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南天

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南天南天
(なんてん)
東郷隆
(とうごうりゅう)
[短編]
★★★★

東郷隆さんの短編集はいろいろな味が楽しめて興趣がつきない。この作品集でも、表題作の「南天」と「枝もゆるがず」は、江戸城松の廊下での刃傷からはじまる事件を題材にしているが、「試し胴」が幕末、「小笠原ミゲル始末」と「牢人噺」が三代家光の時代、「へそくらへ」が信長の時代を背景にしている。

「南天」で興味深いのは、“不忠臣”といわれている大野九郎兵衛の仇討ちを描いている点。物語の舞台となった場所も含めてユニークだ。

「試し胴」は、新選組に比べて地味な存在だった新徴組でのエピソードを扱っている。刀剣に精通した東郷さんらしい描写が堪らないところ。

「小笠原ミゲル始末」は、舞台も登場人物も「へぇー」という意外性に富んだ物語。

「へそくらへ」は少し艶笑話風にしているが、われわれの抱く信長のイメージをうまく利用して、オチを作っている。

「牢人噺」は一口で説明することが困難な不思議な話。「牢人」と「浪人」の言葉の違いにも触れている。当てもなく歩き回るを浪人といい、仕える主人がなく頼りげない人は牢人というのが、漢字の本来の意味らしい。これまで、「牢人」という言葉に違和感を感じていたが、大名の廃絶が多かった江戸前期は「牢人」を使うほうがよりぴったりくるんだなあ。

また、「牢人」には、2つの「引込み」があることを知った。一つは主君が合戦で討ち死にして家が滅亡した後も在所知行地を離れずに土着し、郷士や大百姓になる「引込み牢人」、もう一つは士として苗字を持ったまま商人になる「引込み町人」。

「枝もゆるがず」は、浅野内匠頭が江戸城松の廊下で吉良上野介に斬りつけてから、目付の尋問を受け、田村右京大夫の上屋敷で切腹するまでの一日を描いている。この事件について読む度に、吉良邸討ち入りを「義挙」とは思えずに、割り切れない思いを抱いてしまう。本書に描かれているように、有事の場合の政治家・役人のドタバタ具合というのはいつの時代も変わらないものだなあと思った。

主な登場人物◆
「南天」
上原市右衛門:上野国碓氷郡磯部村名主
林九太夫:簗瀬村の手習い師匠
大野九郎兵衛:元赤穂藩末席家老
大野郡右衛門:九郎兵衛のせがれ
奥野将監:元赤穂藩組頭
片岡源五衛門高房:元赤穂藩浅野家側用人
玉虫七郎右衛門:元赤穂藩旗奉行職
音外坊:山伏。源五衛門の下僕・元助
覚善:山伏
源助:片岡家の下僕
熊井十次郎:源五衛門の実父

「試し胴」
生多目喜三郎:新徴組平隊士
椿佐一郎:新徴組幹部
中村健二郎:新徴組二番隊士
中沢良助:中村の同僚

「小笠原ミゲル始末」
ルイス:修道士。元・小西家の牢人・原但馬
ロペス・ロドリーロ・サンチェス:サン・ビセンテ要塞の士官
小笠原語石:キリシタン武将で、俗名・権之丞広信
小池孫四郎:語石の家来

「へそくらへ」
於江:志ろいもの(化粧品)売り
能勢黒丸:美濃町を縄張りにする町役
甚助:唐辛子売りで、町役の能勢黒丸の配下
助三:口入(口入れ屋)のひょうたん屋の主人
無辺:修験僧
栄螺坊:石馬寺の客僧
信長:安土城城主
乱法師成利:信長の小姓で、通称森蘭丸

「牢人噺」
市弥:松平甲斐守(輝綱)家中の者
榊原飛騨守職充:千七百石の旗本
榊原左衛門佐:飛騨守の嫡男

「枝もゆるがず」
吉良上野介義央:高家筆頭
浅野内匠頭長矩:播磨赤穂五万三千五百石浅野家当主
多門伝八郎:目付
大久保権右衛門:目付
梶川与惣兵衛:大奥留守居役
庄田下総守安利:大目付
徳川綱吉:五代将軍
柳沢出羽守吉保:御側用人
田村右京大夫:奥州一ノ関城主で奏者番

物語●「南天」上野国磯部村の名主の家に山伏が訪れて、隣村の手習い師匠・林九太夫が自裁したという知らせを伝える。林九太夫は仮の姿で、実は赤穂藩家老の大野九郎兵衛だという…。

「試し胴」新徴組平隊士の生多目喜三郎の唯一の趣味は道具屋めぐりで、あるとき、大和国尻懸住人則長の名刀を見つけ出した。その刀は、隊の公用品とされたが、隊士たちのやっかみから、試し切りをすることに…。

「小笠原ミゲル始末」
マニラ湾に一艘の不審な琉球船が入ってきた。サン・ビセンテ兵営のロペスは、日本人修道士のルイスを引き連れてその船の乗組員を尋問する…。

「へそくらへ」
安土城下に住む化粧品売りの於江は、夢告げがあり、大津石山寺に参籠する。そこで、参籠の夜、正体不明の修験僧と契った…。

「牢人噺」
千代田の濠近くの傾城町の『薬湯』に客として繰り出した牢人が語った噺とは…。

「枝もゆるがず」
江戸城松の廊下で、吉良上野介は浅野内匠頭に突然斬りつけられる…。

目次■南天|試し胴|小笠原ミゲル始末|へそくらへ|牢人噺|枝もゆるがず|「南天」を書いた頃

カバー装画:北原明日香
カバーデザイン:スージー&ジョンソン
時代:「南天」元禄十六年弥生。「試し胴」文久三年。「小笠原ミゲル始末」寛永元年。「へそくらへ」天正八年睦月。「牢人噺」寛永十四年。「枝もゆるがず」元禄十四年。
場所:「南天」上野国碓氷郡磯部村、板谷。「試し胴」麹町もちの木坂下、神田佐久間町、六地蔵。「小笠原ミゲル始末」マニラ。「へそくらへ」安土、大津石山寺。「枝もゆるがず」江戸城、田村右京大夫上屋敷、ほか
(講談社・講談社文庫・552円・2011/01/14第1刷・310P)
購入日:2011/11/21
読破日:2011/12/11

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