風立ちぬ 上・下 風の市兵衛


風立ちぬ(上) 風の市兵衛 (祥伝社文庫)
風立ちぬ 上・下 風の市兵衛
(かぜたちぬ じょう・げ かぜのいちべえ)
辻堂魁
(つじどうかい)
[痛快]
★★★★☆☆

“算盤侍”にして、風の剣の遣い手、渡り用人の唐木市兵衛が活躍する、傑作時代小説シリーズの第六作。シリーズで初の上下巻の二分冊となっている。

市兵衛の今回の派遣先は、護国寺の門前町で岡場所となっている音羽の料理茶屋「大清楼」。料理茶屋といっても、客が茶屋の座敷へ上がると、町内の子供屋から遊女や芸者が呼ばれる、色茶屋である。そんな茶屋の主人というと、強欲だったり、冷酷だったり一癖も二癖もあるような人物を想像するが、主人の清蔵は音羽自慢が過ぎることが玉に瑕の好人物。

「唐木先生が渡りの仕事をなさっていらっしゃるのは、渡りの仕事こそ、本当に勉強ができないと勤まらない仕事だからなんだよ。考えてごらん。偉い身分のお旗本でも算盤の稽古をなさっていなければ、おまえに算盤の稽古を付けることはできないだろう。(以下略)」

(『風立ちぬ 上』P.46より)


市兵衛に勉強を教わる九歳の藤蔵が実にけなげ。市兵衛から、「千一から二千までのすべての数を加えると幾つになるか」の問いに即座に答える、算術の天才ぶりとのギャップも面白い。

 藤蔵へ出す問い作りに、市兵衛は雇われた日と次の日の一昼夜と半日をかけた。
 実践に必要な勘定を考慮し、一の桁から徳川幕府の総石高に匹敵するおよそ、六、七百万の桁の数に到る加算と減算、扶持米男扶持五合、女扶持三合に沿った小さな数から四公六民の年貢と家臣の石高にかかわる数の、掛け算、割り算の問いを作った。
 また、融資、運上金、手形などの利息勘定に必要な、掛けて割れる算、つまり一よりも小数の掛け算、金貨、銀貨、銭相場の両替にまつわる掛け算と割り算など、商いにかかわる想定に基づいた問いも含め、拵えた問いは千を超えた。
  それらの頭の中の算盤勘定を繰りかえし徹底して行わせ、藤蔵がこなしてしまえば次の千問を拵えてやらせるのだ。

(『風立ちぬ 上』P.83より)


算勘の私塾・光成館入門の試問に向けて、1カ月間で算勘の特訓を施す場面が、きめ細かく端正に描かれていて、このシリーズの懐の深さを感じさせる。

物語は、音羽の岡場所に警動(公許遊郭吉原による私娼の遊女の取締)が入るところから、一気に展開する。火付の上に、本両替商を襲う盗賊集団の出現、市兵衛の周囲に出没する謎の托鉢僧…。

本書では、風の剣を修得したといわれる市兵衛の奈良・興福寺での修行について触れられている。ファンにはうれしいところ。上下巻だが、あっという間に読み終えていた。

主な登場人物
唐木市兵衛:渡り用人
渋井鬼三次:北町奉行所定町廻り同心。通称《鬼しぶ》
助弥:渋井の手先
蓮蔵と今吉:助弥の手下
矢籐太:神田三河町の請け人宿《宰領屋》の主
柳井宗秀:柳町の蘭医
片岡信正:十人目付筆頭
返弥陀之介:小人目付
佐波:鎌倉河岸の京風小料理屋「薄墨」の女将
喜楽亭の亭主:深川堀川町の居酒屋
勘平:亭主の息子
佐川山城:関口臺町に住む陰陽師
植木屋菊の助:盗賊集団の頭
お万:菊の助の女房
五郎次:菊の助一座の小頭
清蔵:音羽の料理茶屋大清楼の主人
藤蔵:清蔵の倅で、九歳
稲:清蔵の家内
歌:清蔵の娘
窪田広兼:番町にある算勘専門の私塾の塾長
惣十郎:音羽五丁目の古着屋美濃屋の手代
桜井長太夫:御持筒頭旗本で、二千石
梅里:美人で評判の音羽芸者
橋太郎:菓子商篠崎の息子で十七歳、昆虫のコレクターでもある。
浅井柳三郎:吉原の当番名主
重吉:貸船屋《菱川》の船頭
榊原主計頭忠之:北町奉行
真達:興福寺の僧で、槍の名手
市川重一:北町奉行所当番与力
介右衛門:本両替町の本両替商《佐賀屋》の主
昭光:護国寺の修行僧
雲井:音羽芸者
宝泉:麹町の三味線と長唄のお師匠
椎名甲三郎:北町奉行所同心
立花広之進:桜井家用人
水野隠岐守:若年寄
京極周防守:若年寄
筒井和泉守:南町奉行
村野守繁:北町奉行所年番方筆頭与力
中津佐治郎:沼田の町方役人

物語●“算盤侍”の唐木市兵衛は、音羽の盛り場の料理茶屋《大清楼》の主人清蔵の倅で九歳になる藤蔵の家庭教師として招かれる。藤蔵は小さい頃から算勘が得意で、勘定方を輩出する算勘専門の私塾入門を目指していた。
同じ頃、市兵衛の周りには、殺気をまとう托鉢僧や謎の祈祷師集団が出没し、不穏な空気が…。
一方、藤蔵の姉で、音羽一の美貌を誇り芸者勤めをする歌は、旗本桜井長太夫につきまとわれていた。やがて、祈祷師一味が動き始めて、江戸を恐怖に陥れようとしていた…。

目次■序章 その男/第一章 音羽自慢/第二章 蛍雪の誉/第三章 浅き夢/第四章 祭りの準備/第五章 八月晦日(以上上巻)|第六章 歳月/第七章 神隠し/第八章 粟焼/第九章 上州沼田/第十章 十三夜/終章 無性の生(以上下巻)

カバーイラスト:卯月みゆき
カバーデザイン:芦澤泰偉
時代:明示されていない
場所:深川油堀、関口臺町、音羽九丁目、神田雉子町、大洗堰、面影橋、第六天、鎌倉河岸、吉原、本両替町、常盤橋、本銀町二丁目、三四の番屋、飯田町、護国寺、軽子坂、目白台鉄砲坂、番町、上州沼田、発知、ほか
(祥伝社・祥伝社文庫・上巻571円・2012/05/20第1刷・268P、下巻571円・2012/05/20第1刷・282P)
入手日:2012/07/31
読破日:2012/08/15

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