に神明宮の人前で水鳥祭りを行い、十種酒会をひらくという話だ」
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』「三本柳は見ていた」P.237より)

水鳥祭りとは、水、すなわちさんずいと酉で酒という字になることから酒祭りのこと。十種酒会は、酒の利き酒会のようなもので、公家が行う十種香になぞらえて、注がれた酒を飲んで、そのおいしさと名を言い当てることを競うもの。

 行ってまいりますと奥に声をかけると、なみは表に出た。たんがこんこんと咳をしてみせた。石引町から棟岳寺の横を過ぎると、紅葉した野田山が才川をはさんで見える。なみは嫁坂に立つと、そんな野田山をしみじみと眺めた。季節の移り変わりにとりわけ美しい姿を見せてくれるからである。色づいた葉が山に散らばり、友禅模様の衣を広げたかのようだ。土手の三本柳が風をうけて、そよそよとなびいている。
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』P.270より)

嫁坂という坂が登場するが、その名前の由来の異説が紹介されていて、なかなか怖い。

(略)日毎に新しいものが町に入ってきて、新しい人をつくっていく。それは結構だが、金を出しても変えない、新しいものもあるはずである。同じように、忘れてはならない古いものもきっとある。東京にいても金沢にいても、それは同じはずで、そのことに気付かずにやたら新しいというだけで飛びつき、求める人に、なみは呆れていた。亡くなった父が、「町がさびれることがあっても、人はさびれることはない。もし、さびれるなら、それは自身の始末がいけないからだ」と、加州に向かう前に下谷の家で話してくれたことを思い出す。(略)
 
(『鞘師勘兵衛の義 金沢城下ものがたり』P.282より)

ここでも、明治という新しい時代に対応できない人が登場する。

スタイルの違う4つの作品を収録してるが、いずれの話もオリジナリティーがあり、金沢という土地と、そこに生きる人を活写している。まさに読みたかった話がここにあった。

主な登場人物
「鞘師勘兵衛の義」
橋本勘兵衛:金沢の鞘師。人持組永井志津摩の家臣
お春:勘兵衛の妻
本阿弥喜三次:本阿弥十二家の一家で、加賀前田家から扶持をいただいていたことがある
永井志津摩:加賀藩人持組五千石
鬼鉄:薩摩出身の巡査。薩摩自顕流を遣う
出島加兵衛:元加賀藩納戸方の腰物奉行で、維新後は県の大属を務める
鈴木助九郎:勘兵衛が中条流を教えていたころの弟子

「獅子で勝負だ、菊三」
菊三:仏壇木彫り師
おゆき:菊三の女房
正太:菊三の九つになる息子
与一:米屋の手代
五兵衛:仏壇問屋「有松屋」の主人
綿政:侠客、綿津屋政右衛門

「三本柳は見ていた」
【一話 夜の雨景】
勇次:紙商田井屋の二番番頭
徳兵衛:紙商田井屋の主人
おつた:料理茶屋の女中
外茂次:勇次の異母弟

【二話 昼の雷景】
小兵衛:酒造元永楽屋の主人
幸助:永楽屋の杜氏
力兵衛:永楽屋の番頭
きく:永楽屋の下女
宮竹屋喜左衛門:造り酒屋の主人で、菊の講の長

【三話 朝の雪景】
松本文吾:元加賀藩お抱え能楽師葛野流太鼓方
なみ:文吾の妻
たん:文吾の母
坂尻屋平兵衛:唐津物を商う
里見孝之助:士族

「夕時雨」
栄次:魚の振り売り
おしま:小間物屋「中屋」の内儀
藤次郎:「中屋」の主人
おけい:栄次の幼馴染
中宮屋宗兵衛:大店の小間物屋で、おけいの夫

物語●
「鞘師勘兵衛の義」
明治九年、帯刀禁止令が出た後の金沢。窮乏する武士たちは腰の物を道具屋に売りに出していた。鞘師の勘兵衛いへの仕事の依頼もめっきり減っていた。そんな金沢で、薩摩出身の巡査鬼鉄は、物がいいとみると、帯刀を咎めて差料を取り上げて自分のものにしてしまうという……。

「獅子で勝負だ、菊三」
仏壇の木地彫り師の菊三は、出入り先の仏壇問屋と喧嘩して仕事をしくじった。腕がよくて、若い衆の面倒見がよい菊三に、町同士の意地を懸けた、祭りの出し物の獅子頭を彫ることを託された……。

「三本柳は見ていた」
金沢城下、才川右岸の土手には、三本の大きな柳が並び立っている。春夏秋冬、折々の風に揺れながら、武士や町人たちの暮らしを、江戸から明治へと何世代にもわたり見続けてきた。

【一話 夜の雨景】紙商の二番番頭の勇次は、主人の徳兵衛から将来を嘱望され、娘婿にと考えられていた。勇次の前に、父の生前に行き来のなかった異母弟・外茂次が、博打で多額の借財を抱えた末に、現れる……。

【二話 昼の雷景】天保七年、飢饉で酒造りに割り当てられる米が減らされる中、造り酒屋の若き杜氏幸助は、酒造りに奮闘していた……。

【三話 朝の雪景】明治四年、元加賀藩お抱えの能楽師太鼓方の松本文吾の妻になって金沢に移り住んで五カ月、なみは酒浸りの夫と口うるさく意地悪な姑を抱えて、働きに出ることになった……。

「夕時雨」
小間物屋へ盗みに入った栄次は、鴨居に紐をかけて首を吊る算段をしている主人夫婦のやり取りを聞いた。首を吊る前に金の在りかを聞こうと出刃包丁をもって飛び込んだが、主人の藤兵衛に首を吊るから手を貸せと言われる……。

目次■鞘師勘兵衛の義|獅子で勝負だ、菊三|三本柳は見ていた 一話 夜の雨景/二話 昼の雷景/三話 朝の雪景|夕時雨

表紙および裏表紙:「金沢城下図屏風」犀川口町図(石川県立歴史博物館)
中扉・画:中田勇
装幀・デザイン:早瀬徹
時代:「鞘師勘兵衛の義」明治九年四月、「獅子で勝負だ、菊三」弘化元年九月、「三本柳は見ていた」【二話 昼の雷景】天保七年初冬
場所:金沢城下、ほか
(一起舎・1,400円+税・2009/06/30第1刷・353P)
入手日:2013/12/18
読破日:2014/06/21
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